ようじside
「あのさ、さっきからなに?」
「お気になさらず、どうぞ続けてください」
「あー鬱陶しい」
放課後、教室で学級日誌を書いているとしゅんがやってきた。2年の教室なのに遠慮なく俺の前の席に座り、俺にスマホを向けて高速連写している。カシャカシャうるさいし、スマホをやたら近づけてくるのでかなり鬱陶しい。
「はぁ~……みて。メガネようちゃん最高じゃない?」
目の前にスマホを突き付けてきた。画面にはさっき撮った俺の姿が映っている。
「しゅんメガネフェチだっけ?」
「いや、ようちゃんフェチ」
「ふ~ん」
「ってか知らなかったし。ようちゃんがメガネしてんの。なんで俺に教えてくれなかったんだよ」
「かけてるの授業中だけだしな」
日誌を書き終えてメガネを外すと、しゅんがまたスマホをかまえる。
「もう一回メガネ外して。動画で撮りたいから」
「きも」
立ち上がり、黒板を消しに行く。6時間目にあった世界史の担当教師の筆圧が高すぎて、黒板がなかなかキレイにならない。チョークも2本ほど折っていた気がする。
「今年は3個? 少なくない?」
「そうか?」
「高そうなチョコばっか。あ、これ手紙ついてる」
「コラ、勝手にみんな」
なんとか黒板をキレイにして席に戻る。今日俺が女子からもらったチョコを、しゅんが手に取ってマジマジとみていた。
「全部本命かな?」
「さぁ? どうだろうね」
「……告白は? された?」
「いや」
「じゃあさっさと帰ろう」
リュックを背負い教室を出ていくしゅん。俺は窓の戸締りをしてカバンを手に取り、電気を消して教室を出た。
「ようじ」
教室を出たところで呼び止められた。
「ちょっといい?」
笹原さんが、小さな紙袋を持って少し緊張した様子で俺を待っていた。すぐそばにいるしゅんに視線をやると「自販機のベンチのとこにいるから」とさっさといってしまった。
中庭にやってくると、先客であるカップルっぽい男女が3組いて、俺と笹原さんは目を合わせて苦笑する。
「他のとこ行く?」
俺の提案に笹原さんは首を振って、空いているベンチに腰を下ろした。俺もその隣にゆっくりと座る。今日は寒さが幾分かマシで、風もなく陽が差して心地いい。
「これ、よかったら食べて」
早速、笹原さんが小さな紙袋を差しだした。
「ありがとう」
受け取って紙袋の中をのぞくとリボンやシールできれいにラッピングされた箱が入っている。
「生チョコ。うまくできたから、ようじにもあげる」
「うん、味わって食べる」
笹原さんは少し目を伏せてうれしそうに頬を緩ませた。
「……あのさ、ようじに伝えたいことがあって」
下を向いたまま落ち着きなく指をいじっている。この雰囲気はたぶんーー
「1年の時からようじのこと……」
小さく息を吐くと意を決したように顔を上げてまっすぐに俺をみる。が、すぐにまた下を向いてしまった。笹原さんの緊張が伝わってきて俺も身体が強張る。
「……すき……です」
小さな小さな声は震えていて、かろうじて聞き取ることができた。一瞬だけ目が合って、またすぐに逸らされる。普段の元気で溌溂とした笹原さんからは想像できないような仕草に、少しだけ胸が震える。
「……うん。ありがとう」
できるだけやわらかく言ったつもりだけど、大丈夫だろうか。笹原さんは黙ってじっと下を向いたままだ。なるべく傷つけないように、とは思うけどどうしたって傷つけてしまう。でも、ちゃんと向き合わなきゃ。覚悟を決めてごくりとつばを飲み込んだ。
「えっと、実は俺ーー」
「ちょっとまって」
笹原さんは胸に手を当ててゆっくりと深呼吸し、うんと頷いた。
「ごめん、つづけて」
待ったをかけられて頭の中で考えていたことがバラバラになってしまい、急いでそれを整理する。
「あ、えーっと……」
突然スッとベンチから立ち上がる笹原さん。
