「てか見た? 功。昨日の『わたいけ』」

「見た見た、あれヤバいよね!!」

「それな!! あれはヤバいヤバいって!! ね!!」

「マジでそれな!! ヤバかった。マジでもうさ〜……ね!!」

「ね!! って、何言ってるか分かんねえし!!」

 そのまま黄色い笑い声がけたたましく鳴り響く。

 案外、適当に見ていたとしても、会話っていうのは成り立つ。曖昧にヤバかった、とか言ってれば周りが盛り上げてくれるし。

 本当は、私は昨日『人体の未来』という番組を見たかったけど、泣く泣くそれは撮ることになってしまった。

 それはそれで本当に好きなの? なんて声が自分の中から何回も問い続けてきたけど、まあ大丈夫。

「てかさ、てかさ!! タカピー!! タカピーヤバいよね!!」

「それ!! 思った!! あれはヤバいって!!」

「そうそうそうそう!! あの場面ヤバくない? ヤバくない? マジ、エッッッッッッッモ!!」

 再び黄色い笑い声がけたたましく鳴り響く。

 最近、周りの友だちはこの『エモい』という言葉に『ッ』をつけて『エッモイ』と表現している。というか彼女たちが言うには今は『エモい』と普通に言うのも死語らしい。

 本当に、流行り言葉の流れは速い。現役で近くにいる私でも振り落とされそうだ。

「てかさぁ、タカピーもやばかったけど、ヒデもヤバかったよね!!」

「わかる!! てかあの場面はもうね、あざとい、あざとすぎ!! 卑怯!!」

「あれもうさ、18禁じゃね」

 三度、黄色い笑い声がけたたましく鳴り響いた。
 
 18禁とかという言葉を聞くと、思わずドキッとしてしまう。ヒヤヒヤしてしまう、昨日のお父さんとか今日のお母さんとか色々と思い出して。

 周りを見渡すけど、誰も興味を示している人はいない。いや、そのように見せかけて何人かの男子は、こちらをチラチラ見ているのが分かる。

 一生懸命、女子の会話を聞いているんだ。

 やっぱりキモいな。あ、でもキモいって言ったら可哀想だ。彼らも苦労しているんだし。もし私たちの話を聞いているのバレたらキモいとか言われるの確定なんだから。男子も大変だな。

 ……それにしても、よくよく思えば、どうして男子は、こうもカーストが低い者が目に見えて分かるんだろう。

「ねえ何の話してんの〜?」

 すると、ここでやってきました。

 この学校でカーストが高い男子たち。

 まだこの学校に入って間もないけど、大体グループは確定した。この男子たちは間違いなくカーストが高い。今度こそ、私は上手くやる。



 カーストが高い男子たちは四人。

 二人サッカー部で、もう二人が男子バスケ部。

 サッカー部はメッチャ陽キャだけど、男子バスケ部の細川君。この子は珍しく大人しめの男子。

 今まで見てきたカーストの中で珍しい属性だから、正直どうすれば良いか分からない。

「え〜、昨日の『わたいけ』の話」

「え? あ〜あれね。『わたしでもいけるじゃん!』だっけ」

「はっは!! 最後のビックリマークいらないから!!」
 
 カースト上位の未来(みく)ちゃんは大きく笑う。

「も〜〜」

 そしてその甘ったるい声。女子にしか認識できない甘ったるい声。この声があざといことを、ほとんどの男子には分からない。分かるとしたら、身内に母親以外の女性がいるのだろう。

 例えば、妹や姉などがいると、そういう女子のあざとさが分かるようになる。

 そうではない男子は、これが自然体だと思う。

 例えば、その未来ちゃんに肩を叩かれている将暉(まさき)君みたいに。

「な〜んで!! しっかり入ってんじゃんこうさ、いけるじゃん!! いけるじゃん!!!!」

 将暉君は、ドラマのポスターなどに写っている女性俳優のポーズを、誇張させて真似している。そういうことを堂々と出来るのがカースト高い証拠だ。他の男子なら、やった瞬間ドン引き。女子全員が顔を青ざめる。
 
「だからってわざわざそれを入れる必要ないんだって。てか後半部分さっきより声大きかったじゃん!! やば!!」

 きゃはは と未来ちゃんは笑っている。そして何回か将暉君の肩をペシペシ叩いた。
 
 とても楽しそうだ。やっぱり未来ちゃんは将暉君と話している時が楽しそうだ。きっと好きなんだろうと思う。というよりそれをアピールしている。

 だから、この時点で誰も将暉君には手を出さないように牽制もしている。

 好きな人にボディタッチし、同性に牽制をかける。

 これがカーストが高いことが当たり前の振る舞いをする女子が為せる技だ。とてもじゃないけど、私なんかは出来ない。というか、もしやろうと思ってしまったら、下手するとそれだけでハブられる危険性もある。

