その後、昼休憩に入り…体育祭は一時中断する。俺はいつも一緒にいる友人たちと集まって、教室で弁当を食べる。

「唯以、凄かったなぁ…あれは俺でも惚れるわ。」

友人の一人である涼介がそう口走ったのをきっかけに、他の友人たちも午前の俺のリレーについての話を感想を述べ始める。

「いや、分かる!!汐崎、顔も性格も良いし、これまで女子からは問答無用でモテてたけど…これを機に男からも告られるんじゃねぇーの?」
「とはいえ、唯以くんのバックには久住桜二がいるからなぁ。簡単には手出し出来ないっしょ。」
「「確かに」」

これ、なんの話し?と言いそうになるのを堪え…ひたすら無になり弁当を口に放り込む。

久住と親しい間柄になってから、本当に女子から告白されることがなくなった。その為…最近は心穏やかに学生生活を送れている。まぁ…新しい女子マネージャーにはまだ慣れないが。それ以外は本当に快適に過ごすことが出来ている。

「そろそろ昼の部、始まるみたいだな。」
「一発目、アレじゃん?唯以くんの王子が出るやつ。」
「あー…借り物?」
「借り物じゃなくて、借り人…ね。」

唯以くんの王子、という発言が若干引っかかったが…ここはスルーしておこう。王子という意味で言ったのか、桜二という名を口にしただけなのか分からないから。

友人達はみんなクラスが違うので、グラウンドまで一緒に向かうが、そこから先の席はバラバラ。同じクラスにもバスケ部の仲間が居るし、ぼっち観戦ということにはならないが…俺の目はつい無意識に久住の行方を探ってしまう。

そういえば…っと、午後の最初の種目が例の借り人競走だと友人が言っていたのを思い出した。

グラウンドの中央に視線を送ると、他の生徒と雑談している久住の姿をすぐに発見した。楽しそうに笑っている彼を見て、なんの話しをしているのか…なんて、気にしてもしょうがないことを考えてしまう。

俺の思考回路は一体どうしてしまったのだろうか。

ボーっと久住のことを見ていると、いつの間にか競技がスタートしていたようで。指定された箱の中から紙を引いていく選手たち。何が書いているのだろう…と思いながら久住を見つめていると、パッと顔を上げた久住とバチッと目が合った。

なんだろう…嫌な予感がするのは。

ニヤッと笑みを浮かべた久住がスタートの合図とともに俺の元へと一目散に駆け寄ってくる。なんだなんだ、と慌てている間に目の前に来た久住。迷うことなく俺の腕を掴むと、

「唯以くん、一緒に走ろうか。」

なんて言いながら俺を応援席から連れ出す。一体お題は何だったのだろう?っと疑問に思ったその時、、

「待てよ。汐崎は俺と走ってもらう。」

久住のいる方と反対の方向から聞こえてきた声に振り返ると、隣のクラスの神崎という男子生徒が、久住に掴まれていない方の俺の腕を掴んだ。

って…何だか親しい友人のような口ぶりで話しかけて来ているが、神崎と会話をした記憶などほとんどない。彼は柔道部に所属していて、様々な大会に出て優勝を勝ち取ってくるような強者。ほとんど絡みのない俺を"借り人"しようとするとは…一体、どんな内容で俺を求めてきたのかとても気になるところである。

「……は?俺の方が先に唯以くんに声掛けたし。」
「だから?大事なのは内容だろ。俺の方が汐崎を必要としてる。」
「はぁあ?!俺の方が唯以くんを必要としてるに決まってんだろ。」

何だか趣旨が違ってきているような気がする。こうしている間にも、他の選手たちはどんどんゴールへと向かって走り出している。

「あの……とりあえず、お題が何なのか教えて?」

埒が明かないと思い、二人にお題が何だったのか尋ねた時だった。

「……お邪魔しまーす。えっと、汐崎くん…僕と一緒に走ってくれませんか?」

まったく別の方向から、眼鏡を掛けた気の弱そうな男子生徒が俺に話しかけてくるという…なんともカオスな展開に。

しかし…眼鏡の彼が少し震えながら俺に手渡してきた、お題の書かれた紙の内容を見て…俺は久住と神崎の手を振り払い、眼鏡くんの手を取って走り出した。

「ごめん、久住!お前とは走れない。」
「……は?!唯以くん?!」

久住と神崎を置き去りにして、眼鏡くんと共にグラウンドを全力で走り抜ける。

ゴールしてから気が付いたのだが、一緒に走っていた彼は運動が苦手なのか…とても息があがっていた。

「うわ、ごめんっ…速かった?」
「う、ううん……だ、大丈夫。むしろ、一緒に走ってくれて…ありがとうっ、ゴホッ」

咳き込んだ彼の背中を撫でていると、借り人を連れずに各々一人でゴールした久住と神崎が視界に入った。どうやら二人で競走しながら走ってきたみたいで、二人同時に失格を言い渡されていた。

走り終えた久住が神崎と別れた後、俺を見つけたようで…不機嫌そうな顔をしてこちらに歩み寄ってくる。

「……唯以くん。なんで俺を置いてった?」

なんで…と言われても。言葉で説明するより見せた方が早いと思い、先程眼鏡の彼から手渡された紙を久住に渡した。

不満そうな顔をしながらもそれを受け取り、二つ折りの紙を広げて中を確認した久住。すると、不機嫌そうに歪められていた表情が穏やかなものに様変わりする。

「なるほどね…これなら納得だわ。確かに、この題なら唯以くん一択しかねぇわ。」
「…ですよね。"将来バスケでプロの選手になっていそうな人"なんて汐崎くん以外に思いつかなかったよ。」

嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが交差する中、久住の引いたお題が何だったのか気になった俺は…久住のジャージのポケットの中に手を突っ込んで、お題の書かれた用紙を探る。

「ちょ、唯以くん…?!何してんの、」

すぐに見つけたそれを手に取り、二つ折りの紙を広げてみれば……。

「"総理大臣に向いてると思う人"…って、何これ?」
「なにって…なに?」
「いや、総理大臣って…絶対俺、向いてないだろ。」
「なんで?向いてるよ、唯以くん頭良いしバスケ上手いし。」

そもそも女嫌いの俺が国のために…なんて、そんな仕事が向いているはずがないだろ。相変わらず馬鹿だな久住は。

「ってか、神崎の引いた内容の方がもっと意味分かんねぇから!あれこそ唯以くんじゃなくて、他の誰かで良かったはず!!」
「一応聞くけど……なんて書いてたの?」
「"日本史の教科書に名を残しそうな人"。」
「……確かに、それも俺じゃないな。」
「だろ?まぁ今回は…お題がお題だし?俺の唯以くんを連れて走ったこと、特別に許してやるよ。」

久住は眼鏡の彼の背を軽く叩いてそう告げた。俺と走ることにお前の許可なんて別にいらないだろ…と言いそうになったが、再び機嫌を損ねられると面倒なので黙っておく。

神崎がなぜ俺に絡んできたのかは…いまいちよく分からなかったが、久住ももう気にしていない様子だったので、とりあえず良しとしておこう。


体育祭も終盤に入り、部活対抗リレーが最後の種目となった。ここでも俺はアンカーに選ばれていたので、先を走るメンバーにどうか午前の部の時のように転倒するようなことだけは避けてくれ…と祈りを捧げた。

そして、そこで俺は…とても重大な点を見落としていたことに気がつく。

アンカーの列に並ぶ俺の隣にいるのは…バレー部の代表として選ばれた選手。問題は…そこにいるのが女子だという点だ。

部活対抗リレーの説明を適当に聞いていた俺は…バトンを受け取る相手が"安藤"だということだけを覚えて、後のことは右から左に聞き流していた。

どうやらこのリレー、男女混合で行われるみたいで。俺にバトンを渡すのは男子バスケ部の"安藤"ではなく、女子バスの"安藤さん"だったらしい。

──最悪だっ。

バトンの受け渡しの練習にも参加しなかった俺。息を切らして走ってくる女子が手渡してくるバトンを…まともに受け取れる自信などない。

こんなことなら…断れば良かった。

グッと下唇を噛み締め、自分の性格を疎ましく思った時だった。トンっと肩を叩かれ…ゆっくりと顔を上げる。

「……え…久住?」

この場に居るはずのない久住が、何故か俺の隣に立っている。周りの選手たちも頭の上にハテナマークを浮かべて不思議そうに久住を見ていた。

「いや?よく見てよ、今の俺…"汐崎"なんだわ。」

その瞬間…久住が何をしようとしているのか、瞬時に察する。

「バスケ部は唯以くんの聖域だから見守ろうと思ってたけどさぁ…見てよ。トップバッターのスタートが遅れたみたいで、残念ながら今のところ最下位。」
「そ、それは…そうだけど、」
「どうせ最下位が確定してるなら、誰が走っても一緒だろ?っていうか今、汐崎は俺なんで。俺が代わりに走らせてもらいますっ!」

トン…と背中を押されて、アンカーの列から追い出された俺。久住は俺にバトンを渡すはずだった安藤さんに向かって大声で叫ぶ。

「おーい、バスケ部〜!唯以くん、靴紐切れて走れねぇから!代わりに久住が汐崎やりま〜す!」

ありがとう〜…なんて声が返ってきて、拍子抜けする。もはやバスケ部は戦意喪失しているみたいだった。

アンカーを走るのはほとんど女子だったみたいなので…本気を出せば巻き返せたかもしれないが、そこまで気合いを入れてケガでもしたら元も子も無い。

部員の許可を得たなら…もう久住に適当に走ってもらって、平和に終わればそれでいい。そう思っていたのに。

「……マジか。あいつ、足速かったんだな。」

安藤さんからバトンを受け取った久住は、先を走るアンカーの女子たちをどんどん抜き去っていく。とはいえ最下位だったので、さすがにトップに追いつくことはなかったが…怒涛の追い上げで見事、3位になった時は周囲から拍手が送られた。

しかしながら、バスケ部ではない久住が走ったということで…バスケ部は棄権扱いとなってしまった。特に部員たちは気にしていない様子だったが、顧問はお怒りのようで。少しばかりの説教を受けた。

それでも…俺の代わりに"汐崎"として全力で走ってくれた久住の優しさが胸に残っていて。少しくらい怒られても、どうということはなかった。

「久住…さっきは、ありがとう。」

閉会式を終え、教室へと戻る道中で久住の背を追いかけて声をかけた。

「ん?ああ、言っとくけど…俺のは、渡辺が負傷した時に走った唯以くんのアレとは違うから。」
「……なんの話?」
「クラスの為とかバスケ部の為じゃない。唯以くんの為だけに走った…ってこと。」

本当にこの男は…今日も俺の心を掻き乱す天才だ。

「今日は部活動禁止なんだっけ?」
「ん?あぁ、休みだけど。」
「なら一緒に帰ろう。腹減ったから帰りになんか食べて帰ろうよ」
「俺も…同じこと言おうとしてた。」

散々目立ちたくないと願った体育祭だったが…久住の言った通り、逆に目立ってやれば、意外にも楽しい時間を過ごすことが出来た。

俺と久住の名前の無い関係は今日も良好らしい。そう、つい同じことを考えてしまうくらいに……。