「この前もさ、2年の知らん先輩からちひろのこと聞かれたんだけど」
「あ〜いいよ、無視しといて」
「そんなわけにもいかないだろ。さすがにラインは教えてないけどさ」
「そこは絶対死守して! めんどくさいことになるから」
「お、おぉう」
12月、文化祭がおわってから二ヶ月も経ったのにちひろのモテ期は継続中。普段は黒縁メガネをかけて前髪で顔を隠しているちひろだが、部活中はメガネを外して前髪をちょんまげに結ってデコを出している。そのギャップがかわいいと女子にブッ刺さったらしい。文化祭の時は髪をセットしていたから特にキラキラしていて、あのキラキラ王子は誰だと話題になりそこから一気にモテ始めた。丸顔で目がぱっちりしていて二重、童顔でかわいらしい顔をしているちひろ。言い寄ってくる女子に対して、そのかわいさとは真逆の対応をしている。話しかけられても適当に流したり愛想笑いするだけ。時には無視したり逃げたりする。手紙やプレゼントは一切受け取らない。そんな塩対応なちひろに、逆に萌えると女子からのアピールは勢いを増している。そこで目をつけられたのが、ちひろといつも一緒にいる俺。ちひろが受け取らない手紙やプレゼントを俺に預けたり仲介役を頼んできたり。ちひろへの受付窓口と化している。すきな人に近づきたい仲良くなりたいという気持ちはわかるが、俺は恋のキューピッドでもなんでもないのでどうにもしてやれないし、ずっとこういうことが続くと正直しんどい。当のちひろは恋愛に全く興味がなくめんどくさがっているので、強烈なアピールは逆効果だと伝えるようにはしているが、なぜか一向におさまらない。
「すごい混んでる」
冬季限定鍋焼きうどん定食を求めて、寒い廊下を歩いてはるばる教室から食堂へと足を運んだのに既に長い行列ができていた。
「並ぶ?」
「せっかく来たしね」
ちひろと一緒に列の最後尾に並ぶ。寒い寒いとポケットからカイロを取り出してもみもみしているちひろ。『かわいい』『小動物いる』とどこからか女子の囁き声が聞こえる。
「しゅん~」
突然耳元で名前を呼ばれた。ふわりとようちゃんの匂いを感じて、振り返ろうとしたら肩にようちゃんの顎がのった。最近、学校でも距離が近い。俺としてはうれしいけど色々と我慢しなきゃならないのがちょっと辛い。すぐ後ろに直樹先輩もいて、目が合ったので軽く頭を下げた。
「ようちゃんなににすんの?」
「う~ん、焼き魚定食」
「魚? めずらしいな」
「たまにはね、しゅんは?」
「俺は、鍋焼きうどん定食」
「それさっき売り切れたぞ」
「え? 早くない? そのためにきたのに」
前に並ぶちひろにそのことを伝ええるとショックで手にあるカイロを落としてしまった。それを拾ってちひろの手に握らせる。
「もう午後からがんばれない……」
「まだ君にはスペシャル天丼があるじゃないか」
「先生! 俺、がんばるよ! スペシャル天丼のために!」
すぐに気持ちを切り替えて目を輝かせながら前に向き直ったちひろ。この切り替えの早さ、ぜひ見習いたい。
「しかたない、からあげかハンバーグにしよ」
「1個ちょうだーー」
「絶対にいや」
「…………」
ケチと唇を尖らせるようちゃんの頭に軽くチョップをお見舞いするとゲシッとふくらはぎを蹴られた。
注文したものを受け取り席についた。俺の向かいにちひろ、隣にはようちゃん、ようちゃんの向かいに直樹先輩。「いただきます」と手を合わせるようちゃん。そのトレーには炊き込みご飯(キノコ入り)、みそ汁、焼きサバ、サラダ、漬物。俺はしれっと自分の白飯とようちゃんの炊き込みご飯をすり替えた(ようちゃんはキノコが苦手)。それに気づいたようちゃんは俺のからあげをしれっと1つ奪って口に運んだ。俺は箸を置き、ようちゃんにグサグサと視線を突き刺す。ようちゃんは素知らぬ顔で白飯を口の中にかけこんでいる。あとでおぼえとけよ……!
