茜はローズマリーの鉢植えを自分の前に置くと、ローズマリーに話しかけるように
「その人は罪を償って、それでも罪と罰を背負い続けてきた。私達家族が苦しんだのと同じ年月、あなたたち家族も苦しんできた。私があなたに近づいて復讐しか考えていないときあなたは…… 最初からあなたは悪くなかった。何も悪くなんてなかったのに。それでも私は、私の思い出の行き場は、薄れていくお父さんが……」
段々小さくなる声と共に、茜も消えてしまうような気がして怖くなる。
「茜、大好きだよ」
僕はもう一度、さっきよりも大きな声で言った。
茜が一瞬微笑んだような気がした。泣いているような気がした。
「このローズマリー、空が持ってて」
茜がさらに遠ざかる。
「もしもまた会える日がきたら」
ローズマリーの栞が添えられた鉢植えを残して、それきり茜は消えてしまった
「追いかけなさい、空」
父が強い口調で僕に言ったけど、
「今はいいんだ」
父に怪我がないか確かめ車椅子に乗せる。
「空」「いいんだ」
父を置いてはいけないし、僕は茜の家を知らない。どちらへ向かって走れば良いかもわからないから。
ローズマリーの鉢植えを持ち上げ、添えられていた栞を見る。ローズマリーの押し花がついた栞。茜が作ったのかな。僕はそれを胸のポケットに入れ、父を連れて家に帰った。
それから僕は、誰とも話さなかった。憎いとか辛いとか、嫌いとか悲しいとか。全てあるけれど全て無くて。僕はただ、茜の事だけを考えていたかったから。茜の顔、温もり、言葉、香り。あの時茜はどんなことを考え、なぜその行動をとったのか。
あの時はどうだった? あの時の笑顔は? 考えて。
ローズマリーの鉢植えと栞を眺めてはまた考えて。
そして二週間後。
僕は茜にとても伝えたいことができた。勇気を出して電話を取り出す。でも、文字はエラーが返ってくる。
電話は自動音声で『使われていない』とアナウンスされた。
「そんな……」
諦めないぞ
僕は学校へ急ぐ。学校なら茜の家の住所がわかる。学校が教えてくれなくても、茜の友達を見つけられればきっとわかる。きっと誰かは補習で出てきているはずだ。でも
「茜? 今日知ったんだけど、あの子引っ越したんだって」
「いつですか? どこに引っ越したかわかりますか?」
「うーん、どっちもわかんない。誰にも言わずに引っ越しちゃったから。私も先生に茜の引っ越し先を聞いたけど教えてくれなかったわ。お母さんのところに行ったのかもね」
「そう、ですか……」
僕は肩を落として学校を後にした。どうしよう。どうしたらいい?諦めたくない。そうさ。
諦めないぞ
茜と行った場所、茜と歩いた道、思い当たる場所を全て歩く。回る順番を変えたり時間を変えたりして何度も何度も。
でも、茜はいなかった。
諦めないぞ
開店直後のフラワーショップでローズマリーの鉢を手に取る。そしてその鉢をレジまで持っていった。
「あのう、空さんですか?」
突然ショップの定員さんが僕に話しかけてきた。
「え? はい」
「良かった。以前から加藤様にお預かりしていたものがあります。背が高くてやせ型の、今にも泣きそうな顔をしている『空』という男の子が来てローズマリーをお買い求めになったら渡してくれと」
(僕、そんな風に見えますか?)
と言いたいところだったけど、茜が僕に何かを渡したかったんだと思うとそれどころではなかった。受け取った封筒を開けると、折り目がたくさんついた、まるで一度ぐしゃぐしゃにして広げたような便箋の束が二つに折りたたまれていた。
僕は便箋をポケットに入れ、あの水辺に向かった。
水辺に着いて、渡された便箋を広げる。それは、全ての便箋に大きくバツがつけられた、茜から僕への手紙だった。
「その人は罪を償って、それでも罪と罰を背負い続けてきた。私達家族が苦しんだのと同じ年月、あなたたち家族も苦しんできた。私があなたに近づいて復讐しか考えていないときあなたは…… 最初からあなたは悪くなかった。何も悪くなんてなかったのに。それでも私は、私の思い出の行き場は、薄れていくお父さんが……」
段々小さくなる声と共に、茜も消えてしまうような気がして怖くなる。
「茜、大好きだよ」
僕はもう一度、さっきよりも大きな声で言った。
茜が一瞬微笑んだような気がした。泣いているような気がした。
「このローズマリー、空が持ってて」
茜がさらに遠ざかる。
「もしもまた会える日がきたら」
ローズマリーの栞が添えられた鉢植えを残して、それきり茜は消えてしまった
「追いかけなさい、空」
父が強い口調で僕に言ったけど、
「今はいいんだ」
父に怪我がないか確かめ車椅子に乗せる。
「空」「いいんだ」
父を置いてはいけないし、僕は茜の家を知らない。どちらへ向かって走れば良いかもわからないから。
ローズマリーの鉢植えを持ち上げ、添えられていた栞を見る。ローズマリーの押し花がついた栞。茜が作ったのかな。僕はそれを胸のポケットに入れ、父を連れて家に帰った。
それから僕は、誰とも話さなかった。憎いとか辛いとか、嫌いとか悲しいとか。全てあるけれど全て無くて。僕はただ、茜の事だけを考えていたかったから。茜の顔、温もり、言葉、香り。あの時茜はどんなことを考え、なぜその行動をとったのか。
あの時はどうだった? あの時の笑顔は? 考えて。
ローズマリーの鉢植えと栞を眺めてはまた考えて。
そして二週間後。
僕は茜にとても伝えたいことができた。勇気を出して電話を取り出す。でも、文字はエラーが返ってくる。
電話は自動音声で『使われていない』とアナウンスされた。
「そんな……」
諦めないぞ
僕は学校へ急ぐ。学校なら茜の家の住所がわかる。学校が教えてくれなくても、茜の友達を見つけられればきっとわかる。きっと誰かは補習で出てきているはずだ。でも
「茜? 今日知ったんだけど、あの子引っ越したんだって」
「いつですか? どこに引っ越したかわかりますか?」
「うーん、どっちもわかんない。誰にも言わずに引っ越しちゃったから。私も先生に茜の引っ越し先を聞いたけど教えてくれなかったわ。お母さんのところに行ったのかもね」
「そう、ですか……」
僕は肩を落として学校を後にした。どうしよう。どうしたらいい?諦めたくない。そうさ。
諦めないぞ
茜と行った場所、茜と歩いた道、思い当たる場所を全て歩く。回る順番を変えたり時間を変えたりして何度も何度も。
でも、茜はいなかった。
諦めないぞ
開店直後のフラワーショップでローズマリーの鉢を手に取る。そしてその鉢をレジまで持っていった。
「あのう、空さんですか?」
突然ショップの定員さんが僕に話しかけてきた。
「え? はい」
「良かった。以前から加藤様にお預かりしていたものがあります。背が高くてやせ型の、今にも泣きそうな顔をしている『空』という男の子が来てローズマリーをお買い求めになったら渡してくれと」
(僕、そんな風に見えますか?)
と言いたいところだったけど、茜が僕に何かを渡したかったんだと思うとそれどころではなかった。受け取った封筒を開けると、折り目がたくさんついた、まるで一度ぐしゃぐしゃにして広げたような便箋の束が二つに折りたたまれていた。
僕は便箋をポケットに入れ、あの水辺に向かった。
水辺に着いて、渡された便箋を広げる。それは、全ての便箋に大きくバツがつけられた、茜から僕への手紙だった。
