【5話】
2大イベントを終え、中間テストが迫ってきた頃…文化祭と体育祭の際に写真部の生徒たちが撮った写真が学校の目立つところに張り出されていた。
"写真部のイチ推しランキング!!"と称されたスペースに、勝手にランキングを付けられた写真たちが並んでいるみたいだが、さほど興味のない俺はもちろん見に行くようなことはしない。
しかし…
「おいおい、汐崎。お前…とんでもないことになってるぞ。」
「写真…販売して欲しいとか言ってる女子が多数現れて、写真部の奴ら困ってるみたいだよ?」
「いや…流石というかなんというか。本当自慢の友達だよ唯以は。」
どうやら俺の写真が張り出されているようで。販売がどうとか言われるとさすがにどんな写真なのか気になったので、昼休みに見に行ってみると、俺と同じく写真を見に来たであろう久住と鉢合わせた。
その瞬間、近くに居た女子達が、わぁ…と声を上げる。
なんなんだ…と思いながら顔を顰めて久住に近づくと、何やら意味深な笑みを浮かべて俺を見ている。
「最高の目立ち方したみたいだよ、俺たち。」
そう言って久住が指差した掲示板には、写真部が撮ったと思われる写真たちが沢山飾られていた。その中央の目立つところに大きく額に入れられて飾られている写真を見て、思わず目を疑う。
【ベストカップル賞】というプレートが輝く額縁の中に収められているのは、喜びの抱擁だとかなんとか言って久住が俺に抱きついた時のもので…どうやらあの瞬間に、シャッターが切られたようだ。
いや…それにしても。
「ベスト…カップルって……。」
冗談にしては笑えない。確かにそういう設定ではあるが、こんな風に自分の知らないところでネタにされるのは…あまり気分がよくない話しである。
「唯以くん、嫌だった?」
俺の顔色を伺うように覗き込んでくる久住。なんとも思っていないのか、平然としている久住に少し腹が立った。
「久住は…嫌じゃないのかよ。」
「なんで?俺は有難いけどね。わざわざ噂を広める必要もなくなったし、言葉で説明するより見てもらった方が早いし、信ぴょう性も増すし?」
「それはそうだけど。こんな風にネタ扱いされて、腹が立たないのか?」
「唯以くん…よく見てよ、周囲の反応。多分写真部の奴らも悪意があったわけじゃないと思うよ。」
どういう意味だ…っと、久住に言われるがままに周囲に目を向ける。俺たちと同様に写真を見に来たと思われる生徒が溢れかえっているが…誰一人として、俺と久住の写真を見て笑うような人間は存在しなかった。
なんというか…俺が思っている以上に、この学校は平和で優しい世界が広がっている。
「つまり、俺と唯以くんのツーショットは誰が見ても納得のお似合いカップルってわけ。」
「……お前、それでいいの?本命の子に勘違いされても、責任なんて取れないけど…俺。」
「そこは大丈夫。それより、唯以くんの方こそ平気?今更彼女が欲しいって言ってもすぐには難しいと思うけど?」
「それこそ大丈夫。そんな欲求が芽生える未来なんて想像できない。」
久住と二人、写真を眺めて立っていると…「あの、すみません!!」と背後から声を掛けられ、久住と共に振り返る。
そこには、頬を赤く染めた女子が数人立っていて…瞬時に顔を歪めた俺を見てなにか察したのか、話しかけてきた女子たちは自主的に俺たちから少し距離をとった。
……なんだ、この反応は。
今まで遭遇したことの無い人種…というか、苦手なはずの女子であることに間違いはないのだが…どことなく雰囲気が他の女子たちとは違うように思えた。
「突然話しかけてすみませんっ…実は私たち、久住先輩と汐崎先輩のことを少し前から推してたんですけど…このベストカップル賞の写真、スマホのカメラで撮影して待ち受けにしてもいいですか?」
日本語を苦手だと感じたことはこれまで一度もなかったが、いま何を言われたのか、瞬時に理解することが出来なかった。
「やっぱり…ダメ、ですよね…?」
残念そうにしながらも、彼女たちは落ち込むことなく、
「推しが嫌だと思うようなことは絶対にしません!万が一にも他の生徒がこの写真を盗撮しようとしていたら、私たちが阻止してみせます!」
なんて…頼もしいとさえ感じる強気な発言に、思わず笑ってしまった。
その瞬間、彼女たちが再び頬を赤く染めて、瞳を潤ませながら俺の顔を凝視する。
「……汐崎先輩、尊すぎ。」
「顔面国宝の笑顔…いただきました。」
「あーヤバい!!今日は寝られない気がする!!」
ハチャメチャなことを言われているが、彼女たちは俺から離れたところでヒソヒソと呟いているだけなので…特に実害はない。
