薔薇二曲――北原白秋
一
薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
二
薔薇ノ花。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
照リ極マレバ木ヨリコボルル。
光リコボルル。
「一年F組 如月萌花です」
……どうしてこんなところで、こんなことをしているのだろう。
無表情で、機械的に自己紹介を始める自分をなかば人ごとのように俯瞰しつつ
わたしは今朝のことを思い返していた。
1
その日の朝は澄み渡った空の薄青と、遠く広がる海の深緑が輝きながら溶け合って
どこか異世界へと誘うような、遠い色彩を描いていた。
わたしが先輩と出会ったのは、不思議な予感を感じさせるそんな朝だった。
淡くグラデーションを描く空と海のあいまを朝色の銀の帯が謳うように横たわっている。
あたたかな光が、ペンキを塗りなおされたガードレールの角に当たって白く輝いている。
その軌跡は空に登る煙のように緩やかなカーブを描きながら、わたしたちの学校――
清心館女学院へと続いている。
登校中の生徒の集団が、わたしを小走りで追い越すと、全員が怪訝な目を向けてくる。
学校に向かって走り去る後ろ姿から、大きな笑い声が聞こえた。
わたしは両手から溢れんばかりの、色とりどりの薔薇の花束を抱えていたのだから。
それは、およそ通学時の持ち物とは言いがたい。
同じクラスの子達は周りにはいない。だから、わたしに話しかけてくる子もいない。
それがせめてもの救いだった。
『薔薇の木に 薔薇の花咲く 何事の 不思議なけれど』
そう詠んだのは誰だっただろうか。
少なくとも、登校中にこんな大きな薔薇の花束を持って歩くのは不思議だと思う。
現実逃避に、中学時代に暗記した詩を思い出しながら
片目にかかる髪が気になって指先で伸ばす。
ともかくこれ以上、通学路で目立つのは避けたい。
足を速めようとしたその時、後ろから軽やかに近づく足音が聞こえてくる。
嫌な予感とともに振り返ると、わたしの抱えた花束ごしに
こちらを見上げる目と目がぶつかった。
女子高生の平均より少しだけ高い身長のわたしを下から覗き込むような形になる。
その瞳は異国の夕暮れのようで――
「綺麗な薔薇ねえ、どこかで頂いたの?」
「ねえ、どうして薔薇を持っているの?お誕生日なら学院の皆さんでお祝いしなきゃ」
「それにしても綺麗ねえ、見たことのない薔薇……珍しい品種なのかな?」
わたしの返事も待たずに、ゆったりとした口調で
ひとしきり話し終えると、薔薇の花弁をその細い指先で撫でている。
薄くトップコートを塗られた、よく手入れが行き届いた爪が目に入る。
この人こそ、学院一の名声を誇る――
二年生の日ノ宮雪乃、そう、わたしの出会った運命そのものと言っていい人だった。
十人が十人、一目見た瞬間に呆然とし、その容姿を形容する言葉を探して、
結局ただ口に出来るのは「銀色の――美少女」そんなお話の中から出てきたような人物。
『現実』そのものと言ってもいい平凡なわたしとは全く違う生き物。
聞いた話によれば――あくまで聞いた話なのだけど
(女子校の学内では常にこう言った噂話が飛びかっているものなのだ)
・英国系クォーターの十七歳
・図書室の主、図書委員長として司書の先生の代わりと手伝いをしている。
・生徒会長や美術部部長(副部長?)と並んで二年生の最高傑作と呼ばれている。
・学校公認でモデルをやっている。
・謎解きが趣味?(漫画みたいだ)
・成績は普通(どうせなら学年トップでいてほしい)
