緋山が勢いよく立ち上がり、金城の胸ぐらをつかんだ。
「緋山さん!?」
「誰も、俺の夢を笑うな……!」
目に宿る切実さの中に見える狂気じみた怒り。
「そうやって、暴力に訴えて一体何人黙らせてきたんだよ?」
「……、ああ、そうだよ、俺はすぐに手が出る、自覚はしてる――」
「直情的で単細胞。そんなんだからその年まで売れのこるんだよ。自覚してる? もうあんたは消費期限切れ――」
金城が冷ややかな声を浴びせた瞬間――蒼唯の目にはスローモーションのように見えた――緋山の拳が飛んだ。
ドンッ!
黄色の椅子が大きな音を立てて倒れる。殴り飛ばされた金城が床に這いつくばってうめいた。
「俺の夢を馬鹿にするな……!」
殴っている緋山の方が泣いていて、殴られている金城の方が笑っていた。
「ふはは。夢もクソもないだろ。今現在進行形で粉々になってんのがお前の夢だよ」
「緋山さん! 金城さん! その、落ち着いて……!」
またも殴りかからんばかりの緋山を、蒼唯は必死でつなぎ止めようとした。
「まだ、カメラ回ってますし、その、落ち着いてください、殴り合いの場所じゃないでしょ!」
蒼唯はスポットライトを浴びながらカメラの方を窺った。カメラは回り続けている。無慈悲に、無機質に。
止めないのか。
こんなになっても、止めないのか。ディレクターも。プロデューサーも。
「うるさい! 俺は」
「緋山さん!」
「俺はアイドルになるためにここまで来たんだ、最後の手段なんだ、それをこんなところで、こんなやつに……こんな奴に潰されてたまるかよ!」
緋山は今度は倒れた金城を足蹴にした。腹を蹴られた金城が身体を丸めてうずくまる。金城は不思議なことに声一つあげない。
『いつもの』金城なら――大げさに痛がるんじゃないのか?
蒼唯は立ち上がった。
「金城さん……!?」
ひょっとして金城もまた……もう繕う余裕などない?
「そうやって力でひねり潰してきたのはどっちだよ緋山旭」
血のにじむような声で金城が唸った。苛烈な瞳が、自分を蹴りつけた男の顔を真っ向からにらみつけていた。憎悪。その一色が彼の顔を染めていた。
「そうやって、そうやって弱者を踏み台にしてきたのは誰だよ。何がチビでデブだよ。何が……虐められて当然、虐められたほうに問題がある。何が、なにが……!」
「金城さん!」
「お前は犯罪者だ、お前は人を傷つけた。俺のような人間を何人も傷つけたんだろ?吐けよ、洗いざらい吐け! 緋山旭!」
「言うわけないだろ!? お前、頭おかしいんじゃないか? どうせこんなどうしようもない場面、編集でカットだ」
「……はっ」
あざ笑うように金城はいい、手元から飛んで行ったスマホを引き寄せる。
「見なよ緋山旭。今、何人ものお前のファンが悲しんでるぜ」
「嘘をつくな」
「ほんとほんと。見なって。蒼唯も見なよ。スゲー面白いことになってんよ、ネット」
蒼唯は慌てて自分のスマホを開いた。まさかそんなはずない。そんなはずない。しかし――ハッシュタグで検索をかけると、それらはすぐに目に飛び込んできた。
『緋山マジ?』
『ほんとに殴った』
『うわ怖、関わりたくない』
『金城痛そう』
『生放送でこれは事故』
『#緋山暴力』
「なま、ほう、そう……?」
蒼唯の間抜けな声が響く。
『これ台本?』
『神回では?』
『いや笑えないって。私たちのI:CONはどこ行っちゃったの』
「この円卓はさ、実は生放送だったんだよな。俺もさっき気づいた」
唇に血をにじませた金城がへらりと笑った。すがすがしい笑みだった。
「お前、知ってて……」
「そうだよ。お前の破滅が見たかったから。めっちゃエンタメじゃん? そうでしょ? ディレクター!」
緋山の顔がみるみるうちに憤怒に歪んでいく。足が上げられ、金城の肩を蹴りつける。振りたくる顔から涙がつぎつぎ顎を伝って落ちる。
「金城!!! おまえ! おまえ! 金城! ふざけやがって!」
「あははは! 残念、お前のアイドル人生は始まる前からおしまいなんだよ!」
「こんの、」
「どうせ受かるわけねえんだからさあ、俺もお前も――」
緋山は金城の顔を殴りつけた。蒼唯は緋山を止めようとした。
「緋山さんやめて!」
ゴッ!
