【3話】
テスト期間を終え、夏のインターハイを控えている俺たちは部活動が本格的に忙しくなり…朝も昼も練習、夜は今まで以上に遅くなる日々が続いた。
毎日では無いが、久住は予定がない日は俺の練習終わりに合わせて学校に来て…共に下校してくれるという律儀な一面をみせ、たまに土日の練習を見学しては差し入れをくれるという優しい一面も披露してみせた。
そんな中、夏休みを目前としたある日の放課後…職員室に久住が呼び出されたという話しをクラスメイトから聞いて、気になった俺は部活に行く前に職員室に立ち寄った。
「……あ、唯以くん。」
職員室の前で久住の友人達と鉢合わせた。彼らとは久住を通して何度か会話をしたことがあり、顔を合わせば言葉を交わす程度の仲になっていた。おそらく…彼らも久住の動向が気になってここへ来たのだろう。
「久住が呼ばれたって聞いたから、気になって…」
職員室をチラッと見ながらそう伝えると、久住の友人のうちの一人…ウェーブのかかったブラウンの髪が特徴的な南條という男が俺と目を合わせ、気まずそうに顔を歪めた。
「あいつ、別室でいま再テスト受けてる。」
「……再テスト?」
よく分からない展開に首を傾げる。テストを返却される度に俺の元へやってきて『唯以くんのおかげで点数爆上がり!ヤバくない?俺、天才すぎん?』と言って嬉しそうにしていた久住の顔を思い出す。
解答欄に不備でもあったのだろうか?だとしても、その程度でわざわざ再テストなんてするものなのか?
「なんか…全教科、点数の上がり方が尋常じゃないとかなんとか言われたみたいで。一人で再試験だってさ。」
「これ、多分あれだよな……」
「だろーなぁ、まぁよくある事だし仕方ない。」
なんだか訳あり…みたいな雰囲気で"仕方ない"と言って諦めモードの久住の友人達。いまいち状況を飲み込めずにいる俺に、南條が答えをくれた。
「要するに、カンニングを疑われたってことだよ。」
その言葉を聞いて、自分のことを言われたわけでもないのに胸がえぐられたように酷く傷んだ。
「……なんて…?」
「普段、赤点ばかりの桜二が全科目平均以上とか…誰だって怪しいと思うだろ。」
「いや…だって、アイツ今回は真面目に、」
「それを証明するものなんて、どこにもない。ある意味自業自得だから。普段不真面目な学校生活を送ってるアイツにも非がある。だから桜二も、文句言わずに再テストを受けてるんだろ。」
「なんだよ…それっ…。」
だって、おかしいだろ?なぜ久住は大人しく再テストなんて受けている?コイツらだって、久住の友人ならどうして声をあげて反発しない?友人を疑われて、腹が立たないのか?
職員室に乗り込もうと身を乗り出した俺を南條が止める。
「おい、やめとけ…唯以くんがいけば余計ややこしくなる。」
「だからって、このまま黙って見過ごせるわけないだろ。」
「別に、俺たちこういうの慣れてるし…桜二だって気にしてないって…」
「こんなことに慣れるなよっ!間違ったことをした時は、大人だって謝罪するべきだ。証明が必要だって言うなら、俺がいくらでも証言してやる。だって…アイツに勉強を教えたのは俺だから。テストのヤマ当てをして、範囲を絞って頭に叩き込んでやったのは、俺だから!」
叫ぶようにそう言った時だった。
ガラガラ…と、職員室の隣の会議室から出てきた久住。それからうちのクラスの担任と学年主任の男性教諭が続けて出てきた。
「……唯以くん、声でかすぎ。」
と気まずそうに苦笑いを浮かべた久住。そんなことより、担任に一言文句を言ってやろうと思った俺の元へ…学年主任の男性教諭が近付いてきた。
「……間違ったことをした時は大人も謝罪するべきだという君の意見は最もだ。久住くんには申し訳ないことをしたと、先程謝罪させてもらったよ。」
聞けば…久住の受けた再テストはその場で採点され、先日受けたものと試験内容が違うにも関わらず、見事にどれも平均点を超えるほどの点数だったらしい。
それで久住のカンニング疑惑は完全に晴れたのだとか。
「ただ…ひとつ言わせてもらうと、日頃の彼の行いは目に余るものがある。疑うべきは罰する…というわけではないが、我々は教員として生徒が間違った行動をした際はそれを指導するという義務がある。彼が憎くて罰を与えようとしているわけじゃないということは、頭に入れておいて欲しい。」
言われている言葉の意味は分かるが…正直そんなことを言われたところで納得なんて出来ない。久住も、久住の友人達も…見た目は派手だが、中身はとても良い奴ばかりだと俺は知っている。
それが教師達に理解されていないということが、あまりにも悲しくて…虚しくて。失望した。
言いたいことを言って気が済んだのか、職員室へと入っていく教員の背を見送りながら…なんとも後味の悪い気まずい空気が俺と久住と久住の友人達との間に流れる。
「……てか、唯以くん部活は?インターハイもうすぐだよな?こんなことでサボってたらまずいんじゃない?」
誰か一人がそう呟いたことにより、俺自身ハッと我に返った。
「あー…うん。じゃあ、俺…部活行くから。」
