3
「暁希、奇術部がこんなに本格的に活動していたなんてね?」
心の底から楽しそうな声で七々瀬は問いかける。その口調から好奇心ではち切れんばかりの感情が伝わってくる。
「私の友人が奇術部を高校で立ち上げまして、どうしても来て欲しいと頼まれていたんです。七々瀬さんがご一緒してくれてよかった」
「休憩時間が同じでラッキーです」
七々瀬と同じく楽しげな様子の暁希は握った手をぐいぐいと引いてゆく。その様子を、廊下を行き交う生徒達が興味深そうに見つめている。
「ここです。特別棟四階ってこの世の果てみたいな場所ですよね」
文化祭展示の果てだけあって、生徒だけでなく来客も随分と少ない。
「ほら、早く入りましょう」
室内に入るとすでに十名程度の観客が座っているが、生徒会役員が来ると知らされていたのだろうか、最前列が二席空けられている。まだ始まってないにもかかわらず、なんとなく映画館に遅れて入った時のように腰を屈めて席につく二人。
スッと音もなく近づいてきた奇術部員が公演プログラムを手渡ししてくれる。室内は全て消灯されており、ステージらしさを出すために教卓付近が一段高く設えられている。
その両脇の机にも黒い布がかけられていて雰囲気づくりに一役買っていた。
その上に乗せられた燭台の上のキャンドルが柔らかな光を放っている。実物を使っているあたりこだわりを感じる。
七々瀬は消防法を思い出そうとしたが、思い出せなかったので、また今度調べておこう、と思うに留めることにしてから、一通りプログラムを確認すると開演を待つ。
先程までウキウキしていた暁希はどことなく緊張した面持ちだ。やはり友人が出演するからだろうか。
「私はこっちの分野は少し学んだ事があるんだけれど、実演を見るのは久しぶりでね。とても楽しみ」
「剣を飲み込むマジックのタネはいくつかあるけれど、どれを採用しているんだろう」
「こっちの空き缶を元に戻すっていうのも気になる……」
「それに人体消失マジックまであるなんて!」
生徒会役員としての威厳はどこへやらで、幼さすら感じさせる笑顔と語り口で七々瀬はプログラムの演目について暁希にあれこれと聞きながら、不意に思い出したようで
「そういえば、中等部に奇術部があったわよね」
「ねえ?覚えてる?」
と尋ねた。
「私、昔は奇術部のお手伝いしてたんですよ」
「え、そうなの?レベルが高かったのに解散して部は無くなっちゃたよね。なんでかな」
「いろいろあったみたいです。ほら、もう始まりますよ」
少し困り顔の暁希が開演の気配を感じてか、早口に告げる。
話はそこまでだった。サーというノイズに続いて、マジックショーといえば、これ。という音楽が流れはじめた。それまでざわざわと話をしていた生徒たちはパンフレットを閉じて教室の前方に目を向けた。
曲がポール・モーリアの『オリーブの首飾り』なんて、こういうベタなのがいいね。と七々瀬は納得しながら舞台に集中する。
暗幕の後ろから現れたのは、おそらく部長だろう
「レディーズ!エンド!ジェントルメン」
と女生徒ばかりの観客に向けてこれもお決まりの挨拶をする。
「清心館女学院のような可憐な乙女の園において、このようなマジックを披露するのは、少し刺激が強すぎるかもしれませんが、ぜひ楽しんで行ってください」
「まずは二年による剣を呑むマジックからどうぞ!」
「今回の演目はなかなかの物を集めていますよ」
全く澱みなく口上を述べると司会を進行する。
続けて黒マントを羽織った、雰囲気たっぷりな女生徒がマントの下から小道具のサーベルを取り出す。
この公演はどこまでも定型のマジックショーに従っていくようだ。
女生徒は刃を指で弾いたり紙を切り裂いたりその硬さの確認をするとおもむろに顔を上げてから剣を口に滑り込ませていく。なるほど、きっと仕掛けはあのパターンね。でも演技の滑らかさが見事だからタネを知っていても楽しめちゃうな。と七々瀬は興奮しながら見つめるのだった。
その後十五分ほどのショーの後、再び部長が現れて
「次の大技には観客の皆さんにもご協力いただきます!」
さて……我は、と思うものは〜周りを見渡して誰も手をあげてないのを確認すると、ドラムロールに続いて暁希を指差す。
なるほど、仕込みの友人に参加してもらうのね。だから私たちが招待されたんだ。手が込んでるわ。
人体消失マジックも色々な種類があるけど、私が知らないものだと嬉しいな。そんなことを思いながら七々瀬は暁希の背中を軽く押して、頑張ってとウィンクしてエールを送る。
フラフープの輪に黒い布が縫い付けられた小道具の真ん中に立つと暁希の足元から手慣れた動作で引き上げられる。
一度隠れた暁希の顔がニュッと現れた。首から下はすっぽりと隠されている。まだ消失してないという証明なのだろう。