「おさななじみの距離感って、そんな感じなのか?」
俺たち二人をみて直樹先輩が目を細めた。
「近いですよね~異様に」
ちひろがガツガツと天丼を頬張りながら呆れたように俺たちを見遣る。
「そう?」
「普通ですけど?」
「「(普通じゃねーよ……)」」
昼食を終えた後、食堂を出てすぐのところにある自販機にようちゃんが小銭を入れた。俺はすかさず横からボタンを押してリンゴジュースをゲットした。
「おまえっ!」
つかみかかってくるようちゃんから逃げているうちに追いかけっこになった。階段を駆け上がり渡り廊下を走って旧校舎の棟へいく。途中、ようちゃんがついてきているかどうか後ろを振り返る。「いいかげん止まれバカ……」と息を切らせながらもちゃんとついてきてくれている。昼食後にたくさん走らせるのはかわいそう(既にけっこう走った後だけど)だから、適当にその辺の空き教室に入った。窓際に寄せてある長机に腰を下ろす。しばらくしてようちゃんが入ってきてガラガラと戸を閉めた。
「はーやっと追いついた」
よたよたと歩み寄り俺の隣に腰かけた。ストローを差したリンゴジュースをようちゃんの口元にもっていくと、それを口に含みゴクゴクと喉を鳴らす。俺は空いている方の手でようちゃんの背中をさすった。リンゴジュースを飲み終えたようちゃんは、俺の太ももを枕にしてパタンと横になった。
「体力なさすぎ」
「うるさい」
「毎朝、一緒に走る?」
「やだ」
ゆっくりとようちゃんの髪を撫でる。額にうっすらと汗が浮かんでいる。日当たりのいい教室、暖かい陽だまりの中でうとうとしながらようちゃんの大きな瞳が閉じていく。
やっぱ距離近いよな~前まで学校でようちゃんからくっついてくることなかったもん。今ならキスできるかも……
なんて考えていると、ようちゃんが少し眩しそうに眉根を寄せて手の甲で目を隠した。その手の人差し指に見慣れないものが巻かれている。
「なにこれ?」
「あープリントで指切った」
「じゃなくて、この絆創膏」
「もらった」
「誰に?」
「……クラスの子」
かわいらしいクマ柄のピンク色の絆創膏。俺はそれをようちゃんの指からペリペリと無言で剥がし、丸めてその辺にポイッと投げ捨てた。薄っすらとした赤い切り傷が露わになり、そこにそっと唇を寄せた。ようちゃんは気づかず目を閉じたまま。俺は思わずようちゃんの傷をぺろっと舐めた。さすがにようちゃんも驚いたようで目を開けて指を引っ込める。
「な、にしてんだよ」
「傷なんか舐めときゃ治るってばぁちゃんが言ってたから」
「いやいや、そんなわけないから」
困ったようにため息をつくようちゃん。
「びっくりするからさ……」
引っ込めた手を取り、無理やりに指を絡める。
「ようちゃんって、指が弱いの?」
「へ?」
「性感帯?」
「は? せいかんたいって……」
無理やり絡めた指はそっと離されて、ほんのりと顔を赤くしたようちゃんはゆっくりと身体を起こす。
「どこでそんな言葉覚えてくんだよ」
「エロサイトとか?」
「……ふ~ん」
丸まったようちゃんの背中を包み込むように抱きしめて首筋に鼻を押し付けた。ようちゃんの体温を感じながらようちゃんの匂いをおもいっきり吸い込む。
はぁ~~満たされる~~落ち着く~~
「なんだよ」
「べつに、」
俺が背中でクンクン匂いを嗅いでいるのに全く気にならないのか、ようちゃんはポケットからスマホを取り出していじり始めた。せっかく二人きりになったのにもっと俺を構えよ。きれいな真っ白な項にちゅっとキスを落としてみた。ようちゃんは無反応でスマホをいじり続けている。今度は耳の裏をべろんと舐めてやった。びくっと肩が震えて大きな猫目が俺を睨みつける。
「だからやめろって。さっきからなんなんだよ」
「ようちゃんの性感帯探し?」
「はぁ?」
「いやならやめるけど」
「いやなので即刻やめてもらえますか」
完全に拒否されてしまった。嫌われたくないので仕方なくようちゃんから離れる。俺もポケットからスマホを取り出して動画を再生した。その音声を聞くや否や、ようちゃんは俺のスマホを取り上げて動画を停止した。
「みてたのに~」
「俺のいないところでみろ」
「え~俺は好きなアーティストの動画もみせてもらえないのか」
「アーティストって、バカにしてるだろ」
「行動を習慣化するには66日かかるらしいよ」
「なにそれ?」
「俺がこの動画を見続けて今日で66日目」
「きもっ」
ようちゃんは俺のスマホをいじって、はいと俺に手渡してきた。
「もう見れないんで、習慣化には失敗ですね。残念」
俺の宝物であるようちゃんの文化祭ステージ動画(母さんからもらった)はフォルダから消去されていた。バックアップ取ってるから平気ですけどね、と言ったらバックアップのデータごと消去されそうなので黙っておいた。
「あのさ、」
キッチンで夕飯を作っている母さんの背中に声をかけると、ネギを刻みながら「なに?」と返事がかえってきた。
「今年はウチでやるんだろ?」
「なにを?」
「なにって、クリスマスーー」
「あぁ~! そうそう! 今年はウチの番だよ」
物心ついた頃から、クリスマスはウチとようちゃんの家で順番にクリスマスパーティーをしている。参加するのは子どもだけ。ごちそうを食べてゲームをしてプレゼント交換をして。ガキの頃は毎年楽しみで待ち遠しかったけど、今年はようちゃんとつき合って初めてのクリスマスだから二人で過ごしたい。
「俺とようちゃんは高校生だからさ、もうそろそろいいかな~って思うんだけど」
「なに言ってんの? 夏海は楽しみにしてんのよ」
「え、いやでも夏海も友達とパーティーするだろ?」
「友達とのパーティーは昼間にするんだって。夜はウチでやるから、ようちゃんにも伝えておいて」
「あ、はい」
「イェーイ! 勝ったー!」
ゲームのコントローラーを置き、手を上げてよろこぶようちゃん。嬉々として、人差し指と中指を立てて俺の腕に勢いよくバシッと叩きつけた。
「痛い? 痛い?」
