ーー1月3日、新しい年を迎えて厳かな気持ちになる、なんてことは全くないけど俺はこの日を待ちわびていた。冬休みに入ってから、年越しは絶対にようちゃんと過ごすと決めて楽しみにしていたのに、親戚の法事に行かなければいけないと母方のおばあちゃんの家に行ってしまったようちゃん。年越しもおばあちゃんの家で過ごし、ようちゃんと会わないまま一週間が過ぎた。このままではようちゃん不足で死んでしまうと思った俺は、ようちゃんと初詣に行く約束を取りつけてそれを糧になんとか生きていたのである。
待ち合わせ場所である神社の鳥居の前、ようちゃんが現れるのを今か今かとキョロキョロしながら待っていると、同じくキョロキョロしているかわいい生き物が目に留まった。
「ようちゃん!」
慌てて駆け寄るとようちゃんも俺に気付いてホッと安心したように頬が緩んだ。一週間ぶりに会ったようちゃんは、それはそれはかわいくて。相変わらず肌は白くて透明感やばいし、寒さで鼻の頭と頬が赤らんでるのが愛おしくて庇護欲をかきたてられる。
小顔すぎてマフラーのボリュームがすごい。口元だけマフラーで隠れてる……あざとかわいい! ああ、今すぐ抱きしめたい……
「ひと、多くね?」
「毎年こんなもんでしょ」
「てか、少し見ない間にまたデカくなったな」
「ようちゃんは縮んだな」
ゲシっと脛を蹴られ、強烈な痛みを感じその場にしゃがみ込む。
いや、いやいやいや、ようじさん……あなたが蹴った部位は弁慶の泣き所といって人間の急所にあたるところですよ。そこを躊躇なく攻撃するなんて同じ人間とは思えない。お主、もしや鬼かもののけか!?
半泣きで恨めしく睨んでいると、ぷりぷり怒りながら「さっさといくぞ」と鳥居に入ってしまった。
「ちょ、ようちゃん! まって!」
慌てて立ち上がりようちゃんの後を追う。
ぷりぷり怒ってるようちゃんかわいい、もう鬼でももののけでもなんでもいいです。
脛を蹴られたのにニヤニヤ笑っている俺をみて「キモい」と一蹴された。
小学生の頃は家族で、中学生の頃は友達と、そして今年はようちゃんと。毎年初詣にきてる神社だけど、ようちゃんと2人でくると新鮮で知らない場所にきたように感じる。周りを見るとお年寄りや家族連れ、着物を着た女性もちらほら。地元で一番大きい神社とあってたくさんの参拝客が足を運んでいた。一番の目当ては屋台の食べ物だが、せっかくなのでお参りすることにした。
「ようちゃんなにお願いすんの?」
「う~ん、健康第一?」
「じじぃかよ」
「身体が資本だろ」
「高校生のセリフじゃね~」
「おまえは?」
「俺はねぇ……」
そりゃあもちろん、ようちゃんとキスできますように……できればその先も……いやいや欲張っちゃダメだ。あ、いいことおもいついた!
「ないしょ」
「どうせ百万円くださいとか、焼き肉とお寿司をおなかいっぱい食べたいとか、そんなんだろ」
「小学生かよ。いや、小学生でももっと欲深いお願い事するわ」
「え、そうなん? 俺が小学生の時こんな感じだったけど」
「ようじ少年かわいいね。てか、完全に俺のこと小学生だと思ってるじゃん」
話している間に俺たちの番が回ってきた。お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手。両手を合わせて目を瞑る。
神様、お願いします。課題もテストもがんばります。無駄遣いもしません。忘れ物も遅刻も……とにかく色々頑張ります。だから、俺に、ようちゃんをください!!
