ようちゃんとつき合い始めて半年が経った。先日、やっとようちゃんとのキスが解禁されて、それからというもの毎日のようにキスをしている。お互いの部屋にいる時はようちゃんも積極的にキスしてくれるんだけど、外に出るとなかなかしてくれない。おかげで俺はおあずけをくらった犬状態。ムラムラしてしかたがない。このままでは精神衛生上よくないので、時々ようちゃんを物陰に引き込んでキスをする。

 「ーーっ、……んっ、」
 学校のトイレの個室、まさかこんなところでようちゃんとキスする日が来ようとは。特別教室や空き教室はお互いの教室から遠いし、いつだれが入ってくるかわからない。トイレなら怪しまれずに入れて、鍵をかけてしまえばだれも入ってくることはない。ただし、声を出したり物音を立ててはいけない。少しでも外に声が漏れようものなら
 「ーーしゅ、んっ」

 「あ? 今なんか聞こえなかった?」
 「は? 気のせいだろ」
 「トイレの花子さん的な?」
 「それ女子トイレじゃなかった?」
 「そうだっけ?」

 男子生徒二人が談笑しながらトイレから出て行った。しばらくして人の気配がないことを確認すると、ようちゃんの口を塞いでいた手を離す。
 「いった?」
 「たぶん」
 安心して息を吐くと、ようちゃんにみぞおちをパンチされた。地味に痛い。
 「学校でキスするの禁止」
 「え~~」
 「おまえ調子乗りすぎ」
 「そんなこと言って、ようちゃんも満更でもないくせに」
 「土曜のデートの約束はなかったことにーー」
 「すみません、もうしません」
 ようちゃんはフンッと鼻を鳴らしぷりぷり怒ってトイレの個室から出た。キスの余韻で頬が赤く、目が潤んでいる。非常にエロい。
 「土曜どこいく?」
 「ん~本屋いきたい」
 「おっけー。久しぶりに映画もみたい」
 「あー今なにやってるんだっけ?」
 二人並んで手を洗う。手をブラブラして適当に水滴を払っていると、ようちゃんがハンカチを差し出してくれた。ハンカチを受け取り手を拭く。ようちゃんはスマホを出して映画の上映時間などを確認している。
 「アクションかホラーか、ラブストーリーはパスだろ?」
 「いいよ、ラブストーリー。ようちゃんすきだろ?」
 「いやいや、しゅん寝ちゃうじゃん。せっかくだから二人で楽しめるものにしよ」
 「う~ん、じゃあーー」
 ようちゃんのスマホをのぞき込んでいると授業開始のチャイムが鳴った。バイバイをして慌てて階段を二段飛ばしで降りていく。途中、教師に遭遇して怒られたけど適当に謝って自分の教室に逃げ込んだ。あ、ハンカチ返すの忘れた。


 ーーー土曜日、ようちゃんとのデートの前にドラッグストアにやってきた。最近俺はこのドラッグストアの一画に入り浸っている。いや、語弊があった。入り浸っているわけではない。商品を研究し慎重に吟味しているのだ。この商品は、この先ようちゃんと恋人関係をつづけるにあたり必要不可欠になってくるからだ。ようちゃんの身体を思いやり、安心安全に大人の階段を登るためにーー
 「お客さん、来るたびにここに長居してブツブツ言うのやめてくれます? 他のお客さんが怖がってるんで」
 「すんませーん」
 「で、どれ買うか決まった?」
 「匂いつきとかブツブツついてるやつとか色々あるけど、最初はやっぱシンプルなのがいいと思うんだよ」
 水色の長方形の箱をみせると、ちひろは眉をしかめた。
 「これ、サイズ合ってる?」
 「え、合ってると思うけど。一応測ったし」
 「へぇ〜そうなんだ……ようちゃん先輩大丈夫かな」
 「ななななんでようちゃんが出てくんだよ!? 関係ないし」
 「(これで隠してるつもりなんだな)……会計する?」
 「おう、お願いします」
 ちひろは一ヶ月ほど前からこのドラッグストアでバイトしている。ソシャゲに課金する金を稼ぐためらしい。ちひろにとってソシャゲは三度の飯と同じくらい大事なんだとか。どんだけだよ。
 「あの、藤澤(ふじさわ)ちひろくん、ですよね?」
レジに向かうちひろについて行くと二人組の女子に声をかけられた(ちひろが)。ちひろは彼女たちをまっすぐにみながら警戒体制を敷く。