うざいくらい顔を近づけてニヤニヤしている。
くそっ、押し倒してキスしてやろうか……
「今年は夜にやるんだって」
「ん? あ、クリスマス?」
「夏海がね、楽しみにしてるんだってさ」
「ははっ、かわいいじゃん」
「ようちゃんはそれでいいの?」
俺もコントローラーを置き、ようちゃんの太ももを枕にしてごろんと横になる。
「ん~しゅんとはこれから先もクリスマス過ごせるけど、夏海とは過ごせないかもだろ? 思春期になったらうざい~とか言われるんだぞ? だからさ、一緒に過ごしてあげよう」
俺の頭を撫でながら子どもをあやすような優しい口調で話す。こんな風に言われたらイヤだとは言えない。
「……うん、わかった」
「ふふっ、素直でよろしい」
わしゃわしゃと髪をぐちゃぐちゃにされて、仕返しに起き上がって脇をくすぐってやった。
納得はしていない。つき合って初めてのクリスマスはもう二度とこないから、特別なものにしたかった。でも、ようちゃんが『しゅんとはこれから先も』って言ってくれたから、それが無性にうれしかった。ようちゃんはモテるから、いつかこの狭すぎる関係に気付いて俺なんかポイッて捨てられるんじゃないかって内心ビクビクしてる。だから、俺が隣にいることが当たり前のように思っているようちゃんが、心地よくてうれしくて、尊くて泣きそうになる。
「ちょっと迎えにいってくる」
「迎えにいかなくてもそのうち来るでしょ」
「遅いから」
「遅いって、まだ30分しか経ってないけど」
クルスマスイブ、今日はウチでパーティをする予定だ。俺も部屋の飾りつけや料理の手伝いをした。あとは、ようちゃんと夏海がそろえば始められるのに、ようちゃんからラインがきた。
『ごめん、少しだけクラスの集まりに顔出してくる。すぐ行くから先に始めてて』
『どこで?』
『駅前のカラオケ』
『わかった』
……と、やり取りしてから三十分経ったのに来る気配がない。家でじっと待っていられなくて、自転車に乗って駅に向かった。
「さむっ…」
頬をきるような冷たい風に負けじとペダルを漕ぐ。マフラーと手袋を忘れたことを後悔した。指先と耳の感覚がなくなっていく。カラオケ店が入るビルの入り口に到着した頃には、指がかじかんで思うように動かなくなった。
「まだかな…」
手のひらを擦り合わせながら息を吹きかけていると、入り口の自動ドアが開きようちゃんが出てきた。
「ようちゃん!」
「おっ、しゅん!」
俺を見つけるなり笑顔でひょこひょこ歩み寄ってきた。
「来ると思った」
「か、かあさんが迎えに行ってこいって言うからさ……ようちゃんのチャリは?駐輪場?」
「うん、取ってくる」
駐輪場に向かおうとしたようちゃんがくるりと踵を返してこちらに戻ってきた。自分の巻いてるマフラーを解いて、俺の首に巻きつける。
「いいって。ようちゃんが寒くなるじゃん」
「さっきまであったかいとこにいたから大丈夫」
「ようちゃん冷え性だろ? 俺、体温高いからさ」
服の袖に引っ込んでいる俺の指先に触れて「つめたっ! 凍ってるじゃん!」と苦笑するようちゃん。
「素直に甘えてろ」
そう言ってかじかんだ指先をあたたかい手で包み、息を吹きかけてくれる。
「なんか、いつもと逆だな」
「ん? あぁ、いつもしゅんのポケットにお邪魔して暖を取らせてもらってるからな。そのお礼」
吐く息は白く、ようちゃんの鼻は少し赤らんで目までウルウルしてきた。
あぁぁ、かわいそうかわいい、健気すぎて惚れる……あ、もう既にベタ惚れだった。
「ようじ!」
ようちゃんを呼ぶ女子の声がして、パタパタと傍に駆け寄ってきた。俺を一瞥して軽く頭を下げられたので、俺も頭を下げた。
「これ、作ったの。よかったら食べて」
「おっ、お菓子?」
「うん、マフィン」
「ありがとう、帰ったら食べる」
「うん……じゃあね」
名残惜しそうにしながらも、ひらひらと手を振りビルの中へと戻って行った。いつかのようちゃん泥棒ーーじゃなくて、ようちゃんに好意がある女子だった。
「ようちゃん、それさーー」
「え?」
ようちゃんがぼんやりしている間に手にあるマフィンを奪う。どこかで見たことあると思ったら、あの絆創膏と同じクマが袋に印刷されていた。俺は乱雑に袋を開けて、マフィンを口の中に全部放り込み、ハムスターみたいに頬を膨らませながらもぐもぐと貪り食った。
「おまえ…」
俺のガサツな食べ方に若干引いているようちゃん。マフィンをよく噛んでごくんと飲み込む。
「……マフィンに罪はないからな」
「まぁそうだけどさ……で、どうだった? うまかった?」
味は普通にうまいけど、ようちゃんに好意がある女子が作ったマフィンをうまいとは言いたくない。俺は聞こえなかったふりをしてマフィンの袋をポケットに突っ込んだ。
「さっきの女子さ、文化祭一緒に回ろって言ってきた人だよな?」
「あーうん」
「……絆創膏も手のマッサージもあの人?」
「え?」
「名前教えて」
「なんか怖いんですけど」
今日クラスの集まりにいったのはあの人のため? あの人とはよくしゃべる? 席近い? ようちゃんはあの人のことどう思ってんの? 頭の中に浮かぶ数々の質問をぶんぶん頭を振って払いのける。全部口に出したら尋問するみたいでいやだ。嫉妬丸出しでかっこわるい。俺の様子を見て怪訝な顔をするようちゃんに不意打ちでデコピンをお見舞いしてやった。ようちゃんは声にならない悲鳴をあげて額を押さえて下を向く。
「……バカ。ようちゃんのアホバカマヌケポンコツ」
マフラーを軽く引っ張られてようちゃんに顔が近づく。うるんだ瞳で物欲しそうにみつめられる。ドキドキと心臓が早なる。だんだん唇が近づいてきて目を瞑ると、バシッと両手で頬を挟まれた。
「しゅんのヘタレ腰抜けビビりチキり、バーカ」
フンッと鼻を鳴らしてくるっと俺に背中を向けると、呆けている俺を置いてスタスタと行ってしまった。
なにあれ? 挑発してる?? 挑発してるよな!? どんだけ俺が我慢してると思ってんだよ! 襲うぞ!?