お願いしますお願いしますと必死にブツブツ呟いているとようちゃんにぐいぐい腕を引かれた。ゴホンッと咳払いが聞こえて後ろをみるとメガネをかけたおっさんがイライラした様子でこちらをみていた。「すんませーん」と一応口では謝りながら睨みつけておいた。文化祭の件以来、おっさんを警戒するようになった。ようちゃんと一緒にいる時は特に。
「少しくらい待ってくれてもよくね?」
「ひと多いし、イライラしてたんだろ」
「ようちゃん、俺は待てる男だから」
「知ってる。しゅんは見かけによらず優しいもんな」
「見かけによらずは余計です」
「ふふ、おみくじ引こ~」
ようちゃんは怒りの感情をあまり表に出さない。小学生の頃はやんちゃでよくケンカしてたけど年齢を重ねるにつれて落ち着いて周りに合わせるようになった。もしかして色々我慢して抱え込んでるんじゃないかって時々心配になるけど、俺に対しては相変わらず当たりが強いのでようちゃんのはけ口になってるならそれでいいかと思ってる。
おみくじ専用の筒を持ち、お願いしますお願いしますと願掛けしながら振った。7番の棒が出て、番号の引き出しを開けておみくじを取り出す。
「しゅん、どう?」
「末吉。ようちゃんは?」
「小吉。毎年来てるのに大吉出ないな」
「そもそも入ってないとか?」
愚痴をこぼしながらおみくじ結び所に向かっていると、キャッキャと騒ぐ女の子たちの声が耳に入ってきた。
「みてみて! 大吉ー!!」
「やばっ! なんて書いてんの?!」
「恋愛、愛を捧げよ倖せあり! 待人、遅けれど来る! だって!!」
「うわっ! 今年こそ彼氏できるじゃん! おめでとう!」
「やばー! どうしよう! とりあえず服買いにいこ!」
ようちゃんと顔を見合わせて苦笑する。
「恋愛、思うだけではだめ。待人、来る 驚くことあり。だってさ」
「俺は……」
ーーー恋愛 あきらめなさい
は?? なにこれ?
「なに? もったいぶらずに教えろよ」
おみくじめがけてようちゃんの手が伸びてきたので、慌ててそれを後ろ手に隠す。
「ないしょ」
「え〜また~?」
どうやら神様は俺に味方してくれないらしい。もちろん諦めるつもりなんてさらさらないけど。
何度かおみくじを取ろうと手を伸ばしてくるようちゃんをかわしながら、結び所のうんと高い位置にきつく結んだ。
「腹へった〜五平餅食お! 五平餅!」
「俺はベビーカステラとタコ焼きとイカ焼きと焼きそばとーー」
「どんだけだよ」
「締めに甘酒」
「あ〜わかる、甘酒染みるよな」
「染みるって、発言がおっさんくさい」
「は?」
ようちゃんにベッドロックされたまま屋台の列に並ぶ。俺の分の五平餅もおごってくれた。
「で、なんだっけ? ベビーカステラと?」
「ベビーカステラとタコ焼きとイカ焼きと焼きそばとーー」
五平餅をおいしくいただいた後、どの屋台の列に並ぶか迷っていると、ようちゃんがお札を2枚手渡してくれた。
「俺がベビーカステラと焼きそば買うから、しゅんはタコ焼きとイカ焼きね」
「え?」
「今日はおごってやるよ。久しぶりのデートだし」
「デート……」
「次はしゅんがおごれよ」
ポンと俺の肩を叩くとベビーカステラの屋台に行ってしまった。
デート……なんかようちゃんの口からデートって言葉が出てきたらむずむずする。やっぱ俺たちちゃんとつき合ってるんだ、恋人なんだな……
今更じわじわと実感して幸せをかみしめる。
「あ、しゅん?」
タコ焼きの屋台の列に並んでいると不意に後ろから声をかけられた。振り返ると懐かしい人がいた。
「あー! やっぱりしゅんじゃん! 久しぶりだな〜」
うれしそうに頬を緩ませているこの人はたけるにいちゃん。俺の五つ年上で、俺たちの家がある場所から少し坂を下ったところに住んでいた。今は大学生になり上京して一人暮らしをしている。こっちにいる頃はよく遊んでくれた。面倒見がいい優しいお兄ちゃんだが、なぜか人から舐められがち。
「……」
「あれ? 俺のこと覚えてない?」
「たけるにいちゃん、生きてたんだ」
「生きてるわ!」
「そっか、上京してから全然帰ってこないから死んでんのかと思って」
「なんでだよ」
「今日は1人? 彼女は?」
「自分の実家に帰ってる」
「へぇ〜まだ続いてたんだ」
「いちいち失礼な奴だな」
「ひひっ、おじさんとおばさんは元気?」
「元気だけど、久しぶりに帰省した息子をパシリに使うって酷くない?」
「タコ焼き買って来いって?」
「しかも家族全員分」
「家族内でもカースト最下位じゃん」
「うるせー」
タコ焼きを2つ買ってたけるにいちゃんと別れ、イカ焼きの屋台に向かっているとポケットでスマホが震えた。ようちゃんからの着信。
『しゅん? 今どこ?』
「イカ焼きの屋台に並んでる。ようちゃんは? 買えた?」
『俺はもう買って、神社の裏の公園に来てる』
「わかった。イカ焼き買ったらすぐにそっちいく」
『おう』
通話を終了しポケットにスマホを戻した。
あ、甘酒…どうしよう…
「しゅんは誰と来てんの? 友達?」
「うわっ!?」
「いや、なんでそんな驚くんだよ」
「さっきバイバイしたのにまた後ろにいるから」
「俺もイカ焼き買うんだよ」
「そうなんだ、たけるにいちゃんたまに気配ないよな」
「よく言われる……で、誰と来てんの? 彼女?」
「ようちゃんだよ」
「あ、そうなんだ……へぇ~」
納得したように頷いた後、なぜかニヤニヤしているので冷たい視線を向けておいた。
イカ焼きを2つ買って今度こそたけるにいちゃんと別れ、神社を出て公園に向かった。神社の裏にある小さな公園、大通りからは見えないので地元の人しか知らない。賑やかだった神社とはうってかわって静かで人も少ない。ベンチに座ってスマホをいじっているようちゃんをみつけて駆け寄った。
「やっと来た」
「屋台にめっちゃ人並んでてーーあ! 甘酒買うの忘れた!」
「あ、俺もすっかり忘れてた」
「ダッシュで買ってくる」
「俺行くから、しゅんは座ってな」
「なに、今日めっちゃ優しいじゃん……明日雪降る」
「俺はいつも優しいわ」
「ははっ、じゃあお願いします」
公園を出て神社に向かうようちゃんを見送り、ベンチに座ってスマホを取り出す。友達からたくさんラインがきていて返信していると、たけるにいちゃんからもラインがきた。
『久しぶりに会えてよかった おまえ身長伸びたな』
そんなに伸びたかな? まぁたけるにいちゃんに会ったの2年ぶりだしな。
「あ!!」
やばい! 嫌な予感がする!