二言三言何かを喋ると、頭の上までゆっくりとリングの布が覆い隠す。
カウントダウンの後、部員がサッと手を離すと、床にストンと落ちるリング。
それが志崎暁希が消え去る前、最後の時間だった。
「さて、みなさん人体消失いかがでしたでしょうか‼︎」
「先ほどの可憐な女生徒は再び戻って来れるのでしょうか?」
もったいぶった司会に合わせてアシスタントの部員が、ドラムロールに合わせてリングを持ち上げる。
指先まで神経が行き届いた見事な所作だった。
持ち上げたリングを左右にゆったりと揺らすと重みのある布がふわりと円運動を描きながら宙に放たれた。
からーんと空虚な音を立てて落ちるリング。
「おっと、アクシデントのようです。もう一度試してみましょう」
また同じ音を立てて落ちるリング。
観客がわずかに驚きとざわめきの声を上げ始める。
これはマジックでよくある、わざと失敗するパターンだけど、演技力があるから見応えがたっぷりだ。
七々瀬はそう思っていたが、部員たちが、何度同じようにリングを上げては落とす、とやっても暁希の姿が再び現れることはなかった。
生徒だけでなく、暗幕の後ろでも何やらざわざわとした声が聞こえ始めてきた。
部員たちが部長に何か耳打ちをしている。教室の外までざわめきが聞こえるほどのガチャガチャと舞台裏を探す音、心配の声を発する部員たち。
その時、ドアが開け放たれた。中に差し込む光の眩しさに七々瀬をはじめ観客達が目を細めていると
「あなたたち、ずいぶん騒がしいですよ?」
顔は見えないが、若いシスターの鋭い声が飛ぶ。
「あ、あの……私たち奇術部で……マジックをしていたら……えっと」
しどろもどろの部長に変わって七々瀬が代わりに答える。
「わたしの連れ——志崎暁希という子なんですが、人体消失マジックで消えたっきり戻ってきていないんです」
「消えたなんて、そんな馬鹿な話が……」
シスターは眉根をひそめながら七々瀬に向かい合って答える。
「……でしたら、シスターも室内の捜索をお手伝いいただけませんか?」
七々瀬の真剣な表情に気押されたシスターも半信半疑ながら手伝いはしてくれるようだった。
一通り部屋を捜索したものの見つからない。観客もますます困惑の様子でざわついている。
「こっそりドアを開けて出て行った可能性は?」
シスターが部員と七々瀬に質問する。
「いえ、もしそうならすぐわかるはずです」
「シスターがドアを開けて入ってきた時までは誰もドアを開けませんでした」
再び部員に変わって七々瀬が簡潔に要点を話していく。
「なるほど……わかりましたよ。皆で、私をからかおうと言うのですね?文化祭といえどおふざけが過ぎますよ。
観客まで巻き込んで、赴任したばかりの私にこんな……生徒会役員の貴女まで……奇術部員はこの後で私が聞き取りをします。
きっちり絞りますからね。みなさん、ショーはここまでとなります!」
これもショーの演出なのか、どこまでも半信半疑の生徒たちに混ざって退出を余儀なくされる七々瀬。
それから一日経った今まで、当てもなく校内を探し歩くことになるのだった。
「と、まあこんな感じで丸一日探したのだけれど、いよいよ手に負えないなと思って」
言葉の軽さとは裏腹に目を紅茶のカップに落とした七々瀬の表情は一瞬だが深い翳りを見せたように見えた。
それは西日のせいとばかりも言えなかった。
手の震えのせいかカップの表面にさざなみが刻まれる。
話している間、わずかにも口をつけていない紅茶に気づいてほんの少し唇を湿らせると
「正直なところ、シスターがおっしゃる通り、私も何かの悪戯だと思っているのだけれど。だって人が消えるなんてことが本当にあると思う?」
自分自身がそう信じたいと言うように七々瀬は強く、はっきりと言った。
「悪ふざけとも思えない何かがあるとは思うかな」
「かといって、神隠しや——誘拐、ましてや殺人……なんてことはないと思うけれどね」
雪乃の発言にショックを受けたのかギュッと唇を噛む七々瀬。
「強い言葉を使い過ぎてしまったかしら」
「事件は起きたけれど今はそれが何かはわからない」
「悪ふざけではなくてあくまで事件なの……?それは——探偵としての勘というやつ?」
「もしも……そういうものがあるとするならば、どちらかというと経験、かな」
雪乃は紅茶の最後の一口をしっかりと味わうと、七々瀬のカップをじっと見る。
七々瀬が慌てて紅茶を飲み干すのを見届けると、雪乃は少しだけ悲しげな表情で上手に淹れられたお茶なのに、というような目で見ながらもそのことには触れずに
「現場検証しましょうか。今回いただいたお話はこの場での解決は難しそう」
「私は本当は、安楽椅子探偵に憧れていたのだけれど」
手早くティーセットをシンクへ運ぶと指先にわずかについた水滴を拭う。