「ようちゃん!」
俺は慌ててビルの脇に停めていた自転車をとってきて、押しながらようちゃんの隣に並ぶ。ようちゃんは不機嫌そうにぶすっと頬を膨らませていたけど(かわいいかよ)、チラと俺に視線をやり「夏海が待ってるから早く帰るぞ」とまた俺を置いて早歩きでズンズン行ってしまった。
ようちゃんのあんな顔、初めて見た。エロかったな……目を瞑るんじゃなかった、俺のバカ。
「そろそろ限界なんですけど……」
ご馳走をたらふく食べて、カードゲームやテレビゲームをしながら夏海の恋愛相談にのったり(俺には話さないくせにようちゃんには相談する)、きっちり後片付けもして、ささやかなクリスマスパーティーは今年も無事に終了した。玄関で靴を履くようちゃんに泊まっていけばいいのに、と母さんと夏海がしつこく言うから、「ようちゃんは色々と忙しいんだよ」と言い放ち、ようちゃんと一緒に玄関を出た。
「べつに泊まってもよかったのに」
「あの2人がいたらゆっくりできないじゃん」
「賑やかで楽しいよ」
ようちゃんの手を取り、引っ張って歩く。
「俺は、2人でゆっくりしたいんだよ」
斜め後ろで小さく笑うようちゃんの声がした。
夕方には降っていなかったのに、パーティーをしている間に雪が降り始め、今もしんしんと降り続いている。雪が舞う真っ暗な空を見上げる。途方もない真っ暗闇になんだか吸い込まれそうで、怖くなってようちゃんの手をぎゅっと握った。
「せっかくのホワイトクリスマスだもんな」
今度はようちゃんが俺の手を引いて歩いてくれる。
「ようちゃん、」
「うん?」
来年も一緒に過ごせるかな?
喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、握っているようちゃんの手を俺のダウンのポケットに突っ込んだ。
「さっきの、お礼のお礼」
ぐいと引っ張ったせいでようちゃんが少しよろける。よろけた拍子にドンと肩をぶつけてきて、俺もドンと肩をぶつける。ふざけて肩をぶつけ合いながら歩いて近くの公園までやってきた。数年前から、近所に住む人が冬になると公園の木を電飾で飾るようになり、ちょっとしたイルミネーションを楽しめるようになった。
はらはらと舞う雪が暖色の光に照らされてキラキラしている。
「うわぁ……」
イルミネーションを眺めて感嘆の声を上げるようちゃん。髪にのった雪がキラキラと反射してキレイだ。思わずスマホを構えてようちゃんの横顔を撮った。
「雪ってこんなにきれいなんだな」
ようちゃんの方がキレイだよ、ってさり気なくキスしたら甘い雰囲気になるんだろうか……
じっとようちゃんに視線をおくるも、イルミネーションに夢中で気づかない。ようちゃんもポケットからスマホを出して撮り始めた。
「しゅん、撮ろ〜」
「お、おう」
顔を近づけてイルミネーションをバックに撮る。顔が近くてドキドキする。
「引きつってんだけど」
ようちゃんが笑いながらスマホ画面をみせてきた。キラキラかわいいようちゃんの隣で口元を引きつらせている俺。
そういえば、ようちゃんの写真はたくさん撮ってるけど(ほぼ盗撮)ツーショってあんまり撮ったことないかも。これはこれで恋人っぽくてうれしいな。俺変な顔してるけど。
「ふふ、こうやって思い出増えてくのうれしいな。見返した時に、しゅんとたくさん話せるし」
う、え、ちょ、かわいすぎんか!? 俺とのツーショみながらにこにこうれしそうに笑ってるんだけど! ときめきすぎて心臓痛いわ……
「〜〜〜っ、飲み物買ってくる」
「うん、あっち座ってるから」
痛む心臓をおさえながら自販機でホットココアを買い、ベンチに座るようちゃんの隣に腰かける。タブを開けて一口飲んだ。
「あまっ」
「甘いの苦手なくせになんでココア買ったんだよ。俺にもちょーだい」
「冬に飲むココアは格別だからね。あと、ようちゃんココアすきだろ?」
「……っ、ずるいなぁ〜しゅんは」
「は? なんもずるいことしてないけど?」
「い、いいから早くココアをよこせ。寒すぎて死ぬ」
ようちゃんにココアを手渡すと、ふーふーしながらゆっくりと飲んでいる。
なにしてもかわいいとか、やばすぎんか……
「はぁ〜生き返る〜」
「ようちゃん猫舌だっけ?」
「この前さ、ぼーっと動画みながら熱い緑茶のんだら口の中やけどしちゃってさ」
「どんくさいな(くっそかわいい)」
「最近よくぼーっとしちゃって……気づいたらしゅんのことばっかり考えてんの。自分でもキモいなって思う」
俺!? マジで!? ようちゃんの頭の中俺でいっぱいなの!? そんなに俺のこと……俺たち両思いかよ!? って、つき合ってるんだったー! ……時々、つき合ってること忘れるんだよな。こんなに一緒にいるし近くにいるのに、なんか夢の中でふわふわしてるみたいで実感がないっていうか……
