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 大事にしていた小夜さんと俺の関係は、俺が大学に進学しても途切れなかった。
 受験期はさすがに顔を合わせる頻度が減ったけれど、それは小夜さんなりの気遣いだったのだと思う。
 応援の連絡が来たり、たまに差し入れのお菓子を渡しにきてくれたり、そういうちょっとした優しさが俺の気持ちをずっと繋ぎ止めて離さなかった。

 合格した大学は第一志望ではなかった。でも、そこまで妥協したわけでもない。
 進学後は、最初のガイダンスの場で知り合った友達とサークルに入って、大学生らしい生活が始まった。
 俺は〝垢抜け〟という言葉を知った。
 大学には自分を更新するような空気が確かにあって、入学式では眼鏡だった男子がコンタクトに変わったり、黒だった同級生の髪が茶髪になったりした。俺も自然とその流れに乗った。

 服に興味が出た。インスタやYouTubeでメンズファッションについて学んだ。香水も買った。アクセサリーにも手を出した。
 それまでは自分で切っていた髪も、ちゃんと美容室で整えて、軽くパーマをかけてもらった。
 ピアスの穴も開けた。最初は怖かったけど、一度開けてしまえば慣れるものだった。



 季節が巡り、夏から秋に移る頃。
 ようやく、小夜さんと久しぶりにゆっくり会えることになった。
 小夜さんは就活で忙しかったらしく、会うのは半年ぶりくらいになる。

 駅の近くの小さなカフェで待ち合わせた俺は、緊張しながら席に座っていた。
 小夜さんが現れたのは、約束の時間ぴったりだった。
 相変わらず綺麗で、品のある落ち着いた雰囲気をまとっていた。

 でも俺の顔を見た瞬間、小夜さんの足がふと止まった。
 一瞬、その表情が固まった気がした。

「……変わったね」

 けれど小夜さんはすぐにほんの少し口角を上げて、静かに言った。

「え? そうかな」

 返しながら、俺は小夜さんの視線を感じていた。
 髪、耳のピアス、ネックレス、シャツの柄、腕時計――順番に視線が移動していく。

 俺が変わったことは俺が一番分かっている。それなりに努力したから。
 でも、そうじゃない風を装いたかった。これは偶然の産物で、努力じゃないですって顔をした。

「大学、楽しい?」
「うん、まあね。サークルもあるし、友達もできたし」
「そうなんだ……よかったね」

 そう言った小夜さんの笑顔はどこか引きつっていたし、コーヒーに口をつけるたび、遠くを見るような目をしていた。

 小夜さんはその日、俺の家に泊まらずに帰っていった。


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 同級生と仲良くなるにつれてサークルの飲み会も増えていった。
 比較的ちょっと広い部屋を借りている友達のマンションに集まって、飲み明かすこともざらにあった。

「陣、もう一杯いけるっしょ? ほらほら~」
「いや、もー無理。昨日の二日酔いまだ抜けてないんだって」
「とか言いながら、全然顔色変わんねーじゃん」

 わはは、と笑い声が飛び交う。テーブルの上には、コンビニの缶チューハイや、誰が持ってきたのか分からない焼酎のボトル、スナック菓子に開きかけのプリン。ソファと床を占領しているのは、男女混合のサークルの仲間たちだ。

「つーかさ、あの先輩まじで可愛くね?」
「いや、俺は断然、文学部の……名前なんだっけ、ちょっと女子アナっぽい子」
「お前またそれかよ」

 バカ話ばかりが飛び交って、誰も気取らない、気楽でくだらない夜。
 俺もビールの缶を片手に笑いながら相づちを打つ。けど、ふとした瞬間、空っぽになったグラスを見つめながら、小夜さんのことを思い出す。
 ——今、何してるんだろ。
 大学の飲み会かもしれない。家で一人、あの煙草を吸いながら窓の外を見てるのかもしれない。あるいは、俺の知らない誰かに女装させてるんじゃ……なんて考えて、自分で勝手に胸がざわつく。
 グラスに残った氷を口に流し込んで、背中をソファに沈めた。

「陣はそういう話ないの? 好きな子とかいないの?」

 缶チューハイ片手に、隣にいた女の先輩が唐突に話を振ってくる。肩までの茶髪をゆるく巻いている彼女は、サークルの中で一番男を取っかえ引っかえしている人で、近しい異性にすぐ気のある素振りを見せるのでサークル内の一部の人間関係は今ぐちゃぐちゃだ。だから今日の飲み会に呼べなかった人もいる。

「……なんで急に俺なんすか」
「いや、だって陣って全然そういう話しないし。恋とか全部秘密にしてそうじゃん。絶対こっそり誰かと付き合ってるタイプでしょ」
「わかる、それちょーわかる〜!」

 みんなが面白がって冷やかしてくる中、俺は缶をくるくる回しながら、少し黙ってしまう。小夜さんの名前が喉まで出かかって、それでも言えなくて——けど、ふとした気の緩みから、言葉がこぼれた。

「……昔から、ずっと気になってる人はいる」
「え!? なにそれ! なんで今まで黙ってたの!」
「えー、誰誰!? 大学の人? 高校?」
「いや、ちょっと年上で……大学は別。姉ちゃんの同級生で、俺が小学生の頃よく遊んでもらってた人」