エピローグ
「結局、あの二人きませんでしたね」
「生徒会長と副会長だからね、いつも忙しいのよ」
そんなに忙しくもなさそうだったけれど。
そんな事を思いながら、雪乃先輩の隣で夕暮れの通学路、あの日、出会った同じ坂道を歩く。
「あの二人ってなんだか——」
そこまで言ってからわたしは口をつぐんだ。さっきの先輩の話を思い出したからだ。
人にはそれぞれの想いがあり生き方がある。わたしと雪乃先輩、会長と副会長。
それぞれに違う人で違う想いがある、そう思い直したからだった。
「今年は珍しく寒くなるのが早いですね。しっかりした秋が来ている気がします」
「冬が来るのも早いかしら」
雪乃先輩は物思いに耽っていて、なんだか、心ここにあらずのようだ。
わたしは必死に勇気を絞り出して、雪乃先輩の手を取ると
「ほら、雪乃、なんとかリング食べに行くんでしょ。秋限定のやつがあるって」
「今だけの限定!二人で食べようよ」
雪乃先輩の前に出て振り返りながらそう言った。体が透き通って心臓に夕陽が当たっているように熱を持っている。
雪乃先輩は嬉しそうに笑うと
「そうだね、もか。私、本当に詳しいのよ。ここのところ週一で行ってるんだから」
「先輩、やっと元気出てきました」
「呼び捨てにしてくれないと、いやなんだけどな——」
「——ううん、ま、許してあげる」
無理に背伸びをする必要もないし、無理に距離を縮めて行く必要もないんだ。
わたしも先輩も同じ気持ちで通じ合っている、なんだかそう信じられる気がした。
わたしたちはわたしたちのペースで、二人だけの速さで歩いていこう。
そう思ったら、急に恥ずかしくなって、繋いだ手をほどきたくなるわたしの指先を、そっと名残惜しそうに先輩はなぞった。
ほどけかかった、わたしたちの手は、もう一度しっかりと繋がれていた。
二人だけの通学路にゆっくりと秋の陽が落ちてゆく。ビルの窓に反射した光が抽象画のような幾何学模様を形作っている。
「夕陽が沈むのを観ながら帰りませんか?」
「ちょうど川沿いの道が気持ちいいと思うんです」
それは、二人の思い出の場所。
今日が昨日になって、一昨日になって、そしてやがて——
「雪乃先輩」
「何?萌花ちゃん」
「ううん、なんでもないです」
いいや、考えるのはよそう。
雪乃先輩も言っていた、わたしたちは今を生きてるんだって。
いつか、わたしが今日のこの日を思い出した時に、笑顔で語り合える相手がいるのか、一人静かに涙を流すのか、それは誰にもわからない——
急な風に梢が揺れて、赤く染まった落ち葉がわたしたちを包み込んだ。
気づくと、同じ落ち葉を二人同時に手に取っている。
「先輩、髪にも落ち葉がついてますよ」
「萌花ちゃんにも」
雪乃先輩は二人で同時に掴んだ葉っぱをくるくると指で回してから、ポケットに大事そうにしまった。
わたしは先輩の髪を優しく払いながら、その中の一枚を同じようにする。
「冬が——来ますかね」
「それ、さっき私が言ったこと」
「まだ、もう少しあったかいと思うよ」
ほんのわずかに雪乃先輩の指先に力がこもる。
わたしもそっと握り返した。
遠くの山の端に一番星が見える。
わたしたちはいつもよりもゆっくりとしたペースで歩く。
その星を、名前も知らない一番星を目指して。
「結局、あの二人きませんでしたね」
「生徒会長と副会長だからね、いつも忙しいのよ」
そんなに忙しくもなさそうだったけれど。
そんな事を思いながら、雪乃先輩の隣で夕暮れの通学路、あの日、出会った同じ坂道を歩く。
「あの二人ってなんだか——」
そこまで言ってからわたしは口をつぐんだ。さっきの先輩の話を思い出したからだ。
人にはそれぞれの想いがあり生き方がある。わたしと雪乃先輩、会長と副会長。
それぞれに違う人で違う想いがある、そう思い直したからだった。
「今年は珍しく寒くなるのが早いですね。しっかりした秋が来ている気がします」
「冬が来るのも早いかしら」
雪乃先輩は物思いに耽っていて、なんだか、心ここにあらずのようだ。
わたしは必死に勇気を絞り出して、雪乃先輩の手を取ると
「ほら、雪乃、なんとかリング食べに行くんでしょ。秋限定のやつがあるって」
「今だけの限定!二人で食べようよ」
雪乃先輩の前に出て振り返りながらそう言った。体が透き通って心臓に夕陽が当たっているように熱を持っている。
雪乃先輩は嬉しそうに笑うと
「そうだね、もか。私、本当に詳しいのよ。ここのところ週一で行ってるんだから」
「先輩、やっと元気出てきました」
「呼び捨てにしてくれないと、いやなんだけどな——」
「——ううん、ま、許してあげる」
無理に背伸びをする必要もないし、無理に距離を縮めて行く必要もないんだ。
わたしも先輩も同じ気持ちで通じ合っている、なんだかそう信じられる気がした。
わたしたちはわたしたちのペースで、二人だけの速さで歩いていこう。
そう思ったら、急に恥ずかしくなって、繋いだ手をほどきたくなるわたしの指先を、そっと名残惜しそうに先輩はなぞった。
ほどけかかった、わたしたちの手は、もう一度しっかりと繋がれていた。
二人だけの通学路にゆっくりと秋の陽が落ちてゆく。ビルの窓に反射した光が抽象画のような幾何学模様を形作っている。
「夕陽が沈むのを観ながら帰りませんか?」
「ちょうど川沿いの道が気持ちいいと思うんです」
それは、二人の思い出の場所。
今日が昨日になって、一昨日になって、そしてやがて——
「雪乃先輩」
「何?萌花ちゃん」
「ううん、なんでもないです」
いいや、考えるのはよそう。
雪乃先輩も言っていた、わたしたちは今を生きてるんだって。
いつか、わたしが今日のこの日を思い出した時に、笑顔で語り合える相手がいるのか、一人静かに涙を流すのか、それは誰にもわからない——
急な風に梢が揺れて、赤く染まった落ち葉がわたしたちを包み込んだ。
気づくと、同じ落ち葉を二人同時に手に取っている。
「先輩、髪にも落ち葉がついてますよ」
「萌花ちゃんにも」
雪乃先輩は二人で同時に掴んだ葉っぱをくるくると指で回してから、ポケットに大事そうにしまった。
わたしは先輩の髪を優しく払いながら、その中の一枚を同じようにする。
「冬が——来ますかね」
「それ、さっき私が言ったこと」
「まだ、もう少しあったかいと思うよ」
ほんのわずかに雪乃先輩の指先に力がこもる。
わたしもそっと握り返した。
遠くの山の端に一番星が見える。
わたしたちはいつもよりもゆっくりとしたペースで歩く。
その星を、名前も知らない一番星を目指して。