「しゅん?」
不安そうにこちらをのぞき込んでくるようちゃんと目が合って、慌ててようちゃんの手を握る。
「全然キモくない! 俺なんかずーっと、寝てる間もようちゃんのこと考えてるし、夢にも出てくる。なにしててもようちゃんのこと頭に浮かぶから、俺の方がキモい!」
「ははっ、それ、競うとこ?」
おかしそうに眉を下げて頬を緩めたようちゃんが、かわいくて尊くて。髪にのった雪がイルミネーションの灯りでキラキラして、儚くて消えてしまいそうで。そっと胸の中に閉じ込めた。
「……ようちゃん」
ようちゃんがぎゅっと俺の背中に手を回し、抱きしめて耳元でささやく。
「……かえろっか、一緒に」
「うん、かえる」
震えるほど寒くて冷たい夜なのに、ココアとようちゃんのおかげでぽかぽかして幸せだ。
帰ったらあたたかい布団の中で抱き合って眠ろう。
「あ〜いいよ、無視しといて」
「そんなわけにもいかないだろ。さすがにラインは教えてないけどさ」
「そこは絶対死守して! めんどくさいことになるから」
「お、おぉう」
12月、文化祭がおわってから二ヶ月も経ったのにちひろのモテ期は継続中。普段は黒縁メガネをかけて前髪で顔を隠しているちひろだが、部活中はメガネを外して前髪をちょんまげに結ってデコを出している。そのギャップがかわいいと女子にブッ刺さったらしい。文化祭の時は髪をセットしていたから特にキラキラしていて、あのキラキラ王子は誰だと話題になりそこから一気にモテ始めた。丸顔で目がぱっちりしていて二重、童顔でかわいらしい顔をしているちひろ。言い寄ってくる女子に対して、そのかわいさとは真逆の対応をしている。話しかけられても適当に流したり愛想笑いするだけ。時には無視したり逃げたりする。手紙やプレゼントは一切受け取らない。そんな塩対応なちひろに、逆に萌えると女子からのアピールは勢いを増している。そこで目をつけられたのが、ちひろといつも一緒にいる俺。ちひろが受け取らない手紙やプレゼントを俺に預けたり仲介役を頼んできたり。ちひろへの受付窓口と化している。すきな人に近づきたい仲良くなりたいという気持ちはわかるが、俺は恋のキューピッドでもなんでもないのでどうにもしてやれないし、ずっとこういうことが続くと正直しんどい。当のちひろは恋愛に全く興味がなくめんどくさがっているので、強烈なアピールは逆効果だと伝えるようにはしているが、なぜか一向におさまらない。
「すごい混んでる」
冬季限定鍋焼きうどん定食を求めて、寒い廊下を歩いてはるばる教室から食堂へと足を運んだのに既に長い行列ができていた。
「並ぶ?」
「せっかく来たしね」
ちひろと一緒に列の最後尾に並ぶ。寒い寒いとポケットからカイロを取り出してもみもみしているちひろ。『かわいい』『小動物いる』とどこからか女子の囁き声が聞こえる。
「しゅん~」
突然耳元で名前を呼ばれた。ふわりとようちゃんの匂いを感じて、振り返ろうとしたら肩にようちゃんの顎がのった。最近、学校でも距離が近い。俺としてはうれしいけど色々と我慢しなきゃならないのがちょっと辛い。すぐ後ろに直樹先輩もいて、目が合ったので軽く頭を下げた。
「ようちゃんなににすんの?」
「う~ん、焼き魚定食」
「魚? めずらしいな」
「たまにはね、しゅんは?」
「俺は、鍋焼きうどん定食」
「それさっき売り切れたぞ」
「え? 早くない? そのためにきたのに」
前に並ぶちひろにそのことを伝ええるとショックで手にあるカイロを落としてしまった。それを拾ってちひろの手に握らせる。
「もう午後からがんばれない……」
「まだ君にはスペシャル天丼があるじゃないか」
「先生! 俺、がんばるよ! スペシャル天丼のために!」
すぐに気持ちを切り替えて目を輝かせながら前に向き直ったちひろ。この切り替えの早さ、ぜひ見習いたい。
「しかたない、からあげかハンバーグにしよ」
「1個ちょうだーー」
「絶対にいや」
「…………」
ケチと唇を尖らせるようちゃんの頭に軽くチョップをお見舞いするとゲシッとふくらはぎを蹴られた。
注文したものを受け取り席についた。俺の向かいにちひろ、隣にはようちゃん、ようちゃんの向かいに直樹先輩。「いただきます」と手を合わせるようちゃん。そのトレーには炊き込みご飯(キノコ入り)、みそ汁、焼きサバ、サラダ、漬物。俺はしれっと自分の白飯とようちゃんの炊き込みご飯をすり替えた(ようちゃんはキノコが苦手)。それに気づいたようちゃんは俺のからあげをしれっと1つ奪って口に運んだ。俺は箸を置き、ようちゃんにグサグサと視線を突き刺す。ようちゃんは素知らぬ顔で白飯を口の中にかけこんでいる。あとでおぼえとけよ……!
