茜からの連絡はないまま試験前の短縮授業に入り、家に居る時間が長くなった。両親と長い時間は過ごしにくかったので、部屋に籠ってひたすら勉強をする。
時々履歴を見ながら、期待して、落胆して、諦めて、また期待して。
苦手な『生物』で満点を取ったら良いことあるかな?願掛けみたいにして『生物』の教科書を開く。
葉が紅葉するのは葉緑素が葉から失われてカロテノイドが残るから。教科書を黙読してから要点を声に出す。今回の範囲はわりと簡単かもしれない。
頑張ったら満点いけるかもな……なんてことを思いながら電話を見る。
相変わらず着信はない。
そういえば、ハーブって紅葉するのかな?いや、しないよな。赤いハーブって見たことない……気がする。花は咲くのかな?いや、咲かないよな。お茶とか香水とかにするもんな。
茜の好きなハーブ。なんていう名前なんだろう。今度会ったら訊いてみよう。
うん、今度会ったら。
僕は電話を置いて、また教科書に目を落とした。
短縮授業の間、僕は人生の中で一番勉強したと思う。
試験期間が終わるとすぐに夏休みに入るため、試験の結果は終業式に返却された。
先生が順番に生徒を呼び、答案用紙を返していく。
「東方」
呼ばれたので教卓へ行く。
「なあ、お前、本当にこのクラスで良いのか? 特進クラスへ行って、特例で七時間目を免除にしてもらえるよう頼んでみようか?」
「いえ、僕はこのクラスがいいですから」
先生が持っている答案を半ば奪うようにして席に戻る。
満点取っても、良いこと無かったな……
終業式が終わり、これからどうしようか考える。
これから長い夏休み。
家にもまだ居辛いし、アルバイトはできないし、補習もないし。
「はは、0点でも取っとけば良かったかな」
一人で呟きながらポケットを探る。とりあえず玄に連絡してみよう。いつでも暇らしいし。
メッセージが一件
(試験お疲れ様!)
僕はすぐに返信した。
(茜もお疲れ様!)
こういう時にはいつもすぐそばにいる。僕は周りを見渡した。
「試験どうだった? と言っても、空が悪い点取るはずないか」
ほら、居た。いつものように弾けるような笑顔で、当たり前のように僕の左手を奪い歩く。
会わない間、茜が何を考えていたのか僕は訊かなかった。ただ
(これからどこに連れていかれるのかな?)
そんなことをボンヤリと考えながら、心地よい強引さに引っ張られて歩いていた。
茜は帰り道から少し逸れたところにあるフラワーショップに僕を引っ張っていく。しかし中には入らず、入り口の前に並んでいる鉢植えのコーナーへ向かった。
「花を買うの?」
僕が訊くと
「ううん、ハーブ。ここのフラワーショップは元気なハーブがたくさんあるの、家でも株分けしてるんだけど、ちょっと買い足ししようと思って」
茜はゆっくりと歩きながらハーブの鉢植えを見ている。茜はハーブを見て、僕はハーブを見る茜を見ていた。
茜は一つの鉢植えを手に取った。爽やかな香りが鼻をくすぐる。茜の香りだ。
そしてそのハーブを購入して二人でフラワーショップを後にした。
「これからどこへ行く?」
横を歩く茜に話しかける。
「うん、今日は路地のところでバイバイしよう」
「そっか」
少し残念な気もするけど、こうしてまた会えただけで今日は十分だ。
でも、やっぱり残念だな。そんなことを思いながら歩くうちに、なんとなく無言のまま路地まで来てしまった。
「また明日ね」
茜の顔が近付いて、そして、離れなかった。
「空、ねえ、私の事……」
しかし言いかけた言葉を止めて、茜は今度こそ僕から離れた。
「茜、僕は……」
「じゃあね!」
僕の言葉を遮って去ろうとする茜を、今度は僕が引き寄せて、顔を近付け、そして離れた。
茜は少し驚いたようだったけれど、すぐに笑顔で手を振り、そして走っていった。
いつもより強く残る茜の香りに包まれて
