新しい学校にも、女子に囲まれたクラスにも徐々に慣れてきた頃、入学して初めての学校行事となる体育祭が行われた。
男子は人数が少ないためどうしても競技が限られる。野球やサッカーなど人数が必要な競技はできないので卓球やテニスなど個人競技がどうしても多くなる。
そんな中でも唯一の団体競技となったのはバスケットボールだった。
3on3。男子が四人いる泉のクラスは選手交代を交えながら戦っていた。
今コートに立っているのは光太郎と真一と泉の三人だ。京之介は普段の女子バスケ部のマネージャー業務で慣れた手つきでタオルやドリンクの準備に勤しんでいた。
自分たちの競技まで時間が空いたクラスメイトたちがコートを取り囲み応援に駆けつけている。女子特有の甲高い声援が体育館内に響いていた。
「泉くん頑張れー!」
体育館の前を歩いていた佐久間は泉を応援する声に反応して中を覗き込む。そして首から掛けていた広報用のデジカメを構えた。デジカメのストラップに引っ掛けてある広報の腕章が大きく揺れる。
女子の声援の直後、泉がスリーポイントシュートを決めたところで佐久間はシャッターを切る。
女子担当とは言っても男子を撮ってもいいはずだ。しかも撮ったのは泉だ。
体育館前で立ち止まった佐久間に、一緒に歩いていた女子たちも足を止めて中を覗きこむ。
「なに? あ、一年男子バスケもうやってるんだ?」
「やっぱ男子が多いと盛り上がるよね」
「由比の番はこの後だっけ? 応援行くね」
友人たちとハイタッチを交わす泉に佐久間はまたシャッターを切る。その様子を見て取り巻きの女子が佐久間に声を掛けた。
「広報だっけ? 佐久間がやってる間、あたしが撮ってあげようか?」
そう言って彼女は綺麗なネイルをした手を佐久間に向かって差し出す。しかし佐久間は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。男子の写真担当があそこにいるから」
ピーッと試合終了のホイッスルが鳴った。最後の泉のシュートが決め手となり、一年二組の勝利でこの試合は終わったらしい。
「ほら、サッカーの応援行こ」
カメラから手を離すとストラップで繋がれていたデジカメが佐久間の胸元でゆらゆらと揺れた。
佐久間が歩き出すと回りも一緒に歩き出した。
自分の試合が終わると泉は早速左腕に”広報“の腕章を装着する。友人たちに、頑張れよ、と声を掛けられ泉は頷く。首からデジカメを下げ、仕事開始だ。
広報の仕事はいつの間にか学校中に周知されていた。腕章をつけ、カメラを向けると皆喜んでポーズを取ってくれた。
泉がカメラを向けなくとも、私たちも撮って、と女子たちが自ら声を掛けてくる。
担当分けで泉は男子担当になっていたのでその声掛けに泉は一瞬悩んだが、絶対ではないだろうと結論を出して彼女たちを写真に収めた。
あの担当分けはあくまで“男嫌い”な佐久間が男子を撮らないようにするためであって、泉が女子を撮ることに問題はないはずだ。むしろ写真を撮ることによって女子との交流が増えて、彼女を作る、という泉の目標にも近づくことができるだろう。
続いて同じコートで始まった他のクラス同士の試合を写真に収める。
それが終わるとまた泉のクラスの試合が始まった。結果として泉のクラスは優勝することができなかったが、男子一丸となった試合と、女子たちの応援のおかげでクラスメイトとの仲が一層深まった気がした。
一年の試合が全て終わるといよいよ二年の試合だ。泉もカメラを片手に観客たちに混じる。
二年男子は一年男子よりも更に数が少なく、三人しかいない。しかもそれぞれクラスがばらけているため一年とは違い1on1のルールだ。
佐久間がコートに立つと観客の女子生徒たちが湧いた。黄色い歓声があちこちから響く。