これまで出会ったことの無いタイプの女子に、戸惑っていると、隣で一部始終見ていた久住は口を開いた。
「なるほどね。俺と唯以くんは君たちの推しなんだ?」
「はいっ!妄想でしか楽しめなかったBLの世界観を、リアルで再現してくださり…ありがとうございます!応援してます…本当に。」
推しという言葉は…なんとも便利な言葉である。正直なところ、推しだと言われても、そこまで嫌な気がしないので……不思議だ。
「じゃあ、特別に…君たちを俺と唯以くんの親衛隊に任命する!」
何言ってんだお前…という目で久住をみれば、面白いものを見つけたというような顔をして笑った。
「気付いてるかもしれないけど…唯以くん、女子に絡まれるのが苦手なんだよね。まぁでも、一生このままってわけにもいかないし…親衛隊の君たちには、唯以くんとお話をする機会を与えようと思う。」
わぁ…と嬉しそうな顔をした女子と、信じられないという悲痛な顔を久住に向ける俺。
「推しの嫌がることはしないって一線を引いてる君たちなら、大丈夫だろ。俺と唯以くんと親衛隊のみんなで、週に一度のランチミーティングをしよう。」
聞き捨てならない発言に文句を言ってやろうと思ったが、その前に親衛隊と名付けられた女子たちから喜びの歓声があがり…俺の声は久住には届かない。
「そーだなぁ……毎週水曜日の昼休み、学食に集合ってことで。解散!!」
「「「了解しました!」」」
律儀に頭を下げて去っていく彼女たちの背を見ながら、なんとも不思議な感情が身体の中をグルグルと駆け巡る。
「ああいうタイプなら、仲良くなれるんじゃない?」
「女子と仲良くなる必要…ある?」
「社会に出た時に困らねぇように、多少の免疫はつくっておかないと。俺もいつまでも一緒には居られないし…。」
急に別れを匂わすような発言をする久住に、少し胸の奥が苦しくなった。とはいえ…彼の言うことも一理ある。一生このまま女子を避け続けて生きるなんてことは不可能だ。免疫をつけておくに越したことはない。
親衛隊という有難い存在に内心感謝しつつ…俺の女嫌いを共に克服しようと考えてくれる久住に頭が上がらない。
友達であり、彼氏であり、それ以上でも以下でもない…友達以上恋人未満のパートナーである久住桜二という男は…無償の優しさで俺を甘やかしてくれる、いい男だ。
***
翌週の水曜日、初めてのランチミーティングが開催された。とはいえ昼食を久住と共にするのは初めてのことなので、いつも一緒に過ごしている友人達には……
『リア充滅びろ〜』
『いいなぁ〜なんだよ唯以ばっかり。』
『惚気話しなら聞かねぇーぞ』
という具合に軽く冷やかしを受けた。
「っていうか…唯以くん。全然喋んねぇじゃん。」
学食で親衛隊の後輩女子たちと同じテーブルを囲み弁当を広げているが、自分から話しかけようとは到底思えないので…ただ黙って弁当を食していた俺に久住から鋭いツッコミが入った。
「いいんですよ!汐崎先輩はそのままで十分素敵なので!!同じ空間に居てくださるだけで目の保養です。」
「私たちは勝手に推し活を楽しませてもらっておりますので、どうぞお構いなく!」
……いいんだ。と内心ホッとしながら再び箸を進める。
「てか、俺と唯以くんの何がそんなに良かったの?」
惣菜パンを食べながら久住が親衛隊達に尋ねると、彼女たちは目を輝かせながら語り始めた。
「お二人の良さについてなら、何時間でも語れますが…長時間お付き合いさせてしまうのは申し訳ないので、割愛してお話します。」
と前置きを長々と述べたあと…俺たちの良さとやらを親衛隊たちが各々語り始める。
「まず汐崎先輩ですけど…とにかく、顔が国宝級過ぎます!整った眉の下にある切れ長の奥二重の瞳は形のいいアーモンド型!!鼻筋の通ったEラインの横顔は日が暮れるまで眺めていたいと思える最高のビジュアル!」
「冷たそうに見えるけど、実は受け身体質で、頼まれると断れない性格がまたギャップ萌え。」
「ただの塩顔イケメンってだけじゃなく、スポーツも勉強も出来るスパダリ…って、もはや推さずには居られませんよ!」
これは本当に俺の話だろうか?なんだか細かく分析されているみたいで…変な気分だ。
「対する久住先輩は…完全無欠の王子様!」
「名前も桜二だし、その名に負けないほど綺麗なお顔をされていますし!形のいい二重まぶたの丸い瞳の下には羨ましいほどにぷっくりとした涙袋!セクシーな唇は一度目にしたら忘れられません。」
「普段は不良仲間とバイクで暴走してるのに、部活帰りの汐崎先輩のことを徒歩で送り届けてあげる溺愛ぶりが最高に胸熱です…!」
……これって推し活というより、もはやストーカーでは?