・身体が弱く、体育は見学が多い(これはイメージ通りだ)
・実家がとてもお金持ちという話もある。
そして――これは噂ではなく事実なのだけれど――
わたしがこの学校で最も忌み嫌う人。わたしにとっては銀髪の悪魔。
いや悪魔ではまだ生ぬるい。
そう――魔王雪乃……
その人が今、わたしを見つめながら話しかけてきているのだ。
これまで、登校中に見かけることはあっても、決して近寄らず
必要なら時間をずらしたりして避け続けていたのに、それも今日までだ。
バラの花束を持って登校するだけでもしばらくは、肩身が狭くなると思っていたのに。
こんなところで声を掛けられてしまうなんて。
下手をしたら学院の語り草として後世に残ってしまうかもしれない。
ゆっくりと歩く二人の隣を生徒たちが「ごきげんよう」の挨拶とともに追い越していく。
並んで歩くと、十センチ程わたしのほうが背が高い。それなのに足の長さは……
横目で、自分と比べてしまうとコンプレックスを刺激されて悲しい気持ちになる。
しかも、生徒達の挨拶はわたしだけをスルーしている上に
刺々しい目線だけが向けられているように感じる(被害妄想ではないと思う)
何度も同じような挨拶と冷たい視線を浴び、思わず顔を伏せてしまう。
頬にバラの棘がちくり、と刺さる。むせかえるような花の香り。
頬をさすって血が出てないことを確認してから、また前髪に触れる。
心に刺さる棘に比べたら、こんな痛みなんてなんでもない事だと思う。
日ノ宮雪乃は挨拶をしてくる生徒にアルカイックスマイルを向けて返事を返しながら
「……朝から疲れちゃうね」
わたしだけに聞こえる声でそう言った。
「薔薇の花束を抱えて登校する女子高生って。なんだか事件の香りがしないかしら?」
口に手を当てて楽しげな声に悲しげな表情でそう言った。
彼女の色々な噂の中で、『謎解き好き』『推理好き』は本当のことなのかもしれない。
「事件って……別に……何にも変わったことはないですよ?」
いつの間にか通学路はわたしたち二人だけになっている。
ゆったりと歩き過ぎてしまった。先を急ごうと自然と早足になる。
そんなわたしを、じっ、と見つめてくる。目を逸らしながら無視して歩き続ける。
興味深くバラを見つめ続けてくるこの視線は正直気になる。
けれど、揶揄するようなものではない、その素直さに少しホッとする自分もいる。
「三丁目のお屋敷っておばあちゃん一人暮らしの所よね?」
何も変わったことはない、と言ったのに聞いていなかったかのように話を続けてくる。
どうしても何か事件にしたいようだ。
「そう……ですけど……ってよくわかりますね」
初対面の緊張と個人的感情が混ざり合ってぶっきらぼうな口調になってしまう。
そんなわたしの顔を大きな瞳で覗き込んでから ゆったりとした口調でわたしの問いに答える。
「だってあなたのおうちから通学路で薔薇のすごいお屋敷はあそこしかないでしょう?」
分かりきったことをなぜ聞くの?と言わんばかりの顔。
「私、この辺は大体はお散歩コースだから。健康のためによく歩くようにしてるの」
「ふふっ、健康のための散歩なんて、おばあちゃんみたいな趣味だなと思ったでしょ?」
そういうとモデルの撮影のようなバッチリ決まった笑顔を向けてくる。
「散歩……いいと思いますけど……」
ババくさい趣味だなと思ってしまった心の内を見透かされてしまった。
とはいえ、実はわたしも同じ趣味なので人のことは言えないのだが。
しかし、散歩が趣味だからと言って、路地裏の事情にそこまで詳しいものだろうか?
それに、わたしの自宅の情報はどこで手に入れたのだろう?