佐久間は二年の男子二人とも仲が悪い。コート上で対峙することに佐久間は目に見えて気まずそうだった。
ピーッとホイッスルが鳴り、ボールが高く投げられた。一回目のシャッターチャンスだ。
試合中、泉はシャッターを切り続ける。対戦相手ももちろん撮ってはいるものの、不公平だと分かっていてもピントは佐久間に合わせることが多い。
だってバスケットボールをしている佐久間はあまりにも絵になる。
ボールを追う真剣な表情、高い身長、揺れるビブス、落ちる汗。
女子たちの大半は佐久間を応援している。泉も心の中では佐久間を応援していた。
観客たちに目をやるとみんな佐久間から目が離せないでいるようだった。それは女子だけでなくもちろん男子もだ。
また彼は男子を魅了してしまう。しかしこれは泉にどうすることもできない。だって今の佐久間は泉から見ても格好良いのだ。
試合は佐久間の圧勝で終わった。続く二試合目も佐久間が勝ち、二年男子は佐久間の優勝で終わった。
佐久間の優勝が決まるとすぐ、周囲にいた女子たちがこぞって佐久間を取り囲んでいく。
これは絶好のシャッターチャンスだと泉はカメラを構える。
活躍する男子生徒。彼を祝福する女子生徒。楽しい学校行事の様子がこの一枚に綺麗に収められている、最高の写真だ。
広報としてこれ以上にないほど良い仕事をしている、と泉は実感していた。
その時、小さな舌打ちが背後から聞こえた。佐久間への歓声が響く中で泉以外の誰もその舌打ちに気付いていない。
泉は後ろを振り返って舌打ちの主を探した。それは直ぐに見つかった。たった今佐久間と試合をした二年男子の二人。彼らは忌々しそうに佐久間を睨みつけていた。
「薫くん」
輪の中にいる佐久間に名前を呼ばれ、泉は振り返った。見ると輪の中心で佐久間が嬉しそうにこちらに向かって手を振っている。泉も佐久間に向かって胸元で小さく手を振り返すと急いで再び後ろを見る。しかしそこにはもう彼らの姿はなかった。
男子は人数が少ないためどうしても競技が限られる。野球やサッカーなど人数が必要な競技はできないので卓球やテニスなど個人競技がどうしても多くなる。
そんな中でも唯一の団体競技となったのはバスケットボールだった。
3on3。男子が四人いる泉のクラスは選手交代を交えながら戦っていた。
今コートに立っているのは光太郎と真一と泉の三人だ。京之介は普段の女子バスケ部のマネージャー業務で慣れた手つきでタオルやドリンクの準備に勤しんでいた。
自分たちの競技まで時間が空いたクラスメイトたちがコートを取り囲み応援に駆けつけている。女子特有の甲高い声援が体育館内に響いていた。
「泉くん頑張れー!」
体育館の前を歩いていた佐久間は泉を応援する声に反応して中を覗き込む。そして首から掛けていた広報用のデジカメを構えた。デジカメのストラップに引っ掛けてある広報の腕章が大きく揺れる。
女子の声援の直後、泉がスリーポイントシュートを決めたところで佐久間はシャッターを切る。
女子担当とは言っても男子を撮ってもいいはずだ。しかも撮ったのは泉だ。
体育館前で立ち止まった佐久間に、一緒に歩いていた女子たちも足を止めて中を覗きこむ。
「なに? あ、一年男子バスケもうやってるんだ?」
「やっぱ男子が多いと盛り上がるよね」
「由比の番はこの後だっけ? 応援行くね」
友人たちとハイタッチを交わす泉に佐久間はまたシャッターを切る。その様子を見て取り巻きの女子が佐久間に声を掛けた。
「広報だっけ? 佐久間がやってる間、あたしが撮ってあげようか?」
そう言って彼女は綺麗なネイルをした手を佐久間に向かって差し出す。しかし佐久間は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。男子の写真担当があそこにいるから」
