救護場所となっている保健室へと泉を連れてくると養護教諭は留守にしていた。入口のドアに”外出中“の札が掛けられているが幸い鍵はかかっておらず、二人は保健室の中へと入っていく。
中には二人以外の病人けが人もおらず、佐久間は泉を空いているベッドの一つに座らせた。
「薫くん、大丈夫? 俺、水買って……」
その場を離れようとする佐久間のカフェエプロンの裾が引っ張られ、クンッと詰まる。
「先輩……話、聞いてもらえますか?」
ここには佐久間と泉の二人しかいないというのに泉の声はまるで内緒話をするかのように小さかった。
佐久間は頷くと泉の隣に腰を下ろす。それと同時にベッドがギシリと音を立てて佐久間の重みで僅かに沈んだ。
そして佐久間はまた泉の肩を抱き寄せると泉の身体を自分の方へと傾けさせた。泉の頭が佐久間の肩にぶつかる。佐久間と触れたところがじんわりと温かい。
「薫くん、もしかしてあの子が中学の時に好きだった人?」
好きだった人、と言う言葉に泉は一瞬身体を固くすると、こくんと頷いた。
「はい……」
「そっか」
ふう、と小さく息を吐くと佐久間は先ほど会った彼の姿を思い浮かべた。
坊主頭で肌をこんがりと焼いた姿からして彼は恐らく体育会系なのだろう。どちらかというと色白で、弓道部に所属しているとはいえゴリゴリの体育会系では決してない自分とは全く違うタイプの人間だ。
なるほど泉の好きなタイプはああいう子だったのか、と思うとまるで泉にフラれたようで少し悔しい気持ちに駆られる。
「三好たちは全然悪くないんです。ただ俺が勝手に一緒に居づらくなっただけで……」
必死になって彼を庇おうとする泉に佐久間は苛立ちを感じた。彼が原因で泉は元の学校にいられなくなったというのにそれでも彼を庇う姿は健気すぎる。
「……まだ彼のことが好きなの?」
尋ねる佐久間に泉は驚いて目を見開くと次の瞬間には勢いよく首を横に振った。
「好きじゃないです! 三好たちのことは……!」
「……ん?」
もう好きじゃないです、と必死に言葉を繰り返す泉に佐久間はようやく気が付いた。
「……たち?」
泉は“三好”個人でなく”たち”と複数人を差して言っていた。
「薫くんが好きだった人って」
佐久間はもう一度先ほど会った彼らの姿を思い出す。先頭に立つのは坊主頭の三好。その後ろに数人――眼鏡の真面目そうな奴、背が低くて可愛い系の奴、ロングヘア―を一つ結びにした奴、金髪にピアスを複数個ちらつかせたチャラそうな奴――がいた。彼らはどれもタイプが違う人たちだった。
「三好くんじゃないの?」
その問いに泉は仄かに顔を赤らめて首を横に振る。
「吉田くんと田中くんと中村くんと村木くん。みんなただの友達のはずなのに格好良いな、って思って」
泉は彼らを思い出す。自分にはできないことが出来て、優しくて、強くて。
「好きだなぁ、って思ったんです。これって恋ですよね?」
あまりにも可愛らしい言葉に佐久間は衝撃を受ける。衝撃のあまり、佐久間は頭を抱える。
「薫くん、告白は?」
「してないです!」
告白、という言葉にさえ泉は顔を赤くして首を横に振って見せる。
「ただ俺が一方的に格好いいなって思っただけで……」
「付き合いたいとか、キスしたいとか……」
「そんな!」
左右に首を振る動作がひと際大きくなったのを見て佐久間は眉をひそめる。
「薫くん、もしかしてそれは“憧れ”じゃない?」
「えっ」
佐久間の言葉に泉は目を丸くして驚いていた。どうやら泉はそれが“恋”ではなく“憧れ”だと本当に自覚していなかったらしい。
「俺だって同性みんなに恋するわけじゃない。ただ単に格好良いな、って思ったり、凄いな、って思ったりすることもある。でもそれは恋じゃない」
