♡ ♠ ♢
泣き出した紫音のためにいったんカメラを止めて、望月Dは休憩を宣告した。スポットライトの光が弱まり、目ばかりでなく身体まで灼くような光線も、幾重にも重なっていた影も薄くなった。紫音は円卓にうつ伏せて泣いていたけれど、緋山に肩を叩かれ耳打ちされてようやく顔を上げた。美少年は瞼を腫らしてうつむきがちに退場していく。
「彼は辞退すると言っていたからね」
背後でDが言う。「藤崎くんはここらで潮時かな」
「もっと前に止める選択肢はなかったんですか」
蒼唯は棘のある声でDに詰め寄った。「紫音があんなになるまで放置して録る必要があったんですか」
「そりゃあね」
Dは朗らかに言い放つ。
「番組的にあんな美味しいところを取り逃すのは勿体ない。美少年の独白と号泣だよ? 美味しいじゃないか」
「……どこまでもイヤな番組」
蒼唯は悪態をついた。自分でもそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。望月Dは蒼唯を見上げてにやりと笑った。
「でも、その『イヤな番組』に望みかけてんだよね? キミも。同じ穴の狢って言うじゃない。同罪だよ同罪」
何も言い返せなかった。
アイドルになりたい。この合宿でそう感じてしまった以上、もうこの番組の方針に乗り続けるしかない。でも。それでも。
「――俺はあなたたちとは違う」
そう思いたかった。
「うんうん、そうであるといいねえ」
Dはおかしそうに笑った。蒼唯はかっとなって、彼から顔を背けた。
金城は一人でスマホを弄っている。長いことずっとだ。三十分の休憩を宣告されて十五分が経ったけれど、まだスマホを弄っている。どんなときでもややオーバーで道化じみた振る舞いを徹底していた金城が、それしか知らない子どものようにスマホに向き合ってずっとスクロールを繰り返していると、なんだか違和感があった。今までの金城なら、そんなことしなかったのに。
緋山が戻ってきて、ふうと息を吐いた。
「紫音は落ち着いた。やっぱり、ファイナルは辞退するってさ」
「……そうですか」
前から予告されていたこととはいえ、紫音がいなくなるということは蒼唯にとってかなりのショックだった。なんだかんだ、番組最年少の彼のことを気に掛けていたのだと、今になって実感する。
クールで、物怖じしなくて。二歳年上の蒼唯を「蒼唯」とてらいなく呼ぶ。
紫音のことが、わりと好きだった。
「紫音が俺をどう思ってたかは別にして――俺にとって紫音は良いライバルで、いい歌の師匠でした」
「俺にとってもそうだよ。……弟みたいな奴だった」
緋山は穏やかな顔つきをしていた。泣きじゃくる紫音をなだめるために一度ファイティングポーズをやめたようにも思えた。まるで別人の様な緋山に驚きはしたけれど、――「本来の緋山」がこちらなのだろう。そう思った。
「あいつほどの才能があったら、歌手兼アイドルとしてやっていけるだろうな――」
「紫音は才能がありますから」
蒼唯はまっすぐに紫の椅子を見つめて言った。
「また、ちゃんと別の場所で頭角を現すに違いありません。俺はそう思う」
「そうだな」
緋山は頷いた。そしてスマホを弄っている金城を見やった。
「金城の奴、どうしたんだ?」
「さあ……」
「そろそろ席についてください。話し合いを再開します」
Dがマイク越しに言った。
紫色の椅子はスタッフによって掛け布を外され、ただの黒い椅子になった。――紫音が辞退した。
三人での、円卓の協議が始まる。
泣き出した紫音のためにいったんカメラを止めて、望月Dは休憩を宣告した。スポットライトの光が弱まり、目ばかりでなく身体まで灼くような光線も、幾重にも重なっていた影も薄くなった。紫音は円卓にうつ伏せて泣いていたけれど、緋山に肩を叩かれ耳打ちされてようやく顔を上げた。美少年は瞼を腫らしてうつむきがちに退場していく。
「彼は辞退すると言っていたからね」
背後でDが言う。「藤崎くんはここらで潮時かな」
「もっと前に止める選択肢はなかったんですか」
蒼唯は棘のある声でDに詰め寄った。「紫音があんなになるまで放置して録る必要があったんですか」
「そりゃあね」
Dは朗らかに言い放つ。
「番組的にあんな美味しいところを取り逃すのは勿体ない。美少年の独白と号泣だよ? 美味しいじゃないか」
「……どこまでもイヤな番組」
蒼唯は悪態をついた。自分でもそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。望月Dは蒼唯を見上げてにやりと笑った。
「でも、その『イヤな番組』に望みかけてんだよね? キミも。同じ穴の狢って言うじゃない。同罪だよ同罪」
何も言い返せなかった。
アイドルになりたい。この合宿でそう感じてしまった以上、もうこの番組の方針に乗り続けるしかない。でも。それでも。
「――俺はあなたたちとは違う」
そう思いたかった。
「うんうん、そうであるといいねえ」
Dはおかしそうに笑った。蒼唯はかっとなって、彼から顔を背けた。
金城は一人でスマホを弄っている。長いことずっとだ。三十分の休憩を宣告されて十五分が経ったけれど、まだスマホを弄っている。どんなときでもややオーバーで道化じみた振る舞いを徹底していた金城が、それしか知らない子どものようにスマホに向き合ってずっとスクロールを繰り返していると、なんだか違和感があった。今までの金城なら、そんなことしなかったのに。
緋山が戻ってきて、ふうと息を吐いた。
「紫音は落ち着いた。やっぱり、ファイナルは辞退するってさ」
「……そうですか」
前から予告されていたこととはいえ、紫音がいなくなるということは蒼唯にとってかなりのショックだった。なんだかんだ、番組最年少の彼のことを気に掛けていたのだと、今になって実感する。
クールで、物怖じしなくて。二歳年上の蒼唯を「蒼唯」とてらいなく呼ぶ。
紫音のことが、わりと好きだった。
「紫音が俺をどう思ってたかは別にして――俺にとって紫音は良いライバルで、いい歌の師匠でした」
「俺にとってもそうだよ。……弟みたいな奴だった」
緋山は穏やかな顔つきをしていた。泣きじゃくる紫音をなだめるために一度ファイティングポーズをやめたようにも思えた。まるで別人の様な緋山に驚きはしたけれど、――「本来の緋山」がこちらなのだろう。そう思った。
「あいつほどの才能があったら、歌手兼アイドルとしてやっていけるだろうな――」
「紫音は才能がありますから」
蒼唯はまっすぐに紫の椅子を見つめて言った。
「また、ちゃんと別の場所で頭角を現すに違いありません。俺はそう思う」
「そうだな」
緋山は頷いた。そしてスマホを弄っている金城を見やった。
「金城の奴、どうしたんだ?」
「さあ……」
「そろそろ席についてください。話し合いを再開します」
Dがマイク越しに言った。
紫色の椅子はスタッフによって掛け布を外され、ただの黒い椅子になった。――紫音が辞退した。
三人での、円卓の協議が始まる。