「ってかさ…そこまで俺たちのこと見てたなら、この前の体育祭で、俺の許可無く唯以くんの手を掴んだ不届き者のことも調べてたりする?」
まさか…と思いながらも、俺も少し気になっていた案件なので、久住と同様に親衛隊たちに視線を送る。
「あ…柔道部の神崎逸人先輩のことですよね?」
「もちろん、リサーチ済ですよ。」
「あれは名シーンでしたねぇ。」
「まさか、ぽっと出のモブが汐崎先輩を掻っ攫っていくとは!!」
忘れたい過去をリアルな表現で語る後輩女子たち。恥ずかしくなってきて視線を再び逸らす。もう誰か彼女たちを黙らせてくれ。
「でも…あの人、彼女いるみたいですよ?」
親衛隊の一人がそう言うと、久住は身を乗り出して更に深い質問をする。
「…え、それまじ?!この学校の生徒?」
「他校みたいですよ。同じ柔道部に所属してる男子から聞いた話なので、確かな情報だと思います。」
「へぇ…ならあの時アイツが唯以くんを連れ出そうとしたのは、単なる気まぐれか。」
なんだ、そうだったのか…と俺も納得した時、
「人のプライベートをデカい声で話してんじゃねぇーよ。」
と低く凄んだ声が背後から聞こえてきた。驚いて振り向くと、日替わりのランチプレートを手にした神崎が不機嫌そうな顔をして立っている。
「あ…ごめん。確かに…いい気はしないよな。」
素直に謝罪した俺に、久住がため息をついたのが分かったが…今はそれに対応している余裕は無い。
一方で神崎の方は立ち去ることなく、何を思ったのか空席だった俺の隣の席に腰掛けてランチプレートを食し始めるというマイペースぶりを発揮して見せた。
──なんなんだ、このカオスな展開は。
俺を挟んで両隣りに座る久住と神崎。それに対面するようにして座っている親衛隊の後輩女子たち。
「おい、神崎。お前彼女いるんだろ?なんで俺と唯以くんの邪魔ばっかすんの?」
「は?俺がいつそんな面倒なことしたよ。」
「はぁあ?!よく言うよ…体育祭で俺の許可なく唯以くんの手を掴んだくせに。」
「汐崎に絡むのに久住の許可が必要なのか?お前こそ何様だよ。」
「桜二様だよっ!」
「くだらねぇ…」
なにやら雲行きが怪しくなってきたので、騒ぎになる前に止めに入ろうと思ったのだが…。
「姫を奪い合う、王子と騎士って感じで見てて飽きないですねぇ。」
「神崎先輩は当て馬キャラとして必要な存在ですよ!」
「総じて推せます!最高です!!」
親衛隊のよく分からない発言を聞いた久住と神崎は途中で馬鹿らしくなってきたのか、各々口を閉ざし…無事に口論は終わりを迎えた。
少しの沈黙が流れたあと、日替わりランチプレートを食べ終えた神崎が気まずそうに小声で話し始めた。
「……行きつけのスポーツ用品店で、汐崎と何度か鉢合わせたことがある。」
突然の暴露に驚いたが、全くと言っていいほどに心当たりがない。本当に俺だったのだろうか…?
「鉢合わせたといっても、汐崎は基本バスケ関連の商品を見てるだけで…気付くのはいつも俺だけ。俺も声をかけたことは一度もない。」
……だと思った。さすがに話し掛けられていたら記憶に残っているだろうから。
「かなりの頻度で一緒になるから…同じスポーツ推薦枠で入学した者同士、気が合うかと思って。一度話してみたかったんだ。」
って…それなら普通に休み時間にでも声を掛けてくれたら良かったのに。なぜわざわざ体育祭の競技中に俺に話し掛けようと思ったんだ。
「……神崎先輩って、強面で性格キツそうなのに、意外と中身は天然不器用さんなんですね。」
親衛隊の一人にそう言われた神崎は不満気な顔をしていたが、女子には強く発言をするつもりがないのか大人しく口を閉ざしていた。
「っていうか、勝手に唯以くんを同志みたいに扱うなよ。柔道とバスケじゃ全然内容も違うし、気が合うはずがない!」
「それは久住が決めることじゃない。俺は久住とじゃなくて汐崎と、友達になりたいんだ。」
面と向かって"友達になりたい"なんて言われたのは初めてのことで、なんだか小っ恥ずかしい。友達になるのに資格なんていらない。むしろ、神崎の言うように同じスポーツ推薦枠の生徒と仲良くなれるのは正直嬉しい。
「…別に、いいけど。友達になっても。」
久住がなにか言う前に、俺が先に神崎に答えた。隣から痛いほどに視線を感じるが…今は神崎とのやり取りを終わらせることの方が先だ。
「いいのか…?じゃあ、連絡先教えて。」
神崎と連絡先を交換し終えたところで、昼休み終了の予鈴のチャイムが鳴り響いた。「また連絡する」と言って去っていった神崎の背を見送ったあと…隣で不貞腐れている久住に視線を向ける。
「久住、俺たちも教室戻ろう。」
席を立って声を掛ければ…気だるそうに立ち上がった久住は不機嫌そうな顔を俺に向ける。
「俺、5時間目サボるから。悪いけど唯以くん、一人で教室戻ってくれる?」
「……え、」
「じゃ…親衛隊のみんな、来週もよろしく!」
後輩女子には笑顔で別れを告げ…そのまま背を向けて去っていく久住。どうやら俺は久住を怒らせてしまったようだ。しかし…原因が一体なんなのか、今ひとつよく分からない。これでは対処のしようがない。
頭を抱えた俺を見ていたのか、「あの…汐崎先輩、」と控えめな声で俺を呼ぶ親衛隊。
「さっきのは、汐崎先輩が悪いですよ。」
「……え…?」
「久住先輩の目の前で連絡先を交換するなんて、酷すぎます。」
「なんで…?友達なら連絡先くらい交換するだろ。」
「だって久住先輩、嫉妬しまくってたじゃないですか」
……なんて?久住が嫉妬?なんで…?!誰に?!!
