歩道橋から景色を眺める。一応家は出てきたけどなんとなく足が向かず、またここに来てしまった。
昨日は結局一睡もすることができなかった。
茜に会いたいな。
「おっはよ!」
突然視界が茜で埋まる。
「……どうして?」
「歩道橋見上げたら魂の抜けた空がいた」
茜が当たり前のように僕の左手を奪い身をひるがえす。でも、僕は動かない。動けない。
「どうしたの?」
昨日とは違う僕の様子に気付いたのか、心配そうに僕の顔を覗き込む。
「茜、先に行ってて。僕はあとから……」
「よし! 一緒にサボろう!」
さっきよりも更に強い力で僕は連れ去られる。走るのと歩くのとの間のスピードで、茜は一度も振り向くことなく進んでいく。
どうしてこんなふうに僕の気持ちを先回りできるんだろう……
しばらく歩くと僕の知らない道になり、また歩くと人気のない静かな水辺に着いた。
「私ね、この場所が好きなの」
静かに茜が話しはじめた。
「心が揺れたりざわついたり、落ち込んだりしたときにここに来るとね、心がすうーっと冷静になっていくの」
茜は僕のほうを向かないまま、穏やかに流れる水に目を向けていた。そしてそれきり僕らはしばらく流れる水を見ていた。
「茜」
「うん?」
「昨日、家にバットが投げ込まれたんだ」
「え? どういうこと?」
「わからない……わからないけど、わからないのはそれでも父さんも母さんも警察に連絡しようとしないことなんだ」
「えっと、それは私にもわからないけど。とりあえず皆無事なの?」
「うん。それで防犯のために、今日から部屋の配置とかを変えるらしい。帰ったら僕と母さんで模様替えだよ」
「手伝うよ!」
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
茜は三年生で、これからテスト週間だ。これ以上迷惑をかけられない。
「明日からテスト週間だから、しばらくはお互い勉強中心にしよう」
「ちぇっ。じゃあ今日は一日空の時間をいただきます」
茜はいたずらっぽく笑うとすっと顔を近付ける。ふわっと爽やかな香りが鼻をくすぐる。
それから僕たちはこの場所で学校のこと、友達のこと、引っ越す前のこと。たくさんたくさん話した。
お昼には二人でお弁当を食べ、それから湖のほとりを散歩して。
時の流れが止まれば良いのにと思うほど、穏やかで尊い時間を過ごした。

帰宅すると、まだ窓にガラスは入っていなかった。3日程時間がかかるそうだ。その間段ボールで覆っただけの窓になり、バットのこともあったので、僕と母交代で父についていることになった。
どうして二人は行政などのサービスを拒むのか。どうして警察に相談しないのか。そしてなぜ金属バットは投げ込まれたのか。何故この家なのか。わからないことばかりだ。
僕はもう考えないようにして、昼間の穏やかなひとときのことを思い出しながら眠りについた。