清心館女学院では生徒の半数ほどが寄宿舎に入っている。
それに高校からの入学組はさらに少ないのでわたしのような存在は珍しいには珍しい。
この坂を登らなくてすむなら寮生活も良いかも、と入学当時思ったものだ。
けれどすでに出来上がっている寄宿に入る勇気がどうしても持てなかった。
「プロポーズでもされたみたいな花束だよね」
「ふふふっ」
自分で言った冗談が思いのほか面白かったのか、肩を振るわせて笑いを堪えている。
この人の噂の中に笑い上戸が入っていたか思い返してみる。
「今時バラの花束……そんなプロポーズってあるんでしょうか?」
「私はそういうロマンチックなのも嫌いじゃないかな?」
確かにものすごく似合いそうだ。モデルの仕事をしていると聞いたから
そういう撮影の経験もあるのかもしれない。
花束でプロポーズ、この世のどこかにはそういうものもあるのかもしれない。
少なくともわたしには全く縁がなさそうだ。
自分がどんなプロポーズをされるのがいいのか考えてみる、式はやっぱりチャペルかな。
海辺の晴れた日で……変な妄想に入りそうになるのを引き戻して
「わたしはそういうのは嫌いですね……」
またそっけなさを装ってそう言った。
時計を見ると同時に学校のチャイムが聞こえてくる。
少し急がないと遅刻してしまいそうだ。
「おっと、もう予鈴がなっちゃったね」
ようやく話を切り上げられると安堵したのも束の間、思っても見ない言葉が飛び出した。
「そうだ、もう少し詳しいお話聞きたいから放課後、図書室に来てもらってもいい?」
「あ、いえ……」
面食らったわたしが、それはお断りしますとは言えずにいると畳み掛けるように続ける。
「ね!約束だから。すごく面白そうな話なんだから必ず来てね!逃げちゃダメよ」
わたしの返答も待たずにパタパタと駆け足で校門をくぐると
二年棟へは向かわずに図書室のある管理棟へ向かってゆく。
授業前に委員の仕事があるのだろうか?それならもっと早く歩けばいいのに。
それにしても、変な話になっちゃったな……
でも行かなかったら面倒な事になりそうだ。
ううっ、『魔王からは逃げられない』ってこのことだろうか……
嫌なことは早めに終わらせてしまうのがわたしのモットー
と、いうのは嘘で、本当は、どちらかというとギリギリまで引っ張る方なのだけど……
あの人に関してはそれはやめておいた方が良さそうだ。
以前もなんだか面白そうという理由で付きまとわれていた生徒がいたと聞く。
その子にとって、それは幸せな時間だったのかもしれないが、わたしには違う。
はぁ……しょうがないな本当に……
今日は四限までだからお昼を食べたら、向かうことにしよう。
入学してから数回だけ訪れて、それ以来一度も足を踏み入れてない図書室へ。
(それもあの人のせいと言えなくもないのだがその話はまたにしよう)
教室に花瓶があるだろうか?職員室に行くとなるとまた面倒だ。
わたしのような平凡な生徒には、職員室はなるべく近づきたくない場所の一つなのだ。
早めにシスターを探して声をかけなきゃ……
いつもの癖でエントランスのマリア像に一礼をしてから教室へ向かうのだった。
一
薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
二
薔薇ノ花。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
照リ極マレバ木ヨリコボルル。
光リコボルル。
「一年F組 如月萌花です」
……どうしてこんなところで、こんなことをしているのだろう。
無表情で、機械的に自己紹介を始める自分をなかば人ごとのように俯瞰しつつ
わたしは今朝のことを思い返していた。
1
その日の朝は澄み渡った空の薄青と、遠く広がる海の深緑が輝きながら溶け合って
どこか異世界へと誘うような、遠い色彩を描いていた。
わたしが先輩と出会ったのは、不思議な予感を感じさせるそんな朝だった。
淡くグラデーションを描く空と海のあいまを朝色の銀の帯が謳うように横たわっている。
あたたかな光が、ペンキを塗りなおされたガードレールの角に当たって白く輝いている。
その軌跡は空に登る煙のように緩やかなカーブを描きながら、わたしたちの学校――
清心館女学院へと続いている。
登校中の生徒の集団が、わたしを小走りで追い越すと、全員が怪訝な目を向けてくる。
学校に向かって走り去る後ろ姿から、大きな笑い声が聞こえた。
わたしは両手から溢れんばかりの、色とりどりの薔薇の花束を抱えていたのだから。
それは、およそ通学時の持ち物とは言いがたい。
同じクラスの子達は周りにはいない。だから、わたしに話しかけてくる子もいない。
それがせめてもの救いだった。
『薔薇の木に 薔薇の花咲く 何事の 不思議なけれど』
そう詠んだのは誰だっただろうか。
少なくとも、登校中にこんな大きな薔薇の花束を持って歩くのは不思議だと思う。
現実逃避に、中学時代に暗記した詩を思い出しながら
片目にかかる髪が気になって指先で伸ばす。
ともかくこれ以上、通学路で目立つのは避けたい。
足を速めようとしたその時、後ろから軽やかに近づく足音が聞こえてくる。