「汐崎先輩のことを神崎先輩に取られたくない…って。めちゃくちゃ必死だったのに、目の前であっさり連絡先を交換しちゃうなんて…久住先輩、かなり傷ついてると思いますよ。」
そんなはずが無い。だってアイツには本命の相手が存在する。俺との関係は演技というか…利害一致によるパートナーみたいなもので。久住にとって俺は、嫉妬なんて感情が芽生える対象ではない…はず。
「早いとこ謝って、仲直りしちゃいましょう!」
「なんだかんだ言って、帰りは絶対に迎えに来てくれますよ。」
「久住先輩、汐崎先輩のこと溺愛してますからね。」
そういう設定だからね。っとは言えないので…曖昧に笑って誤魔化しておく。親衛隊の彼女たちは、俺との距離感を心得ているのか…会話をしていても全く嫌な気分にならない。
こんな風に…女子と話す機会を与えてくれた久住に感謝の言葉を伝えることもなく、彼女たちの言うように久住のことを傷つけてしまったのだとしたら…本当に申し訳ないことをした。
教室で顔を合わせたらすぐに謝ろう。そう思っていたのに、5時間目が終わっても、その後のHRが終了しても…久住が教室に戻ってくることはなかった。
そして部活終わり…ミスを連発してチームの輪を乱してしまったことを、顧問に軽く注意され…憂鬱な気分のまま着替えを済ませて駐輪場へと足を運んだ。
すると…5時間目から姿を見せなかった久住が、いつものように俺の自転車に跨ってスマホを弄っていた。その姿を見た瞬間、意味もなく涙が出そうになった。
「……久住、あのさ、」
声をかけたはずなのに…久住は俺をチラッと横目で見ただけで、自転車を降りて一人で先に歩き出してしまった。
こんな風に喧嘩がしたいわけじゃない…そう思うのに、何て声を掛けていいのか分からない。それでも、このままには出来ないので…慌てて久住の背中を追いかけた。
「久住っ!!」
校門を出たところで、少し先を歩く久住の背中に向かって叫ぶように声を掛ければ…ようやく足を止めてくれた。
「……ごめんっ」
謝罪の言葉を口にすれば、久住はゆっくりとこちらを振り返り、じっと俺の目を見つめる。
「……なにが?それ、何に対しての謝罪?」
「無神経だった。神崎と友達になるにしても…久住の目の前で連絡先を交換したりするべきじゃなかった。」
「はい、不正解。」
……え、違うの…?話が違うじゃないか、親衛隊諸君。
「俺のいないところで黙って連絡先を交換するとか、そっちの方がムカつくに決まってんだろ。何言ってんの唯以くん。全然分かってねぇーじゃん。」
はぁ…とため息をつきながら俺の元へと歩み寄ってきた久住は、俺から自転車を奪うと…いつものように俺の自転車を押して歩き始める。
「前に…公園で変な先輩に絡まれた時のこと、忘れた?」
「いや…ちゃんと覚えてるけど。」
「別に唯以くんの交友関係に口を出すつもりは無いけどさ。行きつけのスポーツ店で何度も会ってるとか…そんなこと言ってくるやつとすぐに友達になるなんて、やっぱり危機感が足りてないと思う。」
確かに…久住の言うことも一理あると今になって思った。神崎に悪意があるとかそういう話ではなく、簡単に気を許しすぎたかもしれない。
「って…唯以くんが全然分かってないから。ちょっとムカついただけ。別に怒ってるわけじゃねぇーよ。だからもう謝るのはナシな?」
そう言って俺の頭に手を乗せてガシガシと髪の毛を乱す久住。たったそれだけの事で、俺の心に広がっていた黒い闇のようなものは消え去っていく。
「神崎はあくまで友達だから…。」
「ん…?」
「友達以上恋人未満の久住の方が…俺の中では上だから。」
「出たよ、ツンデレ唯以くん。」
「……うるさい。帰るぞ。」
喧嘩は長引かせない方がいい…と教えてくれた親衛隊の彼女たちに感謝しなければ。と思いつつ、女子に感謝する日が訪れたことに自分自身少し驚いた。
久住との出会いは、本当に意味のあるものだったのだと…日々痛感してばかりである。
2大イベントを終え、中間テストが迫ってきた頃…文化祭と体育祭の際に写真部の生徒たちが撮った写真が学校の目立つところに張り出されていた。
"写真部のイチ推しランキング!!"と称されたスペースに、勝手にランキングを付けられた写真たちが並んでいるみたいだが、さほど興味のない俺はもちろん見に行くようなことはしない。
しかし…
「おいおい、汐崎。お前…とんでもないことになってるぞ。」
