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「本当にあなたのおかげです」
その数日後、雪乃先輩が白鷺かなえさんを呼び出すと、深く頭を下げてお礼を言った。
かなえさんは泣きそうな顔になりながら
「いえ、私のほうこそ、こんなにしっかりお話を聞いて頂いた上に——」
「無事解決もして嬉しいです」
目頭に僅かに光るものが見えた気がした。
それは、犯罪が解決したものによる喜びだろうか、それとも——わたしはそれを考えないことにした。なんだか同情しているようで、失礼な気がしてしまったから。
 
驚くことに、彼女の話は杞憂などではなく本当に犯罪行為の解決につながる重要なものだったのだ。
「申し訳ないのだけれど、私も、電子機器の扱いは得意ではないし、ゲームの知識もまるでありません」
「そこで、七々瀬さんと暁希さんにも協力を依頼したんです」

かなえさんは今日この場に呼ばれた二人にも深々とお辞儀をしてお礼を返す。
「私も雪乃に言われて君の言葉を一つ一つ検討させてもらってね」
「モンモンGOは捕まえたモンスターの交換機能で一世を風靡したゲームソフトの位置情報アプリなんだよ」
 
「まあ、細かい説明は省くけれど、捕まえることのできるモンスターには特別強力だったり、とても捕まえるのが難しいのがいるんだ。そういったモンスターを交換するのは特別な交換って言って、一日に一度しかできないんだ」
「もちろん複数端末を使ってる可能性もあるけど」
「何時間も交換のために居座ることができるようなのは、完全に規約違反でブラックだろうし、言われてみるとかなり違和感があるんだ」
「雪乃はさすがだね。実はゲーム結構やってるんじゃないのか?」
「いえ、完全なまぐれあたりですよ。解決に至ったのはゲームシステムの解説を丁寧にしてくださった七々瀬さんのおかげです」
「それと……もっと話そうと言ってくれた萌花ちゃんの」
雪乃先輩は続ける。

「そういった細かい見当を積み重ねた結果、ゲームアプリを隠れ蓑にした組織的な犯罪組織が一斉検挙されました。改めてありがとうございます」
「今日の夕方のニュースには出るらしいけれどそれまで皆さんオフレコですよ」

かなえさんは首を何度も縦に振り続けている。
細かい手口は模倣犯を生む可能性があるために、五人の間で話すに留めることにしてメモには残さないと、それも皆で約束する。
「元々は、ただゲームを楽しんでいただけなのに、ちょっとした運び屋のような高額バイトに釣られてしまって——いつの間にかこんな犯罪に取り込まれてしまった」
「ただ、彼らは子供たちにはちゃんとゲームの相手をしていたみたい」
「悪いことをしている人も、良いことをする」
「せめて彼らが悪人正機(あくにんしょうき)となれば良いんですけれど。いえ、これは誤用でしょうか」
「微妙なところですか?七々瀬さん」
雪乃先輩は問いかける。七々瀬先輩はため息をつきながら、検討の時間が足りないとばかりに首を横に振る。
あ、そういえば雪乃先輩、最近ハンバーガー初めて食べたって本当ですか?
「中学までは体が弱くてね。かなりしっかりした栄養と食事管理をされていたの」
「学校にもほとんど行けなかったしね」

雪乃先輩は寂しそうにそう言った。
かなえさんの境遇(きょうぐう)への共感は、過去の先輩自身への哀悼(あいとう)だったのだろうか?
それはわたしが決めて良いことではないのだろう。
「そうそう、最近すごく美味しいドーナツを見つけたの」
「これは知らないんじゃないかな?ポンポンリングっていうんだけどね」
「すごい画期的な発明っていうくらい美味しいし、考えた人天才だと思うの」
ふふんと鼻を鳴らしながらつとめて明るく、自慢げに語る雪乃先輩。
「今日の帰りにでも皆でいきましょうよ。本当に美味しいから」
「行くのはもちろん構わないですけど」
 
「ポンポンリングはわたしたちが生まれる前からありますよ」
馬鹿にする気持ちはもちろん微塵(みじん)もない。
雪乃先輩がこれまでに歩んできた人生、わたしが知らないそれを想像してしんみりした気持ちになりながら、そう伝える。
「えっ、嘘でしょ?」
「本当だし、ポンデっていうのは元々はね、ポルトガル語でパンを意味する言葉」
七々瀬先輩がわたしも知らない知識で、全く不必要な援護射撃をしてくれる。
わたしは言った。
「色々なものを食べにいきましょう」
「安くて美味しいものって、実はたくさんあるんですよ」
「ちょっと体に悪いかもしれませんけど」
「それにわたしが遊んでるゲーム——にゃんこあつめも教えてあげますよ」
今までにない自然な笑みで愛しい人に向かってそう言ってから
「かなえさんは運動部だから、いつもは無理かもだけど、たまには一緒にどうですか?」
「わたしたちは確かにまだ子供かもしれません……けれど——」
「色々一緒に経験していきませんか?大人になるまで一歩ずついろんなことを」
わたしにしてはいい感じに言えたんじゃないかな、そんなことを思う。
 
「今回の事件はいいところを全部、萌花ちゃん持っていかれちゃった」
雪乃先輩が柔らかく優しい目でわたしを見つめている。
 
七々瀬先輩も暁希先輩も何を食べに行くか、にこやかに笑い合いながら話し合っている。
白鷺かなえさんも初めてここにきたような張り詰めた雰囲気は今はもう無くなっている。
今日の出来事をきっかけにきっと剣道でも結果を出して行くのだろう。
なぜだかわたしはそう確信していた。
これが自らで自らの運命を選ぶと言うことだろうか?

それはわたしにはわからない。けれど——

雪乃先輩の、皆の笑顔を見ながら

わたしはわたしたちの未来の姿をほんの少し思い描いてみるのだった。