「おさななじみの距離感って、そんな感じなのか?」
俺たち二人をみて直樹先輩が目を細めた。
「近いですよね~異様に」
ちひろがガツガツと天丼を頬張りながら呆れたように俺たちを見遣る。
「そう?」
「普通ですけど?」
「「(普通じゃねーよ……)」」
昼食を終えた後、食堂を出てすぐのところにある自販機にようちゃんが小銭を入れた。俺はすかさず横からボタンを押してリンゴジュースをゲットした。
「おまえっ!」
つかみかかってくるようちゃんから逃げているうちに追いかけっこになった。階段を駆け上がり渡り廊下を走って旧校舎の棟へいく。途中、ようちゃんがついてきているかどうか後ろを振り返る。「いいかげん止まれバカ……」と息を切らせながらもちゃんとついてきてくれている。昼食後にたくさん走らせるのはかわいそう(既にけっこう走った後だけど)だから、適当にその辺の空き教室に入った。窓際に寄せてある長机に腰を下ろす。しばらくしてようちゃんが入ってきてガラガラと戸を閉めた。
「はーやっと追いついた」
よたよたと歩み寄り俺の隣に腰かけた。ストローを差したリンゴジュースをようちゃんの口元にもっていくと、それを口に含みゴクゴクと喉を鳴らす。俺は空いている方の手でようちゃんの背中をさすった。リンゴジュースを飲み終えたようちゃんは、俺の太ももを枕にしてパタンと横になった。
「体力なさすぎ」
「うるさい」
「毎朝、一緒に走る?」
「やだ」
ゆっくりとようちゃんの髪を撫でる。額にうっすらと汗が浮かんでいる。日当たりのいい教室、暖かい陽だまりの中でうとうとしながらようちゃんの大きな瞳が閉じていく。
やっぱ距離近いよな~前まで学校でようちゃんからくっついてくることなかったもん。今ならキスできるかも……
なんて考えていると、ようちゃんが少し眩しそうに眉根を寄せて手の甲で目を隠した。その手の人差し指に見慣れないものが巻かれている。
「なにこれ?」
「あープリントで指切った」
「じゃなくて、この絆創膏」
「もらった」
「誰に?」
「……クラスの子」
かわいらしいクマ柄のピンク色の絆創膏。俺はそれをようちゃんの指からペリペリと無言で剥がし、丸めてその辺にポイッと投げ捨てた。薄っすらとした赤い切り傷が露わになり、そこにそっと唇を寄せた。ようちゃんは気づかず目を閉じたまま。俺は思わずようちゃんの傷をぺろっと舐めた。さすがにようちゃんも驚いたようで目を開けて指を引っ込める。
「な、にしてんだよ」
「傷なんか舐めときゃ治るってばぁちゃんが言ってたから」
「いやいや、そんなわけないから」
困ったようにため息をつくようちゃん。
「びっくりするからさ……」
引っ込めた手を取り、無理やりに指を絡める。
「ようちゃんって、指が弱いの?」
「へ?」
「性感帯?」
「は? せいかんたいって……」
無理やり絡めた指はそっと離されて、ほんのりと顔を赤くしたようちゃんはゆっくりと身体を起こす。
「どこでそんな言葉覚えてくんだよ」
「エロサイトとか?」
「……ふ~ん」
丸まったようちゃんの背中を包み込むように抱きしめて首筋に鼻を押し付けた。ようちゃんの体温を感じながらようちゃんの匂いをおもいっきり吸い込む。
はぁ~~満たされる~~落ち着く~~
「なんだよ」
「べつに、」
俺が背中でクンクン匂いを嗅いでいるのに全く気にならないのか、ようちゃんはポケットからスマホを取り出していじり始めた。せっかく二人きりになったのにもっと俺を構えよ。きれいな真っ白な項にちゅっとキスを落としてみた。ようちゃんは無反応でスマホをいじり続けている。今度は耳の裏をべろんと舐めてやった。びくっと肩が震えて大きな猫目が俺を睨みつける。
「だからやめろって。さっきからなんなんだよ」
「ようちゃんの性感帯探し?」
「はぁ?」
「いやならやめるけど」
「いやなので即刻やめてもらえますか」
完全に拒否されてしまった。嫌われたくないので仕方なくようちゃんから離れる。俺もポケットからスマホを取り出して動画を再生した。その音声を聞くや否や、ようちゃんは俺のスマホを取り上げて動画を停止した。
「みてたのに~」
「俺のいないところでみろ」
「え~俺は好きなアーティストの動画もみせてもらえないのか」
「アーティストって、バカにしてるだろ」
「行動を習慣化するには66日かかるらしいよ」
「なにそれ?」
「俺がこの動画を見続けて今日で66日目」
「きもっ」
ようちゃんは俺のスマホをいじって、はいと俺に手渡してきた。
「もう見れないんで、習慣化には失敗ですね。残念」
俺の宝物であるようちゃんの文化祭ステージ動画(母さんからもらった)はフォルダから消去されていた。バックアップ取ってるから平気ですけどね、と言ったらバックアップのデータごと消去されそうなので黙っておいた。
「あのさ、」
キッチンで夕飯を作っている母さんの背中に声をかけると、ネギを刻みながら「なに?」と返事がかえってきた。
「今年はウチでやるんだろ?」
「なにを?」
「なにって、クリスマスーー」
「あぁ~! そうそう! 今年はウチの番だよ」
物心ついた頃から、クリスマスはウチとようちゃんの家で順番にクリスマスパーティーをしている。参加するのは子どもだけ。ごちそうを食べてゲームをしてプレゼント交換をして。ガキの頃は毎年楽しみで待ち遠しかったけど、今年はようちゃんとつき合って初めてのクリスマスだから二人で過ごしたい。
「俺とようちゃんは高校生だからさ、もうそろそろいいかな~って思うんだけど」
「なに言ってんの? 夏海は楽しみにしてんのよ」
「え、いやでも夏海も友達とパーティーするだろ?」
「友達とのパーティーは昼間にするんだって。夜はウチでやるから、ようちゃんにも伝えておいて」
「あ、はい」
「イェーイ! 勝ったー!」
ゲームのコントローラーを置き、手を上げてよろこぶようちゃん。嬉々として、人差し指と中指を立てて俺の腕に勢いよくバシッと叩きつけた。
「痛い? 痛い?」