「写真…販売して欲しいとか言ってる女子が多数現れて、写真部の奴ら困ってるみたいだよ?」
「いや…流石というかなんというか。本当自慢の友達だよ唯以は。」
どうやら俺の写真が張り出されているようで。販売がどうとか言われるとさすがにどんな写真なのか気になったので、昼休みに見に行ってみると、俺と同じく写真を見に来たであろう久住と鉢合わせた。
その瞬間、近くに居た女子達が、わぁ…と声を上げる。
なんなんだ…と思いながら顔を顰めて久住に近づくと、何やら意味深な笑みを浮かべて俺を見ている。
「最高の目立ち方したみたいだよ、俺たち。」
そう言って久住が指差した掲示板には、写真部が撮ったと思われる写真たちが沢山飾られていた。その中央の目立つところに大きく額に入れられて飾られている写真を見て、思わず目を疑う。
【ベストカップル賞】というプレートが輝く額縁の中に収められているのは、喜びの抱擁だとかなんとか言って久住が俺に抱きついた時のもので…どうやらあの瞬間に、シャッターが切られたようだ。
いや…それにしても。
「ベスト…カップルって……。」
冗談にしては笑えない。確かにそういう設定ではあるが、こんな風に自分の知らないところでネタにされるのは…あまり気分がよくない話しである。
「唯以くん、嫌だった?」
俺の顔色を伺うように覗き込んでくる久住。なんとも思っていないのか、平然としている久住に少し腹が立った。
「久住は…嫌じゃないのかよ。」
「なんで?俺は有難いけどね。わざわざ噂を広める必要もなくなったし、言葉で説明するより見てもらった方が早いし、信ぴょう性も増すし?」
「それはそうだけど。こんな風にネタ扱いされて、腹が立たないのか?」
「唯以くん…よく見てよ、周囲の反応。多分写真部の奴らも悪意があったわけじゃないと思うよ。」
どういう意味だ…っと、久住に言われるがままに周囲に目を向ける。俺たちと同様に写真を見に来たと思われる生徒が溢れかえっているが…誰一人として、俺と久住の写真を見て笑うような人間は存在しなかった。
なんというか…俺が思っている以上に、この学校は平和で優しい世界が広がっている。
「つまり、俺と唯以くんのツーショットは誰が見ても納得のお似合いカップルってわけ。」
「……お前、それでいいの?本命の子に勘違いされても、責任なんて取れないけど…俺。」
「そこは大丈夫。それより、唯以くんの方こそ平気?今更彼女が欲しいって言ってもすぐには難しいと思うけど?」
「それこそ大丈夫。そんな欲求が芽生える未来なんて想像できない。」
久住と二人、写真を眺めて立っていると…「あの、すみません!!」と背後から声を掛けられ、久住と共に振り返る。
そこには、頬を赤く染めた女子が数人立っていて…瞬時に顔を歪めた俺を見てなにか察したのか、話しかけてきた女子たちは自主的に俺たちから少し距離をとった。
……なんだ、この反応は。
今まで遭遇したことの無い人種…というか、苦手なはずの女子であることに間違いはないのだが…どことなく雰囲気が他の女子たちとは違うように思えた。
「突然話しかけてすみませんっ…実は私たち、久住先輩と汐崎先輩のことを少し前から推してたんですけど…このベストカップル賞の写真、スマホのカメラで撮影して待ち受けにしてもいいですか?」
日本語を苦手だと感じたことはこれまで一度もなかったが、いま何を言われたのか、瞬時に理解することが出来なかった。
「やっぱり…ダメ、ですよね…?」
残念そうにしながらも、彼女たちは落ち込むことなく、
「推しが嫌だと思うようなことは絶対にしません!万が一にも他の生徒がこの写真を盗撮しようとしていたら、私たちが阻止してみせます!」
なんて…頼もしいとさえ感じる強気な発言に、思わず笑ってしまった。
その瞬間、彼女たちが再び頬を赤く染めて、瞳を潤ませながら俺の顔を凝視する。
「……汐崎先輩、尊すぎ。」
「顔面国宝の笑顔…いただきました。」
「あーヤバい!!今日は寝られない気がする!!」
ハチャメチャなことを言われているが、彼女たちは俺から離れたところでヒソヒソと呟いているだけなので…特に実害はない。
これまで出会ったことの無いタイプの女子に、戸惑っていると、隣で一部始終見ていた久住は口を開いた。
「なるほどね。俺と唯以くんは君たちの推しなんだ?」
「はいっ!妄想でしか楽しめなかったBLの世界観を、リアルで再現してくださり…ありがとうございます!応援してます…本当に。」
