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「ちょっと聞いてよ!これ!どう思う⁉︎」
机に投げつけられたのは白い無地の封筒で、見た目はシンプルそのものだった。
いかにも陽キャ然として目の前に座っているのは|木崎響先輩。三年生だ。
雪乃先輩と同じかそれ以上の有名人でダンス動画が何万再生もされている。
普段から自分が清心館女学院一の美少女だと吹聴している自分大好き人間。
それ以外にも、双子の木崎奏先輩、そして三つ子のようにそっくりな中村詩先輩。
三人でお付き合いをしているという二重の意味で学内にその存在感をアピールしている。
そんな響先輩はなんと言えばいいのだろう。
地雷量産型メイクといえばいいのか、高めにツインテールを結っていて、校則ギリギリの濃さでアイラインやシャドウを入れている。まつ毛もおそらく付けまつげだろう。その見た目と話し方から年齢よりも幼く見える。それも人気の一端なのかもしれない。
わたしが響先輩を品定めしている最中、手紙を読み終わった雪乃先輩は
「これは……嫌がらせ……なのでしょうか?」
言いながら人差し指と中指に挟んでわたしに手紙を渡してくれる。
そこには、一言
『嘘つきは誰?』
そう書かれていた。
手紙は、購買部で売られている封筒に入っていて、響先輩に宛たものだ。
筆跡の判別が付けづらいように角ばった字で書かれている。律儀にポスト投函されたらしく消印は学校最寄りの郵便局のものだった。
糊付けは丁寧にされているが、上部が乱暴に破られている。彼女らしい開け方だな。そう思った。
中にはただ一言、先ほどの言葉が書かれた紙片が入っていて、コピー用紙に印刷したものを丁寧に切り取って便箋として使っているものだ。
「こういった手紙は今までにも?」
「ううん、初めて」
首を振ると少し遅れて揺れるツインテールをつい目で追ってしまう。
「手がかりを見つけて差出人を見つけてくれない?指紋取ったり、聞き込みをしてさ」
雪乃先輩のことを警察か鑑識と勘違いしているのだろうか。
わたしが心の中でムッとしながらこの人は名前呼び捨てで良いや、と決めたところで
「指紋調査ですか、そういえばやったことないですね」
「お望みならやってみますよ」
なにやら二人は謎の意気投合をしてしまっている。その様子にさらにモヤモヤが募ってしまう。
「ぜひ頼むよ!」
とんとん拍子に進む話に喜ぶ響。
「でも、犯人さんの指紋がわからないと照合はできませんけれどね」
「あ、そっか、でも何でもいいからさ、とりあえず調査してみてよ」
「お心当たりはありますか?」
「あるっちゃあるけど、ないっちゃないね」
全く答えになってないんだが……不思議と響の発言がだんだん面白くなってきて吹き出しそうになってしまう。
口元を覆う神妙なしぐさのフリでごまかしていると、雪乃先輩もシャーロック・ホームズの癖のように、両手を顔の前ですり合わせている。
普段はしない仕草なので同じ気持ちなのだろうか、よく見るとうっすらと笑みを浮かべている。
けれど、それはわたしの笑いとは違った意味を持っていそうだった。
「私は響さん達の関係を伝聞でしか存じ上げないので……」
「詳しく聞かせていただいても?」
たっぷりと間を取ってから雪乃先輩はそういった。
「デンプン?芋が何か関係あるの?」
「うふふ、聞いた話でしか知らないのでお聞かせいただいても?」
「はいはい、了解」
「あたしと奏は双子なのは知ってるでしょ?」
「マジ仲のいい双子なんだけど、ずっと一緒にいてさ、変な噂立っちゃうのも嫌でさ」
「困ってたところに詩が私たちのこと好きって言ってきたんよ」
「めでたしめでたしってわけ」
「よくわかりました」
わたしには何もわからないけれど、雪乃先輩はわかったのだろうか?