 「なんですか?」
 「やっぱり、ちひろくんだ! あの、ドラマみてました! 少年探偵Z! 主人公の友達がめちゃくちゃかわいくて、ずっと女の子だと思ってたんですけど、男の子だったからびっくりしてーー」
 ドラマ? 少年探偵?? 学校で声をかけられる時の流れになると思ったら予想外のワードが飛び出してびっくりした。
 「すみません、今、接客中なんで」
 「あ、すいません。後でサインとかお願いしてもーー」

 「藤澤ー、休憩いってこい」
 「え、いや、さっき入りましーー」
 「接客代わるから」
 「……ありがとうございます」
 ちひろは女子たちに軽く頭を下げ、俺には「ごめん」と両手を合わせて、店の奥に引っ込んでしまった。
 「なにかお探しですか?」
 「え? あ、大丈夫です」
 ちひろの代わりに対応した直樹先輩は、女子たちに無言の圧力をかけて店から追い出した。
 「すげー。直樹先輩かっけー」
 「藤澤が子役だったって知ってた?」
 「いや、初耳ですけど」
 「あいつ大丈夫かな? 学校でもここでも女子に囲まれて」
 「大丈夫ですよ。見かけによらず図太いんで」
 直樹先輩は心配そうに店の出入り口を気にしている。どうやらまだ、さっきの女子たちが店の外にいるらしい。
 「学校では俺がいるし、ここでは先輩がいるじゃないですか」
 「俺?」
 「心配だったら守ってやってください。その方がちひろも安心すると思うんで」
 「あー……俺にできる範囲でなら」
 しばらく思案しつつも、ちひろのことを引き受けてくれた直樹先輩。
 不愛想で怖そうな印象だったけど、意外と優しいんだな。そういえばようちゃんも、直樹はいい奴だって言ってたっけ。
 ポケットでスマホが震えて確認すると、ようちゃんから待ち合わせ場所に着いたという連絡だった。
 やば、早くいかなきゃ!
 「先輩これ、戻しといてください! 後でまた買いに来ますね!」
 水色の長方形の箱を直樹先輩に手渡し、慌ててドラッグストアを出た。待ち合わせ場所に向かう道すがら、ちひろのことが頭に浮かぶ。
 文化祭の時に舞台慣れしてるなって思ったけど、子役だったのか。今のちひろからは想像つかないけど、妙に達観してるし適応能力があるのもそのせいかもしれない。自分から話さないってことは、あまり知られたくなかったことだろうし、こっちから聞くのはやめとこう……すっげー気になるけど。

 待ち合わせ場所の駅ビル入口付近に着いた。ようちゃんを秒で発見。今日も寒そうにブルブルしながら猫背でスマホをいじっている。小動物みたいでかわいい。
 「ようちゃーー」
 声を掛けようとしたその瞬間、ようちゃんの隣に俺のよく知っている人が立っていた。ようちゃんと親し気に楽しそうにしゃべっている。俺はあっけに取られてしばらく二人の様子をみていた。
 「しゅん!」
 しばらくしてようちゃんが俺に気付いて声を掛けてくれた。
 「着いたなら声かけろよ」
 「なんで、たける兄ちゃんがいんの?」
 「さっきここで会ってさ」
 たける兄ちゃんに視線をやると、「しゅん、久しぶり~」と穏やかに笑ってくれた。
 「帰省中?」
 「うん。明日法事で、それ終わったらすぐ戻るけど」
 「そうなんだ、今日も家族にパシられてんの?」
 「なんでだよ。ちょっと買い物。あ、そうだ……これ」
 たける兄ちゃんがカバンから取り出したのはカラオケのクーポン券。しかも60分室料無料と書いてある。
 「期限明日までだからさ、おまえらにやるよ」
 「え? たける兄ちゃん使いなよ」
 「俺、ヒトカラできないし、今から友達誘うのもめんどうだし」
 「じゃあさ、俺らといこうよ」
 え……ようちゃん、なにを言ってるのか?
 「ちょうどこのビルのカラオケだろ? たける兄ちゃん時間ある?」
 「あー、1時間くらいなら」
 は? いやいや断れよ!
 「しゅんも、いいよな?」
 うっ……そんなかわいい顔で聞かれたら嫌だって言えねーよ!
 「う、うん。まあ、たける兄ちゃんがいいなら」
 「やっぱ俺はいいよ。二人の邪魔しちゃ悪いし」
 そうだ! たける兄ちゃん! ここはビシッと断ってくれ!