推しという言葉は…なんとも便利な言葉である。正直なところ、推しだと言われても、そこまで嫌な気がしないので……不思議だ。
「じゃあ、特別に…君たちを俺と唯以くんの親衛隊に任命する!」
何言ってんだお前…という目で久住をみれば、面白いものを見つけたというような顔をして笑った。
「気付いてるかもしれないけど…唯以くん、女子に絡まれるのが苦手なんだよね。まぁでも、一生このままってわけにもいかないし…親衛隊の君たちには、唯以くんとお話をする機会を与えようと思う。」
わぁ…と嬉しそうな顔をした女子と、信じられないという悲痛な顔を久住に向ける俺。
「推しの嫌がることはしないって一線を引いてる君たちなら、大丈夫だろ。俺と唯以くんと親衛隊のみんなで、週に一度のランチミーティングをしよう。」
聞き捨てならない発言に文句を言ってやろうと思ったが、その前に親衛隊と名付けられた女子たちから喜びの歓声があがり…俺の声は久住には届かない。
「そーだなぁ……毎週水曜日の昼休み、学食に集合ってことで。解散!!」
「「「了解しました!」」」
律儀に頭を下げて去っていく彼女たちの背を見ながら、なんとも不思議な感情が身体の中をグルグルと駆け巡る。
「ああいうタイプなら、仲良くなれるんじゃない?」
「女子と仲良くなる必要…ある?」
「社会に出た時に困らねぇように、多少の免疫はつくっておかないと。俺もいつまでも一緒には居られないし…。」
急に別れを匂わすような発言をする久住に、少し胸の奥が苦しくなった。とはいえ…彼の言うことも一理ある。一生このまま女子を避け続けて生きるなんてことは不可能だ。免疫をつけておくに越したことはない。
親衛隊という有難い存在に内心感謝しつつ…俺の女嫌いを共に克服しようと考えてくれる久住に頭が上がらない。
友達であり、彼氏であり、それ以上でも以下でもない…友達以上恋人未満のパートナーである久住桜二という男は…無償の優しさで俺を甘やかしてくれる、いい男だ。
***
翌週の水曜日、初めてのランチミーティングが開催された。とはいえ昼食を久住と共にするのは初めてのことなので、いつも一緒に過ごしている友人達には……
『リア充滅びろ〜』
『いいなぁ〜なんだよ唯以ばっかり。』
『惚気話しなら聞かねぇーぞ』
という具合に軽く冷やかしを受けた。
「っていうか…唯以くん。全然喋んねぇじゃん。」
学食で親衛隊の後輩女子たちと同じテーブルを囲み弁当を広げているが、自分から話しかけようとは到底思えないので…ただ黙って弁当を食していた俺に久住から鋭いツッコミが入った。
「いいんですよ!汐崎先輩はそのままで十分素敵なので!!同じ空間に居てくださるだけで目の保養です。」
「私たちは勝手に推し活を楽しませてもらっておりますので、どうぞお構いなく!」
……いいんだ。と内心ホッとしながら再び箸を進める。
「てか、俺と唯以くんの何がそんなに良かったの?」
惣菜パンを食べながら久住が親衛隊達に尋ねると、彼女たちは目を輝かせながら語り始めた。
「お二人の良さについてなら、何時間でも語れますが…長時間お付き合いさせてしまうのは申し訳ないので、割愛してお話します。」
と前置きを長々と述べたあと…俺たちの良さとやらを親衛隊たちが各々語り始める。
「まず汐崎先輩ですけど…とにかく、顔が国宝級過ぎます!整った眉の下にある切れ長の奥二重の瞳は形のいいアーモンド型!!鼻筋の通ったEラインの横顔は日が暮れるまで眺めていたいと思える最高のビジュアル!」
「冷たそうに見えるけど、実は受け身体質で、頼まれると断れない性格がまたギャップ萌え。」
「ただの塩顔イケメンってだけじゃなく、スポーツも勉強も出来るスパダリ…って、もはや推さずには居られませんよ!」
これは本当に俺の話だろうか?なんだか細かく分析されているみたいで…変な気分だ。
「対する久住先輩は…完全無欠の王子様!」
「名前も桜二だし、その名に負けないほど綺麗なお顔をされていますし!形のいい二重まぶたの丸い瞳の下には羨ましいほどにぷっくりとした涙袋!セクシーな唇は一度目にしたら忘れられません。」
「普段は不良仲間とバイクで暴走してるのに、部活帰りの汐崎先輩のことを徒歩で送り届けてあげる溺愛ぶりが最高に胸熱です…!」
……これって推し活というより、もはやストーカーでは?