「三人でお付き合いとのことですが、響さんが奏さんと詩さんを好きなところはどこですか?」
「二人ともあたしに似て可愛いところかな?」
「あたしは自分が一番好きだからさー」
「雪乃さん……って呼びづらいね。ゆきのんでいっか」
「ゆきのんはさ、二年ならトップビジュだと思うけど……」
「三年はあたし……私達が一番だと思うよ」
「そうかもしれませんね」
「響さんはすごく自信に満ち溢れていて素敵な方だと思いますよ」
雪乃先輩はしみじみと納得したように頷きながら肯定する。
「でしょ」
「でもゆきのんはタイプじゃないからごめんね」
「あら、振られてしまいましたか。残念です」
またくすくすと楽しそうに笑う雪乃先輩。
対してわたしは面白さに変わっていた気持ちが、ムカムカに進化し始めてしまう。
「響さんたちはダンス部でしたよね?」
「そだよ。動画バズってね、結構人気あるんだ」
「私はあまり詳しくなくて、良ければお見せていただいても?」
「いいよ」
響はよくわからないぬいぐるみで飾りつけた学校指定のスクールバッグからスマートフォンを取り出すと雪乃先輩と顔を寄せる。
清心館は放課後だけスマホ利用が許可されている。数年前にやっと、という話だったけれど。
わたしが以前友達に見せられた動画と同じものだろう、雪乃先輩は熱心にみている。
時折、声にならない感嘆の声が漏れだす。
目を輝かせているその姿に響も満足そうだ。
二人が並んでいると確かに高校生アイドルの二人といっても過言ではないかもしれない。
「すごいものですねえ」
手をぱちぱちと小さく動かしながら目を離せないでいる。
「ダンスは響さんが始められたんですか?」
「どうだったかな。奏がダンススクールに行きたいって言って……一緒について行ったんだけど、それでハマっちゃったんだっけ」
「確かそんなんだよ」
「今、ダンスも全国大会あってね、それを目指してるんだ」
「なんだかんだお姉さんなんですねえ。私は一人っ子ですから」
「あはは、どう見たってお姉ちゃんキャラでしょ」
ほんの少しだけ響は心外な様子でそう言いながら続ける。
今回のこともね、実はね、あたしはどうでもいいんだけど奏がね、結構気にしちゃって」
「そうなんですか?どちらかと言うと響さんの方がこう言う事にはトコトン行くタイプなのかと」
「あはは、どんなタイプそれ。意外とそんなことないよ。めんどいじゃん」
「ちゃんと相談に行ったか後で聞くっていうのよ」
「あの子は昔からそうでね。双子なのに性格も真逆でね。だから……」
そこまで言うと響は口をつぐんで立ちが上がった。バッグのマスコットが揺れる。
「ちょっと喋りすぎたかな。そろそろ行くね」
「一応、嘘にならない程度に調べてくれる?」
「サラッと表面をなぞるだけでもいいから」
「ね、頼むよ」
「奏さん、詩さんにもこちらに来てもらえるように伝えてもらえますか?」
なんとなく上の空の雪乃先輩はそう言った。
「さっきまで部活で一緒だったから、後で来るように言っとく」
「結局デンプンは何か関係があるの?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
響はぶつぶつ言いながらも、特に気にした様子もなく去って行った。
少しの間、部屋に残った雪乃先輩とわたしは無言のまま窓の外を眺めていた。
梅雨時の雨は先輩にもわたしにも、やや重苦しく、まとまらない髪が不快感を増す。
雪乃先輩は前髪を何度も整え、最終的には諦めてから口を開いた。
「すごく個性的で面白い人ねえ。ダンスもすごかったし」
重力に逆らって跳ねる髪をそのままにして先輩は言った。
「わたしはなんだか疲れちゃいました!」
「萌花ちゃんはああいう人は苦手そうだもんね」
「そ、そんな顔に出てましたか?」
「ちょっとだけね、でも、私じゃないと気づかないと思うから大丈夫。多分ね」
どうしてもフラグに聞こえてしまって、気をつけなきゃ、わたしはそう思った。
三年の目立つ先輩に目をつけられると学校生活にも不安が生じてしまう。
「私、ちょっと気に入っちゃったな。私のこと趣味じゃないんだって。うれしいな」
「わたしは……」
ここまで言ってからどう答えても実質的な告白になってしまうと気づいて話題を変えた。
「もし嘘つきが三人の中にいたとして、響先輩は嘘つきって感じではなさそうですよね」
「ま、正直者イコール嘘つきではない。と言う問いに対する答は難しいかな」
雪乃先輩の曖昧で難しい返事に混乱してしまう。正直者は正直者ではないのだろうか?