嫌な予感とともに振り返ると、わたしの抱えた花束ごしに
こちらを見上げる目と目がぶつかった。
女子高生の平均より少しだけ高い身長のわたしを下から覗き込むような形になる。
その瞳は異国の夕暮れのようで――
「綺麗な薔薇ねえ、どこかで頂いたの?」
「ねえ、どうして薔薇を持っているの?お誕生日なら学院の皆さんでお祝いしなきゃ」
「それにしても綺麗ねえ、見たことのない薔薇……珍しい品種なのかな?」
わたしの返事も待たずに、ゆったりとした口調で
ひとしきり話し終えると、薔薇の花弁をその細い指先で撫でている。
薄くトップコートを塗られた、よく手入れが行き届いた爪が目に入る。
この人こそ、学院一の名声を誇る――
二年生の日ノ宮雪乃、そう、わたしの出会った運命そのものと言っていい人だった。
十人が十人、一目見た瞬間に呆然とし、その容姿を形容する言葉を探して、
結局ただ口に出来るのは「銀色の――美少女」そんなお話の中から出てきたような人物。
『現実』そのものと言ってもいい平凡なわたしとは全く違う生き物。
聞いた話によれば――あくまで聞いた話なのだけど
(女子校の学内では常にこう言った噂話が飛びかっているものなのだ)
・英国系クォーターの十七歳
・図書室の主、図書委員長として司書の先生の代わりと手伝いをしている。
・生徒会長や美術部部長(副部長?)と並んで二年生の最高傑作と呼ばれている。
・学校公認でモデルをやっている。
・謎解きが趣味?(漫画みたいだ)
・成績は普通(どうせなら学年トップでいてほしい)
・身体が弱く、体育は見学が多い(これはイメージ通りだ)
・実家がとてもお金持ちという話もある。
そして――これは噂ではなく事実なのだけれど――
わたしがこの学校で最も忌み嫌う人。わたしにとっては銀髪の悪魔。
いや悪魔ではまだ生ぬるい。
そう――魔王雪乃……
その人が今、わたしを見つめながら話しかけてきているのだ。
これまで、登校中に見かけることはあっても、決して近寄らず
必要なら時間をずらしたりして避け続けていたのに、それも今日までだ。
バラの花束を持って登校するだけでもしばらくは、肩身が狭くなると思っていたのに。
こんなところで声を掛けられてしまうなんて。
下手をしたら学院の語り草として後世に残ってしまうかもしれない。
ゆっくりと歩く二人の隣を生徒たちが「ごきげんよう」の挨拶とともに追い越していく。
並んで歩くと、十センチ程わたしのほうが背が高い。それなのに足の長さは……
横目で、自分と比べてしまうとコンプレックスを刺激されて悲しい気持ちになる。
しかも、生徒達の挨拶はわたしだけをスルーしている上に
刺々しい目線だけが向けられているように感じる(被害妄想ではないと思う)
何度も同じような挨拶と冷たい視線を浴び、思わず顔を伏せてしまう。
頬にバラの棘がちくり、と刺さる。むせかえるような花の香り。
頬をさすって血が出てないことを確認してから、また前髪に触れる。
心に刺さる棘に比べたら、こんな痛みなんてなんでもない事だと思う。
日ノ宮雪乃は挨拶をしてくる生徒にアルカイックスマイルを向けて返事を返しながら
「……朝から疲れちゃうね」
わたしだけに聞こえる声でそう言った。
「薔薇の花束を抱えて登校する女子高生って。なんだか事件の香りがしないかしら?」
口に手を当てて楽しげな声に悲しげな表情でそう言った。
彼女の色々な噂の中で、『謎解き好き』『推理好き』は本当のことなのかもしれない。
「事件って……別に……何にも変わったことはないですよ?」
いつの間にか通学路はわたしたち二人だけになっている。
ゆったりと歩き過ぎてしまった。先を急ごうと自然と早足になる。
そんなわたしを、じっ、と見つめてくる。目を逸らしながら無視して歩き続ける。
興味深くバラを見つめ続けてくるこの視線は正直気になる。
けれど、揶揄するようなものではない、その素直さに少しホッとする自分もいる。
「三丁目のお屋敷っておばあちゃん一人暮らしの所よね?」
何も変わったことはない、と言ったのに聞いていなかったかのように話を続けてくる。
どうしても何か事件にしたいようだ。
「そう……ですけど……ってよくわかりますね」
初対面の緊張と個人的感情が混ざり合ってぶっきらぼうな口調になってしまう。
そんなわたしの顔を大きな瞳で覗き込んでから ゆったりとした口調でわたしの問いに答える。
「だってあなたのおうちから通学路で薔薇のすごいお屋敷はあそこしかないでしょう?」
分かりきったことをなぜ聞くの?と言わんばかりの顔。
「私、この辺は大体はお散歩コースだから。健康のためによく歩くようにしてるの」
「ふふっ、健康のための散歩なんて、おばあちゃんみたいな趣味だなと思ったでしょ?」
そういうとモデルの撮影のようなバッチリ決まった笑顔を向けてくる。
「散歩……いいと思いますけど……」
ババくさい趣味だなと思ってしまった心の内を見透かされてしまった。
とはいえ、実はわたしも同じ趣味なので人のことは言えないのだが。
しかし、散歩が趣味だからと言って、路地裏の事情にそこまで詳しいものだろうか?