「ってかさ…そこまで俺たちのこと見てたなら、この前の体育祭で、俺の許可無く唯以くんの手を掴んだ不届き者のことも調べてたりする?」
まさか…と思いながらも、俺も少し気になっていた案件なので、久住と同様に親衛隊たちに視線を送る。
「あ…柔道部の神崎逸人先輩のことですよね?」
「もちろん、リサーチ済ですよ。」
「あれは名シーンでしたねぇ。」
「まさか、ぽっと出のモブが汐崎先輩を掻っ攫っていくとは!!」
忘れたい過去をリアルな表現で語る後輩女子たち。恥ずかしくなってきて視線を再び逸らす。もう誰か彼女たちを黙らせてくれ。
「でも…あの人、彼女いるみたいですよ?」
親衛隊の一人がそう言うと、久住は身を乗り出して更に深い質問をする。
「…え、それまじ?!この学校の生徒?」
「他校みたいですよ。同じ柔道部に所属してる男子から聞いた話なので、確かな情報だと思います。」
「へぇ…ならあの時アイツが唯以くんを連れ出そうとしたのは、単なる気まぐれか。」
なんだ、そうだったのか…と俺も納得した時、
「人のプライベートをデカい声で話してんじゃねぇーよ。」
と低く凄んだ声が背後から聞こえてきた。驚いて振り向くと、日替わりのランチプレートを手にした神崎が不機嫌そうな顔をして立っている。
「あ…ごめん。確かに…いい気はしないよな。」
素直に謝罪した俺に、久住がため息をついたのが分かったが…今はそれに対応している余裕は無い。
一方で神崎の方は立ち去ることなく、何を思ったのか空席だった俺の隣の席に腰掛けてランチプレートを食し始めるというマイペースぶりを発揮して見せた。
──なんなんだ、このカオスな展開は。
俺を挟んで両隣りに座る久住と神崎。それに対面するようにして座っている親衛隊の後輩女子たち。
「おい、神崎。お前彼女いるんだろ?なんで俺と唯以くんの邪魔ばっかすんの?」
「は?俺がいつそんな面倒なことしたよ。」
「はぁあ?!よく言うよ…体育祭で俺の許可なく唯以くんの手を掴んだくせに。」
「汐崎に絡むのに久住の許可が必要なのか?お前こそ何様だよ。」
「桜二様だよっ!」
「くだらねぇ…」
なにやら雲行きが怪しくなってきたので、騒ぎになる前に止めに入ろうと思ったのだが…。
「姫を奪い合う、王子と騎士って感じで見てて飽きないですねぇ。」
「神崎先輩は当て馬キャラとして必要な存在ですよ!」
「総じて推せます!最高です!!」
親衛隊のよく分からない発言を聞いた久住と神崎は途中で馬鹿らしくなってきたのか、各々口を閉ざし…無事に口論は終わりを迎えた。
少しの沈黙が流れたあと、日替わりランチプレートを食べ終えた神崎が気まずそうに小声で話し始めた。
「……行きつけのスポーツ用品店で、汐崎と何度か鉢合わせたことがある。」
突然の暴露に驚いたが、全くと言っていいほどに心当たりがない。本当に俺だったのだろうか…?
「鉢合わせたといっても、汐崎は基本バスケ関連の商品を見てるだけで…気付くのはいつも俺だけ。俺も声をかけたことは一度もない。」
……だと思った。さすがに話し掛けられていたら記憶に残っているだろうから。
「かなりの頻度で一緒になるから…同じスポーツ推薦枠で入学した者同士、気が合うかと思って。一度話してみたかったんだ。」
って…それなら普通に休み時間にでも声を掛けてくれたら良かったのに。なぜわざわざ体育祭の競技中に俺に話し掛けようと思ったんだ。
「……神崎先輩って、強面で性格キツそうなのに、意外と中身は天然不器用さんなんですね。」
親衛隊の一人にそう言われた神崎は不満気な顔をしていたが、女子には強く発言をするつもりがないのか大人しく口を閉ざしていた。
「っていうか、勝手に唯以くんを同志みたいに扱うなよ。柔道とバスケじゃ全然内容も違うし、気が合うはずがない!」
「それは久住が決めることじゃない。俺は久住とじゃなくて汐崎と、友達になりたいんだ。」
面と向かって"友達になりたい"なんて言われたのは初めてのことで、なんだか小っ恥ずかしい。友達になるのに資格なんていらない。むしろ、神崎の言うように同じスポーツ推薦枠の生徒と仲良くなれるのは正直嬉しい。
「…別に、いいけど。友達になっても。」
久住がなにか言う前に、俺が先に神崎に答えた。隣から痛いほどに視線を感じるが…今は神崎とのやり取りを終わらせることの方が先だ。
「いいのか…?じゃあ、連絡先教えて。」
神崎と連絡先を交換し終えたところで、昼休み終了の予鈴のチャイムが鳴り響いた。「また連絡する」と言って去っていった神崎の背を見送ったあと…隣で不貞腐れている久住に視線を向ける。
「久住、俺たちも教室戻ろう。」
席を立って声を掛ければ…気だるそうに立ち上がった久住は不機嫌そうな顔を俺に向ける。
「俺、5時間目サボるから。悪いけど唯以くん、一人で教室戻ってくれる?」
「……え、」
「じゃ…親衛隊のみんな、来週もよろしく!」
後輩女子には笑顔で別れを告げ…そのまま背を向けて去っていく久住。どうやら俺は久住を怒らせてしまったようだ。しかし…原因が一体なんなのか、今ひとつよく分からない。これでは対処のしようがない。
頭を抱えた俺を見ていたのか、「あの…汐崎先輩、」と控えめな声で俺を呼ぶ親衛隊。
「さっきのは、汐崎先輩が悪いですよ。」
「……え…?」
「久住先輩の目の前で連絡先を交換するなんて、酷すぎます。」
「なんで…?友達なら連絡先くらい交換するだろ。」
「だって久住先輩、嫉妬しまくってたじゃないですか」
……なんて?久住が嫉妬?なんで…?!誰に?!!