慌てて立ち上がりスマホを握りしめたまま走って公園を出た。神社に向かう途中でようちゃんの後ろ姿を見つけた。
「ようちゃん、ちょっと待ってーー」
ようちゃんに追いついて肩に手を置く。ようちゃんは微動だにせず、固まって突っ立っていた。その視線の先にーー
「あれ? しゅん? 今日会うの3回目だな」
最悪だ。油断してた。そういえばようちゃんのおみくじに『待人 来る 驚くことあり』って書いてあったな。
***
小学生の頃、屋外で2人で遊んでいると時々たけるにいちゃんを見かけた。ようちゃんの視界にたけるにいちゃんが映ると、ようちゃんは一時停止してしまう。鬼ごっこやかくれんぼ、腕相撲やサッカー、どんなにおもしろい話をしていても、ようちゃんの視線は俺からたけるにいちゃんへと移る。時折、泣きそうな顔でたけるにいちゃんを見つめてる。それは決まってたけるにいちゃんの隣に彼女がいる時。
「この前、たけるにいちゃんが彼女とキスしてた」
ようちゃんの注意を引きたくて適当なことを口走った。ようちゃんは一瞬驚いたけれどすぐに目を伏せて「へぇ〜」と興味がなさそうに相槌を打った。
「もう、なんか、すごかった」
「すごいってなにが?」
「えっと、とにかくなんか勢いがすごかった」
「なんだよそれ……つき合ってるんだから普通だろ、キスくらい」
「普通なの? 俺はよくわかんない」
「しゅんはガキだからな」
「一歳しかちがわないじゃん!」
「その一歳が大きいんだよ」
「みてろよ! すぐに追いつくから!」
「どうがんばっても歳の差は縮まらないんだよ。残念でした」
「クソがっ!」
腕の力や足の速さ、身長だって、めちゃくちゃ差があるわけじゃない。それでもようちゃんの方が勝ってることが多くて、悔しくて悔しくて、いつか追い抜いてやるぞってようちゃんの背中を追ってた。物心ついた頃から一緒にいるけど、友達とは違う。幼なじみでライバル、小学生の時はそんな風に思っていた。
***
中学生になってからは一緒に遊ぶことはなくなった。俺はダンススクールに通っていたし、ようちゃんは友達とバンドを組んでいてつき合っている彼女もいた。ショートヘアーでかわいい子だったと思う。容姿はあまり覚えてない。時々学校で二人一緒にいるのを見かけた。あの頃はようちゃんに関心がなかったから一緒にいるのをみかけても仲がいいんだなとしか思っていなかった。近所に住んでいるのに顔を合わせることも少なくて、共通点は同じ中学校に通っていることぐらい。一気に関係が希薄になったが、俺は気にしていなかった。俺は俺の世界で、ようちゃんはようちゃんの世界で、それぞれ夢中になれることをみつけて楽しんでいたし充実していた。
ある日、ダンススクールで自主練をしていて帰宅するのが遅くなった時、駅前の駐輪場でようちゃんをみかけた。彼女と一緒にいた。彼女が名残惜しそうにようちゃんに抱きついていた。公衆の面前でよくやるなぁ、と呆れて通り過ぎようとした時、彼女がキスをしようと顔を近づけた。けれどようちゃんはそれを拒んでいた。そこから言い合いになり、ようちゃんは彼女とケンカ別れした。
「しゅん」
気まずくて早々に退散しようとしたら呼び止められた。
「のっけて」
俺の自転車の荷台に座ろうとするようちゃん。
「えー無理。この前先生にみつかってめっちゃ怒られたから」
「ここには先生もいないし、みつからなきゃ大丈夫でしょ」
ようちゃんらしからぬ発言に俺は顔をしかめる。
「ごめん……今日だけだから」
泣きそうになりながらこんな風に言われたら断れない。しかたなくようちゃんを後ろにのせて自転車を漕ぐ。なるべく人目につかない道を選んで無言で夜道を進んだ。
「さっきの、みてただろ」
沈黙を破ったようちゃんの一言に、俺はどう答えるべきか思案していたら
「だめなんだよ……俺、彼女とキスできないんだ」
俺の背中にぴったりとくっつく。少し震えていた。