 「いーじゃん! 久しぶりだし、いこ!」
 ようちゃんの予想外の粘りにたける兄ちゃんも満更でもない様子で頷いて、三人でカラオケにいくことになってしまった。
 今日のアクション映画ずっと楽しみにしてたのに……ようちゃんのバカ。なにが悲しくてようちゃんのすきだった人とカラオケにいかなきゃならないんだよ。たける兄ちゃんのこと嫌いじゃない、っていうかむしろすきだから心の底からたける兄ちゃんを憎めないことがしんどい。
 ドリンクバーで適当に飲み物を選んで三人で順番に歌ってるうちにあっという間に30分経った。たける兄ちゃんが意外と歌がうまくて、ようちゃん好みの洋楽とか歌いやがるから、ようちゃんの目がキラキラしている。俺といる時よりテンション高くて楽しそうにみえるのは、俺の嫉妬心が見せている幻だと思いたい。そして、二人の距離が異様に近い。一緒に歌おうって、二人でくっついてデンモクをのぞきながら選曲している。
 あ~~~くっそイライラする。
 俺はすっかり飲み干したメロンソーダのストローをズルズルいわせてわざと雑音を立てて二人の邪魔をする。そんなのお構いなしに二人で楽しそうにデュエットしていて、俺のイライラとモヤモヤは頂点に達しようとしていた。
 「飲み物入れてくる」
 「あ、しゅん。ちょっとまって」
 頭を冷やすために立ち上がり、部屋を出ようとするとようちゃんに引き止められた。手招きされて、隣に座るよう促される。ようちゃんの意図がわからず、言われるがままようちゃんの隣に座る。ようちゃんは目の前にあるウーロン茶を一気飲みして、勢いよくコップを置いた。そして、隣に座る俺の手をぎゅっと握り、ふぅと息を吐いて、真っすぐにたける兄ちゃんをみつめる。
 「たける兄ちゃん、俺たち、つきあってるんだ」
 ようちゃんから発せられた言葉が予想外すぎて、俺はパチパチと瞬きしながらようちゃんとたける兄ちゃんを交互にみる。
 「え……あぁ」
 たける兄ちゃんは面食らったようにポカーンと口を開けている。
 「正月に会った時、しゅんがつきあってるって言ったこと、本当だから」
 ようちゃんは迷いなくそう言い切ると、再びふぅと息を吐いた。いつもようちゃんの手は冷たいのに、今つないでいる手は少し汗ばんでいる。
 「ふふっ、やっぱそうだと思った」
 たける兄ちゃんは俺たち二人をみてやんわりと顔を緩める。
 「小さい頃からみてるけど、正月に会ったときはなんか雰囲気が違うなって思ったから」
 「……気持ち悪いって思わないの?」
 「え? なんで? 俺はずっとそうなるだろうなって思ってたけど」
 「ずっと?」
 「だってしゅんってば、俺がようじと話してたらすごい顔で睨んでくんだもん。今だって、ガキの頃と同じ顔でみてくるからさ、俺は気が気じゃなかったよ」
 「ガキの頃?」
 「自覚なかったのかよ。気づかないようじもようじだけどさ」
 「え? いやいや、俺が自覚したの中三の時だけど」
 「小学生の時からずっとだよ」
 マジか……自分でもそうなんじゃないかと思ってたけど、他人から指摘されるとめっちゃ恥ずいんですけど。
 ようちゃんをチラと横目で見るとバチッと目が合って、恥ずかしくて身体がむず痒くなってきた。
 「じゃあ俺そろそろいくわ。まだ時間あるからごゆっくり~」
 たける兄ちゃんはニヤニヤしながら手を振って部屋を出て行った。途端にようちゃんが大きくため息をついてテーブルに突っ伏す。
 「……緊張した~~~」
 テーブルに頬をくっつけたままで俺を見上げる。
 「人に打ち明けるのってすげー勇気いるんだな……めっちゃ汗かいた」
 「ようちゃん、もしかしてこのためにたける兄ちゃんをカラオケに誘ったの?」
 「そうだよ。今言わなきゃって思ってさ」
 「無理しなくてもいいのに」
 「少しでも、しゅんの不安を減らしたかったから……まさかこんなに緊張するなんて思わなかった」
 テーブルからゆっくり起き上がると俺にまっすぐに向き直る。
 「あの時は本当にごめん」
 「ううん、俺の方こそ」
 「……少しづつでも強くなってさ、しゅんを守らなきゃ」
 俺の手を取り、いつかのように手の平をマッサージするようちゃん。
 「守るってなにから?」
 「えーっと、世間?」
