「お母さん、今どきは女の子だからもダメだけど、男の子だからっていうのもダメなんだからね?」
「あらぁ、別にええやろ? 男の子なんだからいっぱい食べなきゃって言っても」
「お母さん、今は男子もどんどん化粧とかするのが普通の時代なの。そういう時代にそういうこと言わないで? ね?」
「え? ウソやろ? 男が化粧? そんなの女の子がすることじゃない?」
「だからお母さん、さっきから言ってるでしょ? 今は昔と違うんだから」
「な〜に言ってんの? 男が化粧してどうすんの? そんな自分磨きするなら彼女に流行りのブランドバッグでも買いなさいよ」
「お母さん!! いい加減にして!!」
今日も私のお母さんと叔母は喧嘩をしている。
祖母はいつもは別な家に住んでいるけど、たまにこうやって私たちの所に顔を見せに来る。だけど、その度にお母さんと言い争いをしているのをよく聞く。
何というか祖母は昔ながらの女性で、女の子はこう、男の子はこう、ということにこだわりを持ってしまっている。
だから、女の子が男の子っぽい顔だったり、そういうスポーツに熱心だと驚く。驚くのは多少仕方ない、と母は言っているが、問題なのは祖母の言葉であった。
〈あらぁ〜こんなんもう男の子やろ!! 女やないで男や!!〉
〈男が泣いたらアカン!!〉
そういった言葉がお母さんの耳に入ると、そこで口論が起きてしまう。私としてはそんなことはどうでも良かった。それよりも、テレビ見ている時とかだと音が小さくて聞こえなくなってしまうのが辛いといつも思っている。
あとお父さんとかも、妙に気まずそうにしている。
いつだったか、お父さんが何か知っているんじゃないかと思い尋ねた。
もしかしたら、お父さんが二人の喧嘩の原因を作ったのかなと思っていたが、お父さんはそれを否定した。しかし、どこか口に出しにくそうに、困った顔をしながら答えてくれた。
「いや、そういうことじゃなくて……なんて言うんだろうね……あんまりその、女性と女性の間の争いとかって男の人は入りずらいんだよ。何でって言われると困るけどさ……正直言うとあまり争いの理由とかわからないことが多いんだよ。例えば化粧とか服とか、あと男性アイドルとかの話題もだけど、匂わせ? あれもどこがそうなのかってあんまり分からないんだよ」
それを聞いて、少しだけ納得できた。
確かに私の知り合いの男性で、推しのアイドルやその関連の芸能人や、業界人の匂わせやマウントとかに気付く人はあまりいない。
むしろ、中学で男子の話を聞いていると、そういうことに気づく人は、少し異常なオタクなどと認識している節がある。
女子はそういうのに敏感だった。それどころか、母親も。同じバッグや同じ店に行った、などという時、この人が匂わせしている、イヤな女だ。なんて言ったりしているのを聞いたことがある。
男性と女性で推しに対する熱量と、その人口の年齢や特徴の層がだいぶ違う。だからお父さんのその話はよく分かった。
多分、お父さんにも推しはいるのだろう。そう思って私は聞いた。
「お父さんはアイドルとか女性の芸能人とか誰か好きな人いないの?」
「……う〜ん、いるにはいると思うんだけどさ、好きかどうか分からないんだよね」
「え? それってどういうこと?」
本当に分からなかった。自分が好きなのか、好きじゃないのか分からないという感覚が、私には理解できなかった。
すると、私が分からないことを察したのか、お父さんは、困った様に後ろ頭をポリポリ掻いた。
「……昔、まだ功(こう)が幼稚園くらいの時はさ、あんまり夫とか彼氏とかは、女性芸能人や女性アイドルとかを褒めたり好きだとか、妻や彼女の前で言えなかったんだよ。なんというか言っちゃいけない、もし言ってしまって彼女とかの機嫌を損ねたら褒めた男の人が悪いから、あまり褒めることできなかったんだよ」
「え〜? 何それ、関係なくない? 結婚してるんでしょ? あ、わかった、もしかしてお父さんこの人と結婚すれば良かったとか言ったんでしょ」
「ちがうちがう、それ以前に褒めちゃダメなんだよ。たとえ妻が、この子可愛いよねって言ってきたとしても、僕たちは手放しに褒めちゃいけないんだ。じゃあ何と言えば良いかというと、そうかな? とか、君の方が可愛いって言うのが暗黙のマナーなんだよ」
「へぇ〜……ねぇ、ちなみにお母さんとか結構男性アイドルのメンバーとか好きって言ってるけど、それは言って良いの?」
「うん……そこなんだ。その場合はその妻の言う通り、そうだね、とか肯定の意見しか言っちゃダメなんだよ。口が裂けても、どこがかっこいいの? とか、どこが良いの? なんて言ってはいけないんだ」
「え〜なにそれ!? 変じゃない? だって別にそのアイドルや男性俳優と結婚したいとかじゃないんでしょ?」
「うん……多分、そうだと思う」
多分そうだと思う、そんな返事を聞くと、こっちが不安になってしまう。
「え、まさかお母さんアイドルの執拗な追っかけとか、変な差し入れしてないよね? 結構いくつもグッズ買ってるし、CDとかも凄い量買ってるし」