「妹の奏さんは性格が真逆だって言ってましたけど本当ですかね?なんだか怖いです」
「双子って本当に面白いね。私もなんだかドキドキしてきちゃった」
「詩さんも興味あるな」
「でも、わたしの感想ですけど響先輩は、思ってるよりは自分好きって感じではなかったですよね?」
「わりと妹さんの話してましたし」
そんな話をしながら待っていたけれど、結局その日は待てど暮らせど残りの二人は来なかった。
ああいう性格の響の事だ、きっと忘れて帰ったのだろう。
仕方ないので、封筒と便箋について調べるために、閉まる間際の購買部に立ち寄ることにした。
駆け込みで買い物をする数人の生徒がわたし達をチラチラと興味深そうに眺めてくる。
雪乃先輩は気にした様子もなく、文具売り場を調べている。
うちの学校で一番人気の、無地で少し光沢のある封筒。
見た目は至ってシンプルで、ロゴなどは入っていないけれど、品がある作りで人気があるのもわかるな、わたしはそんな感想を抱いた。手紙の投函者は間違いなく学内の人間だろう。まず清心館に売っている封筒を調べて同じものを外で探す労力が馬鹿馬鹿しい。念のため対象を広げて、学内の人間ではなかったとしても、その関係者、家族や友人には違いないとわたしは思った。
他に何かヒントがないか購買を物色していく。そういえば、ここにはロザリオが売っているんだっけ。入学してから何となく買うタイミングを逃してしまってまだ持っていない。
わたしは洗礼を受けているわけでもないから、特に必要ないけど、何となくお守り代わりに一つ欲しいとはずっと思ってはいる。
雪乃先輩が小さく手招きをする。何か事件のヒントを見つけたのだろうか?そう思って近くに行くと、スカートのポケットから光る何かを取り出す。随分年季が入ったロザリオだった。
中等部時代かそれ以前に購入したものなのだろうか。
スラッと細い指が指し示す方向を見ると同じデザインの物だ。雪乃先輩はそっとロザリオをポケットにしまうとスススッと離れていった。言うまでもなく、わたしは同じものを購入した。
購買が閉まるまでの時間、売り物をみて回ったけれど、封筒の事がわかっただけで(ロザリオは別だ)取り立てて収穫もなく、いつもの坂道を二人で降りていく。
下校時間をだいぶ過ぎているため歩いている生徒達もまばらだ。
わたしがお願いして先輩と帰る時は少し遅めの時間にさせてもらっている。
以前偉そうな事を言ったにもかかわらず、やはり周りの生徒達の視線がまだまだ気になってしまうから。
雪乃先輩はこのお願いをした時に、少しだけ困った顔をしたけれど、わたしの意思を尊重してくれた。
帰り道、ロザリオをポケットの中で握りしめて歩く。先輩が自分とお揃いにしようと、わたしだけに(きっとそうだよね)教えてくれた事が嬉しくて、千円程度の物なのに価値の計り知れない聖遺物のように感じる。
そんな帰り道、隣を静かに歩いていた雪乃先輩は急に口を開く。
「雲が低いね、本格的な梅雨で雨続きになっちゃうかな。結構癖っ毛だからうねりが強くてね」
「わたしは湿気でぺったりしちゃうんです」
「でも雨は嫌いじゃないんだ。雨の日のカフェでわざとテラス席に行くのが好きなの。静かでね。
水たまりに落ちる水滴が作る波紋を見ながらぼーっとして」
「いつから雨の日が好きになったのか、ちょっと思い出せないんだけど、いつの間にかね、好きになってた」
遠い目をした先輩の横顔はとても儚くて消えてしまいそうだった。
その横顔を見ながら、雨の日はパジャマでゴロゴロなんて言えないな。