驚いて真ん丸になった泉の目に微かに失望の色が滲んで見えて、佐久間はそれが少し可哀想に思えた。
「由比先輩」
泉の手が佐久間の肩を押し、抱き寄せられていた身体が離れていく。
「由比先輩、好きってどういう気持ちのことですか」
泉の目が真っすぐ佐久間を見つめていた。真剣なその目から佐久間も目を反らすことなく真っすぐ泉を見つめ返す。
随分と落ち着いた声色で泉は佐久間にそう尋ねた。
佐久間は少し考えて、そして答えを返す。
「見た瞬間にビビッと来たり、少し話しただけで話しやすいな、もっと話したいなと思ったり。俺が好きになった子はそういう子、かな」
佐久間の答えに泉は何やら考えこんでしまった。
二人以外誰もいない保健室の中は二人が話していなければはやけに静かで、遠くから文化祭を楽しむ声だけが聞こえていた。
しばらく考え込んでいた泉がようやく口を開く。その頬はまた赤く染まっていた。
それなら、と泉が言う。
「俺は由比先輩が好きです」
静かな保健室で、他に誰もいないというのに泉は本当に小さな声で言った。隣に並んで座る佐久間でさえその声を聞き取ることは容易ではなかった。
「え!?」
今度は佐久間が驚く番だった。
「その、先輩が言う好きになる子の条件にあてはまるのが全部由比先輩なんです」
佐久間は先ほど自分が言ったことを思い出す。
「由比先輩を初めて見たのは入学式だったんですけど、女子に囲まれている由比先輩から目が離せなくて」
最初は名前が可愛い、きっと可愛い女の子なんだろうと思っていた。しかし名前を呼ばれて聞こえた声は男で、よく名前だけで女と間違われると自分と親近感を覚えた。
「由比先輩と話して、凄く話しやすくて、もっと話したいと思って」
話してみると自分に対しての下心が一切なくて話しやすくて、もっと話したいと思った。
「先輩に色々協力してはもらったけど、結局女の子に囲まれて過ごしてもときめくことはなかったんです。俺が好きなのは女の子じゃない」
そこまで一気に言い切ると泉は一度大きく息を吸って吐いた。そして意を決したように佐久間のことを真っすぐ見つめた。眉を下げたその表情はどこか悲しそうに見えた。
「俺が好きなのは、由比先輩なんです」
「薫くん……」
口にしなくとも泉が言いたいことが佐久間にはわかる。
佐久間は同性に好かれないために元女子高に来たと泉は知っている。そして泉は佐久間が他の男子たちに好意を持たれないようにするという約束をしている。
それなのに自分が佐久間に恋をしてしまっては迷惑になってしまう、ときっと泉は困惑しているのだろう。
それは佐久間も同じだ。
異性を好きになりたいと言っていた後輩に、恋を手伝うと言っておきながら結局自分を好きにならせてしまった。
魔性の自分にため息が出る。
でも泉に好かれて嫌な気はしなかった。自分はゲイだと自認している。好きな男に自分を好きになってもらえたら嬉しいに決まっている。
佐久間は泉の両手を取るとぎゅっと握った。
「由比先輩……?」
佐久間を見る泉の目には期待が含まれていた。魔性を疑わずそのまま期待していて、と佐久間は泉の目を真っすぐに見つめ返した。
「俺も薫くんのことが好き」
佐久間を見つめる泉の目が大きく見開いていくのを佐久間は一番近くで見つめていた。
「女の子を好きになりたかったのに、俺のことを好きにさせちゃってごめん」
真っすぐに泉の目を見つめながら真剣に謝る佐久間に泉は、ぷっと噴き出して笑った。
「由比先輩、それはさすがに自意識過剰ですよ」
ふふふ、と肩を揺らして笑い続ける泉に佐久間は、でも、と不安そうな表情を浮かべていた。
「でも薫くんは」
「俺は元々男の人が好きなんだってわかったんです。俺が由比先輩のことを勝手に好きなっただけですよ」
泉はそう言うと佐久間の手を両手でぎゅっと包み込む。