うざいくらい顔を近づけてニヤニヤしている。
くそっ、押し倒してキスしてやろうか……
「今年は夜にやるんだって」
「ん? あ、クリスマス?」
「夏海がね、楽しみにしてるんだってさ」
「ははっ、かわいいじゃん」
「ようちゃんはそれでいいの?」
俺もコントローラーを置き、ようちゃんの太ももを枕にしてごろんと横になる。
「ん~しゅんとはこれから先もクリスマス過ごせるけど、夏海とは過ごせないかもだろ? 思春期になったらうざい~とか言われるんだぞ? だからさ、一緒に過ごしてあげよう」
俺の頭を撫でながら子どもをあやすような優しい口調で話す。こんな風に言われたらイヤだとは言えない。
「……うん、わかった」
「ふふっ、素直でよろしい」
わしゃわしゃと髪をぐちゃぐちゃにされて、仕返しに起き上がって脇をくすぐってやった。
納得はしていない。つき合って初めてのクリスマスはもう二度とこないから、特別なものにしたかった。でも、ようちゃんが『しゅんとはこれから先も』って言ってくれたから、それが無性にうれしかった。ようちゃんはモテるから、いつかこの狭すぎる関係に気付いて俺なんかポイッて捨てられるんじゃないかって内心ビクビクしてる。だから、俺が隣にいることが当たり前のように思っているようちゃんが、心地よくてうれしくて、尊くて泣きそうになる。
「ちょっと迎えにいってくる」
「迎えにいかなくてもそのうち来るでしょ」
「遅いから」
「遅いって、まだ30分しか経ってないけど」
クルスマスイブ、今日はウチでパーティをする予定だ。俺も部屋の飾りつけや料理の手伝いをした。あとは、ようちゃんと夏海がそろえば始められるのに、ようちゃんからラインがきた。
『ごめん、少しだけクラスの集まりに顔出してくる。すぐ行くから先に始めてて』
『どこで?』
『駅前のカラオケ』
『わかった』
……と、やり取りしてから三十分経ったのに来る気配がない。家でじっと待っていられなくて、自転車に乗って駅に向かった。
「さむっ…」
頬をきるような冷たい風に負けじとペダルを漕ぐ。マフラーと手袋を忘れたことを後悔した。指先と耳の感覚がなくなっていく。カラオケ店が入るビルの入り口に到着した頃には、指がかじかんで思うように動かなくなった。
「まだかな…」
手のひらを擦り合わせながら息を吹きかけていると、入り口の自動ドアが開きようちゃんが出てきた。
「ようちゃん!」
「おっ、しゅん!」
俺を見つけるなり笑顔でひょこひょこ歩み寄ってきた。
「来ると思った」
「か、かあさんが迎えに行ってこいって言うからさ……ようちゃんのチャリは?駐輪場?」
「うん、取ってくる」
駐輪場に向かおうとしたようちゃんがくるりと踵を返してこちらに戻ってきた。自分の巻いてるマフラーを解いて、俺の首に巻きつける。
「いいって。ようちゃんが寒くなるじゃん」
「さっきまであったかいとこにいたから大丈夫」
「ようちゃん冷え性だろ? 俺、体温高いからさ」
服の袖に引っ込んでいる俺の指先に触れて「つめたっ! 凍ってるじゃん!」と苦笑するようちゃん。
「素直に甘えてろ」
そう言ってかじかんだ指先をあたたかい手で包み、息を吹きかけてくれる。
「なんか、いつもと逆だな」
「ん? あぁ、いつもしゅんのポケットにお邪魔して暖を取らせてもらってるからな。そのお礼」
吐く息は白く、ようちゃんの鼻は少し赤らんで目までウルウルしてきた。
あぁぁ、かわいそうかわいい、健気すぎて惚れる……あ、もう既にベタ惚れだった。
「ようじ!」
ようちゃんを呼ぶ女子の声がして、パタパタと傍に駆け寄ってきた。俺を一瞥して軽く頭を下げられたので、俺も頭を下げた。
「これ、作ったの。よかったら食べて」
「おっ、お菓子?」
「うん、マフィン」
「ありがとう、帰ったら食べる」
「うん……じゃあね」
名残惜しそうにしながらも、ひらひらと手を振りビルの中へと戻って行った。いつかのようちゃん泥棒ーーじゃなくて、ようちゃんに好意がある女子だった。
「ようちゃん、それさーー」
「え?」
ようちゃんがぼんやりしている間に手にあるマフィンを奪う。どこかで見たことあると思ったら、あの絆創膏と同じクマが袋に印刷されていた。俺は乱雑に袋を開けて、マフィンを口の中に全部放り込み、ハムスターみたいに頬を膨らませながらもぐもぐと貪り食った。
「おまえ…」
俺のガサツな食べ方に若干引いているようちゃん。マフィンをよく噛んでごくんと飲み込む。
「……マフィンに罪はないからな」
「まぁそうだけどさ……で、どうだった? うまかった?」
味は普通にうまいけど、ようちゃんに好意がある女子が作ったマフィンをうまいとは言いたくない。俺は聞こえなかったふりをしてマフィンの袋をポケットに突っ込んだ。
「さっきの女子さ、文化祭一緒に回ろって言ってきた人だよな?」
「あーうん」
「……絆創膏も手のマッサージもあの人?」
「え?」
「名前教えて」
「なんか怖いんですけど」
今日クラスの集まりにいったのはあの人のため? あの人とはよくしゃべる? 席近い? ようちゃんはあの人のことどう思ってんの? 頭の中に浮かぶ数々の質問をぶんぶん頭を振って払いのける。全部口に出したら尋問するみたいでいやだ。嫉妬丸出しでかっこわるい。俺の様子を見て怪訝な顔をするようちゃんに不意打ちでデコピンをお見舞いしてやった。ようちゃんは声にならない悲鳴をあげて額を押さえて下を向く。
「……バカ。ようちゃんのアホバカマヌケポンコツ」
マフラーを軽く引っ張られてようちゃんに顔が近づく。うるんだ瞳で物欲しそうにみつめられる。ドキドキと心臓が早なる。だんだん唇が近づいてきて目を瞑ると、バシッと両手で頬を挟まれた。
「しゅんのヘタレ腰抜けビビりチキり、バーカ」
フンッと鼻を鳴らしてくるっと俺に背中を向けると、呆けている俺を置いてスタスタと行ってしまった。
なにあれ? 挑発してる?? 挑発してるよな!? どんだけ俺が我慢してると思ってんだよ! 襲うぞ!?