そんなことを考えていると、いつの間にか、あと少しで二人の帰宅方向がバラバラになる場所が近づいている。
住宅街に入る路地と、大きな道路をつなぐ歩道橋の分かれ道になっていて、わたしは中学の時もこの歩道橋を使っていた。
毎日一人でここから見る夕日が好きだった。
でも、先輩と下校するようになって、この場所に来ると、いつも少し寂しくなるようになってしまった。
一人がいいと思う時も多いけれど、やっぱり一人は嫌だな、そう思ってしまう。
あの不思議な付き合い方をしている三人も同じような気持ちなのかもしれない。
車のライトがわたしの表情がわからないように隠してくれるのが少しだけ助かる。
「では、また明日」
一礼をして歩道橋に足を向ける。
「また明日ね」
先輩が普段と同じ声と、同じ柔らかい笑顔でわたしを見つめている。
あの日以来、手も繋いでいないことを急に思い出して、先輩の手をぎゅっと握りしめるとすぐに離した。
そして、あっけに取られた先輩に手を振ると歩道橋の階段を一段飛ばしで駆け上る。
先輩も同じ気持ちだと嬉しい、なんて淡い期待を込めて振り返ったけれど、夕方の逆光がその表情を見えなくしていた。
わたしは急に恥ずかしくなってそのまま振り返らずに早足で夕暮れの街を真っ直ぐに帰るのだった。
「ちょっと聞いてよ!これ!どう思う⁉︎」
机に投げつけられたのは白い無地の封筒で、見た目はシンプルそのものだった。
いかにも陽キャ然として目の前に座っているのは|木崎響先輩。三年生だ。
雪乃先輩と同じかそれ以上の有名人でダンス動画が何万再生もされている。
普段から自分が清心館女学院一の美少女だと吹聴している自分大好き人間。
それ以外にも、双子の木崎奏先輩、そして三つ子のようにそっくりな中村詩先輩。
三人でお付き合いをしているという二重の意味で学内にその存在感をアピールしている。
そんな響先輩はなんと言えばいいのだろう。
地雷量産型メイクといえばいいのか、高めにツインテールを結っていて、校則ギリギリの濃さでアイラインやシャドウを入れている。まつ毛もおそらく付けまつげだろう。その見た目と話し方から年齢よりも幼く見える。それも人気の一端なのかもしれない。
わたしが響先輩を品定めしている最中、手紙を読み終わった雪乃先輩は
「これは……嫌がらせ……なのでしょうか?」
言いながら人差し指と中指に挟んでわたしに手紙を渡してくれる。
そこには、一言
『嘘つきは誰?』
そう書かれていた。
手紙は、購買部で売られている封筒に入っていて、響先輩に宛たものだ。
筆跡の判別が付けづらいように角ばった字で書かれている。律儀にポスト投函されたらしく消印は学校最寄りの郵便局のものだった。
糊付けは丁寧にされているが、上部が乱暴に破られている。彼女らしい開け方だな。そう思った。
中にはただ一言、先ほどの言葉が書かれた紙片が入っていて、コピー用紙に印刷したものを丁寧に切り取って便箋として使っているものだ。
「こういった手紙は今までにも?」
「ううん、初めて」
首を振ると少し遅れて揺れるツインテールをつい目で追ってしまう。
「手がかりを見つけて差出人を見つけてくれない?指紋取ったり、聞き込みをしてさ」
雪乃先輩のことを警察か鑑識と勘違いしているのだろうか。
わたしが心の中でムッとしながらこの人は名前呼び捨てで良いや、と決めたところで
「指紋調査ですか、そういえばやったことないですね」
「お望みならやってみますよ」
なにやら二人は謎の意気投合をしてしまっている。その様子にさらにモヤモヤが募ってしまう。
「ぜひ頼むよ!」
とんとん拍子に進む話に喜ぶ響。