尚も笑みを浮かべ続ける泉につられて佐久間もようやく笑みを浮かべた。
中には二人以外の病人けが人もおらず、佐久間は泉を空いているベッドの一つに座らせた。
「薫くん、大丈夫? 俺、水買って……」
その場を離れようとする佐久間のカフェエプロンの裾が引っ張られ、クンッと詰まる。
「先輩……話、聞いてもらえますか?」
ここには佐久間と泉の二人しかいないというのに泉の声はまるで内緒話をするかのように小さかった。
佐久間は頷くと泉の隣に腰を下ろす。それと同時にベッドがギシリと音を立てて佐久間の重みで僅かに沈んだ。
そして佐久間はまた泉の肩を抱き寄せると泉の身体を自分の方へと傾けさせた。泉の頭が佐久間の肩にぶつかる。佐久間と触れたところがじんわりと温かい。
「薫くん、もしかしてあの子が中学の時に好きだった人?」
好きだった人、と言う言葉に泉は一瞬身体を固くすると、こくんと頷いた。
「はい……」
「そっか」
ふう、と小さく息を吐くと佐久間は先ほど会った彼の姿を思い浮かべた。
坊主頭で肌をこんがりと焼いた姿からして彼は恐らく体育会系なのだろう。どちらかというと色白で、弓道部に所属しているとはいえゴリゴリの体育会系では決してない自分とは全く違うタイプの人間だ。
なるほど泉の好きなタイプはああいう子だったのか、と思うとまるで泉にフラれたようで少し悔しい気持ちに駆られる。
「三好たちは全然悪くないんです。ただ俺が勝手に一緒に居づらくなっただけで……」
必死になって彼を庇おうとする泉に佐久間は苛立ちを感じた。彼が原因で泉は元の学校にいられなくなったというのにそれでも彼を庇う姿は健気すぎる。
「……まだ彼のことが好きなの?」
尋ねる佐久間に泉は驚いて目を見開くと次の瞬間には勢いよく首を横に振った。
「好きじゃないです! 三好たちのことは……!」
「……ん?」
もう好きじゃないです、と必死に言葉を繰り返す泉に佐久間はようやく気が付いた。
「……たち?」
泉は“三好”個人でなく”たち”と複数人を差して言っていた。
「薫くんが好きだった人って」
佐久間はもう一度先ほど会った彼らの姿を思い出す。先頭に立つのは坊主頭の三好。その後ろに数人――眼鏡の真面目そうな奴、背が低くて可愛い系の奴、ロングヘア―を一つ結びにした奴、金髪にピアスを複数個ちらつかせたチャラそうな奴――がいた。彼らはどれもタイプが違う人たちだった。
「三好くんじゃないの?」
その問いに泉は仄かに顔を赤らめて首を横に振る。
「吉田くんと田中くんと中村くんと村木くん。みんなただの友達のはずなのに格好良いな、って思って」
泉は彼らを思い出す。自分にはできないことが出来て、優しくて、強くて。
「好きだなぁ、って思ったんです。これって恋ですよね?」
あまりにも可愛らしい言葉に佐久間は衝撃を受ける。衝撃のあまり、佐久間は頭を抱える。
「薫くん、告白は?」
「してないです!」
告白、という言葉にさえ泉は顔を赤くして首を横に振って見せる。
「ただ俺が一方的に格好いいなって思っただけで……」
「付き合いたいとか、キスしたいとか……」
「そんな!」
左右に首を振る動作がひと際大きくなったのを見て佐久間は眉をひそめる。
「薫くん、もしかしてそれは“憧れ”じゃない?」
「えっ」
佐久間の言葉に泉は目を丸くして驚いていた。どうやら泉はそれが“恋”ではなく“憧れ”だと本当に自覚していなかったらしい。
「俺だって同性みんなに恋するわけじゃない。ただ単に格好良いな、って思ったり、凄いな、って思ったりすることもある。でもそれは恋じゃない」
驚いて真ん丸になった泉の目に微かに失望の色が滲んで見えて、佐久間はそれが少し可哀想に思えた。
「由比先輩」