「すきだとは思うんだけど……キスにトラウマがあって、できなくて。それで、怒らせてわかれちゃった」
声を詰まらせながらなんとか言葉を発していた。泣いているようだった。かける言葉がみつからず、俺は黙って自転車を漕ぎ続けた。住宅街の坂に差し掛かったところでぐんとペダルが重くなる。息を切らしながらなんとかペダルをまわし続けた。
「大丈夫か? 後ろから押すーー」
「だいっじょーぶ、だから……ようちゃんはっ……のってて」
「全然大丈夫にみえないんだけど」
「いいからっ……降りちゃだめ……っ、だからな」
「死ぬぞ?」
ようちゃんをのせたままなんとか自宅に到着した。自転車を降りると汗まみれで足が震えていた。
「あーあ、汗びっしょり」
ようちゃんは苦笑しながら服の袖で俺の顔の汗を拭ってくれた。もう涙は引いたみたいで、俺の様子に呆れながらも笑っていた。
「ありがとう、ゆっくり休めよ」
「おう、じゃあな」
ようちゃんが自宅に入ったのを見届けてから、その場に座り込んだ。
「やばい……足がガクガクする」
『つきあってるんだから普通だろ、キスくらい』
意外だった。いつだったかこんな発言をしていたからキスなんて余裕で済ませていると思っていた。
「まだすきなのかな……たけるにいちゃんのこと」
二階にあるようちゃんの部屋に電気が灯る。
「まさかな……」
***
中2の春休み、ようちゃんが自宅から一番近い高校(自転車で15分)に進学すると母さんから聞いた。ちなみにたけるにいちゃんも大学に合格したらしい。俺も春休みが明ければ受験生。志望校を決めなければいけない。特に行きたい高校があるわけじゃないけど、高校生になってもダンスを続けたかったからダンス部のある学校、できればダンス部が強い学校に行きたいなぁと漠然と思っていた。
コンビニに入ったらレジで会計するたけるにいちゃんをみかけた。慌ててコーラを手に取り、それをレジ台に置く。
「これも一緒にお願いします」
「っ?! しゅん?!?」
たけるにいちゃんが驚いている間に店員がバーコードを通して金額がプラスされた。ジト目で見られたけど目をそらしてあさっての方向を向く。後ろに並んでいるサラリーマンに咳払いされ、たけるにいちゃんは慌てて金を払った。
コンビニを出て早速コーラを口内に流し込む。ゲボッと盛大にゲップが出てたけるにいちゃんがドン引きしていた。
「ポテトとからあげも買えばよかった」
「買ってこいよ」
「たけるにいちゃんなに買ったの?」
慌ててビニール袋を後ろに隠した。俺はそれを素早く奪い取り中身を確認した。
「ポテトとからあげ!」
「〜〜〜っ、半分だぞ! 全部食うなよ!」
「さっすがたけるにいちゃん!」
ポテトとからあげをつまみながらたけるにいちゃんと並んで歩く。
「そういえば大学合格したんだろ? おめでとう」
「おう、ありがとう」
「引っ越すの?」
「寂しいか?」
「べつに」
「本当は寂しいくせに〜」
「俺じゃなくてようちゃんがーー」
「ようじ?」
「あ、なんでもない」
「ようじは元気?」
「元気なんじゃない? 俺もたまにしか会わないから」
「そっか……ようじ、俺のことなんか言ってた?」
「さぁ? 知らないけど、なんで?」
「ようじに避けられてるから……嫌われてんのかな」
「嫌ってはないと思う(むしろその逆だけど)」
「そうかな〜会った時に挨拶はしてくれるんだけど目を合わせてくれないし、逃げるように去っていくから」
「ガチで? けっこう重症だな」
「え?」
「いや、こっちの話。それたぶん思春期とか反抗期とか、そういうのだと思う」
「あ、なるほど! そういえば俺も中学の時はわけもなくイライラしてた気がする」
「(あ、納得した。さすがたけるにいちゃん)うん、だからあんまり気にしなくていいよ」
「そうか、安心したわ。ありがとう」
「うん、コーラとポテトとからあげのお礼。で、いつ引っ越すの?」
「あさって」
「え?」
マジか、ようちゃんはこのこと知ってんのかな?
