♡ ♠ ♢ ♣

『それでは』
 マイクを通したDの言葉が重々しく響き渡る。
『ここにジョーカーがいます。キミたちはここまで、アイドルの座をめがけて走ってきた』
 部屋の照明が落ちる。蒼唯が浅く掛けた椅子に座り直す前に、四つのスポットライトが周囲から光線を投げかけた。蒼唯はあまりのまぶしさに一瞬目を閉じた。光に馴らすようにゆっくり瞼をあげると、円卓上に向かい合って座っている三人のそれぞれの表情が見えた。
 金城は愉しそうに。
 紫音は仏頂面で。
 そして緋山は、決死の表情で。それを見た瞬間、また蒼唯の指先から震えが這い上がってきた。
 緋山の先ほどの言葉がよみがえってくる。

 殺す気で――殺す気で来い。
 
 それは、ともすれば蒼唯もまた緋山に「殺される」かもしれないということだと、蒼唯は遅まきながら気づいた。緋山はやる気だ。ジョーカーが誰だか分からない疑心暗鬼の中で、蒼唯もまた――それが誤りだったとしても――「断罪」されかねない。蒼唯には自覚があった。自分はジョーカーではない。では――真のジョーカーは誰なのだろう。
 この場においてもにこやかな金城?それとも、Pと意味深な会話を交わしていた紫音?……もしくは。
 蒼唯はおずおずと緋山の目を見た。しかし、目は遇わなかった。彼は遠くを見ていた。
 緋山が必死なのは……断罪されないため? 緋山がジョーカー?

 Dは続けた。
『この円卓上の話し合いには、キミたちのデビューがかかっています。よく話し合ってください』

「質問です」と金城が言った。
「ジョーカーはひとりですか?」
『答えられません』
「えー」
 金城は足を組み直してにやっと笑った。
「じゃあ何とでも解釈できるじゃんね。というわけでぇ、ジョーカーは最大三人までということで」

 金城が両肘をついて、その整った顔を組んだ指の上に載せた。

「最後の一人になるまで罵り合うとしますか。エンターテインメント的にね」

 心底愉しそうな声音に、蒼唯はぞっとして身体を抱きしめた。紫音は静かに手を挙げた。
「ボクは降りる。この円卓からも、アイドルの競争からも」
「え? どうして?」
 金城がきょとんとした――この異常な空間の中で普通に発言できているということが、蒼唯にとって恐怖だった。
「このオーディション番組が適正ではないと判断したからだ。ここで勝ってもボクのためにならない。……意味がないと思ったんだ」
「それは事実上のジョーカー宣言と受け取ってもいいのか」
 緋山が硬質な声をあげた。石の彫像のようにこわばった顔のまま、隣の紫音を見る。紫音は金城をじっと見つめたまま、首を横に振った。
「違う。ボクはジョーカーじゃない。ジョーカーじゃない事を証明するために、降りる」
「ジョーカーじゃない事を証明するために?」
 金城が紫音の言葉の一部を繰り返した。
「ジョーカーだって疑われる自覚があったんだ、紫音ちゃん。……っていうか、うぜーからそろそろ仲良しこよしやめよっか、藤崎紫音」
 金城が獲物を捕らえた肉食獣のように紫音をぎらりと睨んだ。
「大してダンスも上手くないのにちやほやされて、良かっただろ? 藤崎Pの息子さん」
 紫音は微動だにしなかった。
「紫音がPの息子?」
 緋山は動揺している。
 そういえばそうだ。気づかなかった。プロデューサーの名字も、紫音の名字も、同じ「藤崎」だ。言われてみるとあの「あしながおじさん」ふうの初老の男の顔と、紫音の整った面差しの間には似たところがある。
「言っておくけど金城」
 喉元を食いちぎらんばかりに目を光らす金城に向かって、紫音は冷静に言い放った。
「ボクがここまで来たのは偶然だ。ボクには親のコネもくそもないからね。……よくできた兄貴なら別だったろうけど」
「口では何とでも言えんだろ。なんどもなんどもPと内緒のお話してたじゃねえか」
「あれは――」
 苦しそうに紫音が言葉を探している。
「……あれは、その」
「俺は見てるからな。五十三人から三十人に減るときも、三十人から十人に減るときも、お前はPのところに行ってなにか話してた」
「……世間話のひとつもするさ」
 紫音が初めて言葉を濁した。金城は勝ち誇ったようにまた指を差した。
「ほらほら! ジョーカーだって言ってるようなもんじゃん!」
 答えに窮したのか、紫音は何も言わない。目は見開かれている。白い肌につうと汗が一粒伝うのが見えた。
 蒼唯は意を決して金城を見た。スポットライトの下で、影が幾重にも重なり動く。
「き、金城さん。じゃあ、金城さんは怪しくないっていうんですか」
「あ?」
「俺は、……俺だって見ました、金城さんがスタッフさんと細かい打ち合わせしてるの」

 実のところ、はったりだった。
 年下の紫音を守らなければならないと思ったのかも知れないし、紫音ばかりに矛先が向かうのがいやだったのかもしれない。いや、単純に金城が醜かったからかもしれない。しかし、滑り出した口はもう止まらない。

「放映された今までの番組! 俺全部目を通してます。毎回、全部の回! で、気づいたんです。金城さんだけやたら『映る』のはなんなんですか。他の人だって充分映える動きをしてたのに! 金城さんが何か小細工したからじゃないんですか!」
 こっちは本当だ。金城はとにかくダンスが上手いので、カメラに映りやすかった。けれど、それを考えに含めても、金城はあまりに前に出すぎている。インタビューだってなんだって、流石に金城の登場回数は多すぎた。蒼唯はそれが単純に金城が魅力的だからだと思っていたけれど、ジョーカーの存在が明かされた今なら違う。
 違うと言える。
 蒼唯は手に汗を握って、机を拳で叩いた。
「金城さんは紫音ばかり攻めるけど、金城さんだって怪しい! 金城さんこそ番組とグルなんじゃないですか!」

「あー、バレた?」
「は?」
 緋山が声を上げる。しかし金城の目は蒼唯だけを見据えていた。
「愚鈍な奴だと思ってたのにな。清水蒼唯」
 冷たい視線を受け止める。あの、陽気で面倒見の良い金城の面影はない。どこにもない。あれこそが虚飾だったのだ。蒼唯はようやくその事実を受け止めた。
「金城お前まさか……」
 口走った緋山を冷たい瞳で見返しながら、金城は口だけでにこりと笑った。
「でも、俺はスタッフさんと『めちゃめちゃ仲がよかった』だけで、ジョーカーとか言うハイカラなものじゃないぜ? そんな契約があったらこんな立ち回りしないし」
「ジョーカーじゃないだなんて、そりゃあ、みんなそう言うに決まってるだろ」
 緋山が身じろぎもせずに言う。金城は眉を上げて微笑んだ。
「緋山旭。この期に及んで俺が嘘つくと思う?」
「思うさ。お前は嘘つきだからな」
 びりびりと張り詰める空気を破るように、紫音が声を上げた。

「ボクは蒼唯も怪しいと思ってる」