ようちゃんとつきあい始めて一週間が経った。約束をしなくても毎朝一緒に学校にいくようになったし、なるべく帰りも一緒に帰る。たまに寄り道して放課後デートしたりして。まぁ、行き先はコンビニか公園だから、やってることは今までと変わらない。なのに、恋仲になるとみえる景色が一変して全てが新鮮だ。気持ちも前向きになって毎日が楽しい。世の恋人たちが幸せそうにみえる理由がわかった気がする。はぁ~恋って最高!

 夕飯を食べおえて部屋でぼんやりしていると頭に浮かぶのはもちろんようちゃんのこと。今日も一緒に登下校したし、帰りに公園で一時間近くしゃべっていた。二人でたくさんの時間を共有しているのに、バイバイしてわかれた後、すぐ会いたくなるのはなぜなんだろう。スマホをタップし、ようちゃんとのトークルームを開く。通話してみる? それともライン? 用もないのに? なんておくればいい? 今までどうやってたっけ? スクロールしてトーク履歴をみているとポコポコッと通知音が鳴った。
 『アイス食いたくない?』
 ようちゃんからのラインだ。タイミング神! 文末に棒付きアイスの絵文字がついてる。かわいい。
 『コンビニいこ』
 俺はすぐさま返信して家を出た。
 
 コンビニまで徒歩10分の道のりを15分かけて歩く。今夜は曇り空で月が雲間から見え隠れしている。曇っていると昼間は暗いのに夜はいつもより明るくみえる。その理由をようちゃんに聞こうと思っていたらコンビニに着いてしまった。俺は丸いひとくちサイズのアイス、ようちゃんはチョコレートバーを買って、帰りながらそれを食べる。
 「いっつもそれ食って飽きないの?」
 「味が違うんだよ。今日のやつはみかん味。ちなみにこの前はぶどう味食った」
 半分に割れたみかんが瑞々しい果肉をまとっているオレンジ色のパッケージをみせると、ようちゃんは興味なさそうに一瞥した。
 「こっちから開けると1個づつ食べれるし、こっちから開けると一気に2~3個食えんの。味もいっぱいあるし季節限定の味も出るから飽きないんだよ。企業努力すごくね?」
 「回し者かよ。ハマるとそればっかだもんな、しゅんは」
 「一途なんですよ」
そういえば俺はいつからようちゃんのことがすきなんだろう。はっきりと自覚したのは中3の時だけど、恋心が芽生えたのはたぶんもっと前でいつの間にか目で追ってた。他の人のことを考えるひまなんてなくて、とにかくずっと、それこそ一途にようちゃんをみてた。
 「うん?」
 アイスを食べ終えて手持ち無沙汰になり、隣で歩くようちゃんにじっと視線を送る。ようちゃんはゆっくりとチョコレートバーを味わっている。
 「食いたいの?」
 ようちゃんの食べかけのアイスを差しだされ、ひとくちかじった。爽やかなみかんの後味が、チョコの甘さにかき消される。
 「あま」
 「あまいの食ったのに苦い顔になってる」
 くすりと笑うようちゃん。アイスが溶け始めてポタっと地面に落ちた。
 「あー早く食わないから」
 すきなものは一番最後まで取っておくようちゃんと真っ先に食べてしまう俺。ようちゃんがわざと残しておいた大好物をしれっと横取りしてよくケンカになった。
 みるみるうちに溶けていくアイス。棒を伝ってようちゃんの手にまで落ちてきた。俺はようちゃんの手首をつかんで手についたアイスを舐めた。
 「えぇ!?」
 ようちゃんは驚いて一歩二歩と後退る。その間にもアイスはポタポタと落ち続けている。
 「早く食えよ。溶けてなくなるぞ」