待ち合わせ場所である神社の鳥居の前、ようちゃんが現れるのを今か今かとキョロキョロしながら待っていると、同じくキョロキョロしているかわいい生き物が目に留まった。
「ようちゃん!」
慌てて駆け寄るとようちゃんも俺に気付いてホッと安心したように頬が緩んだ。一週間ぶりに会ったようちゃんは、それはそれはかわいくて。相変わらず肌は白くて透明感やばいし、寒さで鼻の頭と頬が赤らんでるのが愛おしくて庇護欲をかきたてられる。
小顔すぎてマフラーのボリュームがすごい。口元だけマフラーで隠れてる……あざとかわいい! ああ、今すぐ抱きしめたい……
「ひと、多くね?」
「毎年こんなもんでしょ」
「てか、少し見ない間にまたデカくなったな」
「ようちゃんは縮んだな」
ゲシっと脛を蹴られ、強烈な痛みを感じその場にしゃがみ込む。
いや、いやいやいや、ようじさん……あなたが蹴った部位は弁慶の泣き所といって人間の急所にあたるところですよ。そこを躊躇なく攻撃するなんて同じ人間とは思えない。お主、もしや鬼かもののけか!?
半泣きで恨めしく睨んでいると、ぷりぷり怒りながら「さっさといくぞ」と鳥居に入ってしまった。
「ちょ、ようちゃん! まって!」
慌てて立ち上がりようちゃんの後を追う。
ぷりぷり怒ってるようちゃんかわいい、もう鬼でももののけでもなんでもいいです。
脛を蹴られたのにニヤニヤ笑っている俺をみて「キモい」と一蹴された。
小学生の頃は家族で、中学生の頃は友達と、そして今年はようちゃんと。毎年初詣にきてる神社だけど、ようちゃんと2人でくると新鮮で知らない場所にきたように感じる。周りを見るとお年寄りや家族連れ、着物を着た女性もちらほら。地元で一番大きい神社とあってたくさんの参拝客が足を運んでいた。一番の目当ては屋台の食べ物だが、せっかくなのでお参りすることにした。
「ようちゃんなにお願いすんの?」
「う~ん、健康第一?」
「じじぃかよ」
「身体が資本だろ」
「高校生のセリフじゃね~」
「おまえは?」
「俺はねぇ……」
そりゃあもちろん、ようちゃんとキスできますように……できればその先も……いやいや欲張っちゃダメだ。あ、いいことおもいついた!
「ないしょ」
「どうせ百万円くださいとか、焼き肉とお寿司をおなかいっぱい食べたいとか、そんなんだろ」
「小学生かよ。いや、小学生でももっと欲深いお願い事するわ」
「え、そうなん? 俺が小学生の時こんな感じだったけど」
「ようじ少年かわいいね。てか、完全に俺のこと小学生だと思ってるじゃん」
話している間に俺たちの番が回ってきた。お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手。両手を合わせて目を瞑る。
神様、お願いします。課題もテストもがんばります。無駄遣いもしません。忘れ物も遅刻も……とにかく色々頑張ります。だから、俺に、ようちゃんをください!!
お願いしますお願いしますと必死にブツブツ呟いているとようちゃんにぐいぐい腕を引かれた。ゴホンッと咳払いが聞こえて後ろをみるとメガネをかけたおっさんがイライラした様子でこちらをみていた。「すんませーん」と一応口では謝りながら睨みつけておいた。文化祭の件以来、おっさんを警戒するようになった。ようちゃんと一緒にいる時は特に。
「少しくらい待ってくれてもよくね?」
「ひと多いし、イライラしてたんだろ」
「ようちゃん、俺は待てる男だから」
「知ってる。しゅんは見かけによらず優しいもんな」
「見かけによらずは余計です」
「ふふ、おみくじ引こ~」
ようちゃんは怒りの感情をあまり表に出さない。小学生の頃はやんちゃでよくケンカしてたけど年齢を重ねるにつれて落ち着いて周りに合わせるようになった。もしかして色々我慢して抱え込んでるんじゃないかって時々心配になるけど、俺に対しては相変わらず当たりが強いのでようちゃんのはけ口になってるならそれでいいかと思ってる。
おみくじ専用の筒を持ち、お願いしますお願いしますと願掛けしながら振った。7番の棒が出て、番号の引き出しを開けておみくじを取り出す。
「しゅん、どう?」
「末吉。ようちゃんは?」
「小吉。毎年来てるのに大吉出ないな」
「そもそも入ってないとか?」
愚痴をこぼしながらおみくじ結び所に向かっていると、キャッキャと騒ぐ女の子たちの声が耳に入ってきた。
「みてみて! 大吉ー!!」
「やばっ! なんて書いてんの?!」
「恋愛、愛を捧げよ倖せあり! 待人、遅けれど来る! だって!!」
「うわっ! 今年こそ彼氏できるじゃん! おめでとう!」
「やばー! どうしよう! とりあえず服買いにいこ!」
ようちゃんと顔を見合わせて苦笑する。
「恋愛、思うだけではだめ。待人、来る 驚くことあり。だってさ」
「俺は……」
ーーー恋愛 あきらめなさい
は?? なにこれ?