「あああぁぁぁーーー!!! やっぱ無理! ふられるのを黙ってまってるなんて、死刑宣告された死刑囚じゃん!」
何事かと笹原さんを見上げていたら、頭を抱えてふるふると首を振りながら大声を張り上げている。周りのカップルからの冷ややかな視線が痛い。
「死刑囚?」
そして、例え方も独特。
「ようじ、一つだけ聞いてもいい?」
「う、うん?」
「ようじのすきな人ってさーー」
顔を寄せて耳元で聞かれた。「1年の幼なじみの子でしょ?」と。
バ、バレてる……
急に顔が熱くなり、パタパタと手で扇いだ。
「いや、それはーー」
「隠さなくてもいいよ。みてたらわかるもん」
「……そんなに顔に出てた?」
「顔っていうか、態度かな。ようじってみんなに優しいのに、あの幼なじみの子には当たりきついもんね。気を許してるんだろうなって嫉妬した」
「そっか……恥ず」
「あの子にはすきって言ったの?」
「……そういえば、ちゃんと面と向かって言ってない気がする」
「自分の気持ち、ちゃんと伝えた方がいいよ。後悔しないようにね」
まっすぐに俺の目をみて言ってくれた。告白の時はほぼ目が合わなかったのに。
「うん、肝に銘じます」
「よろしい」
ベンチから立ち上がると、じゃあねと颯爽といってしまった。告白されたのに返事をしなかったのって初めてだ。拍子抜けしてどっと疲れがのしかかる。ため息をついてしゅんの元へ急いだ。
自販機に行くとしゅんがスマホをいじっていた。声をかけると、気の抜けた返事をしてベンチから立ち上がる。
「告白、されたんだろ?」
「まぁ、うん」
「モテる男は大変だな」
スマホに視線を落としたままで歩き出すしゅん。隣に並んでしゅんの顔をのぞき込んだ。
「しゅん?」
今にも泣きそうに眉を下げて辛そうにしている。
「みるな」
ふいっと顔をそらして、俺を置いてズンズンと駐輪場に向かった。たける兄ちゃんの件以来、しゅんはどことなく元気がない。俺がずっとしゅんを傷つけているからだ。しゅんが頼れるようなかっこいい恋人になるとかなんとか言ってたくせに、真反対のことをしている。『自分の気持ち、ちゃんと伝えた方がいいよ』さっき笹原さんに言われたことが脳裏をよぎった。
「しゅん!」
走った。走って走って、足が絡まり、前のめりにこけそうになってしゅんの腰に抱きついてしまった。
「~~~っ、ごめん」
「……ようちゃん~~~」
手を握って立たせてくれる。「ケガしてない?」と心配そうに俺をみる。
すき。すきだよ、しゅん。大すきだ。ずっと俺の隣にいてほしい。俺の傍からいなくならないで。俺、強くなる。しゅんの不安とか悲しみとか、嫌なことも全部受け止められるように強くなるよ。キスも、ずっと我慢させててごめんな。本当は俺も、しゅんとキスしたいって思ってる。けど、もし拒否しちゃったら、またしゅんを傷つけることになるから……
「ようちゃん?」
伝えたいことはたくさんあるのに、しゅんを目の前にするとなかなか言葉が出てこない。ずっとおさななじみでケンカばっかりしてたから、今更素直に口にできない。
「しゅんだけだから……」
「え?」
「俺が素でいられるの、しゅんの前だけだから」
「うん……」
「楽だし、楽しいし、安心するし、たまにドキドキもするけど……」
「へへっ、ドキドキするんだ」
「これからも一緒にいてほしい……一緒にいたいなって思ってるからさ」
不意に、ふわっと胸の中に閉じ込められる。しゅんの匂いとぬくもりに包まれて、胸の奥が締め付けられる。
「ようちゃん……」
耳元でせつなげに名前を呼ばれて腰が砕けそうだ。
「バッ、バカ……みられたらどうすんだよ」
「ごめん、少しだけ……少しだけだから」
「~~~じゅ、十秒だぞ。十秒だけなら許す」
「わかった……じゅーう……きゅーう……はーちーー」
「やけに遅いな」
伝えたいことの半分も伝えられなかったのに、抱きしめられると満たされてしまう。このままじゃダメだ。
