23時のクリシェ

 小野と五十嵐は目を合わせ、しばし微笑んでいる。佐久間はそれを横目に、小野が今まで入っていたテーブルへと進む。
 「はーい、ここからはスタッフの佐久間がお相手をしまーす」
 佐久間は大袈裟に愛想のいい笑みを浮かべ、飲み物を飲みながら待っていた客に軽く頭を下げる。
 「あら、小野ちゃんは?」
 客の中年男性が若干寂しそうに、佐久間に尋ねる。
 「時間制で交代することになっているんです。同じお客様に同じスタッフがご一緒しすぎると、飽きさせてしまって申し訳ないので」
 佐久間がすらすらと、存在しない店のルールをでっち上げる。
 「そうなんだ、ちょっと残念だなあ。小野くん目当てでこの店を選んでいるのに」
 男性客はため息をつく。客の様子を確認した佐久間は、場の空気が悪くならないようにおどけて見せる。
 「えー、悲しい。私だって、ピチピチの若い女の子なのに。もうちょっとチヤホヤしてくれてもよくないですかあ?」
 佐久間があえて軽く、オーバーに客に媚を売る。
 「ごめんごめん、佐久間ちゃんと一緒に麻雀するのも嬉しいよ」
 「ほんと? 嘘だったら恨むからね。だって私、まだまだ可愛い女の子だもん。いじめられたら泣いちゃうかも」
 「はいはい、可愛い。佐久間ちゃんがこの街で一番の美人だよ。だから泣かないで麻雀しよう」
 客が取りなし、麻雀が進んでいく。佐久間は弾ける笑顔を見せ、長い髪をかきあげる。
 「小野ちゃん、貸しだからね。あとで絶対、コンビニの一番高いアイスをおごってもらうから」
 配牌を並べかえながら、佐久間が誰にも聞こえない声量で呟いた。
 一方、玄関先の小野と五十嵐は、入り口近くの麻雀卓に移動していた。麻雀は4人でするため、あと2人の客の入店を待つ、という体でふたりで他愛のない雑談を続ける。
 「それで、最近の調子はどう? 五十嵐くん」
 「どうって?」
 「なんでもいいよ。五十嵐くんが話したいことを僕は聞きたい」
 「小野くんはいつでも漠然としてるね」
 「じゃあ、テーマを決めるね。仕事のこととか、話してくれる?」
 小野と五十嵐は雀卓に座り、ふかふかの椅子にもたれて向かい合う。途中で手元の麻雀牌や点棒を触りながら、聞こうが聞かまいが問題のない議題に労力を費やし、時間を共有する。
 視線は常に絡み合っている。その事実に小野は心底満足していた。
 「うーん、ぼちぼち。やっと劇場のメンバーになれて、定着できるかハラハラしているところ」
 五十嵐は何の気のないように、それでいて過度に足を組み替えたり指遊びをしたりしながら言う。小野はその仕草に、五十嵐の密かな喜びや照れを見た気がした。