「なに? もったいぶらずに教えろよ」
おみくじめがけてようちゃんの手が伸びてきたので、慌ててそれを後ろ手に隠す。
「ないしょ」
「え〜また~?」
どうやら神様は俺に味方してくれないらしい。もちろん諦めるつもりなんてさらさらないけど。
何度かおみくじを取ろうと手を伸ばしてくるようちゃんをかわしながら、結び所のうんと高い位置にきつく結んだ。
「腹へった〜五平餅食お! 五平餅!」
「俺はベビーカステラとタコ焼きとイカ焼きと焼きそばとーー」
「どんだけだよ」
「締めに甘酒」
「あ〜わかる、甘酒染みるよな」
「染みるって、発言がおっさんくさい」
「は?」
ようちゃんにベッドロックされたまま屋台の列に並ぶ。俺の分の五平餅もおごってくれた。
「で、なんだっけ? ベビーカステラと?」
「ベビーカステラとタコ焼きとイカ焼きと焼きそばとーー」
五平餅をおいしくいただいた後、どの屋台の列に並ぶか迷っていると、ようちゃんがお札を2枚手渡してくれた。
「俺がベビーカステラと焼きそば買うから、しゅんはタコ焼きとイカ焼きね」
「え?」
「今日はおごってやるよ。久しぶりのデートだし」
「デート……」
「次はしゅんがおごれよ」
ポンと俺の肩を叩くとベビーカステラの屋台に行ってしまった。
デート……なんかようちゃんの口からデートって言葉が出てきたらむずむずする。やっぱ俺たちちゃんとつき合ってるんだ、恋人なんだな……
今更じわじわと実感して幸せをかみしめる。
「あ、しゅん?」
タコ焼きの屋台の列に並んでいると不意に後ろから声をかけられた。振り返ると懐かしい人がいた。
「あー! やっぱりしゅんじゃん! 久しぶりだな〜」
うれしそうに頬を緩ませているこの人はたけるにいちゃん。俺の五つ年上で、俺たちの家がある場所から少し坂を下ったところに住んでいた。今は大学生になり上京して一人暮らしをしている。こっちにいる頃はよく遊んでくれた。面倒見がいい優しいお兄ちゃんだが、なぜか人から舐められがち。
「……」
「あれ? 俺のこと覚えてない?」
「たけるにいちゃん、生きてたんだ」
「生きてるわ!」
「そっか、上京してから全然帰ってこないから死んでんのかと思って」
「なんでだよ」
「今日は1人? 彼女は?」
「自分の実家に帰ってる」
「へぇ〜まだ続いてたんだ」
「いちいち失礼な奴だな」
「ひひっ、おじさんとおばさんは元気?」
「元気だけど、久しぶりに帰省した息子をパシリに使うって酷くない?」
「タコ焼き買って来いって?」
「しかも家族全員分」
「家族内でもカースト最下位じゃん」
「うるせー」
タコ焼きを2つ買ってたけるにいちゃんと別れ、イカ焼きの屋台に向かっているとポケットでスマホが震えた。ようちゃんからの着信。
『しゅん? 今どこ?』
「イカ焼きの屋台に並んでる。ようちゃんは? 買えた?」
『俺はもう買って、神社の裏の公園に来てる』
「わかった。イカ焼き買ったらすぐにそっちいく」
『おう』
通話を終了しポケットにスマホを戻した。
あ、甘酒…どうしよう…
「しゅんは誰と来てんの? 友達?」
「うわっ!?」
「いや、なんでそんな驚くんだよ」
「さっきバイバイしたのにまた後ろにいるから」
「俺もイカ焼き買うんだよ」
「そうなんだ、たけるにいちゃんたまに気配ないよな」
「よく言われる……で、誰と来てんの? 彼女?」
「ようちゃんだよ」
「あ、そうなんだ……へぇ~」
納得したように頷いた後、なぜかニヤニヤしているので冷たい視線を向けておいた。
イカ焼きを2つ買って今度こそたけるにいちゃんと別れ、神社を出て公園に向かった。神社の裏にある小さな公園、大通りからは見えないので地元の人しか知らない。賑やかだった神社とはうってかわって静かで人も少ない。ベンチに座ってスマホをいじっているようちゃんをみつけて駆け寄った。
「やっと来た」
「屋台にめっちゃ人並んでてーーあ! 甘酒買うの忘れた!」
「あ、俺もすっかり忘れてた」
「ダッシュで買ってくる」
「俺行くから、しゅんは座ってな」
「なに、今日めっちゃ優しいじゃん……明日雪降る」
「俺はいつも優しいわ」
「ははっ、じゃあお願いします」
公園を出て神社に向かうようちゃんを見送り、ベンチに座ってスマホを取り出す。友達からたくさんラインがきていて返信していると、たけるにいちゃんからもラインがきた。
『久しぶりに会えてよかった おまえ身長伸びたな』
そんなに伸びたかな? まぁたけるにいちゃんに会ったの2年ぶりだしな。
「あ!!」
やばい! 嫌な予感がする!