奇術部の公演が行われていたのは、先ほど二人が出会った場所の程近くだったので、来た道を戻ることになってしまう。
「もう、最初からここで話を聞いたら良かったんじゃないの」
珍しく不平を口にする雪乃。
「落ち着いて話をしたくて……本当にすまない。確かにそうだね」
先ほどの会話で聞いた説明と同じ配置の室内だった。
さすが生徒会役員ともなると記憶力だけでなく説明も行き届いているな、そう雪乃が思いながら室内を見回すと、その視線に合わせてテキパキと状況を説明する七々瀬。
雪乃も独自に現場を調べる。教室の後部、観客席から丹念に仕掛けや何かのヒントがないかをつぶさに調べてから何もないことを確認すると演台へと足を運ぶ。
消失マジック用の小道具はフラフープに布をつけた簡易的な物なのね。と調べを進めながらぶつぶつと呟いている。
それは、試着室のカーテンのような作りで、綺麗に縫い合わされている。なかなかバレずに抜け出すのは難しそうだった。これもマジックのタネの一部分なのだろうか。
小道具をこねくり回しながらドアから出たり入ったりを繰り返す雪乃を見て
「シスターが入ってくるまで部屋のドアが開くことはなかったし、隠れる場所も暗幕の後ろ、と言うのはいかにも子供騙しではない?それに私たちもシスターと一緒にしっかり室内の隠れられそうな場所は探したんだよ」
「もちろん観客の数が増えたり減ったりもなかった」
雪乃の行動から言いたそうな事を察した七々瀬が補足する。
「なるほど、ある意味において、ここは密室だったってことなのね」
「衆人環視が故の密室……」
「密室トリックの解決は初めてだな。ちょっと頑張ってみようかな」
誰に訊かせるでもなく呟く雪乃に七々瀬は
「それと……」
自分の考えを否定するようにこめかみに指を当てながら言い淀んでいた。
「ここでのお話は私とあなただけですよ」
安心させるように雪乃は助け舟を出す。
「これは私があの子を探している時に見つけたんだよ」
「見つけた、というのは不正確かな、廊下でわたしの目の前に落ちてきたんだ」
折り目がつかないようにハンカチに包まれたハガキより少し小さい紙片を取り出す。
そこには手書きの文字で丁寧に
『私を見つけてください』
そう書かれていた。
「目の前に落ちてきたというのは穏やかではないですね」
「しかも——これは暁希さんの筆跡という事ですね」
「そうなんだ、生徒会でよく彼女の筆跡は見るから間違いない……と思う」
「拾った状況は後で詳しく伺うとして……まずはメモを見ていきましょう」
「なんせ目の前にある証拠ですからね」
雪乃はメモが書かれた紙片を眺め回す。
人差し指と中指に挟んで、くるくると回しながら
「この学校の購買部で買えるごく一般的なノートの紙片ですね。この学校ならこれを持っているのはほぼ全校生徒でしょうか」
書かれた文字をじっと真剣な視点で見つめ続ける。筆跡の強弱や文字から読み取れるものを探しているようだった。
「書かれているのもごく普通の油性のボールペン……」
「つまり——筆跡以外のヒントはないって事です」
七々瀬に渡せる情報がないことを少し残念そうに雪乃が伝える。
「では拾った時の状況をお伺いしましょうか。目の前に落ちてきた?というのは」
「言葉通りだよ、渡り廊下で足元に落ちていたんだ」
「それと、もう一つ、私も自分の頭がおかしくなってしまったのかと思ってしまうんだけれど……全ての情報を知っていてほしいから……」
「この手紙、メモというべきだろうか……を拾うとき」
「確かに彼女の、暁希の声が聞こえたんだ。だからこの紙に気づけたんだけれど」
雪乃はそれを聞いて何か思い至る事があるのか、曲げた人差し指を唇の先でわずかに噛みながら考え続けるとやがて一言だけ
「そのとき何か変わったことがあったり見慣れない人はいた?」
「そう……だね、今日は保護者や校外の人間がかなり多かったけれど……」
しっかり頭の中の記憶を思い出しながら話す。
「いつも通り、学校の生徒に教職員に……保護者……くらいかな?」
「怪しい人や私のことを探っているような気配はなかったと思う」
「やはり、私はおかしくなってしまったのかな?」
ここまで冷静に話をしていた七々瀬が不意に苦しそうな表情を見せる。
雪乃は七々瀬の肩に優しく触れながら
「謎と事件の円満解決は私の得意分野ですよ」
「何せ、名探偵、日ノ宮雪乃ですから」
場を和ませようとする雪乃を見つめる七々瀬の縋るような眼差し。
雪乃はその目をしっかりと正面から捉えると、
「ですから、後は私に任せてね」
これまでで、一番優しく七々瀬だけに聞こえる声でそう言った。
「手紙がどうやって七々瀬さんの元に運ばれたのかは、非常に重要だとは思いますが」
「やっぱり目に見えている部分を全てあたるべきだと思うんです」