「でも、犯人さんの指紋がわからないと照合はできませんけれどね」
「あ、そっか、でも何でもいいからさ、とりあえず調査してみてよ」
「お心当たりはありますか?」
「あるっちゃあるけど、ないっちゃないね」
全く答えになってないんだが……不思議と響の発言がだんだん面白くなってきて吹き出しそうになってしまう。
口元を覆う神妙なしぐさのフリでごまかしていると、雪乃先輩もシャーロック・ホームズの癖のように、両手を顔の前ですり合わせている。
普段はしない仕草なので同じ気持ちなのだろうか、よく見るとうっすらと笑みを浮かべている。
けれど、それはわたしの笑いとは違った意味を持っていそうだった。
「私は響さん達の関係を伝聞でしか存じ上げないので……」
「詳しく聞かせていただいても?」
たっぷりと間を取ってから雪乃先輩はそういった。
「デンプン?芋が何か関係あるの?」
「うふふ、聞いた話でしか知らないのでお聞かせいただいても?」
「はいはい、了解」
「あたしと奏は双子なのは知ってるでしょ?」
「マジ仲のいい双子なんだけど、ずっと一緒にいてさ、変な噂立っちゃうのも嫌でさ」
「困ってたところに詩が私たちのこと好きって言ってきたんよ」
「めでたしめでたしってわけ」
「よくわかりました」
わたしには何もわからないけれど、雪乃先輩はわかったのだろうか?
「三人でお付き合いとのことですが、響さんが奏さんと詩さんを好きなところはどこですか?」
「二人ともあたしに似て可愛いところかな?」
「あたしは自分が一番好きだからさー」
「雪乃さん……って呼びづらいね。ゆきのんでいっか」
「ゆきのんはさ、二年ならトップビジュだと思うけど……」
「三年はあたし……私達が一番だと思うよ」
「そうかもしれませんね」
「響さんはすごく自信に満ち溢れていて素敵な方だと思いますよ」
雪乃先輩はしみじみと納得したように頷きながら肯定する。
「でしょ」
「でもゆきのんはタイプじゃないからごめんね」
「あら、振られてしまいましたか。残念です」
またくすくすと楽しそうに笑う雪乃先輩。
対してわたしは面白さに変わっていた気持ちが、ムカムカに進化し始めてしまう。
「響さんたちはダンス部でしたよね?」
「そだよ。動画バズってね、結構人気あるんだ」
「私はあまり詳しくなくて、良ければお見せていただいても?」
「いいよ」
響はよくわからないぬいぐるみで飾りつけた学校指定のスクールバッグからスマートフォンを取り出すと雪乃先輩と顔を寄せる。
清心館は放課後だけスマホ利用が許可されている。数年前にやっと、という話だったけれど。
わたしが以前友達に見せられた動画と同じものだろう、雪乃先輩は熱心にみている。
時折、声にならない感嘆の声が漏れだす。
目を輝かせているその姿に響も満足そうだ。
二人が並んでいると確かに高校生アイドルの二人といっても過言ではないかもしれない。
「すごいものですねえ」
手をぱちぱちと小さく動かしながら目を離せないでいる。
「ダンスは響さんが始められたんですか?」
「どうだったかな。奏がダンススクールに行きたいって言って……一緒について行ったんだけど、それでハマっちゃったんだっけ」
「確かそんなんだよ」
「今、ダンスも全国大会あってね、それを目指してるんだ」
「なんだかんだお姉さんなんですねえ。私は一人っ子ですから」
「あはは、どう見たってお姉ちゃんキャラでしょ」
ほんの少しだけ響は心外な様子でそう言いながら続ける。
今回のこともね、実はね、あたしはどうでもいいんだけど奏がね、結構気にしちゃって」