「汐崎先輩のことを神崎先輩に取られたくない…って。めちゃくちゃ必死だったのに、目の前であっさり連絡先を交換しちゃうなんて…久住先輩、かなり傷ついてると思いますよ。」
そんなはずが無い。だってアイツには本命の相手が存在する。俺との関係は演技というか…利害一致によるパートナーみたいなもので。久住にとって俺は、嫉妬なんて感情が芽生える対象ではない…はず。
「早いとこ謝って、仲直りしちゃいましょう!」
「なんだかんだ言って、帰りは絶対に迎えに来てくれますよ。」
「久住先輩、汐崎先輩のこと溺愛してますからね。」
そういう設定だからね。っとは言えないので…曖昧に笑って誤魔化しておく。親衛隊の彼女たちは、俺との距離感を心得ているのか…会話をしていても全く嫌な気分にならない。
こんな風に…女子と話す機会を与えてくれた久住に感謝の言葉を伝えることもなく、彼女たちの言うように久住のことを傷つけてしまったのだとしたら…本当に申し訳ないことをした。
教室で顔を合わせたらすぐに謝ろう。そう思っていたのに、5時間目が終わっても、その後のHRが終了しても…久住が教室に戻ってくることはなかった。
そして部活終わり…ミスを連発してチームの輪を乱してしまったことを、顧問に軽く注意され…憂鬱な気分のまま着替えを済ませて駐輪場へと足を運んだ。
すると…5時間目から姿を見せなかった久住が、いつものように俺の自転車に跨ってスマホを弄っていた。その姿を見た瞬間、意味もなく涙が出そうになった。
「……久住、あのさ、」
声をかけたはずなのに…久住は俺をチラッと横目で見ただけで、自転車を降りて一人で先に歩き出してしまった。
こんな風に喧嘩がしたいわけじゃない…そう思うのに、何て声を掛けていいのか分からない。それでも、このままには出来ないので…慌てて久住の背中を追いかけた。
「久住っ!!」
校門を出たところで、少し先を歩く久住の背中に向かって叫ぶように声を掛ければ…ようやく足を止めてくれた。
「……ごめんっ」
謝罪の言葉を口にすれば、久住はゆっくりとこちらを振り返り、じっと俺の目を見つめる。
「……なにが?それ、何に対しての謝罪?」
「無神経だった。神崎と友達になるにしても…久住の目の前で連絡先を交換したりするべきじゃなかった。」
「はい、不正解。」
……え、違うの…?話が違うじゃないか、親衛隊諸君。
「俺のいないところで黙って連絡先を交換するとか、そっちの方がムカつくに決まってんだろ。何言ってんの唯以くん。全然分かってねぇーじゃん。」
はぁ…とため息をつきながら俺の元へと歩み寄ってきた久住は、俺から自転車を奪うと…いつものように俺の自転車を押して歩き始める。
「前に…公園で変な先輩に絡まれた時のこと、忘れた?」
「いや…ちゃんと覚えてるけど。」
「別に唯以くんの交友関係に口を出すつもりは無いけどさ。行きつけのスポーツ店で何度も会ってるとか…そんなこと言ってくるやつとすぐに友達になるなんて、やっぱり危機感が足りてないと思う。」
確かに…久住の言うことも一理あると今になって思った。神崎に悪意があるとかそういう話ではなく、簡単に気を許しすぎたかもしれない。
「って…唯以くんが全然分かってないから。ちょっとムカついただけ。別に怒ってるわけじゃねぇーよ。だからもう謝るのはナシな?」
そう言って俺の頭に手を乗せてガシガシと髪の毛を乱す久住。たったそれだけの事で、俺の心に広がっていた黒い闇のようなものは消え去っていく。
「神崎はあくまで友達だから…。」
「ん…?」
「友達以上恋人未満の久住の方が…俺の中では上だから。」
「出たよ、ツンデレ唯以くん。」
「……うるさい。帰るぞ。」
喧嘩は長引かせない方がいい…と教えてくれた親衛隊の彼女たちに感謝しなければ。と思いつつ、女子に感謝する日が訪れたことに自分自身少し驚いた。
久住との出会いは、本当に意味のあるものだったのだと…日々痛感してばかりである。
