【4話】

9月に入り、二学期がスタートする。

二学期は文化祭に体育祭と、学生にとって大きなイベントが二つ続けてやってくる。とはいえ俺は部活動優先なので、試合や大会と行事が被ってしまうとバスケの方を優先せざるを得ない。

まぁ別に…学校行事に積極的に参加したいという思いがあるわけでもないので、特に気にしていなかったのだが…。

「…え、唯以くんまさかの!文化祭欠席説浮上?!」

部活帰り…迎えに来てくれた久住にその話をすれば、とても残念そうな顔をされたので少しばかり胸が痛む。

「まぁ俺、バスケの推薦で入学したし。学校行事より部活動優先なのは仕方ない。」
「マジか…唯以くんが不参加なら俺も欠席してバスケの試合見に行くわ。」
「……は?!それこそ意味分かんねぇから!」
「唯以くんのいない文化祭なんてつまんねぇし。体育祭も同じ。俺も不参加で。」

ゼロか百しかこの男には選択肢がないのか?と呆れるが…この先の予定は試合の勝ち負けにもよるので、なんとも言えない。

「出来るだけ日が被らないように、顧問も調節してくれるみたいだし。なんとかなると思うから…そんな寂しいこと言うなよ。南條達が聞いたら悲しむぞ。」
「アイツらは俺なんか居なくても楽しむ方法をいくらでも知ってるから、心配いらねぇーよ。」
「なんかそれ…俺は久住が居ないと楽しめないやつみたいに聞こえるんだけど?」
「あれ?違った?」
「……喧嘩売ってる?」

久住を相手にこんな冗談を言えるようになるなんて。部活一筋だった去年の俺が知れば驚くだろうな。

「ただ単純に、俺が唯以くんと一緒に過ごしたいだけだって言ったら……どーする?」

久住はたまに…こんな風に俺を困らせるような質問をぶっ込んで来ることがある。

「…俺が居ないと楽しめないのは久住の方だったんだなって言い返すかな。」
「言うねぇ…唯以くん。」

どんな返しを期待したのか知らないが、これ以上の答えが見つからなかった。

結局、文化祭の日はバスケの試合と重なってしまい、レギュラーメンバーとして選抜されている俺は必然的に文化祭は不参加となった。

うちのクラスはお化け屋敷をするらしく、久住はお化け役に任命されたみたいだ。

俺が不参加だという事実を知ると、『唯以くんを一番最初に驚かせたかった。』とかなんとか言いながら不貞腐れていたので…帰りにコンビニでアイスを奢ってやれば、機嫌を取り戻したようで内心ホッとした。


それから約一週間後、今度は体育祭という名の運動会が開催される。練習試合の予定や大会もないので、他の生徒と同様に俺も参加する。

参加する競技種目はくじ引きで選ばれ、俺は男子200mリレーに出ることになった。目立つ競技は嫌だと思っていたのに、リレーは体育祭のメインでもあるような競技だ。こう言ってはなんだが…50メートル走や、玉入れのような気付いたら終わっていたと思われるうな種目に選ばれたかったというのが正直なところだった。

一方で、久住もまた俺と同じく目立つ競技に選抜されていた。その名も"借り人競走"という…内容を聞くまでもなく盛り上がりをみせること間違いなしといった名前の競技。

お題の書かれた紙をくじで引いて、書かれた内容に当てはまる"人物"を連れて走るという内容だ。よくある借り"物"競争の、人物バージョンといったところだろう。

男女問わず誰にでも好かれるコミュ力の高い久住は、この競技の適任者かもしれない。当日になるまでお題の内容は分からないが…どうか俺を連れて走るような真似だけは、頼むから避けて欲しい。

体育の時間に何度か体育祭の予行練習のようなものを行い、生徒たちもテンションが上がってきているように感じた。

そして…不運なことに、部活対抗リレーというものに、バスケ部の代表選手として推薦されるはめに。顧問や他の部員たちに頼まれてしまうと…断れない性格の俺は、渋々承諾してしまうのだった。