「あのさ、さっきからなに?」
「お気になさらず、どうぞ続けてください」
「あー鬱陶しい」
放課後、教室で学級日誌を書いているとしゅんがやってきた。2年の教室なのに遠慮なく俺の前の席に座り、俺にスマホを向けて高速連写している。カシャカシャうるさいし、スマホをやたら近づけてくるのでかなり鬱陶しい。
「はぁ~……みて。メガネようちゃん最高じゃない?」
目の前にスマホを突き付けてきた。画面にはさっき撮った俺の姿が映っている。
「しゅんメガネフェチだっけ?」
「いや、ようちゃんフェチ」
「ふ~ん」
「ってか知らなかったし。ようちゃんがメガネしてんの。なんで俺に教えてくれなかったんだよ」
「かけてるの授業中だけだしな」
日誌を書き終えてメガネを外すと、しゅんがまたスマホをかまえる。
「もう一回メガネ外して。動画で撮りたいから」
「きも」
立ち上がり、黒板を消しに行く。6時間目にあった世界史の担当教師の筆圧が高すぎて、黒板がなかなかキレイにならない。チョークも2本ほど折っていた気がする。
「今年は3個? 少なくない?」
「そうか?」
「高そうなチョコばっか。あ、これ手紙ついてる」
「コラ、勝手にみんな」
なんとか黒板をキレイにして席に戻る。今日俺が女子からもらったチョコを、しゅんが手に取ってマジマジとみていた。
「全部本命かな?」
「さぁ? どうだろうね」
「……告白は? された?」
「いや」
「じゃあさっさと帰ろう」
リュックを背負い教室を出ていくしゅん。俺は窓の戸締りをしてカバンを手に取り、電気を消して教室を出た。
「ようじ」
教室を出たところで呼び止められた。
「ちょっといい?」
笹原さんが、小さな紙袋を持って少し緊張した様子で俺を待っていた。すぐそばにいるしゅんに視線をやると「自販機のベンチのとこにいるから」とさっさといってしまった。
中庭にやってくると、先客であるカップルっぽい男女が3組いて、俺と笹原さんは目を合わせて苦笑する。
「他のとこ行く?」
俺の提案に笹原さんは首を振って、空いているベンチに腰を下ろした。俺もその隣にゆっくりと座る。今日は寒さが幾分かマシで、風もなく陽が差して心地いい。
「これ、よかったら食べて」
早速、笹原さんが小さな紙袋を差しだした。
「ありがとう」
受け取って紙袋の中をのぞくとリボンやシールできれいにラッピングされた箱が入っている。
「生チョコ。うまくできたから、ようじにもあげる」
「うん、味わって食べる」
笹原さんは少し目を伏せてうれしそうに頬を緩ませた。
「……あのさ、ようじに伝えたいことがあって」
下を向いたまま落ち着きなく指をいじっている。この雰囲気はたぶんーー
「1年の時からようじのこと……」
小さく息を吐くと意を決したように顔を上げてまっすぐに俺をみる。が、すぐにまた下を向いてしまった。笹原さんの緊張が伝わってきて俺も身体が強張る。
「……すき……です」
小さな小さな声は震えていて、かろうじて聞き取ることができた。一瞬だけ目が合って、またすぐに逸らされる。普段の元気で溌溂とした笹原さんからは想像できないような仕草に、少しだけ胸が震える。
「……うん。ありがとう」
できるだけやわらかく言ったつもりだけど、大丈夫だろうか。笹原さんは黙ってじっと下を向いたままだ。なるべく傷つけないように、とは思うけどどうしたって傷つけてしまう。でも、ちゃんと向き合わなきゃ。覚悟を決めてごくりとつばを飲み込んだ。
「えっと、実は俺ーー」
「ちょっとまって」
笹原さんは胸に手を当ててゆっくりと深呼吸し、うんと頷いた。
「ごめん、つづけて」
待ったをかけられて頭の中で考えていたことがバラバラになってしまい、急いでそれを整理する。
「あ、えーっと……」
突然スッとベンチから立ち上がる笹原さん。
「あああぁぁぁーーー!!! やっぱ無理! ふられるのを黙ってまってるなんて、死刑宣告された死刑囚じゃん!」
