それは、静かな朝の始まりだった。だが、その静けさは突然、破られた。

屋敷中に響き渡る爆音と、警備兵たちの怒号。
カインの部屋の扉が勢いよく開き、エディが血相を変えて飛び込んできた。

「兄さん!敵が……!黒の教団が屋敷に侵入した!」

「……来たか。」

カインは即座に立ち上がり、ベッドから剣を取り出した。
葵の部屋でも、召使いたちが慌ただしく身支度を手伝っていた。

「アオイ様、こちらへ!地下の避難路へ──」

けれど葵は、足を止めた。
胸の中に、熱いものが込み上げていた。

(また、守られるだけの存在になるの?)
(また、誰かの犠牲の上に、私は逃げるの?)

いやだ。
あの夜、カインがくれた言葉を思い出す。
「お前がいるだけで、俺たちは救われるんだ。」

今こそ、自分の力を使うときだ。

葵は、胸に手を当て、祈るように集中した。

──その瞬間。
光が、葵の体を包み込んだ。

周囲の空気が変わった。
甘い花の香りと、暖かい風。
次の瞬間、部屋中の怪我人の痛みが消えていった。

「これが……聖女の力……!」

召使いたちは、涙ぐみながら手を合わせた。

一方その頃──
屋敷の中庭では、カインとエディ、アークが教団の戦士たちと激しく剣を交えていた。

「アオイには、一本たりとも指を触れさせん!」

カインは剣に〈蒼炎〉の力をまとわせ、敵を焼き払いながら叫んだ。
その背には、強く美しい蒼い炎の翼が広がっている。

エディは〈雷閃〉の剣技で、稲妻のようなスピードで敵を翻弄し、
アークは重厚な〈大地の守り〉を使って、仲間たちを盾のように守っていた。

だが──黒の教団の中心に立つ、仮面の男がつぶやく。

「やはり、あの娘……完全な聖女だ。今ここで奪い取らねば……!」

そのとき、突如として、空から巨大な影が落ちてきた。

「ドラゴン……!?」

敵が召喚した魔獣だ。漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンが、屋敷を威圧するように咆哮を上げた。

「ぐっ……!!」

カインたちが押され始める──その時。

「やめてっ!!」

清らかな叫び声が空気を裂いた。
屋敷の奥から、光の奔流がほとばしる。

その中心にいたのは、白いローブをまとった葵だった。
その手には、淡く輝く聖なる杖〈ルミナリア〉が握られていた。

「……アオイ、来ちゃダメだって……!」

「もう逃げない。今度は、私が守る番。」

葵は目を閉じ、祈るように杖を掲げる。

「『花ノ咲キ、命ハ芽吹ク』──
 聖花の恩寵《セイカ・グレイス》!」

無数の光の花が空に舞い、ドラゴンの身体を包み込んだ。
瞬く間に、魔獣の動きが止まり、やがて静かに崩れ落ちる。

その美しさと力に、敵も味方も一瞬、言葉を失った。

仮面の男は歯噛みしながら撤退を命じる。

「……今回は退く。だが、次は……!」

──戦いが終わった。

屋敷の中庭で、カインはゆっくりと葵を抱きしめた。

「よく……無事でいてくれた……」

「私、やっと……誰かの役に立てた気がする……」

葵はそう言って、初めて涙を、嬉し涙をこぼした。

そしてこの日、葵の名は王国中に知れ渡る。
“新たな聖女の誕生”として──