金城はその一撃で動かなくなってしまった。それでも怒りが収まらない緋山は、金城の身体を執拗に蹴り続けた。イヤな音が響き渡る。スポットライトの下で、カメラが回る中で――。
「誰か」
蒼唯は細い声を引き絞った。恐怖の中で。
「誰か止めて、誰か」
カメラが回っている。スタッフは動かない。誰も動かない。
「誰か……!」
誰も。
動かない。
世界はみな観客だ。――蒼唯一人を除いて。
カメラは回っている。『見られて』いる。蒼唯は椅子を蹴って立ち上がった。
誰も動かない。なら。――演じ続けろ。ここはまだカメラの前だ。
観客になるな。舞台に上がれ。役者になれ。
「もうやめてください! 緋山さん! こんなの緋山さんのなりたかったアイドルじゃないでしょ!」
ここはエンターテインメントの世界。金城はそういった。
ここは夢を与えるための世界。緋山がそういった。
ここはきれいごとだけじゃ生きていけない世界。紫音がそういった――。
「緋山さん!」
蒼唯は緋山の背後に回り込んで彼を羽交い締めにした。暴れる緋山と一緒に揺れる視界の中で緋山が号泣していることを知った。金城があちこちから流血していることを知った。
知りたくなかった。何も知らずにいたかった。
アイドルは綺麗かもしれないけど、――生身の人間はこんなにも醜い。
「緋山さんがなりたかったアイドルはこんなことしないでしょ!」
蒼唯は緋山の両肩をつかんで揺さぶった。
「こんなことするためにここまで来たんじゃないでしょ!」
「蒼唯、でも、俺、もうだめなんだよ、消費期限切れなんだよ、もう無理なんだよ、蒼唯」
ぼたぼた涙をこぼして泣く緋山はさきほど退場した紫音に重なった。
「ずっと前から、アイドルになりたかったんだよぉ! うわあああああ!」
倒れた金城の方から「ふふっ」と笑い声が上がった。蒼唯はそちらを見たが、金城はそれっきり沈黙した。
♢
面白ければそれでいいじゃん。俺が道化になることで、みんなが「おもしろがれる」ならそれでいいじゃん。虐められるよりよほどましっしょ。
ピエロになる方法を身につけるきっかけをくれたみんなには感謝してる。チビでデブだって揶揄ってくれてありがとう。おかげで俺は今まで信じてきたものを全部切り捨てて、戯けて周りを動かす方法を覚えたよ。
でもそれとこれとは違う。憎んでる。一生憎む。俺に消えない傷を刻んだお前らのことを憎む。許す? とんでもない。虐めは悪だ。犯罪だ。裁かれろ。全員裁かれろ。緋山も含めて全員破滅しろ。
ああ、だからさ、蒼唯のことはちょっと嫌いだったかな。昔の俺によく似てて。
ひたむきで。
信じることを恐れなくて。
まぶしくってさ。
知ってるよ俺。お前はジョーカーじゃねえだろ。演技下手くそなんだよ。
「緋山さん!?」
「誰も、俺の夢を笑うな……!」
目に宿る切実さの中に見える狂気じみた怒り。
「そうやって、暴力に訴えて一体何人黙らせてきたんだよ?」
「……、ああ、そうだよ、俺はすぐに手が出る、自覚はしてる――」
「直情的で単細胞。そんなんだからその年まで売れのこるんだよ。自覚してる? もうあんたは消費期限切れ――」
金城が冷ややかな声を浴びせた瞬間――蒼唯の目にはスローモーションのように見えた――緋山の拳が飛んだ。
ドンッ!
黄色の椅子が大きな音を立てて倒れる。殴り飛ばされた金城が床に這いつくばってうめいた。
「俺の夢を馬鹿にするな……!」
殴っている緋山の方が泣いていて、殴られている金城の方が笑っていた。
「ふはは。夢もクソもないだろ。今現在進行形で粉々になってんのがお前の夢だよ」
「緋山さん! 金城さん! その、落ち着いて……!」
またも殴りかからんばかりの緋山を、蒼唯は必死でつなぎ止めようとした。
「まだ、カメラ回ってますし、その、落ち着いてください、殴り合いの場所じゃないでしょ!」
蒼唯はスポットライトを浴びながらカメラの方を窺った。カメラは回り続けている。無慈悲に、無機質に。
止めないのか。
こんなになっても、止めないのか。ディレクターも。プロデューサーも。
「うるさい! 俺は」
「緋山さん!」
「俺はアイドルになるためにここまで来たんだ、最後の手段なんだ、それをこんなところで、こんなやつに……こんな奴に潰されてたまるかよ!」
緋山は今度は倒れた金城を足蹴にした。腹を蹴られた金城が身体を丸めてうずくまる。金城は不思議なことに声一つあげない。
『いつもの』金城なら――大げさに痛がるんじゃないのか?
蒼唯は立ち上がった。
「金城さん……!?」
ひょっとして金城もまた……もう繕う余裕などない?