 幼いころ、半分溶けたアイスがごっそり地面に落ちて半泣きになっていた。そこにアリが群がって、溶けたアイスのことなんか忘れて二人でアリをじっと観察していた。
 急いでアイスを食べ終えたようちゃんは「手がベタベタする」と目を細めて不快感を露わにしていた。「キレイにしてやろうか?」と舌をだしたら「遠慮します」と距離を取られた。
 「そういえばさ、小さい頃、溶けたアイスをアリにあげてたよな」
 「あ、俺も同じこと思い出してた。ようちゃんが、アイス落ちたって泣いて、アリがきたらアイスのことなんか忘れてアリに夢中になってんの」
 「泣いてたのはしゅんだろ」
 「ちがうよ、ようちゃんだろ。俺はアイス食うの早かったし」
 「えーそうだっけ?」
 「そうだよ」
 他愛ない思い出話をしている間に自宅前まで来てしまった。あーもうちょっと一緒にいたいな。1日24時間って短すぎる。30時間くらいあればいいのに。そしたらようちゃんともっと一緒にいられるのに。いっそのこと時間が止まればいいのに。なんて。
 「アイス食ったら寒くなってきた」
 9月も半ばを過ぎると夜は肌寒い。ようちゃんは薄手のカーディガンを着ているが寒そうに手を擦り合わせている。俺は体温が高いので半袖でも平気だが、なにか上着を羽織ってくればよかった。そしたら、寒そうにしているようちゃんに貸してあげられたのに。
 「じゃあな、また明日」
 わかれるのが名残惜しい俺とは反対に、ようちゃんはあっさりとバイバイをして家の中に入ってしまった。
 ん〜さみしいなぁ〜。
 しかたなく俺も家に入る。
 「しゅん〜帰ったの?」
 洗面所で手を洗っているとリビングから母さんの声が聞こえた。
 「明日、午後から雨だって。傘持っていきなよ」
 リビングのテレビに天気予報が映っている。見事に雨マークばかりで、明日の午後の降水確率は80パーセント。
 「雨か、明日はバスだな。ようちゃんにラインしとこ」
 階段を上りながらようちゃんにラインをおくる。バスでいくなら何時に出ればいいんだっけ……ちょっとまって。雨ってことは傘をさすだろ。一緒に傘に入ればようちゃんにくっつけるんじゃね?
 「これだ!」
 我ながらいい作戦をおもいついたとニマニマしていたら、自室から出てきた妹にドン引きされた。

 放課後、部活がおわりジャージから制服に着替えてちひろと一緒に昇降口に向かう。動体視力を駆使し、2年の下駄箱にようちゃんの靴があることを確認した。幼いころ、車の窓から対向車のナンバーや看板を読む遊びをしていてよかった。ひとまず、第一関門突破。ちひろには気づかれないよう小さくガッツポーズをしてくつを履き替える。
 「めっちゃ降ってる」
 雨空を見上げ、うぇーと低い悲鳴をあげるちひろ。当たり前のように傘をさして昇降口から出ていった。しばらく歩いてからゆっくりこっちを振り返ったちひろが呆れ顔で戻ってくる。
 「傘ないなら言えよ」
 「大丈夫。ようちゃんに入れてもらうから」
 「あーなるほど。じゃあね」
 「すまんね、一緒に帰れなくて」
 ちひろは振り返ることなく軽く手を上げて雨の中スタスタと帰っていった。
 ちひろ、すまん。今度ジュースでもおごらせてくれ。
 ちひろに続き、傘をさして帰っていく生徒たちを横目で見送る。地面に雨粒が叩きつけられる音に意識的に耳を傾ける。テレビの砂嵐音と似ているけどノイズ感はあまりなく、心地いい。こういうのなんていうんだっけ?