 誰がどう見てもカーストが高いというのは、つまりそれに相応するほど、自分磨きをしているということだ。

 化粧の仕方とかが上手くて、スタイルとかも女子の中で綺麗だと思われる程の体型を維持している。というか注目すべきはウエスト。その数値が低くないとデブと言われるし、そう思ってしまう。

 ていうかバストはそんなに要らない。

 全く無くて良いわけじゃないけど要らない。

 どうして、十代で人の身体は発達するのだろうかと何回も思う。大人になってから胸が大きくなるなら良かったのに。

 本当にバストは要らない。

 というか下手に大きいと男子には変な目で見られるし、女子にはデブとかブタとか言われる。

 いやらしい目でチラチラ見てくるのが、例えば今いる将暉君がしていたら、下手するとそのヘイトはこっちに向かれてしまう。

 はっきり言えば女子の噂のネットワークは、男子とは比べ物にならないほど強い。そして、気に入らないレーダーが発揮されると最悪なことになる。

 あることないこと噂に吹き込まれて、勝手に男を選び放題のビッチにされることだってある。

 だから怖い。

 本当に学生時代の時ほど胸は大きくならないで欲しいと思ったことは何度もある。

 胸はそんなにいらないし、ウエストが本当に漫画みたいにくびれている。それが一番の努力の証。自分磨きを頑張っていることが認められるのだ。

 そういうことなどを認められている女子だけが、使うことを認められる技。

 そういうことが出来なければ、高いブランド物を持っていても、調子に乗ってる、豚に真珠とか言われる。

 更に酷い場合だと、あざといじゃなくて、ぶりぶりぶりっ子だと思われるし言われる。

 あざといは可愛いけど、ぶりっ子は男に媚びている。他の学校は分からないけど、この二つはそういうイメージで使い分けされることがこの学校では多い。

「あ、てかそういえば細川もそのドラマ見てるじゃん」

「あ……うんうん、俺も、見てる」

 細川君は大人し目だけど、とにかくすごく清潔感がある。体型も痩せてるし背が高い。そして髪が前髪が少し目にかかりかけた長さのマッシュ。今どきの男子って感じだ。だけど少し控えめな雰囲気。

「えマジィ!? ほっそも見てんの!?」

 未来ちゃんはあだ名を付ける権限があるみたいだ。

 突然、ほっそと言われて細川君は、少しビックリした顔していたけど、やがて頷いた。

「うん、俺も見てる。面白いよね、あれ」

「分かる分かる〜!! え? どこ? どこの場面メッチャ面白いと思ったのってある?」

「あ、そうだな〜……やっぱ終わりに近くなった時の、主人公の女の子がメッチャ追いかけた後のあのシーン」

「あ!! あそこ!? 分かる分かる!!」

 すると一斉に他の子も分かる分かると盛り上がった。女子はどちらかと言うと男子よりも、こういう同意は正直なことが多い。だから、盛り上がる時は、周りの子も本当に良かったと思っている時だ。

 男子は一番上にいる子に全力で合わせることが多いけど、そこら辺は女子の方が正直だ。女子の場合はどうしてもテンションの高さを同じに出来ない。

 だからその面白さとか内容とかが、分からないと盛り上がれない。

 そして、男子は今のこの女子の黄色い声の盛り上がりを目の当たりにすると、少し戸惑ってしまう。

 現に、将暉君も細川君は、どう反応すれば良いのか分からないという顔をしている。

「え? てかさぁ細川君が見てるのガチで意外なんだけど!!」

「そうそれ!」

「私もそう思った!」

 うん、ここは私もそう言って乗っかる。

「あ〜……まあ、ね」

 む? 細川君の反応が微妙だ。これは、どういうことだ? 分からん。男子の情報がほとんどないからこれがどういう意味を示しているのか分からん。

 すると、隣の将暉君が細川君の肩を小突いた。

「お前な〜に恥ずかしがってんだよ。言えよ、お前好きなんだって」

 え? 何が? もしかして少女漫画とか好きなの!? 男子が!? もしそうだったら最高!! 

 少女漫画語れる男子ってそんなにいないもん!!