するとお父さんは人差し指を立てた。
「良いかい功、このことはお母さんに話してはいけないよ。お母さんが逆上してキレたらどうしようもなくなるから。何よりも功自身が居辛くなる」
「……分かった」
お父さんが言っていることは、実のところよく分からなかった。
だけど、最近の配信サイトでお父さんが話したことを話題にしている番組があったことを思い出した。
他の女性をテレビ越しでも褒めたからダメ。
店員に対して声が小さいのがダメ。
大の男がアニメやゲームやカードにハマるのは子どもっぽいからダメ。
そんな話題が番組内で広げられることは多々あった。
だけど、女性がべつの男性を褒めたり、アニメやゲームの男性などを誉めたの時は、男性はその女性をほめなければならない。
功はどこか歪だと毎回、私は思っていた。
女性がテレビで見る男性の方々を褒めて良いなら、男性だって女性を褒めてないではないか、と思っていた。
だけどそれは決してしてはならない。
その理由が、今も全く分からない。
兎にも角にも、今はお母さんと祖母の口論が早く終わることを祈っている。
しかし、その日はずっと、お母さんと祖母が口論しており、その声が耳に入り、ウンザリしてしまう夜だった。
そのまま次の日になってしまった。
気づけば寝ていたけど、精神的に疲れたのか、まだ眠気が全身を覆っている。
昨日と同じく、学校があるから登校しなきゃいけない。
「全く、とんでもないわねこういうの」
「どうしたの? お母さん」
お母さんは、朝のニュースを見ていた。
見ると、とある人気俳優と二十代の女性芸能人との電撃結婚の報道がされていた。
その人気俳優は四十代で、昔から人気だった俳優だ。私は良いニュースだと思っていたが、お母さんはこのニュースを見て、とんでもない、と言っていたのだ。その理由が分からなかった。
「どしたのお母さん」
するとお母さんは、吐き捨てるような声で言った。
「なんだかさぁガッカリだよね〜」
「なにが?」
一瞬、お母さんはこの俳優のファンだったのか? と思ったけど、振り返ってみると、お母さんは別にそこまで好きという人ではない。だから何がガッカリなのか分からない。
「なんかこの人もさぁ、結局ロリコンだったんだなぁって。てか四十五の人にさぁ、二十代のペーペーのガキが言い寄って何で成功するんだか。歳の差ありすぎでおかしいって思わないのかな? てかな〜んかガッカリ〜。この俳優せっかくのイケメンなのにこんなペーペーのガキに騙されちゃう人なんだって。やっぱ四十過ぎると、イケメンでもロリコンのおじさんなんだよねぇ」
思わず怒鳴りそうになった。
歳の差だからって、どうして男が女にだまされて結婚したと断定することができるのだろうか。
普通に結婚おめでとうで良くないのだろうか?
どうして事件が起きたみたいな言い方するのだろうか。そう言えば、この間、昔人気だったバンドの一人が二十以上も歳下の子と、結婚した報道があったが、それをお母さんは、ずっとキモい、とか、怖いヤバい、と言っていた。
それを聞いた時、やはり不満だった。歳の差だからってそこまで言われる筋合いがあるのだろうか。
結局この俳優も年下の女性と結婚したことに批判している。一体何考えてこういう批判をしているのだろう。お父さんの話を思い出して、お母さんに尋ねた。
「お母さん」
「ん?」
「何がガッカリなの?」
「えぇ??」
そんなことも分からないの? そう言っていそうな小馬鹿にする顔をしてきた。あまりにも苛つきが全身にのしかかって来たから、拳を握りしめてしまった。
「別にお母さんに関係なくない? だってお母さんこの俳優のファンでもないじゃん。百歩譲ってこの人が好きならわかるけど、別にお母さん好きでも何でもないでしょ? なら批判する必要なくない?」
「はぁ? 何言ってんのアンタ。そういうことじゃないんだよ。良い? 歳の差があったとしたら、彼女まだ二十代になったばっかりよ? その程度で元イケメン男性俳優だったこの男に興味あると思う?」
「あるかもしれないじゃんか」
「無い、あるわけがない。年上が好きと言っても限度がある。だからこの歳の差はきっとこの女が、少し金とかまた売れっ子俳優だったっていう肩書きで良い物件だって思ったのよ。そういう打算で誘ったんだなって分かったよ。あ〜あ、これで彼の俳優人生は終わるよ」
勝手にその男性俳優が変態だと断定したり、騙されているとかを真実のように言わないで。
だけど、その後の話もずっとその話題だった。
初めはどうしてそう思うのか質問しようと思ったが、その内いくら言っても全く分かってくれないから、気づけば、話を自分から刈り上げていた。
なんとなく、お父さんがあまりお母さんに、そう言う指摘をあまりしない理由が何となくわかった気がした。これは話す気が失せてしまってもおかしくない。
私は踵を返し、部屋に入り制服に着替えると、急いで当校した。
「いってきまーす」
「ってらっしゃい」
母親は私の方を見ずに、無愛想な声でそう言った。
どこか納得できず、しばらく溜飲を下げることが出来なかった。