「そうなんですか?どちらかと言うと響さんの方がこう言う事にはトコトン行くタイプなのかと」
「あはは、どんなタイプそれ。意外とそんなことないよ。めんどいじゃん」
「ちゃんと相談に行ったか後で聞くっていうのよ」
「あの子は昔からそうでね。双子なのに性格も真逆でね。だから……」
そこまで言うと響は口をつぐんで立ちが上がった。バッグのマスコットが揺れる。
「ちょっと喋りすぎたかな。そろそろ行くね」
「一応、嘘にならない程度に調べてくれる?」
「サラッと表面をなぞるだけでもいいから」
「ね、頼むよ」
「奏さん、詩さんにもこちらに来てもらえるように伝えてもらえますか?」
なんとなく上の空の雪乃先輩はそう言った。
「さっきまで部活で一緒だったから、後で来るように言っとく」
「結局デンプンは何か関係があるの?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
響はぶつぶつ言いながらも、特に気にした様子もなく去って行った。
少しの間、部屋に残った雪乃先輩とわたしは無言のまま窓の外を眺めていた。
梅雨時の雨は先輩にもわたしにも、やや重苦しく、まとまらない髪が不快感を増す。
雪乃先輩は前髪を何度も整え、最終的には諦めてから口を開いた。
「すごく個性的で面白い人ねえ。ダンスもすごかったし」
重力に逆らって跳ねる髪をそのままにして先輩は言った。
「わたしはなんだか疲れちゃいました!」
「萌花ちゃんはああいう人は苦手そうだもんね」
「そ、そんな顔に出てましたか?」
「ちょっとだけね、でも、私じゃないと気づかないと思うから大丈夫。多分ね」
どうしてもフラグに聞こえてしまって、気をつけなきゃ、わたしはそう思った。
三年の目立つ先輩に目をつけられると学校生活にも不安が生じてしまう。
「私、ちょっと気に入っちゃったな。私のこと趣味じゃないんだって。うれしいな」
「わたしは……」
ここまで言ってからどう答えても実質的な告白になってしまうと気づいて話題を変えた。
「もし嘘つきが三人の中にいたとして、響先輩は嘘つきって感じではなさそうですよね」
「ま、正直者イコール嘘つきではない。と言う問いに対する答は難しいかな」
雪乃先輩の曖昧で難しい返事に混乱してしまう。正直者は正直者ではないのだろうか?
「妹の奏さんは性格が真逆だって言ってましたけど本当ですかね?なんだか怖いです」
「双子って本当に面白いね。私もなんだかドキドキしてきちゃった」
「詩さんも興味あるな」
「でも、わたしの感想ですけど響先輩は、思ってるよりは自分好きって感じではなかったですよね?」
「わりと妹さんの話してましたし」
そんな話をしながら待っていたけれど、結局その日は待てど暮らせど残りの二人は来なかった。
ああいう性格の響の事だ、きっと忘れて帰ったのだろう。
仕方ないので、封筒と便箋について調べるために、閉まる間際の購買部に立ち寄ることにした。
駆け込みで買い物をする数人の生徒がわたし達をチラチラと興味深そうに眺めてくる。
雪乃先輩は気にした様子もなく、文具売り場を調べている。
うちの学校で一番人気の、無地で少し光沢のある封筒。
見た目は至ってシンプルで、ロゴなどは入っていないけれど、品がある作りで人気があるのもわかるな、わたしはそんな感想を抱いた。手紙の投函者は間違いなく学内の人間だろう。まず清心館に売っている封筒を調べて同じものを外で探す労力が馬鹿馬鹿しい。念のため対象を広げて、学内の人間ではなかったとしても、その関係者、家族や友人には違いないとわたしは思った。