慌てて立ち上がりスマホを握りしめたまま走って公園を出た。神社に向かう途中でようちゃんの後ろ姿を見つけた。
「ようちゃん、ちょっと待ってーー」
ようちゃんに追いついて肩に手を置く。ようちゃんは微動だにせず、固まって突っ立っていた。その視線の先にーー
「あれ? しゅん? 今日会うの3回目だな」
最悪だ。油断してた。そういえばようちゃんのおみくじに『待人 来る 驚くことあり』って書いてあったな。
***
小学生の頃、屋外で2人で遊んでいると時々たけるにいちゃんを見かけた。ようちゃんの視界にたけるにいちゃんが映ると、ようちゃんは一時停止してしまう。鬼ごっこやかくれんぼ、腕相撲やサッカー、どんなにおもしろい話をしていても、ようちゃんの視線は俺からたけるにいちゃんへと移る。時折、泣きそうな顔でたけるにいちゃんを見つめてる。それは決まってたけるにいちゃんの隣に彼女がいる時。
「この前、たけるにいちゃんが彼女とキスしてた」
ようちゃんの注意を引きたくて適当なことを口走った。ようちゃんは一瞬驚いたけれどすぐに目を伏せて「へぇ〜」と興味がなさそうに相槌を打った。
「もう、なんか、すごかった」
「すごいってなにが?」
「えっと、とにかくなんか勢いがすごかった」
「なんだよそれ……つき合ってるんだから普通だろ、キスくらい」
「普通なの? 俺はよくわかんない」
「しゅんはガキだからな」
「一歳しかちがわないじゃん!」
「その一歳が大きいんだよ」
「みてろよ! すぐに追いつくから!」
「どうがんばっても歳の差は縮まらないんだよ。残念でした」
「クソがっ!」
腕の力や足の速さ、身長だって、めちゃくちゃ差があるわけじゃない。それでもようちゃんの方が勝ってることが多くて、悔しくて悔しくて、いつか追い抜いてやるぞってようちゃんの背中を追ってた。物心ついた頃から一緒にいるけど、友達とは違う。幼なじみでライバル、小学生の時はそんな風に思っていた。
***
中学生になってからは一緒に遊ぶことはなくなった。俺はダンススクールに通っていたし、ようちゃんは友達とバンドを組んでいてつき合っている彼女もいた。ショートヘアーでかわいい子だったと思う。容姿はあまり覚えてない。時々学校で二人一緒にいるのを見かけた。あの頃はようちゃんに関心がなかったから一緒にいるのをみかけても仲がいいんだなとしか思っていなかった。近所に住んでいるのに顔を合わせることも少なくて、共通点は同じ中学校に通っていることぐらい。一気に関係が希薄になったが、俺は気にしていなかった。俺は俺の世界で、ようちゃんはようちゃんの世界で、それぞれ夢中になれることをみつけて楽しんでいたし充実していた。
ある日、ダンススクールで自主練をしていて帰宅するのが遅くなった時、駅前の駐輪場でようちゃんをみかけた。彼女と一緒にいた。彼女が名残惜しそうにようちゃんに抱きついていた。公衆の面前でよくやるなぁ、と呆れて通り過ぎようとした時、彼女がキスをしようと顔を近づけた。けれどようちゃんはそれを拒んでいた。そこから言い合いになり、ようちゃんは彼女とケンカ別れした。
「しゅん」
気まずくて早々に退散しようとしたら呼び止められた。
「のっけて」
俺の自転車の荷台に座ろうとするようちゃん。
「えー無理。この前先生にみつかってめっちゃ怒られたから」
「ここには先生もいないし、みつからなきゃ大丈夫でしょ」
ようちゃんらしからぬ発言に俺は顔をしかめる。
「ごめん……今日だけだから」
泣きそうになりながらこんな風に言われたら断れない。しかたなくようちゃんを後ろにのせて自転車を漕ぐ。なるべく人目につかない道を選んで無言で夜道を進んだ。
「さっきの、みてただろ」
沈黙を破ったようちゃんの一言に、俺はどう答えるべきか思案していたら
「だめなんだよ……俺、彼女とキスできないんだ」
俺の背中にぴったりとくっつく。少し震えていた。