「ようちゃん!」
俺は慌ててビルの脇に停めていた自転車をとってきて、押しながらようちゃんの隣に並ぶ。ようちゃんは不機嫌そうにぶすっと頬を膨らませていたけど(かわいいかよ)、チラと俺に視線をやり「夏海が待ってるから早く帰るぞ」とまた俺を置いて早歩きでズンズン行ってしまった。
ようちゃんのあんな顔、初めて見た。エロかったな……目を瞑るんじゃなかった、俺のバカ。
「そろそろ限界なんですけど……」
ご馳走をたらふく食べて、カードゲームやテレビゲームをしながら夏海の恋愛相談にのったり(俺には話さないくせにようちゃんには相談する)、きっちり後片付けもして、ささやかなクリスマスパーティーは今年も無事に終了した。玄関で靴を履くようちゃんに泊まっていけばいいのに、と母さんと夏海がしつこく言うから、「ようちゃんは色々と忙しいんだよ」と言い放ち、ようちゃんと一緒に玄関を出た。
「べつに泊まってもよかったのに」
「あの2人がいたらゆっくりできないじゃん」
「賑やかで楽しいよ」
ようちゃんの手を取り、引っ張って歩く。
「俺は、2人でゆっくりしたいんだよ」
斜め後ろで小さく笑うようちゃんの声がした。
夕方には降っていなかったのに、パーティーをしている間に雪が降り始め、今もしんしんと降り続いている。雪が舞う真っ暗な空を見上げる。途方もない真っ暗闇になんだか吸い込まれそうで、怖くなってようちゃんの手をぎゅっと握った。
「せっかくのホワイトクリスマスだもんな」
今度はようちゃんが俺の手を引いて歩いてくれる。
「ようちゃん、」
「うん?」
来年も一緒に過ごせるかな?
喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、握っているようちゃんの手を俺のダウンのポケットに突っ込んだ。
「さっきの、お礼のお礼」
ぐいと引っ張ったせいでようちゃんが少しよろける。よろけた拍子にドンと肩をぶつけてきて、俺もドンと肩をぶつける。ふざけて肩をぶつけ合いながら歩いて近くの公園までやってきた。数年前から、近所に住む人が冬になると公園の木を電飾で飾るようになり、ちょっとしたイルミネーションを楽しめるようになった。
はらはらと舞う雪が暖色の光に照らされてキラキラしている。
「うわぁ……」
イルミネーションを眺めて感嘆の声を上げるようちゃん。髪にのった雪がキラキラと反射してキレイだ。思わずスマホを構えてようちゃんの横顔を撮った。
「雪ってこんなにきれいなんだな」
ようちゃんの方がキレイだよ、ってさり気なくキスしたら甘い雰囲気になるんだろうか……
じっとようちゃんに視線をおくるも、イルミネーションに夢中で気づかない。ようちゃんもポケットからスマホを出して撮り始めた。
「しゅん、撮ろ〜」
「お、おう」
顔を近づけてイルミネーションをバックに撮る。顔が近くてドキドキする。
「引きつってんだけど」
ようちゃんが笑いながらスマホ画面をみせてきた。キラキラかわいいようちゃんの隣で口元を引きつらせている俺。
そういえば、ようちゃんの写真はたくさん撮ってるけど(ほぼ盗撮)ツーショってあんまり撮ったことないかも。これはこれで恋人っぽくてうれしいな。俺変な顔してるけど。
「ふふ、こうやって思い出増えてくのうれしいな。見返した時に、しゅんとたくさん話せるし」
う、え、ちょ、かわいすぎんか!? 俺とのツーショみながらにこにこうれしそうに笑ってるんだけど! ときめきすぎて心臓痛いわ……
「〜〜〜っ、飲み物買ってくる」
「うん、あっち座ってるから」
痛む心臓をおさえながら自販機でホットココアを買い、ベンチに座るようちゃんの隣に腰かける。タブを開けて一口飲んだ。
「あまっ」
「甘いの苦手なくせになんでココア買ったんだよ。俺にもちょーだい」
「冬に飲むココアは格別だからね。あと、ようちゃんココアすきだろ?」
「……っ、ずるいなぁ〜しゅんは」
「は? なんもずるいことしてないけど?」
「い、いいから早くココアをよこせ。寒すぎて死ぬ」
ようちゃんにココアを手渡すと、ふーふーしながらゆっくりと飲んでいる。
なにしてもかわいいとか、やばすぎんか……
「はぁ〜生き返る〜」
「ようちゃん猫舌だっけ?」
「この前さ、ぼーっと動画みながら熱い緑茶のんだら口の中やけどしちゃってさ」
「どんくさいな(くっそかわいい)」
「最近よくぼーっとしちゃって……気づいたらしゅんのことばっかり考えてんの。自分でもキモいなって思う」
俺!? マジで!? ようちゃんの頭の中俺でいっぱいなの!? そんなに俺のこと……俺たち両思いかよ!? って、つき合ってるんだったー! ……時々、つき合ってること忘れるんだよな。こんなに一緒にいるし近くにいるのに、なんか夢の中でふわふわしてるみたいで実感がないっていうか……
「しゅん?」
不安そうにこちらをのぞき込んでくるようちゃんと目が合って、慌ててようちゃんの手を握る。
「全然キモくない! 俺なんかずーっと、寝てる間もようちゃんのこと考えてるし、夢にも出てくる。なにしててもようちゃんのこと頭に浮かぶから、俺の方がキモい!」
「ははっ、それ、競うとこ?」
おかしそうに眉を下げて頬を緩めたようちゃんが、かわいくて尊くて。髪にのった雪がイルミネーションの灯りでキラキラして、儚くて消えてしまいそうで。そっと胸の中に閉じ込めた。
「……ようちゃん」
ようちゃんがぎゅっと俺の背中に手を回し、抱きしめて耳元でささやく。
「……かえろっか、一緒に」
「うん、かえる」
震えるほど寒くて冷たい夜なのに、ココアとようちゃんのおかげでぽかぽかして幸せだ。
帰ったらあたたかい布団の中で抱き合って眠ろう。