 「しゅん?」
 聞き慣れた声がスッと耳に届く。振り返るとようちゃんがくつを履き替えているところだった。
 「ようちゃん」
 意図せず勝手に口角が上がる。待ってましたといわんばかりにようちゃんに駆け寄った。
 「傘忘れた」
 呆れ顔でしばらく俺をみつめ小さくため息をつく。
 「おまえさ、昨日俺にラインしてきたくせになんで忘れるかなぁ」
 「そういう時もあるって。傘持つから入れて?」
 ようちゃんの手にある傘を奪い取り、出入り口にいって傘をさした。焦ることなくゆっくりと俺の隣に来て傘の中に入るようちゃん。雨空に向かってさした傘はブルーグレーで、八面のうち一面にだけ英語のロゴが斜めに敷き詰められている。おしゃれだ。小学生の時はチャンバラごっこをして傘を何本もダメにしたから、これは中学の頃に買ったものだろうか。
 一歩外に出ると途端に雨が傘を打ち付ける。雨音がうるさく響く傘の中。濡れないようにようちゃんの方へ傘を傾けて歩き出す。
 「ようじー」
 後方から聞こえた声に振り向くと、ようちゃんの部活(軽音部)の先輩が深いグリーンの傘をさしてこちらにやってきた。
 「先輩、もう練習おわったの?」
 「やる気なくなったから今日は(いさぎよ)く帰る」
 「あんなにやる気満々だったのに」
 「雨降ってると眠くなるんだよね」
 「わかります。ぼーっとしますよね」
 ふにゃと表情を歪めた先輩に共感して頷き、三人並んで歩き出す。
 「ね、気圧のせいかなぁ」
 「こういうの、なんていうんでしたっけ?」
 「あーえっとね~……高周波だよ。ハイパーソニック」
 俺とようちゃんは顔を見合わせて首をかしげる。
 「雨音には人が聞きとることができない高周波が含まれていて、それに触れると脳がリラックスするらしいよ」
 「その高周波がハイパーソニック?」
 「そうそれ」
 「へぇ~ゲームのキャラみたい」
 「ソニック、なつかし~」
 そこから昔プレイしたゲームの話題になりひとしきり盛り上がったところで先輩とわかれた。
 「俺あの人すき。話しやすい」
 「瀬戸先輩、優しいんだよな。ぼーっとしてるけど意外と頼りになるしなんでも知ってる」
 たれ目でいつも眠そうにぼんやりしているけど目が合うと笑ってくれて、人見知りの俺にも優しくて話しやすい雰囲気を醸し出している。確か部活紹介の時にようちゃんと二人でギターを持って弾き語りをしていた。スローテンポな曲を二人でハモって甘い空気が漂っていたような気がする。あちこちから感嘆のため息がもれていた。
 「……しゅんが人のことすきって言うの珍しいな」
 「そうかな?」
 「うん、なんかいつも爪立てて警戒してんじゃん」
 「人を野良猫みたいに言うな」
 「ふはっ」
 「シャーッ!!」
 ようちゃんのご要望通りに爪を立て、八重歯を見せて猫パンチをお見舞いするとよろけて傘から飛び出してしまった。ひょろすぎて心配だ。腕を引き寄せて傘に入れてやる。
 「肩のとこ濡れてる」
 「べつに大丈夫」
 「風邪ひいて俺のせいにされても困るから」
 「こっちのセリフだし。ようちゃんの傘なんだからようちゃんが入れよ」
 傘の押し付け合いをしているうちにバスが来て、慌ててバス停まで走った。
 バスに揺られて10分、最寄りのバス停に到着した。バスを降りると雨はすっかり止んでいて、相合傘の機会を失った俺は雨雲が去った空を恨めし気に見上げる。ふと東の空にきれいな七色を発見してテンションが上がった。
 「ようちゃん! 虹!」
 「おぉーすげー」
 久しぶりに目にした虹をスマホに収めようとポケットからそれを取り出す。
 「あぶない!」
 車道側を、自転車が水たまりを跳ねて通り過ぎた。ようちゃんが歩道側に腕を引いてくれたおかげで自転車にぶつからずにすんだけど
 「ちょ、しゅん~~~」
 自転車が跳ねたのはかなりデカい水たまりだったらしい。スラックスのベルトの下辺りからびしょびしょに濡れておしっこを漏らしたみたいになった。
 「ちべたい……」