「え!? ああいうラブコメ好きなの!?」

 未来ちゃんとかも興味津々に聞いてくる。さっきと態度違いすぎでしょ。めっちゃ目をひん剥かせているし、鼻息も少し荒いし。

 しかし、細川君のその意図は私たちの予想とは全く反対に裏切られた。

「コイツ、ナッピー信者なんだよ!!」

「ちょ、まだ早い早いって」

 将暉君のその言葉に、細川君は少し恥ずかしそうな顔をする。

 私の気持ちの温度が下がるのが分かった。他の子もそうだった。

「あ〜ナルホド〜」

 ほぼカタコトに近い声音で返事をした。

 ナッピーとは、今話題の女性俳優の愛称だ。

 男女問わず人気だけど、正直言うと、若い世代の女子を対象にしたアンケートなら、彼氏がフォローしてたら嫌な女性俳優の一人だ。

 だから私もだけど、未来ちゃんとかもテンションが下がっている。信者とかの言葉を使われても、そこに反応しないのはそういうことだ。

 というか私も、ちょっと細川君にガッカリ。
 
 めちゃくちゃルッキズムの塊じゃん。まあ、顔が良いから仕方ないのかもしれないけど。
 
「コイツさぁマジでナッピー好きだもんなぁ!!」

 将暉君がますますからかう。すると細川君もニヤリと笑い反撃。

「いやいや将暉、お前だって好きだろナッピー。だってSNSとか全部フォローしてんじゃん」

「え……」

 あ〜あ、未来ちゃんメッチャショック受けちゃったよ。

 ヤバいと思ったのか、将暉君は、軽く細川君を小突く。

「ばっっか、お前そういうこと言うんじゃねえよ」

「将暉から先に言ったんでしょ」

「いや、それはそれ! これはこれなんだ!」

「ふはっ! なんだよそれ!」

 男子たちはしばらく笑っているけど、その横で女子たちは少し冷ややかな目をしている。それに彼らは気づかない。どうして男子は女子のそういう目線に気づかないのだろうか。

 こういうところは、極度の陰キャを見習って欲しい。彼らは人の顔色を伺うから、こういう反応にはすぐ気づく。まあ、気づかない人もいるけど。

「でも意外だなぁ、細川君でもそういう女性俳優好きなんだ〜」

 私が口を開いたらか、全員私の方を見る。
  
 おっと、少し話すのが遅かったかな? まあ良いや、そのまま話を続けよう。

「あ、ああ……まあ、ね……俺……結構ミーハーな部分あるから」

「あ〜……アイドルとか好きなの?」

 すると、細川君はギョッとした。

 何だ? 別にそこまで隠すことのことじゃないのに。相変わらず男子は何考えてるか分からない。

「あ〜別に〜その〜……」

 いやいや、別にアイドルが好きなのなんて今どき普通じゃん。しかも今は流行っているアイドルとかいっぱいあるし。しかもオーディション番組とかもあって見てるでしょ?

「え〜っと、細川、誰か好きなのいる?」

 若干、将暉君もどこか気まずそうな顔をしている。

 何で? いや何でアイドル程度でそんな顔するの?
 そんなに聞かれたくないこと? 

 あ、そこで思い出した。

 今朝、お母さんが放っていた言葉を。

『やっぱ四十過ぎると、イケメンでもロリコンのおじさんなんだよねぇ』 

 え? もしかして気にしてるの?

 アイドルが好きだと気持ち悪いロリコンだと思われるって。

 いやいや、別にアタシら高校生じゃん。その年齢でアイドル好きになってもロリコンにはならないって。

 ていうかもしかしてロリコンってどういう意味か分からない、なんてことは無いよね?

「うぅ〜ん……」

「えっっと……」
 
 何なの? 何なのコイツら。なんかあまりにも煮えきらなさすぎてイライラしてきた。

 もういいや、話変えよ。

「てかさ〜、細川君って彼女いないの?」




 ピシッッッッ

 
 
 そんな効果音が聞こえた気がした。

 空気が凍りついた。まるで聞いちゃいけないことを聞いてしまったみたいに。男子は無表情になり、さっきまでどこか黄色い声を出していた未来たちも、顔を引き攣らせている。

 え? 何かダメだった?

 何か言っちゃダメなことだった? 

「こ、功……」

 いきなり袖を少し引っ張る力を感じ、隣を見ると未来が、顔を引き攣らせて無理矢理笑顔を作っているのが見えた。

「流石に……ない。それは……無いって」


 え……???

 思わず大声を出してしまいそうになった。

 だってまさか無いって言われるとは思ってなかった。というか、そっちだって散々男子になんかボディタッチとか男子の趣味とか揶揄っていたじゃん!! なのに彼女いるのかとか聞くのはダメなの!?

「それ……ちょっと、流石にセクハラだよ?」

 セクハラ。

 女子高生である私が、セクハラ……。

 その言葉は男性と女性、どちらにも使われるが、ニュース、バラエティや漫画でも、お母さんの愚痴とかでも、明らかに男性がする行為のイメージがあった。

 そんなイメージの行為を、この私がやってしまった。まだ二十代にもなってない私がやったことになってしまった。

 しかも、女子にガチな雰囲気で言われるということは、よっぽどのことだ。男子だったら、まだ感覚の違いとかで誤魔化そうと思えば誤魔化せるかもしれない。

 だけど、同性の女子だとその誤魔化しは出来ない。

 私は、いわゆるセクハラオヤジと同一視されることをしてしまったのだ。

 その後、未来ちゃんとかが何か言ってるのが聞こえたけど、言葉が耳に入っても脳に届かない。だから何言ってるか分からなかった。

 だけど、なんとなく頭を下げて謝った。

 目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。

 そこからしばらく、一時間目の授業が終わるまでのことは、ほとんど覚えていない。