「七々瀬さんは事件現場や校内の調査だけで、関係者への聞き取りは行っていないと言っていましたよね?」
「あいにく、友達やそういうツテがないんだ。実は、知り合いの連絡先もないし……」
「そんな事、今まで気にしたことはなかったけれど、こういう時、困ってしまうんだな」
本当に困った様子で七々瀬はうなだれる。
「ふふ、私もね、何を隠そう、学校関係の連絡先はないのです」
我ながらよくわからない慰めだなと思ったのか、自嘲気味に雪乃は笑いながら
「まずは……職員室に行ってから名簿をあたって……」
「奇術部の関係者を調べてからそちらに少し話を聞いてみようかな……」
「職員室は文化祭期間も空いてるかしら?」
ひとしきり行動計画を立ててから
「足で調査。です」
雪乃は胸の前で握り拳を作って七々瀬を鼓舞する仕草をする。
「職員室……どうして思いつかなかったんだろう?」
「対応にあたられる先生方かシスターがいらっしゃるといいのだけれど」
七々瀬が期待を込めて呟く。
「そうですね。では早速ゴーです」
雪乃は七々瀬を伴うと、暗幕で覆われた室内から、再び秋の日差しの中に出撃する。
聞き込みか……依頼人の手前、偉そうなことを言ってしまったけれど、聞き込みとかしたことないのよね。
ドキドキしてしまうわ。学内で人としっかり話したのも七々瀬さんが久しぶりなのに。
そんなことを考えながら、再び階段を降りる雪乃。
「無事名簿があったら……そのあとで関係者——か、そのお友達を探して……連絡を取ってもらっているうちに、さらに聞き込み……ううん、なかなか大変ね。助手が欲しいわ」
「そうよ、うん、そうだわ。名探偵には助手が必要なのよ。なんとなく何かが足りないと思っていたわ」
「ねえ、七々瀬さんあなたもそう思わない?」
「あ、ああ?すまない……よく聞いてなかった、真剣に協力してくれているというのに」
七々瀬は自身の説明を反芻しておかしなところがないか確認しているようだった。
そもそもがおかしいことだらけの事だと考えているのかもしれない。
職員室の中を覗くと、先ほどすれちがったシスターが出迎えてくれた。おそらく文化祭期間の担当なのだろう。
校舎巡回と職員室の対応とは結構大変だな、そんなことを思う雪乃。
「失礼します、シスター。少しお伺いしたいことがあるのですが」
「あら、何かしら?」
「大変失礼なのですが、部活動名簿を拝見してよろしいでしょうか?」
「部員名簿?私も赴任したばかりだから、どこにあるかしら……」
「あ、そちらの、はい、生徒会資料の近くに、はい。私は見たことがありますので、これですね」
「そう言えば、あなたは生徒会役員ですものね、なら探しちゃって。そう言えば、奇術部でのああいうイタズラはだめよ」
思い出したように、シスターは嗜める。
申し訳ありませんでした。と謝りながらも許可をもらうとすぐに、七々瀬は慌ただしく書類を開いて探し始める。
この学校は部活が多いから、私も全てを把握できている訳ではないのだけれど。七々瀬は誰にいうでもなく、ぶつぶつと呟きながら慣れた手つきで名簿をめくっていく。
「奇術部……奇術部……どこにもない……部だけでなく、同好会名簿にもないなんて」
そう呟く七々瀬の白く抜けるような澄んだ肌が、さらに青く透き通るように見えた。
「なるほど、人だけじゃなくて部もないなんてね。消えた部活事件かしら」
流石に七々瀬に気を遣って、誰にも聞こえないように口の中で雪乃はつぶやいた。
「なら、暁希はどうなったの?私が見たのはなんだったの?他にも生徒がいたのに……」
職員室を出た七々瀬はショックを受けているようだ。……後は引き継いだほうが良さそうだと雪乃は感じて
「七々瀬さんも言ってましたが、中等部時代は確かに奇術部があったわよね、その関係者に聞き取りをしてみますね。お友達はいないけれど、情報網はあるのよ」
雪乃はまた自虐的な発言で勇気づけようとする。七々瀬はただ力無く頷くだけだ。
「ちょっといろいろ連絡するね」
「時間がかかりそうだから、心配はあるだろうけれど、今日は一度帰って」
「そ、そう。わかった。今日は帰るね。きっと明日には全て解決してまた、暁希に会えるわよね?ね?」
精一杯の冷静さを装っているつもりで出来てない事にも気づかずに七々瀬は言う。
「ええ、もちろん。明日には『世は全てこともなし』って笑い話になるのよ」
「では、また明日」
「そうね……私から場所と時間を連絡しますから……連絡先だけ教えておいてもらえる?そこでお話をしましょう」
七々瀬は紙に連絡先を書くと雪乃に手渡す。
「大丈夫、明日には解決するわ」
雪乃はもう一度、幼子に言い聞かせるようにはっきりと言い切った。
そして渋々ながら帰り支度を済ませた七々瀬を昇降口まで送り届けるのだった。