 ようちゃんはひとしきり笑った後タオルを取り出して拭いてくれたけどあまり意味はなかった。
 「ふははっ、隠さなきゃ。俺の後ろ歩きな」
 まだ少し肩を震わせながら俺の手を引いて歩いてくれる。あ……自然に手をつないでる。そういえば今まであまり手をつなぐことはなかったな。うんと小さいとき、俺が引っ越してきたばかりの頃は、ようちゃんが俺の手を引いて遊びに誘ってくれていた。それ以来かもしれない。斜め後ろからみるようちゃんは、俺より小さくて華奢だけどやっぱりお兄ちゃんのままなんだな。
 ようちゃん、すきだ。俺、ようちゃんが頼れるような恋人になって、堂々と手をつないでようちゃんの隣を歩きたい。いつになるかわからないけどキスもしたいし、できればその先も……ずっとずっと一緒に居たい。
 じんわりと心があたたかくなって、ぎゅっとようちゃんの手を握る。ようちゃんが少し振り返ったけれど、俺は照れくさくて目を合わせられなかった。
 「しゅんの手、あったかいね。子どもみたい」
 「ようちゃんの手は冷たい」
 「手が冷たい人は心があったかいって言うだろ?」
 「そんなの初めて聞いた。ようちゃんは心があったかいんじゃなくて、ただの冷え性だろ?」
 「……まぁ、そうだけどさ」
 「俺がこうやっていつでもあっためてやるよ」
 「……うん、ありがとう」
 いつもだったらもっと突っかかってくるのに急に素直になっちゃってなんか調子狂うんですけど。前を歩くようちゃんは、ほんのりと耳が赤くなっていた。かわいすぎて死ぬかと思った。
 「あ、ようちゃん、しゅんちゃんおかえりー!」
 近所のおばさんに声をかけられてパッと手を離す。
 「ただいま~」
 「いっぱい雨降ったね。台風きてるみたいよ」
 「えーガチで?」
 ようちゃんがおばさんと話している間、俺はやけに熱のこもった右手を握ったり開いたりしていた。つき合ってから初めて手をつないだ時間はほんの2~3分。人目を気にしてすぐに離してしまった。

 「じゃあな」
 「うん、傘ありがとう」
 「どうせまたわざと忘れたんだろ?」
 「あ……バレてた?」
 舌をだしておどけて見せるとようちゃんは呆れ顔で苦笑した。
自宅前に着いたけどまだ帰りたくない。もっと一緒にいたい。別れがたくてじっとようちゃんをみる。ようちゃんから手が伸びて俺の髪に触れた。
 「かわいい奴……」
 目が細められてふんわりと笑う。ポンポンと優しく頭を撫でられて胸が痛い。
 あーようちゃんかわいいなぁ~めちゃくちゃキスしたい。ようちゃんの頬に手を添えて顔を近づける。……って、だめだめだめ! 我慢だ、俺! ようちゃんから顔を離し、ゆっくりと手を引っ込める。ようちゃんは不思議そうに俺をみながらパチパチと瞬きしている。
 ガチャガチャと忙しなくカギを開ける音が聞こえ、驚いて身体が跳ねる。慌ててようちゃんから距離を取ると、家の中から母さんが出てきた。
 「あーようちゃんおかえり。あら、アンタもいたの」
 郵便受けから手紙を取り出す母さん。なんでこのタイミングででてくるかなぁ~
 「じ、じゃあな、しゅん。また明日」
 「あ、ようちゃん……」
 そそくさと自宅に入ってしまった。名残惜しくてようちゃんの家のドアをみつめる。またでてこないかな……なんて。
 「アンタもさっさと家に入りな。課題あるんでしょ?」
 封筒でバシバシと頭を叩かれて、後ろ髪を引かれるおもいで俺も家に入った。
 くつも脱がず、スラックスが濡れているのもお構いなしにその場にしゃがみ込む。膝に顔を埋めて目を瞑る。今更ながらに心臓がドキドキと大きな音を立て始めた。
 「あーー……やばいなーー……」
 ようちゃんかわいかったな~~。相合傘からの手つなぎとかめっちゃ恋人っぽい! それにしても、今日も危なかった。かわいいようちゃんを前にしてよく我慢できたな。次はちょっと無理かも……
 「いつまで我慢すればいいんだよ……」
 玄関に座り込んで頭を抱えているいる俺を、妹が怪訝な顔をしてみていたのは言うまでもない。