それに、わたしの自宅の情報はどこで手に入れたのだろう?
清心館女学院では生徒の半数ほどが寄宿舎に入っている。
それに高校からの入学組はさらに少ないのでわたしのような存在は珍しいには珍しい。
この坂を登らなくてすむなら寮生活も良いかも、と入学当時思ったものだ。
けれどすでに出来上がっている寄宿に入る勇気がどうしても持てなかった。
「プロポーズでもされたみたいな花束だよね」
「ふふふっ」
自分で言った冗談が思いのほか面白かったのか、肩を振るわせて笑いを堪えている。
この人の噂の中に笑い上戸が入っていたか思い返してみる。
「今時バラの花束……そんなプロポーズってあるんでしょうか?」
「私はそういうロマンチックなのも嫌いじゃないかな?」
確かにものすごく似合いそうだ。モデルの仕事をしていると聞いたから
そういう撮影の経験もあるのかもしれない。
花束でプロポーズ、この世のどこかにはそういうものもあるのかもしれない。
少なくともわたしには全く縁がなさそうだ。
自分がどんなプロポーズをされるのがいいのか考えてみる、式はやっぱりチャペルかな。
海辺の晴れた日で……変な妄想に入りそうになるのを引き戻して
「わたしはそういうのは嫌いですね……」
またそっけなさを装ってそう言った。
時計を見ると同時に学校のチャイムが聞こえてくる。
少し急がないと遅刻してしまいそうだ。
「おっと、もう予鈴がなっちゃったね」
ようやく話を切り上げられると安堵したのも束の間、思っても見ない言葉が飛び出した。
「そうだ、もう少し詳しいお話聞きたいから放課後、図書室に来てもらってもいい?」
「あ、いえ……」
面食らったわたしが、それはお断りしますとは言えずにいると畳み掛けるように続ける。
「ね!約束だから。すごく面白そうな話なんだから必ず来てね!逃げちゃダメよ」
わたしの返答も待たずにパタパタと駆け足で校門をくぐると
二年棟へは向かわずに図書室のある管理棟へ向かってゆく。
授業前に委員の仕事があるのだろうか?それならもっと早く歩けばいいのに。
それにしても、変な話になっちゃったな……
でも行かなかったら面倒な事になりそうだ。
ううっ、『魔王からは逃げられない』ってこのことだろうか……
嫌なことは早めに終わらせてしまうのがわたしのモットー
と、いうのは嘘で、本当は、どちらかというとギリギリまで引っ張る方なのだけど……
あの人に関してはそれはやめておいた方が良さそうだ。
以前もなんだか面白そうという理由で付きまとわれていた生徒がいたと聞く。
その子にとって、それは幸せな時間だったのかもしれないが、わたしには違う。
はぁ……しょうがないな本当に……
今日は四限までだからお昼を食べたら、向かうことにしよう。
入学してから数回だけ訪れて、それ以来一度も足を踏み入れてない図書室へ。
(それもあの人のせいと言えなくもないのだがその話はまたにしよう)
教室に花瓶があるだろうか?職員室に行くとなるとまた面倒だ。
わたしのような平凡な生徒には、職員室はなるべく近づきたくない場所の一つなのだ。
早めにシスターを探して声をかけなきゃ……
いつもの癖でエントランスのマリア像に一礼をしてから教室へ向かうのだった。