「すきだとは思うんだけど……キスにトラウマがあって、できなくて。それで、怒らせてわかれちゃった」
声を詰まらせながらなんとか言葉を発していた。泣いているようだった。かける言葉がみつからず、俺は黙って自転車を漕ぎ続けた。住宅街の坂に差し掛かったところでぐんとペダルが重くなる。息を切らしながらなんとかペダルをまわし続けた。
「大丈夫か? 後ろから押すーー」
「だいっじょーぶ、だから……ようちゃんはっ……のってて」
「全然大丈夫にみえないんだけど」
「いいからっ……降りちゃだめ……っ、だからな」
「死ぬぞ?」
ようちゃんをのせたままなんとか自宅に到着した。自転車を降りると汗まみれで足が震えていた。
「あーあ、汗びっしょり」
ようちゃんは苦笑しながら服の袖で俺の顔の汗を拭ってくれた。もう涙は引いたみたいで、俺の様子に呆れながらも笑っていた。
「ありがとう、ゆっくり休めよ」
「おう、じゃあな」
ようちゃんが自宅に入ったのを見届けてから、その場に座り込んだ。
「やばい……足がガクガクする」
『つきあってるんだから普通だろ、キスくらい』
意外だった。いつだったかこんな発言をしていたからキスなんて余裕で済ませていると思っていた。
「まだすきなのかな……たけるにいちゃんのこと」
二階にあるようちゃんの部屋に電気が灯る。
「まさかな……」
***
中2の春休み、ようちゃんが自宅から一番近い高校(自転車で15分)に進学すると母さんから聞いた。ちなみにたけるにいちゃんも大学に合格したらしい。俺も春休みが明ければ受験生。志望校を決めなければいけない。特に行きたい高校があるわけじゃないけど、高校生になってもダンスを続けたかったからダンス部のある学校、できればダンス部が強い学校に行きたいなぁと漠然と思っていた。
コンビニに入ったらレジで会計するたけるにいちゃんをみかけた。慌ててコーラを手に取り、それをレジ台に置く。
「これも一緒にお願いします」
「っ?! しゅん?!?」
たけるにいちゃんが驚いている間に店員がバーコードを通して金額がプラスされた。ジト目で見られたけど目をそらしてあさっての方向を向く。後ろに並んでいるサラリーマンに咳払いされ、たけるにいちゃんは慌てて金を払った。
コンビニを出て早速コーラを口内に流し込む。ゲボッと盛大にゲップが出てたけるにいちゃんがドン引きしていた。
「ポテトとからあげも買えばよかった」
「買ってこいよ」
「たけるにいちゃんなに買ったの?」
慌ててビニール袋を後ろに隠した。俺はそれを素早く奪い取り中身を確認した。
「ポテトとからあげ!」
「〜〜〜っ、半分だぞ! 全部食うなよ!」
「さっすがたけるにいちゃん!」
ポテトとからあげをつまみながらたけるにいちゃんと並んで歩く。
「そういえば大学合格したんだろ? おめでとう」
「おう、ありがとう」
「引っ越すの?」
「寂しいか?」
「べつに」
「本当は寂しいくせに〜」
「俺じゃなくてようちゃんがーー」
「ようじ?」
「あ、なんでもない」
「ようじは元気?」
「元気なんじゃない? 俺もたまにしか会わないから」
「そっか……ようじ、俺のことなんか言ってた?」
「さぁ? 知らないけど、なんで?」
「ようじに避けられてるから……嫌われてんのかな」
「嫌ってはないと思う(むしろその逆だけど)」
「そうかな〜会った時に挨拶はしてくれるんだけど目を合わせてくれないし、逃げるように去っていくから」
「ガチで? けっこう重症だな」
「え?」
「いや、こっちの話。それたぶん思春期とか反抗期とか、そういうのだと思う」
「あ、なるほど! そういえば俺も中学の時はわけもなくイライラしてた気がする」
「(あ、納得した。さすがたけるにいちゃん)うん、だからあんまり気にしなくていいよ」
「そうか、安心したわ。ありがとう」
「うん、コーラとポテトとからあげのお礼。で、いつ引っ越すの?」
「あさって」
「え?」
マジか、ようちゃんはこのこと知ってんのかな?