泉の手が佐久間の肩を押し、抱き寄せられていた身体が離れていく。
「由比先輩、好きってどういう気持ちのことですか」
泉の目が真っすぐ佐久間を見つめていた。真剣なその目から佐久間も目を反らすことなく真っすぐ泉を見つめ返す。
随分と落ち着いた声色で泉は佐久間にそう尋ねた。
佐久間は少し考えて、そして答えを返す。
「見た瞬間にビビッと来たり、少し話しただけで話しやすいな、もっと話したいなと思ったり。俺が好きになった子はそういう子、かな」
佐久間の答えに泉は何やら考えこんでしまった。
二人以外誰もいない保健室の中は二人が話していなければはやけに静かで、遠くから文化祭を楽しむ声だけが聞こえていた。
しばらく考え込んでいた泉がようやく口を開く。その頬はまた赤く染まっていた。
それなら、と泉が言う。
「俺は由比先輩が好きです」
静かな保健室で、他に誰もいないというのに泉は本当に小さな声で言った。隣に並んで座る佐久間でさえその声を聞き取ることは容易ではなかった。
「え!?」
今度は佐久間が驚く番だった。
「その、先輩が言う好きになる子の条件にあてはまるのが全部由比先輩なんです」
佐久間は先ほど自分が言ったことを思い出す。
「由比先輩を初めて見たのは入学式だったんですけど、女子に囲まれている由比先輩から目が離せなくて」
最初は名前が可愛い、きっと可愛い女の子なんだろうと思っていた。しかし名前を呼ばれて聞こえた声は男で、よく名前だけで女と間違われると自分と親近感を覚えた。
「由比先輩と話して、凄く話しやすくて、もっと話したいと思って」
話してみると自分に対しての下心が一切なくて話しやすくて、もっと話したいと思った。
「先輩に色々協力してはもらったけど、結局女の子に囲まれて過ごしてもときめくことはなかったんです。俺が好きなのは女の子じゃない」
そこまで一気に言い切ると泉は一度大きく息を吸って吐いた。そして意を決したように佐久間のことを真っすぐ見つめた。眉を下げたその表情はどこか悲しそうに見えた。
「俺が好きなのは、由比先輩なんです」
「薫くん……」
口にしなくとも泉が言いたいことが佐久間にはわかる。
佐久間は同性に好かれないために元女子高に来たと泉は知っている。そして泉は佐久間が他の男子たちに好意を持たれないようにするという約束をしている。
それなのに自分が佐久間に恋をしてしまっては迷惑になってしまう、ときっと泉は困惑しているのだろう。
それは佐久間も同じだ。
異性を好きになりたいと言っていた後輩に、恋を手伝うと言っておきながら結局自分を好きにならせてしまった。
魔性の自分にため息が出る。
でも泉に好かれて嫌な気はしなかった。自分はゲイだと自認している。好きな男に自分を好きになってもらえたら嬉しいに決まっている。
佐久間は泉の両手を取るとぎゅっと握った。
「由比先輩……?」
佐久間を見る泉の目には期待が含まれていた。魔性を疑わずそのまま期待していて、と佐久間は泉の目を真っすぐに見つめ返した。
「俺も薫くんのことが好き」
佐久間を見つめる泉の目が大きく見開いていくのを佐久間は一番近くで見つめていた。
「女の子を好きになりたかったのに、俺のことを好きにさせちゃってごめん」
真っすぐに泉の目を見つめながら真剣に謝る佐久間に泉は、ぷっと噴き出して笑った。
「由比先輩、それはさすがに自意識過剰ですよ」
ふふふ、と肩を揺らして笑い続ける泉に佐久間は、でも、と不安そうな表情を浮かべていた。
「でも薫くんは」
「俺は元々男の人が好きなんだってわかったんです。俺が由比先輩のことを勝手に好きなっただけですよ」
泉はそう言うと佐久間の手を両手でぎゅっと包み込む。
尚も笑みを浮かべ続ける泉につられて佐久間もようやく笑みを浮かべた。