「そうやって力でひねり潰してきたのはどっちだよ緋山旭」
血のにじむような声で金城が唸った。苛烈な瞳が、自分を蹴りつけた男の顔を真っ向からにらみつけていた。憎悪。その一色が彼の顔を染めていた。
「そうやって、そうやって弱者を踏み台にしてきたのは誰だよ。何がチビでデブだよ。何が……虐められて当然、虐められたほうに問題がある。何が、なにが……!」
「金城さん!」
「お前は犯罪者だ、お前は人を傷つけた。俺のような人間を何人も傷つけたんだろ?吐けよ、洗いざらい吐け! 緋山旭!」
「言うわけないだろ!? お前、頭おかしいんじゃないか? どうせこんなどうしようもない場面、編集でカットだ」
「……はっ」
あざ笑うように金城はいい、手元から飛んで行ったスマホを引き寄せる。
「見なよ緋山旭。今、何人ものお前のファンが悲しんでるぜ」
「嘘をつくな」
「ほんとほんと。見なって。蒼唯も見なよ。スゲー面白いことになってんよ、ネット」
蒼唯は慌てて自分のスマホを開いた。まさかそんなはずない。そんなはずない。しかし――ハッシュタグで検索をかけると、それらはすぐに目に飛び込んできた。
『緋山マジ?』
『ほんとに殴った』
『うわ怖、関わりたくない』
『金城痛そう』
『生放送でこれは事故』
『#緋山暴力』
「なま、ほう、そう……?」
蒼唯の間抜けな声が響く。
『これ台本?』
『神回では?』
『いや笑えないって。私たちのI:CONはどこ行っちゃったの』
「この円卓はさ、実は生放送だったんだよな。俺もさっき気づいた」
唇に血をにじませた金城がへらりと笑った。すがすがしい笑みだった。
「お前、知ってて……」
「そうだよ。お前の破滅が見たかったから。めっちゃエンタメじゃん? そうでしょ? ディレクター!」
緋山の顔がみるみるうちに憤怒に歪んでいく。足が上げられ、金城の肩を蹴りつける。振りたくる顔から涙がつぎつぎ顎を伝って落ちる。
「金城!!! おまえ! おまえ! 金城! ふざけやがって!」
「あははは! 残念、お前のアイドル人生は始まる前からおしまいなんだよ!」
「こんの、」
「どうせ受かるわけねえんだからさあ、俺もお前も――」
緋山は金城の顔を殴りつけた。蒼唯は緋山を止めようとした。
「緋山さんやめて!」
ゴッ!
金城はその一撃で動かなくなってしまった。それでも怒りが収まらない緋山は、金城の身体を執拗に蹴り続けた。イヤな音が響き渡る。スポットライトの下で、カメラが回る中で――。
「誰か」
蒼唯は細い声を引き絞った。恐怖の中で。
「誰か止めて、誰か」
カメラが回っている。スタッフは動かない。誰も動かない。
「誰か……!」
誰も。
動かない。
世界はみな観客だ。――蒼唯一人を除いて。
カメラは回っている。『見られて』いる。蒼唯は椅子を蹴って立ち上がった。
誰も動かない。なら。――演じ続けろ。ここはまだカメラの前だ。
観客になるな。舞台に上がれ。役者になれ。
「もうやめてください! 緋山さん! こんなの緋山さんのなりたかったアイドルじゃないでしょ!」
ここはエンターテインメントの世界。金城はそういった。
ここは夢を与えるための世界。緋山がそういった。
ここはきれいごとだけじゃ生きていけない世界。紫音がそういった――。
「緋山さん!」
蒼唯は緋山の背後に回り込んで彼を羽交い締めにした。暴れる緋山と一緒に揺れる視界の中で緋山が号泣していることを知った。金城があちこちから流血していることを知った。
知りたくなかった。何も知らずにいたかった。
アイドルは綺麗かもしれないけど、――生身の人間はこんなにも醜い。
「緋山さんがなりたかったアイドルはこんなことしないでしょ!」
蒼唯は緋山の両肩をつかんで揺さぶった。
「こんなことするためにここまで来たんじゃないでしょ!」
「蒼唯、でも、俺、もうだめなんだよ、消費期限切れなんだよ、もう無理なんだよ、蒼唯」
ぼたぼた涙をこぼして泣く緋山はさきほど退場した紫音に重なった。
「ずっと前から、アイドルになりたかったんだよぉ! うわあああああ!」
倒れた金城の方から「ふふっ」と笑い声が上がった。蒼唯はそちらを見たが、金城はそれっきり沈黙した。
♢
面白ければそれでいいじゃん。俺が道化になることで、みんなが「おもしろがれる」ならそれでいいじゃん。虐められるよりよほどましっしょ。
ピエロになる方法を身につけるきっかけをくれたみんなには感謝してる。チビでデブだって揶揄ってくれてありがとう。おかげで俺は今まで信じてきたものを全部切り捨てて、戯けて周りを動かす方法を覚えたよ。
でもそれとこれとは違う。憎んでる。一生憎む。俺に消えない傷を刻んだお前らのことを憎む。許す? とんでもない。虐めは悪だ。犯罪だ。裁かれろ。全員裁かれろ。緋山も含めて全員破滅しろ。
ああ、だからさ、蒼唯のことはちょっと嫌いだったかな。昔の俺によく似てて。
ひたむきで。
信じることを恐れなくて。
まぶしくってさ。
知ってるよ俺。お前はジョーカーじゃねえだろ。演技下手くそなんだよ。