(今度は僕が送っていこう。その時にはちゃんと言うんだ)
と決意して家へ向かった。
時々履歴を見ながら、期待して、落胆して、諦めて、また期待して。
苦手な『生物』で満点を取ったら良いことあるかな?願掛けみたいにして『生物』の教科書を開く。
葉が紅葉するのは葉緑素が葉から失われてカロテノイドが残るから。教科書を黙読してから要点を声に出す。今回の範囲はわりと簡単かもしれない。
頑張ったら満点いけるかもな……なんてことを思いながら電話を見る。
相変わらず着信はない。
そういえば、ハーブって紅葉するのかな?いや、しないよな。赤いハーブって見たことない……気がする。花は咲くのかな?いや、咲かないよな。お茶とか香水とかにするもんな。
茜の好きなハーブ。なんていう名前なんだろう。今度会ったら訊いてみよう。
うん、今度会ったら。
僕は電話を置いて、また教科書に目を落とした。
短縮授業の間、僕は人生の中で一番勉強したと思う。
試験期間が終わるとすぐに夏休みに入るため、試験の結果は終業式に返却された。
先生が順番に生徒を呼び、答案用紙を返していく。
「東方」
呼ばれたので教卓へ行く。
「なあ、お前、本当にこのクラスで良いのか? 特進クラスへ行って、特例で七時間目を免除にしてもらえるよう頼んでみようか?」
「いえ、僕はこのクラスがいいですから」
先生が持っている答案を半ば奪うようにして席に戻る。
満点取っても、良いこと無かったな……
終業式が終わり、これからどうしようか考える。
これから長い夏休み。
家にもまだ居辛いし、アルバイトはできないし、補習もないし。
「はは、0点でも取っとけば良かったかな」
一人で呟きながらポケットを探る。とりあえず玄に連絡してみよう。いつでも暇らしいし。
メッセージが一件
(試験お疲れ様!)
僕はすぐに返信した。
(茜もお疲れ様!)
こういう時にはいつもすぐそばにいる。僕は周りを見渡した。
「試験どうだった? と言っても、空が悪い点取るはずないか」
ほら、居た。いつものように弾けるような笑顔で、当たり前のように僕の左手を奪い歩く。
会わない間、茜が何を考えていたのか僕は訊かなかった。ただ
(これからどこに連れていかれるのかな?)
そんなことをボンヤリと考えながら、心地よい強引さに引っ張られて歩いていた。
茜は帰り道から少し逸れたところにあるフラワーショップに僕を引っ張っていく。しかし中には入らず、入り口の前に並んでいる鉢植えのコーナーへ向かった。
「花を買うの?」
僕が訊くと
「ううん、ハーブ。ここのフラワーショップは元気なハーブがたくさんあるの、家でも株分けしてるんだけど、ちょっと買い足ししようと思って」
茜はゆっくりと歩きながらハーブの鉢植えを見ている。茜はハーブを見て、僕はハーブを見る茜を見ていた。
茜は一つの鉢植えを手に取った。爽やかな香りが鼻をくすぐる。茜の香りだ。
そしてそのハーブを購入して二人でフラワーショップを後にした。
「これからどこへ行く?」
横を歩く茜に話しかける。
「うん、今日は路地のところでバイバイしよう」
「そっか」
少し残念な気もするけど、こうしてまた会えただけで今日は十分だ。
でも、やっぱり残念だな。そんなことを思いながら歩くうちに、なんとなく無言のまま路地まで来てしまった。
「また明日ね」
茜の顔が近付いて、そして、離れなかった。
「空、ねえ、私の事……」
しかし言いかけた言葉を止めて、茜は今度こそ僕から離れた。
「茜、僕は……」
「じゃあね!」
僕の言葉を遮って去ろうとする茜を、今度は僕が引き寄せて、顔を近付け、そして離れた。
茜は少し驚いたようだったけれど、すぐに笑顔で手を振り、そして走っていった。
いつもより強く残る茜の香りに包まれて
(今度は僕が送っていこう。その時にはちゃんと言うんだ)
と決意して家へ向かった。
