2

「さて、と、どうでしょうか、皆さんのご意見を伺いたいです」
雪乃先輩は室内に残ったメンバーに向けて(おごそ)かにそういった。
「彼女には本当に申し訳ないというか、むしろ何事もなくてよかったというべきかもだけれど、あれは位置情報ゲームのコミュニティの話じゃないかな?
モンモンGOかハンターハンターNOWだよ」
「雪乃はこういうゲームにはあまり詳しくなさそうだよね」
「少し前にリリースされただろう?」
最新のゲームのリリース日まで把握している持ち前の知識で七々瀬先輩は断言する。
「私もそう思います。どう考えてもただのゲームの話ですよ。位置情報ゲーム、ちょっと前まで下火でしたけれど、また人気が少しずつ出ていますよね」
「初めはこの町が深刻な犯罪に汚染されているのかと身構えちゃいましたが」
「会長に同意ですね。何事もなさそうでよかったです」
暁希先輩はかなえさんの心配に寄り添いつつも、会長に同調する。
じっ……と考えながら雪乃先輩はわたしに話をふる。

「萌花ちゃんはどう思う?」
「正直……全然わかんないです。でもお二人の言うことが正しいのかも……」
「で、でもですね、あのですね」
「一時期すごく問題になりましたよね」
「公園や路上でそう言うゲームをする人たちが、たむろしてっていう」
七々瀬先輩と暁希先輩の二人は、どうやったら心配ないよとうまく伝えられるかに話題が移っていてわたしの話の続きを聞いてくれない。この二人なりにあの子のことを心配しているのだろう、ウンウンと頭を悩ませている。
「ああいう子は納得を重んじるんですから、あまり理路整然と情報だけを言うよりも心情に寄り添ってあげたほうがいいですよ」
「そうかなあ?君が聞いた言葉はこうだよとしっかり伝えるほうがいいんじゃないか?」
「だから、その説明だけだとゲームと犯罪の繋がりがないことの証明にはならないじゃないですか」
二人の議論はどんどん白熱しているようだ。

「あ、あのですね、ちょ、ちょっとだけ(よろし)しいですか」
三人がわたしを注視する。
「わたしは実は……少し気になっていることがあるっていうか、いえ、会長、副会長の言うことは本当にその通りかなって思ってます」
「でもですね、もう少しこの話を検討してあげるのはどうでしょうか?」
雪乃先輩はわたしがその言葉を言うのを待っていたかのようにそっと微笑んだ。
「いやいや萌花さん、流石にこれは無理があるんじゃないか?」
「荒唐無稽だと教えてあげるのも社会勉強だと思うけどな」
七々瀬先輩がわたしの目をじっと見つめながら仕方のない子ね、という表情を浮かべる。
「あ、あのですね」
「気になっているっていうのは、事件そのものより、かなえさん自身の事なんです」
「雪乃先輩も会長さん達も、皆さんはそれぞれに得難い才能を持っていますよね」
「だから、あの、上手く言えないんですけど、あまり、これまでの人生で……その場にいないような、ないがしろにされたことはないんじゃないでしょうか」
「彼女もわたしから見たら、すごく才能がありそうですし、全然わたしなんかが言うことじゃないのかもなんですけど……」
「で、でも、それでも、わたしを含めて——ただの学生だ、女の子だということで話を聞いてもらえなかった……軽んじられた経験が誰にもあるんじゃないでしょうか?」
わたしの一言で、不思議な沈黙が場を支配した。わたしの言葉がこんなにも、不思議な響きを持って誰かに届いたことがあっただろうか。
七々瀬先輩と暁希先輩はじっとわたしの顔を見つめ続けている。
雪乃先輩は——優しく微笑んでくれていた。
今、世界の中心が、急にわたしになってしまったようで、胸の鼓動が世界の果てまで聞こえてしまいそうだった。
咄嗟にわたしは右手で胸を押さえ——それがバレないようにもう片手でそっと震える手を握りしめた。
「萌花ちゃん、わたし、あなたのそう言うところが好きよ。ね、皆さんも」
「いや、その通りだね、雪乃すまない。暁希もすまない」
「情報で事実を歪めるのは良くないことだ」
七々瀬先輩は素直に謝罪した。
どちらかというと安易に同調した私の責任です、そう言って暁希先輩も頭を下げる。
「萌花さん、メモは取ってくれたかな?」
「あ、はい、最初から読み上げますね」

こうして四人での真剣な——本当に真剣な検討会が始まった。