「暁希、奇術部がこんなに本格的に活動していたなんてね?」
心の底から楽しそうな声で七々瀬は問いかける。その口調から好奇心ではち切れんばかりの感情が伝わってくる。
「私の友人が奇術部を高校で立ち上げまして、どうしても来て欲しいと頼まれていたんです。七々瀬さんがご一緒してくれてよかった」
「休憩時間が同じでラッキーです」
七々瀬と同じく楽しげな様子の暁希は握った手をぐいぐいと引いてゆく。その様子を、廊下を行き交う生徒達が興味深そうに見つめている。
「ここです。特別棟四階ってこの世の果てみたいな場所ですよね」
文化祭展示の果てだけあって、生徒だけでなく来客も随分と少ない。
「ほら、早く入りましょう」
室内に入るとすでに十名程度の観客が座っているが、生徒会役員が来ると知らされていたのだろうか、最前列が二席空けられている。まだ始まってないにもかかわらず、なんとなく映画館に遅れて入った時のように腰を屈めて席につく二人。
スッと音もなく近づいてきた奇術部員が公演プログラムを手渡ししてくれる。室内は全て消灯されており、ステージらしさを出すために教卓付近が一段高く設えられている。
その両脇の机にも黒い布がかけられていて雰囲気づくりに一役買っていた。
その上に乗せられた燭台の上のキャンドルが柔らかな光を放っている。実物を使っているあたりこだわりを感じる。
七々瀬は消防法を思い出そうとしたが、思い出せなかったので、また今度調べておこう、と思うに留めることにしてから、一通りプログラムを確認すると開演を待つ。
先程までウキウキしていた暁希はどことなく緊張した面持ちだ。やはり友人が出演するからだろうか。
「私はこっちの分野は少し学んだ事があるんだけれど、実演を見るのは久しぶりでね。とても楽しみ」
「剣を飲み込むマジックのタネはいくつかあるけれど、どれを採用しているんだろう」
「こっちの空き缶を元に戻すっていうのも気になる……」
「それに人体消失マジックまであるなんて!」
生徒会役員としての威厳はどこへやらで、幼さすら感じさせる笑顔と語り口で七々瀬はプログラムの演目について暁希にあれこれと聞きながら、不意に思い出したようで
「そういえば、中等部に奇術部があったわよね」
「ねえ?覚えてる?」
と尋ねた。
「私、昔は奇術部のお手伝いしてたんですよ」
「え、そうなの?レベルが高かったのに解散して部は無くなっちゃたよね。なんでかな」
「いろいろあったみたいです。ほら、もう始まりますよ」
少し困り顔の暁希が開演の気配を感じてか、早口に告げる。
話はそこまでだった。サーというノイズに続いて、マジックショーといえば、これ。という音楽が流れはじめた。それまでざわざわと話をしていた生徒たちはパンフレットを閉じて教室の前方に目を向けた。
曲がポール・モーリアの『オリーブの首飾り』なんて、こういうベタなのがいいね。と七々瀬は納得しながら舞台に集中する。
暗幕の後ろから現れたのは、おそらく部長だろう
「レディーズ!エンド!ジェントルメン」
と女生徒ばかりの観客に向けてこれもお決まりの挨拶をする。
「清心館女学院のような可憐な乙女の園において、このようなマジックを披露するのは、少し刺激が強すぎるかもしれませんが、ぜひ楽しんで行ってください」
「まずは二年による剣を呑むマジックからどうぞ!」
「今回の演目はなかなかの物を集めていますよ」
全く澱みなく口上を述べると司会を進行する。
続けて黒マントを羽織った、雰囲気たっぷりな女生徒がマントの下から小道具のサーベルを取り出す。
この公演はどこまでも定型のマジックショーに従っていくようだ。
女生徒は刃を指で弾いたり紙を切り裂いたりその硬さの確認をするとおもむろに顔を上げてから剣を口に滑り込ませていく。なるほど、きっと仕掛けはあのパターンね。でも演技の滑らかさが見事だからタネを知っていても楽しめちゃうな。と七々瀬は興奮しながら見つめるのだった。
その後十五分ほどのショーの後、再び部長が現れて
「次の大技には観客の皆さんにもご協力いただきます!」
さて……我は、と思うものは〜周りを見渡して誰も手をあげてないのを確認すると、ドラムロールに続いて暁希を指差す。
なるほど、仕込みの友人に参加してもらうのね。だから私たちが招待されたんだ。手が込んでるわ。
人体消失マジックも色々な種類があるけど、私が知らないものだと嬉しいな。そんなことを思いながら七々瀬は暁希の背中を軽く押して、頑張ってとウィンクしてエールを送る。
フラフープの輪に黒い布が縫い付けられた小道具の真ん中に立つと暁希の足元から手慣れた動作で引き上げられる。
一度隠れた暁希の顔がニュッと現れた。首から下はすっぽりと隠されている。まだ消失してないという証明なのだろう。