「唯以くん…めっちゃ走るじゃん、ウケる。」
「いや、全然笑えないし。俺は目立ちたくないんだって。」

部活対抗リレーに選抜されたことを久住に報告すれば、走るのが好きなのかと笑われる始末。体育祭当日、雨が降ることを切に願う。

「やりたくないなら断ればいいのに。」
「それが出来たら苦労してない。」
「…この際、逆に目立ちまくれば?」
「逆に、の意味が分からない。」

まぁ…久住の出場する借り人競争に比べたら、リレーの方がマシだな。と自分に言い聞かせ、ただただ雨が降ることを願い続けた。

しかし…俺の願いも虚しく、体育祭当日の朝…自宅マンションを出ると、なんとも運動会日和な青空が俺を迎えた。

憂鬱な気分のまま学校に向かえば、いつもより気合いの入った化粧をしている女子や、普段髪の毛に気をつかうようなタイプじゃない男子がヘアセットして来ていたり。異様な空間に足を踏み入れたような、なんとも言えない気持ちになった。

そんな俺の元へ、普段教室ではあまり絡んでこない久住が珍しくヘラヘラと笑いながら近づいてくる。

何だかとても嫌な予感がする。

「唯以くん、おはよ。」
「ああ、おはよう……っで、なに?」
「ん?ちょっと失礼…」

久住は俺が肩から掛けているスポーツバッグの中を勝手に漁り始める。そして目当てのものを見つけたのか、俺が文句を言う前にカバンから手を離した。

「これ、借りていい?」
「は…?余裕で無理なんですけど。」

何を考えているのか、俺の体操着を貸せと言い出した久住。まさか体育祭の日に体操着を忘れるという、お馬鹿っぷりを発揮したのだろうか?

「唯以くんにはこっち、貸してやる。」
「……は…?!」

こっち、と言われ半ば強制的にバッグの中に押し込まれたのは…"久住"という名前の刺繍が胸元に入った体操着。つまり、この男は…体操着を交換して着ようと言っているのだ。

「なんでそんな意味のない行動を、」
「せっかくだから、俺と唯以くんの関係を学校中に知らせるいい機会だと思ってさ。」
「だからって…こんな、頭の悪いカップルがするようなこと、」
「バカップル…最高じゃん?」

どうやらこの男も、他の生徒と同様にテンションが体育祭仕様になってしまっているらしい。何を言っても無駄なような気がして来たので、大人しく受け入れることにした。

胸元に入っている刺繍など、気にして見る生徒なんて居ないだろうし…自己満足なだけのような気がする、とこの時の俺は思っていたのだが。

後にこの体操着にとんでもなく振り回されることになる。

***

簡単な開会式を終え、競技が開始される。後輩や先輩もそれぞれの学年の種目で活躍しているので、見ていて退屈するようなことは無かった。

応援席はクラスごとに別れているが、久住は大人しく自分のクラスの席に座っているような生徒ではないので…遠く離れた日陰のある場所で、南條達と輪になって座り談笑している。

そんな中、俺の出場する200mリレーの順番が回ってきた。言われた通りの場所に向かえば、隣に並んだ男子生徒に不思議そうな顔をされる。

「……あれ?汐崎、体操着忘れたの?」
「ん?なんで…?」
「いや…だってそれ、久住のだろ?」

言われるまで忘れていた。そういえばそうだった、と苦笑いを浮かべると、尋ねてきた彼は自己解決したようで。

「なるほど…リア充してんなぁ。」

ポン…と肩に手を置かれ「応援してるよ。」と謎の声援を受けるという…よく分からない展開に呆気にとられている間に、うちのクラスがトップを独走したままコースを回っているのが視界に入った。

くじ運の悪い俺はアンカーを任されていたが、このままいけば手を抜いて走っても余裕で一位でゴール出来るだろう。っと安心した矢先…あと50メートル程で俺にバトンが渡るという所で、クラスメイトがまさかの転倒。

背後から追ってくる他のクラスの生徒とどんどん距離が縮まっていく。倒れたクラスメイトは負傷しているのか、すぐに立ち上がる様子はない。このままでは追い抜かれ、最下位になるのが目に見えていた。