他に何かヒントがないか購買を物色していく。そういえば、ここにはロザリオが売っているんだっけ。入学してから何となく買うタイミングを逃してしまってまだ持っていない。
わたしは洗礼を受けているわけでもないから、特に必要ないけど、何となくお守り代わりに一つ欲しいとはずっと思ってはいる。
雪乃先輩が小さく手招きをする。何か事件のヒントを見つけたのだろうか?そう思って近くに行くと、スカートのポケットから光る何かを取り出す。随分年季が入ったロザリオだった。
中等部時代かそれ以前に購入したものなのだろうか。
スラッと細い指が指し示す方向を見ると同じデザインの物だ。雪乃先輩はそっとロザリオをポケットにしまうとスススッと離れていった。言うまでもなく、わたしは同じものを購入した。
購買が閉まるまでの時間、売り物をみて回ったけれど、封筒の事がわかっただけで(ロザリオは別だ)取り立てて収穫もなく、いつもの坂道を二人で降りていく。
下校時間をだいぶ過ぎているため歩いている生徒達もまばらだ。
わたしがお願いして先輩と帰る時は少し遅めの時間にさせてもらっている。
以前偉そうな事を言ったにもかかわらず、やはり周りの生徒達の視線がまだまだ気になってしまうから。
雪乃先輩はこのお願いをした時に、少しだけ困った顔をしたけれど、わたしの意思を尊重してくれた。
帰り道、ロザリオをポケットの中で握りしめて歩く。先輩が自分とお揃いにしようと、わたしだけに(きっとそうだよね)教えてくれた事が嬉しくて、千円程度の物なのに価値の計り知れない聖遺物のように感じる。
そんな帰り道、隣を静かに歩いていた雪乃先輩は急に口を開く。
「雲が低いね、本格的な梅雨で雨続きになっちゃうかな。結構癖っ毛だからうねりが強くてね」
「わたしは湿気でぺったりしちゃうんです」
「でも雨は嫌いじゃないんだ。雨の日のカフェでわざとテラス席に行くのが好きなの。静かでね。
水たまりに落ちる水滴が作る波紋を見ながらぼーっとして」
「いつから雨の日が好きになったのか、ちょっと思い出せないんだけど、いつの間にかね、好きになってた」
遠い目をした先輩の横顔はとても儚くて消えてしまいそうだった。
その横顔を見ながら、雨の日はパジャマでゴロゴロなんて言えないな。
そんなことを考えていると、いつの間にか、あと少しで二人の帰宅方向がバラバラになる場所が近づいている。
住宅街に入る路地と、大きな道路をつなぐ歩道橋の分かれ道になっていて、わたしは中学の時もこの歩道橋を使っていた。
毎日一人でここから見る夕日が好きだった。
でも、先輩と下校するようになって、この場所に来ると、いつも少し寂しくなるようになってしまった。
一人がいいと思う時も多いけれど、やっぱり一人は嫌だな、そう思ってしまう。
あの不思議な付き合い方をしている三人も同じような気持ちなのかもしれない。
車のライトがわたしの表情がわからないように隠してくれるのが少しだけ助かる。
「では、また明日」
一礼をして歩道橋に足を向ける。
「また明日ね」
先輩が普段と同じ声と、同じ柔らかい笑顔でわたしを見つめている。
あの日以来、手も繋いでいないことを急に思い出して、先輩の手をぎゅっと握りしめるとすぐに離した。
そして、あっけに取られた先輩に手を振ると歩道橋の階段を一段飛ばしで駆け上る。
先輩も同じ気持ちだと嬉しい、なんて淡い期待を込めて振り返ったけれど、夕方の逆光がその表情を見えなくしていた。
わたしは急に恥ずかしくなってそのまま振り返らずに早足で夕暮れの街を真っ直ぐに帰るのだった。