二言三言何かを喋ると、頭の上までゆっくりとリングの布が覆い隠す。
カウントダウンの後、部員がサッと手を離すと、床にストンと落ちるリング。
それが志崎暁希が消え去る前、最後の時間だった。
「さて、みなさん人体消失いかがでしたでしょうか‼︎」
「先ほどの可憐な女生徒は再び戻って来れるのでしょうか?」
もったいぶった司会に合わせてアシスタントの部員が、ドラムロールに合わせてリングを持ち上げる。
指先まで神経が行き届いた見事な所作だった。
持ち上げたリングを左右にゆったりと揺らすと重みのある布がふわりと円運動を描きながら宙に放たれた。
からーんと空虚な音を立てて落ちるリング。
「おっと、アクシデントのようです。もう一度試してみましょう」
また同じ音を立てて落ちるリング。
観客がわずかに驚きとざわめきの声を上げ始める。
これはマジックでよくある、わざと失敗するパターンだけど、演技力があるから見応えがたっぷりだ。
七々瀬はそう思っていたが、部員たちが、何度同じようにリングを上げては落とす、とやっても暁希の姿が再び現れることはなかった。
生徒だけでなく、暗幕の後ろでも何やらざわざわとした声が聞こえ始めてきた。
部員たちが部長に何か耳打ちをしている。教室の外までざわめきが聞こえるほどのガチャガチャと舞台裏を探す音、心配の声を発する部員たち。
その時、ドアが開け放たれた。中に差し込む光の眩しさに七々瀬をはじめ観客達が目を細めていると
「あなたたち、ずいぶん騒がしいですよ?」
顔は見えないが、若いシスターの鋭い声が飛ぶ。
「あ、あの……私たち奇術部で……マジックをしていたら……えっと」
しどろもどろの部長に変わって七々瀬が代わりに答える。
「わたしの連れ——志崎暁希という子なんですが、人体消失マジックで消えたっきり戻ってきていないんです」
「消えたなんて、そんな馬鹿な話が……」
シスターは眉根をひそめながら七々瀬に向かい合って答える。
「……でしたら、シスターも室内の捜索をお手伝いいただけませんか?」
七々瀬の真剣な表情に気押されたシスターも半信半疑ながら手伝いはしてくれるようだった。
一通り部屋を捜索したものの見つからない。観客もますます困惑の様子でざわついている。
「こっそりドアを開けて出て行った可能性は?」
シスターが部員と七々瀬に質問する。
「いえ、もしそうならすぐわかるはずです」
「シスターがドアを開けて入ってきた時までは誰もドアを開けませんでした」
再び部員に変わって七々瀬が簡潔に要点を話していく。
「なるほど……わかりましたよ。皆で、私をからかおうと言うのですね?文化祭といえどおふざけが過ぎますよ。
観客まで巻き込んで、赴任したばかりの私にこんな……生徒会役員の貴女まで……奇術部員はこの後で私が聞き取りをします。
きっちり絞りますからね。みなさん、ショーはここまでとなります!」
これもショーの演出なのか、どこまでも半信半疑の生徒たちに混ざって退出を余儀なくされる七々瀬。
それから一日経った今まで、当てもなく校内を探し歩くことになるのだった。
「と、まあこんな感じで丸一日探したのだけれど、いよいよ手に負えないなと思って」
言葉の軽さとは裏腹に目を紅茶のカップに落とした七々瀬の表情は一瞬だが深い翳りを見せたように見えた。
それは西日のせいとばかりも言えなかった。
手の震えのせいかカップの表面にさざなみが刻まれる。
話している間、わずかにも口をつけていない紅茶に気づいてほんの少し唇を湿らせると
「正直なところ、シスターがおっしゃる通り、私も何かの悪戯だと思っているのだけれど。だって人が消えるなんてことが本当にあると思う?」
自分自身がそう信じたいと言うように七々瀬は強く、はっきりと言った。
「悪ふざけとも思えない何かがあるとは思うかな」
「かといって、神隠しや——誘拐、ましてや殺人……なんてことはないと思うけれどね」
雪乃の発言にショックを受けたのかギュッと唇を噛む七々瀬。
「強い言葉を使い過ぎてしまったかしら」
「事件は起きたけれど今はそれが何かはわからない」
「悪ふざけではなくてあくまで事件なの……?それは——探偵としての勘というやつ?」
「もしも……そういうものがあるとするならば、どちらかというと経験、かな」
雪乃は紅茶の最後の一口をしっかりと味わうと、七々瀬のカップをじっと見る。
七々瀬が慌てて紅茶を飲み干すのを見届けると、雪乃は少しだけ悲しげな表情で上手に淹れられたお茶なのに、というような目で見ながらもそのことには触れずに
「現場検証しましょうか。今回いただいたお話はこの場での解決は難しそう」
「私は本当は、安楽椅子探偵に憧れていたのだけれど」
手早くティーセットをシンクへ運ぶと指先にわずかについた水滴を拭う。