何度も言うようだが、俺は目立ちたくはない。

そう頭の中では思っているのに、身体が勝手に動いて…気付けば倒れているクラスメイトの元へと駆け寄っていた。

「…渡辺、大丈夫か?立てる?」
「し、汐崎……ごめん。俺のせいで、負けるっ。」

たかが体育祭のリレーだ。最下位になったところで別に何か損をするような話でもない。ただ…うちのクラスはトップを独走していただけに、このまま最下位に落ちてしまうと…今後クラス内でしばらくの間、渡辺はこの件について咎められるはめに陥るかもしれない。

──こんな時、久住だったら……。

「……バトン、貸して。今ならまだ間に合う。」
「え…あ……汐崎っ、」

負傷している渡辺からバトンを受け取り、追い越していった生徒達の背中を追いかける。普段の俺を知る友人はきっと今頃驚いていることだろう。学校行事にここまで本気になることなど、未だかつて無かったのだから。それに…クラスメイトの名誉のために自ら目立つ行動を取るなんて、今までの俺ならまず考えられない。

でも…俺はいま"久住"だから。

あいつならきっと、今の俺と同じ行動をとったような気がしたから。って…俺がいま全力でグラウンドを走っている理由は、たったそれだけの理由だ。

何人抜いたのか分からないが、俺がゴールテープを切った時…前に他の生徒が走っていなかったところをみると、どうやら無事トップに返り咲いたみたいだ。

案の定、うちのクラスの応援席から耳を塞ぎたくなるほどの歓声が飛んでくる。

役目は終えたので、もうそっとしておいて欲しい。

ため息をつきながら退場しようとした俺の元へ、負傷した渡辺が歩み寄ってくる。

「汐崎っ…おまえ、やっぱ凄いな!ありがとうっ、俺のミスを挽回してくれて。本当にありがとう!」
「いや…それよりケガは大丈夫?保健室、行った方がいいんじゃない?膝、血が出てるけど、」
「この状況で俺の心配をするなんてっ…お前、マジで良い奴だな!汐崎〜、マジありがとう!!」

何やらおかしなテンションの渡辺は、その勢いのまま俺に飛びついてきて…喜びのハグと呼ぶには一方的すぎるその行動に、微妙に苛立ちを覚えつつある。

「わ、分かったから…とりあえず保健室に、」
「おいコラ、渡辺。誰の許可とって唯以くんに触ってんだよ。さっさと離れろ。もう一周走らせるぞ。」

渡辺を強制的に俺から引き剥がした久住。何処から現れたのか、突然の登場に俺も渡辺も言葉を失う。

「く、久住くんっ…ごめん!いや、あの時…完全に俺のせいでリレー詰んだと思ったからさ。汐崎が俺の為に頑張ってくれたのを見て…なんか、感動してっ」
「は?なんでお前のために唯以くんが走ったみたいになってんだよ。唯以くんはクラスの為に走っただけだ。勘違いしてんじゃねぇーよ。さっさと保健室行けよ。」
「あ、はい。すみません、保健室行きます!」

文句を言いながらも保健室に行けと渡辺に告げる久住。良いやつなのか悪いやつなのか、どちらかに統一して欲しいものだ。

「……唯以くん、お疲れ。」

渡辺が居なくなったあと、俺にスポーツドリンクを差し出す久住。「ありがとう」と素直にそれを受け取れば、グッと腕を掴まれて力強く引っ張られる。

何が起こったのか理解した時には既に、久住の腕の中に閉じ込められていた。

「一位おめでとう、って喜びの抱擁…?俺にもさせてよ。渡辺だけずるい。」
「あれは、あいつが勝手に、」
「分かってるよ。危機感が足りてない唯以くんに、公開処刑という名のお仕置。」
「お前…性格悪いな。」
「とか言って、嫌いじゃないでしょ?」

そう言って笑う久住と、されるがままになっている俺を見て…周囲がザワついていることに気が付いていたが、知らないふりをした。