何事かと笹原さんを見上げていたら、頭を抱えてふるふると首を振りながら大声を張り上げている。周りのカップルからの冷ややかな視線が痛い。
「死刑囚?」
そして、例え方も独特。
「ようじ、一つだけ聞いてもいい?」
「う、うん?」
「ようじのすきな人ってさーー」
顔を寄せて耳元で聞かれた。「1年の幼なじみの子でしょ?」と。
バ、バレてる……
急に顔が熱くなり、パタパタと手で扇いだ。
「いや、それはーー」
「隠さなくてもいいよ。みてたらわかるもん」
「……そんなに顔に出てた?」
「顔っていうか、態度かな。ようじってみんなに優しいのに、あの幼なじみの子には当たりきついもんね。気を許してるんだろうなって嫉妬した」
「そっか……恥ず」
「あの子にはすきって言ったの?」
「……そういえば、ちゃんと面と向かって言ってない気がする」
「自分の気持ち、ちゃんと伝えた方がいいよ。後悔しないようにね」
まっすぐに俺の目をみて言ってくれた。告白の時はほぼ目が合わなかったのに。
「うん、肝に銘じます」
「よろしい」
ベンチから立ち上がると、じゃあねと颯爽といってしまった。告白されたのに返事をしなかったのって初めてだ。拍子抜けしてどっと疲れがのしかかる。ため息をついてしゅんの元へ急いだ。
自販機に行くとしゅんがスマホをいじっていた。声をかけると、気の抜けた返事をしてベンチから立ち上がる。
「告白、されたんだろ?」
「まぁ、うん」
「モテる男は大変だな」
スマホに視線を落としたままで歩き出すしゅん。隣に並んでしゅんの顔をのぞき込んだ。
「しゅん?」
今にも泣きそうに眉を下げて辛そうにしている。
「みるな」
ふいっと顔をそらして、俺を置いてズンズンと駐輪場に向かった。たける兄ちゃんの件以来、しゅんはどことなく元気がない。俺がずっとしゅんを傷つけているからだ。しゅんが頼れるようなかっこいい恋人になるとかなんとか言ってたくせに、真反対のことをしている。『自分の気持ち、ちゃんと伝えた方がいいよ』さっき笹原さんに言われたことが脳裏をよぎった。
「しゅん!」
走った。走って走って、足が絡まり、前のめりにこけそうになってしゅんの腰に抱きついてしまった。
「~~~っ、ごめん」
「……ようちゃん~~~」
手を握って立たせてくれる。「ケガしてない?」と心配そうに俺をみる。
すき。すきだよ、しゅん。大すきだ。ずっと俺の隣にいてほしい。俺の傍からいなくならないで。俺、強くなる。しゅんの不安とか悲しみとか、嫌なことも全部受け止められるように強くなるよ。キスも、ずっと我慢させててごめんな。本当は俺も、しゅんとキスしたいって思ってる。けど、もし拒否しちゃったら、またしゅんを傷つけることになるから……
「ようちゃん?」
伝えたいことはたくさんあるのに、しゅんを目の前にするとなかなか言葉が出てこない。ずっとおさななじみでケンカばっかりしてたから、今更素直に口にできない。
「しゅんだけだから……」
「え?」
「俺が素でいられるの、しゅんの前だけだから」
「うん……」
「楽だし、楽しいし、安心するし、たまにドキドキもするけど……」
「へへっ、ドキドキするんだ」
「これからも一緒にいてほしい……一緒にいたいなって思ってるからさ」
不意に、ふわっと胸の中に閉じ込められる。しゅんの匂いとぬくもりに包まれて、胸の奥が締め付けられる。
「ようちゃん……」
耳元でせつなげに名前を呼ばれて腰が砕けそうだ。
「バッ、バカ……みられたらどうすんだよ」
「ごめん、少しだけ……少しだけだから」
「~~~じゅ、十秒だぞ。十秒だけなら許す」
「わかった……じゅーう……きゅーう……はーちーー」
「やけに遅いな」
伝えたいことの半分も伝えられなかったのに、抱きしめられると満たされてしまう。このままじゃダメだ。