奇術部の公演が行われていたのは、先ほど二人が出会った場所の程近くだったので、来た道を戻ることになってしまう。
「もう、最初からここで話を聞いたら良かったんじゃないの」
珍しく不平を口にする雪乃。
「落ち着いて話をしたくて……本当にすまない。確かにそうだね」
先ほどの会話で聞いた説明と同じ配置の室内だった。
さすが生徒会役員ともなると記憶力だけでなく説明も行き届いているな、そう雪乃が思いながら室内を見回すと、その視線に合わせてテキパキと状況を説明する七々瀬。
雪乃も独自に現場を調べる。教室の後部、観客席から丹念に仕掛けや何かのヒントがないかをつぶさに調べてから何もないことを確認すると演台へと足を運ぶ。
消失マジック用の小道具はフラフープに布をつけた簡易的な物なのね。と調べを進めながらぶつぶつと呟いている。
それは、試着室のカーテンのような作りで、綺麗に縫い合わされている。なかなかバレずに抜け出すのは難しそうだった。これもマジックのタネの一部分なのだろうか。
小道具をこねくり回しながらドアから出たり入ったりを繰り返す雪乃を見て
「シスターが入ってくるまで部屋のドアが開くことはなかったし、隠れる場所も暗幕の後ろ、と言うのはいかにも子供騙しではない?それに私たちもシスターと一緒にしっかり室内の隠れられそうな場所は探したんだよ」
「もちろん観客の数が増えたり減ったりもなかった」
雪乃の行動から言いたそうな事を察した七々瀬が補足する。
「なるほど、ある意味において、ここは密室だったってことなのね」
「衆人環視が故の密室……」
「密室トリックの解決は初めてだな。ちょっと頑張ってみようかな」
誰に訊かせるでもなく呟く雪乃に七々瀬は
「それと……」
自分の考えを否定するようにこめかみに指を当てながら言い淀んでいた。
「ここでのお話は私とあなただけですよ」
安心させるように雪乃は助け舟を出す。
「これは私があの子を探している時に見つけたんだよ」
「見つけた、というのは不正確かな、廊下でわたしの目の前に落ちてきたんだ」
折り目がつかないようにハンカチに包まれたハガキより少し小さい紙片を取り出す。
そこには手書きの文字で丁寧に
『私を見つけてください』
そう書かれていた。
「目の前に落ちてきたというのは穏やかではないですね」
「しかも——これは暁希さんの筆跡という事ですね」
「そうなんだ、生徒会でよく彼女の筆跡は見るから間違いない……と思う」
「拾った状況は後で詳しく伺うとして……まずはメモを見ていきましょう」
「なんせ目の前にある証拠ですからね」
雪乃はメモが書かれた紙片を眺め回す。
人差し指と中指に挟んで、くるくると回しながら
「この学校の購買部で買えるごく一般的なノートの紙片ですね。この学校ならこれを持っているのはほぼ全校生徒でしょうか」
書かれた文字をじっと真剣な視点で見つめ続ける。筆跡の強弱や文字から読み取れるものを探しているようだった。
「書かれているのもごく普通の油性のボールペン……」
「つまり——筆跡以外のヒントはないって事です」
七々瀬に渡せる情報がないことを少し残念そうに雪乃が伝える。
「では拾った時の状況をお伺いしましょうか。目の前に落ちてきた?というのは」
「言葉通りだよ、渡り廊下で足元に落ちていたんだ」
「それと、もう一つ、私も自分の頭がおかしくなってしまったのかと思ってしまうんだけれど……全ての情報を知っていてほしいから……」
「この手紙、メモというべきだろうか……を拾うとき」
「確かに彼女の、暁希の声が聞こえたんだ。だからこの紙に気づけたんだけれど」
雪乃はそれを聞いて何か思い至る事があるのか、曲げた人差し指を唇の先でわずかに噛みながら考え続けるとやがて一言だけ
「そのとき何か変わったことがあったり見慣れない人はいた?」
「そう……だね、今日は保護者や校外の人間がかなり多かったけれど……」
しっかり頭の中の記憶を思い出しながら話す。
「いつも通り、学校の生徒に教職員に……保護者……くらいかな?」
「怪しい人や私のことを探っているような気配はなかったと思う」
「やはり、私はおかしくなってしまったのかな?」
ここまで冷静に話をしていた七々瀬が不意に苦しそうな表情を見せる。
雪乃は七々瀬の肩に優しく触れながら
「謎と事件の円満解決は私の得意分野ですよ」
「何せ、名探偵、日ノ宮雪乃ですから」
場を和ませようとする雪乃を見つめる七々瀬の縋るような眼差し。
雪乃はその目をしっかりと正面から捉えると、
「ですから、後は私に任せてね」
これまでで、一番優しく七々瀬だけに聞こえる声でそう言った。
「手紙がどうやって七々瀬さんの元に運ばれたのかは、非常に重要だとは思いますが」
「やっぱり目に見えている部分を全てあたるべきだと思うんです」