ピーッと試合終了のホイッスルが鳴った。最後の泉のシュートが決め手となり、一年二組の勝利でこの試合は終わったらしい。
「ほら、サッカーの応援行こ」
カメラから手を離すとストラップで繋がれていたデジカメが佐久間の胸元でゆらゆらと揺れた。
佐久間が歩き出すと回りも一緒に歩き出した。
自分の試合が終わると泉は早速左腕に”広報“の腕章を装着する。友人たちに、頑張れよ、と声を掛けられ泉は頷く。首からデジカメを下げ、仕事開始だ。
広報の仕事はいつの間にか学校中に周知されていた。腕章をつけ、カメラを向けると皆喜んでポーズを取ってくれた。
泉がカメラを向けなくとも、私たちも撮って、と女子たちが自ら声を掛けてくる。
担当分けで泉は男子担当になっていたのでその声掛けに泉は一瞬悩んだが、絶対ではないだろうと結論を出して彼女たちを写真に収めた。
あの担当分けはあくまで“男嫌い”な佐久間が男子を撮らないようにするためであって、泉が女子を撮ることに問題はないはずだ。むしろ写真を撮ることによって女子との交流が増えて、彼女を作る、という泉の目標にも近づくことができるだろう。
続いて同じコートで始まった他のクラス同士の試合を写真に収める。
それが終わるとまた泉のクラスの試合が始まった。結果として泉のクラスは優勝することができなかったが、男子一丸となった試合と、女子たちの応援のおかげでクラスメイトとの仲が一層深まった気がした。
一年の試合が全て終わるといよいよ二年の試合だ。泉もカメラを片手に観客たちに混じる。
二年男子は一年男子よりも更に数が少なく、三人しかいない。しかもそれぞれクラスがばらけているため一年とは違い1on1のルールだ。
佐久間がコートに立つと観客の女子生徒たちが湧いた。黄色い歓声があちこちから響く。
佐久間は二年の男子二人とも仲が悪い。コート上で対峙することに佐久間は目に見えて気まずそうだった。
ピーッとホイッスルが鳴り、ボールが高く投げられた。一回目のシャッターチャンスだ。
試合中、泉はシャッターを切り続ける。対戦相手ももちろん撮ってはいるものの、不公平だと分かっていてもピントは佐久間に合わせることが多い。
だってバスケットボールをしている佐久間はあまりにも絵になる。
ボールを追う真剣な表情、高い身長、揺れるビブス、落ちる汗。
女子たちの大半は佐久間を応援している。泉も心の中では佐久間を応援していた。
観客たちに目をやるとみんな佐久間から目が離せないでいるようだった。それは女子だけでなくもちろん男子もだ。
また彼は男子を魅了してしまう。しかしこれは泉にどうすることもできない。だって今の佐久間は泉から見ても格好良いのだ。
試合は佐久間の圧勝で終わった。続く二試合目も佐久間が勝ち、二年男子は佐久間の優勝で終わった。
佐久間の優勝が決まるとすぐ、周囲にいた女子たちがこぞって佐久間を取り囲んでいく。
これは絶好のシャッターチャンスだと泉はカメラを構える。
活躍する男子生徒。彼を祝福する女子生徒。楽しい学校行事の様子がこの一枚に綺麗に収められている、最高の写真だ。
広報としてこれ以上にないほど良い仕事をしている、と泉は実感していた。
その時、小さな舌打ちが背後から聞こえた。佐久間への歓声が響く中で泉以外の誰もその舌打ちに気付いていない。
泉は後ろを振り返って舌打ちの主を探した。それは直ぐに見つかった。たった今佐久間と試合をした二年男子の二人。彼らは忌々しそうに佐久間を睨みつけていた。
「薫くん」
輪の中にいる佐久間に名前を呼ばれ、泉は振り返った。見ると輪の中心で佐久間が嬉しそうにこちらに向かって手を振っている。泉も佐久間に向かって胸元で小さく手を振り返すと急いで再び後ろを見る。しかしそこにはもう彼らの姿はなかった。



