休み時間
高校生の初っ端でなんて気分で休み時間を迎えてしまったんだ。気まず過ぎるし、何がダメだったのか全く分からない。だから、どうすれば良いかももわからない。
とりあえず落ち着かせよう。誰もいない所へ……。
こういう時って、すごく臭いとか雰囲気とかが嫌なのに、皮肉にもトイレという案が思いついてしまっている。
だから、トイレに避難した。
いや、非難してしまった。
どうして非難してしまったんだろう。
トイレの消臭剤の臭い、そして全身から流れる嫌な汗の臭いがキツい。自分の汗の臭いとか分からないけど、今の自分の体臭は生まれてから最も臭いと思う。
そのぐらいヤバい。
個室に入ってそのまま立ち尽くしたまま考えようとする。だけど全く考えがまとまらない。
何で? 何で私はあんな目で見られた?
何かものすごくおかしなこと聞いた?
どうしよう、誰にも相談できないしたくない。
お母さんにだってしたくないよ。聞くと最悪の場合、未来ちゃんとかと同じような反応されたら最悪だもん。
というか早く、早く謝らないと。
早く謝らないとカーストが下がるとかそんな次元の話じゃなくなっちゃう。早く、早く、早く謝らないと。
ていうかヤバ、何も考えずに個室に入っちゃったけど、どのくらいこうしていたのだろうか。もう休み時間だって終わってもおかしくないのに。
スマホで時間を見る。
あと少しで二時間目が始まる。もう出て行かないと。
きぃ〜〜
「てかあり得なくね?」
その声を聞いて、焦りが消えた。
というか全てが終わった気がした。
トイレの臭いとか自分の体臭とか、むしろ何も感じなくなった。
全てが終わったという事実がまざまざと迫っていた。
今、トイレに入ってきたのは、グループの中の一人だった。そしてその中に間違いなく未来ちゃんはいる。
「ね、マジであり得ないわ」
何のこと、誰のことを言っているのか、大体想像がついてしまう。
「アイツさ、ああいうこと言っといてさ、流石に何も言わないでどっか行くとかヤバいでしょ」
「ね、流石にさぁ、ほぼ初対面であの質問は無いわ」
言葉と同時にカチャカチャと、ノイズ音みたいなのが聞こえる。
多分、今、彼女たちはメイクをしているんだ。
高校生で、大人顔負けの化粧とかしてるのがバレたら、生徒指導とか注意されるけど、今は化粧する人数が多いから、ある程度の化粧とかは許されている(限度はあるし、全ての学校がそうではない)。
それでこの化粧、コイツら授業とかに遅れるとか考えないの?
「てか明らかに細川君とか困ってたじゃん」
「ね、未来ちゃん。将暉君も困ってたよね〜」
「はぁ? な〜んでアタシに言うし」
「え〜? だって〜……ししし」
ドンッ
「いたっ」
「でもさぁ、流石にまずくない? あの一言だけで男子とかに『おじJ』とかって思われたらヤバくない?」
『おじJ』? なんだろうおじJって。
スマホで急いで調べた。
おじJ
近年、生まれた流行り言葉で、主に十代の女性たちの間で使われている。最近の若年層の男性に性的な行為や発言、またそれを匂わせるような言動をする女性のことを指す。
例えば性経験が無いことを馬鹿にする、好きなアイドルやアニメや漫画、またアニメや漫画に出ているキャラが好きだと言うことを聞いて、そのことについてバカにする。彼女がいないことを馬鹿にする。彼女がいるかどうか聞く。
一時期、それは、おばさんで良いんじゃないか? という声もあったが、おばさんと呼ぶと、ほかの叔母などとかぶってしまうという声や、女性を年齢で差別している、侮辱をしているとされることから、特に若年層の男性にセクハラする女性のことをこのように表した。
もっとも、これに基づき、おじさんという言葉も侮辱しているのではないか? と言われているが、それについては現在どうなのか検討されている。
その中で私は一つ『彼女がいるかどうか聞く』それもおじJの行為だとされるのだという事実に、目が釘付けになった。
「てかさぁ、あり得ないよね〜。最近さぁ、うちのお母さんとかもそうなんだけど、色々自分たち棚に上げて男の人の行動に煩いんだよね〜」
「分かる、ウチもそう。なんかお父さんが少しでも女性アイドルが出演してる番組見てるとすごい嫌な顔してお父さんを非難するのに、チャンネル取り上げて、自分のお気に入りアイドルのオーディション番組に変えられると引くわ」
「そうそう、マジでパパ可哀想過ぎるし」
「ね〜、うちらのさぁお母さんみたいな人の行動のせいで、どっかうちらはそうならないように、男性に気を遣っちゃうよね」
「だからのおじJじゃん」
「ね、今どきどんな男性にもさぁ、気心知らないと彼女とか聞くの失礼じゃん」
「そうそう、自分のこと狙ってるとか誤解されるし」
「あとは性欲多いんだな、とか思われるし」
「最近の男子って、大人もそうだけど大人しいし」
「分かる分かる、なんかウチラの小学生の頃とか、よくお母さんが男子の行儀の良さに驚いてたわ。昔は男子はほとんどTシャツ一枚で砂場とか泥遊びしていたとか言ってたし」
「マジ? それマ?」
「マジらしいよ。だから最近の男子はどこか大人し過ぎて寂しいって」
「でもそれ言ったらおじJじゃん」
「それな、だから今の時代、男子と話すのも気をつけなきゃいけないのにさぁ……アイツ」
あ、なんとなく分かった。自分に話題が戻るのを。
「ね、休み時間になった途端、教室から出て行ったけどさ、どこ行ったんだろうね」
「ね〜、あ、そうだ」
「え? 何?」
「ん? 一応」
え? 何? 何何何何? 何するの?
何考えてんの? 急に声潜めて何言ってるか聞こえない。ぜんっぜん聞こえない。何? 一体何を
ピロリロリロン♪ ピロリロリロン♪
それは私のスマホから鳴っていた。
私のスマホから軽快な音が鳴っていた。
間違いない、これは通話アプリからの電話の送信音だ。私のスマホから鳴っている。その電話の主は……言うまでもない。
外でクスクス悪魔の笑い声を立てている。
そしてその中の一人、未来ちゃんはこう言った。
「あのさぁ、アンタがこっちの話とか興味無いのに適当な相槌してるの。こっちは全部気づいているから。アンタは気付いてないと思ってるけど、気付いてっから」
気付かれてた。私が彼女たちの話を全く面白いと思ってないのに笑っていたことを。適当な反応をしていたことを、全部気付かれていた。
「それに気づかないほど、アタシら馬鹿じゃないから。あとさ……ねぇ、あんた、まさか自分がイケてる方だと思っちゃってる?」
頭に黒い鈍器のようなものがのしかかってきたような衝撃を覚えた。身体がバラバラになったかのように動かない。
しかしそれは一瞬、すぐに全身から火が出そうな羞恥に駆られる。再び変な汗が流れ落ちてきた。
さっきは目の前が真っ暗になったけど、今は違う。
恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかし恥ずかしい!!
消えたい、消えたい消えたい消えたい消えたい私がそんなこと思っているような振る舞いしてたし多分、思ってた!! どっか他の女子や女の人は危ないとか思ってた!!
恥ずかしい、すごく恥ずかしい
「じゃ、そういうことで」
その言葉を最後に彼女たちは女子トイレから出て行った。出て行ってすぐに、けたたましい笑い声が私の耳をつんざいてきた。
チャイムが鳴るのが聞こえたけど、全身に力が入らなかった。