「七々瀬さんは事件現場や校内の調査だけで、関係者への聞き取りは行っていないと言っていましたよね?」
「あいにく、友達やそういうツテがないんだ。実は、知り合いの連絡先もないし……」
「そんな事、今まで気にしたことはなかったけれど、こういう時、困ってしまうんだな」
本当に困った様子で七々瀬はうなだれる。
「ふふ、私もね、何を隠そう、学校関係の連絡先はないのです」
我ながらよくわからない慰めだなと思ったのか、自嘲気味に雪乃は笑いながら
「まずは……職員室に行ってから名簿をあたって……」
「奇術部の関係者を調べてからそちらに少し話を聞いてみようかな……」
「職員室は文化祭期間も空いてるかしら?」
ひとしきり行動計画を立ててから
「足で調査。です」
雪乃は胸の前で握り拳を作って七々瀬を鼓舞する仕草をする。
「職員室……どうして思いつかなかったんだろう?」
「対応にあたられる先生方かシスターがいらっしゃるといいのだけれど」
七々瀬が期待を込めて呟く。
「そうですね。では早速ゴーです」
雪乃は七々瀬を伴うと、暗幕で覆われた室内から、再び秋の日差しの中に出撃する。
聞き込みか……依頼人の手前、偉そうなことを言ってしまったけれど、聞き込みとかしたことないのよね。
ドキドキしてしまうわ。学内で人としっかり話したのも七々瀬さんが久しぶりなのに。
そんなことを考えながら、再び階段を降りる雪乃。
「無事名簿があったら……そのあとで関係者——か、そのお友達を探して……連絡を取ってもらっているうちに、さらに聞き込み……ううん、なかなか大変ね。助手が欲しいわ」
「そうよ、うん、そうだわ。名探偵には助手が必要なのよ。なんとなく何かが足りないと思っていたわ」
「ねえ、七々瀬さんあなたもそう思わない?」
「あ、ああ?すまない……よく聞いてなかった、真剣に協力してくれているというのに」
七々瀬は自身の説明を反芻しておかしなところがないか確認しているようだった。
そもそもがおかしいことだらけの事だと考えているのかもしれない。
職員室の中を覗くと、先ほどすれちがったシスターが出迎えてくれた。おそらく文化祭期間の担当なのだろう。
校舎巡回と職員室の対応とは結構大変だな、そんなことを思う雪乃。
「失礼します、シスター。少しお伺いしたいことがあるのですが」
「あら、何かしら?」
「大変失礼なのですが、部活動名簿を拝見してよろしいでしょうか?」
「部員名簿?私も赴任したばかりだから、どこにあるかしら……」
「あ、そちらの、はい、生徒会資料の近くに、はい。私は見たことがありますので、これですね」
「そう言えば、あなたは生徒会役員ですものね、なら探しちゃって。そう言えば、奇術部でのああいうイタズラはだめよ」
思い出したように、シスターは嗜める。
申し訳ありませんでした。と謝りながらも許可をもらうとすぐに、七々瀬は慌ただしく書類を開いて探し始める。
この学校は部活が多いから、私も全てを把握できている訳ではないのだけれど。七々瀬は誰にいうでもなく、ぶつぶつと呟きながら慣れた手つきで名簿をめくっていく。
「奇術部……奇術部……どこにもない……部だけでなく、同好会名簿にもないなんて」
そう呟く七々瀬の白く抜けるような澄んだ肌が、さらに青く透き通るように見えた。
「なるほど、人だけじゃなくて部もないなんてね。消えた部活事件かしら」
流石に七々瀬に気を遣って、誰にも聞こえないように口の中で雪乃はつぶやいた。
「なら、暁希はどうなったの?私が見たのはなんだったの?他にも生徒がいたのに……」
職員室を出た七々瀬はショックを受けているようだ。……後は引き継いだほうが良さそうだと雪乃は感じて
「七々瀬さんも言ってましたが、中等部時代は確かに奇術部があったわよね、その関係者に聞き取りをしてみますね。お友達はいないけれど、情報網はあるのよ」
雪乃はまた自虐的な発言で勇気づけようとする。七々瀬はただ力無く頷くだけだ。
「ちょっといろいろ連絡するね」
「時間がかかりそうだから、心配はあるだろうけれど、今日は一度帰って」
「そ、そう。わかった。今日は帰るね。きっと明日には全て解決してまた、暁希に会えるわよね?ね?」
精一杯の冷静さを装っているつもりで出来てない事にも気づかずに七々瀬は言う。
「ええ、もちろん。明日には『世は全てこともなし』って笑い話になるのよ」
「では、また明日」
「そうね……私から場所と時間を連絡しますから……連絡先だけ教えておいてもらえる?そこでお話をしましょう」
七々瀬は紙に連絡先を書くと雪乃に手渡す。
「大丈夫、明日には解決するわ」
雪乃はもう一度、幼子に言い聞かせるようにはっきりと言い切った。
そして渋々ながら帰り支度を済ませた七々瀬を昇降口まで送り届けるのだった。