 「えらくデカくて抽象的だな」
 「う~ん……悪意?」
 「それ俺にもあるしようちゃんにもある」
 「なんだろう……とにかく俺はしゅんが大切だから、しゅんを傷つける奴は許さない。それが俺自身だったとしても」
 はぁ~~~なんだよ、この愛おしい存在は……また胸がくるしくなってきた。
 「そんな肩ひじ張んなくてもいいよ」
 ようちゃんはマッサージしている手を止めて、大きな目を瞬かせて俺をみる。
 「俺はようちゃんがすき、ようちゃんも俺がすき。それだけで充分じゃない?」
 「ははっ、ラブソングの歌詞みたい」
 「全宇宙の中から君に出会えて恋をして、奇跡の連続にラブアンドハッピー!」
 「最後適当だな」
 「もちろん俺も、ようちゃんを傷つける奴は許さないし殺したいって思うけどーー」
 「こわっ」
 「それでようちゃんが無理するのは嫌かな~って」
 「うん……」
 うつむいてしまったようちゃんの手をぎゅっと握る。
 「なんか改めてこういう話すると照れくさいーー」
 気づけば唇が重なっていた。数秒間、存在を確かめるようにようちゃんの手をぎゅうぎゅう握って、ようちゃんがゆっくりと離れていった。恥ずかしそうにまたうつむいてしまう。
 「ようちゃん……」
 すきだ、すきだよ……
 顎に手を添えて上を向かせる。ゆっくりと唇を寄せて、食べるように味わう。角度を変えて何度もキスをしていると、ようちゃんの口がわずかに開く。そこから舌を入れるとびくっと身体を震わせた。奥へと逃げるようちゃんの舌を追って、さらに深く侵入する。ゆっくりと舌を絡ませると、ようちゃんも遠慮がちに舌を動かす。合間に漏れる吐息と水音が興奮を煽り、鼓動と体温をあげていく。
 プルルルルーー壁に設置された電話機から、静かな室内にコール音が鳴り響く。カラオケ終了10分前を知らせるコールだ。驚いて離れようとするようちゃんの後頭部に手を回し、離れまいとキスをつづける。ドンドンと背中を叩かれて、それでも俺が離れようとしないのでおもいっきり胸を押されて、ようやく唇が離れた。その頃にはもうとっくにコール音は鳴りやんでいた。
 「ーーっ、切れちゃったじゃん……しゅんのバカ」
 荒く息をしながら俺を睨みつける。頬が紅潮し目に涙の膜が張って瞬きの度にゆらゆらと瞳が揺れる。
 あーーーもう無理、限界。
 スマホを取り出して「映画、次の時間なら急げば間に合うかも」と言っているようちゃんの手を取り、急いで部屋を出てエレベーターに乗った。
 「あと10分くらいで始まるから走ればなんとかーー」
 「ようちゃん、ごめん! 映画はまた今度でもいい?」
 「え? べつにいいけど、行きたいとこでもあんの?」
 「帰る」
 「へ?」
 「その前にドラッグストアだけ寄っていい? 大事なもの買い忘れたから」
 「あ、うん……」
 カラオケの受付で会計(ドリンクバー)をおえて、駅ビルを出てドラッグストアに向かう。
 「そういえばさ、さっきのたける兄ちゃんの話」
 「うん?」
 「小学生の頃から俺のことすきだったって……」
 「あー、ね……そうみたい」
 「健気で一途だな〜」
 「その話やめよ。めっちゃ恥ずいわ」
 「あはは、いーじゃん。しゅんくんかわいい〜」
 ドラッグストアに着き、レジにいた直樹先輩に声をかける。わざわざ取り置きしてくれていたようで、レジの下の棚から商品を出してくれた。直樹先輩とようちゃんがしゃべっている間にお金を出してお釣りと商品が入った袋を受け取った。
 「ようじ、がんばれよ」
 「? おー。直樹もバイトがんばれ〜」
 ようちゃんは直樹先輩からのなぞのエールに首をかしげ、ドラッグストアを出た。
 「大事なものって、なに買ったんだよ」
 袋の中をのぞいてくるようちゃんに、袋ごと手渡す。不思議そうに袋を受け取り、中をみるようちゃん。
 「…………これって」
 たちまち真っ赤な顔になり、そっと袋を俺に返した。
 「そういうこと、です」
 「えー……」
 「ようちゃんが嫌ならしない」
 「……じゃない」
 真っ赤な顔のままうつむいて、蚊のなくような声で呟いた一言は、幸運なことに俺だけに届いたようで。ようちゃんの熱くなった手をそっと握って、二人で一緒に家に帰った。