らしくないことをした…と、反省しつつ久住達に背を向けて体育館へと足を進める。俺が何かするまでもなく、久住は実力で疑惑を晴らしていたのだ。
本当に…余計なことをしてしまった。
自己嫌悪に浸りながら体育館までの道のりを歩いていると、背後から急に現れた誰かが同じように俺の隣を歩き始める。
誰か…なんて見なくても分かる。鼻をかすめる甘いバニラのような香りは、久住が愛用している香水の匂い。たったそれだけで人物特定出来てしまう自分が嫌になる。
「……これ、差し入れ。」
そう言って久住が手渡してきたのは、キンキンに凍ったスポーツドリンク。
「え……どうやって凍らせたの?凍ったやつ売ってる自販機なんて学校にあった?」
「いや?保健室の冷凍庫に忍ばせておいた。」
って、そういうところだろ。学年主任の言う目に余る行動ってやつは。
「まぁ……ありがとう。助かるよ。」
凍ったスポーツドリンクを有難く受け取ると、久住は黙り込んでその場で足を止めた。
「……さっきの、嬉しかった。」
「さっきのって…?」
分かっていながらも知らないふりをして尋ねる。
「俺自身、どっかで"仕方ない"って諦めてたところ…あったからさ。唯以くんがこんな事に慣れるなって言ったの…すげぇ響いた。」
「……だって、そうだろ。」
「そうかもしれないけど、世の中…唯以くんみたいに理解のある優しい人間ばっかりじゃないから。」
きっとこれまでも、同じようなことを繰り返して来たのだろう。感覚が麻痺しているのかもしれない。こんな悲しい出来事に慣れて欲しくないと強く思った。
「けど、これっきりにしろよ?唯以くんにあんな真似は似合わない…ってか、唯以くんが俺のことちゃんと分かってくれてたらそれでいいんだよ。いや、それでも…マジで嬉しかったよ。…ありがとう。」
そう言って笑った久住を見て、さっきの俺の行動は間違いじゃなかったのだと思えて…こちらも心が軽くなる。
足りないものはお互いに補っていけばいい。
分けられるものなら、なんだって分け合っていきたいと思った。
テスト期間を終え、夏のインターハイを控えている俺たちは部活動が本格的に忙しくなり…朝も昼も練習、夜は今まで以上に遅くなる日々が続いた。
毎日では無いが、久住は予定がない日は俺の練習終わりに合わせて学校に来て…共に下校してくれるという律儀な一面をみせ、たまに土日の練習を見学しては差し入れをくれるという優しい一面も披露してみせた。
そんな中、夏休みを目前としたある日の放課後…職員室に久住が呼び出されたという話しをクラスメイトから聞いて、気になった俺は部活に行く前に職員室に立ち寄った。
「……あ、唯以くん。」
職員室の前で久住の友人達と鉢合わせた。彼らとは久住を通して何度か会話をしたことがあり、顔を合わせば言葉を交わす程度の仲になっていた。おそらく…彼らも久住の動向が気になってここへ来たのだろう。
「久住が呼ばれたって聞いたから、気になって…」
職員室をチラッと見ながらそう伝えると、久住の友人のうちの一人…ウェーブのかかったブラウンの髪が特徴的な南條という男が俺と目を合わせ、気まずそうに顔を歪めた。
「あいつ、別室でいま再テスト受けてる。」
「……再テスト?」
よく分からない展開に首を傾げる。テストを返却される度に俺の元へやってきて『唯以くんのおかげで点数爆上がり!ヤバくない?俺、天才すぎん?』と言って嬉しそうにしていた久住の顔を思い出す。
解答欄に不備でもあったのだろうか?だとしても、その程度でわざわざ再テストなんてするものなのか?
「なんか…全教科、点数の上がり方が尋常じゃないとかなんとか言われたみたいで。一人で再試験だってさ。」
「これ、多分あれだよな……」
「だろーなぁ、まぁよくある事だし仕方ない。」
なんだか訳あり…みたいな雰囲気で"仕方ない"と言って諦めモードの久住の友人達。いまいち状況を飲み込めずにいる俺に、南條が答えをくれた。
「要するに、カンニングを疑われたってことだよ。」
その言葉を聞いて、自分のことを言われたわけでもないのに胸がえぐられたように酷く傷んだ。
「……なんて…?」
「普段、赤点ばかりの桜二が全科目平均以上とか…誰だって怪しいと思うだろ。」
「いや…だって、アイツ今回は真面目に、」
「それを証明するものなんて、どこにもない。ある意味自業自得だから。普段不真面目な学校生活を送ってるアイツにも非がある。だから桜二も、文句言わずに再テストを受けてるんだろ。」
「なんだよ…それっ…。」
だって、おかしいだろ?なぜ久住は大人しく再テストなんて受けている?コイツらだって、久住の友人ならどうして声をあげて反発しない?友人を疑われて、腹が立たないのか?
職員室に乗り込もうと身を乗り出した俺を南條が止める。
「おい、やめとけ…唯以くんがいけば余計ややこしくなる。」
「だからって、このまま黙って見過ごせるわけないだろ。」
「別に、俺たちこういうの慣れてるし…桜二だって気にしてないって…」
「こんなことに慣れるなよっ!間違ったことをした時は、大人だって謝罪するべきだ。証明が必要だって言うなら、俺がいくらでも証言してやる。だって…アイツに勉強を教えたのは俺だから。テストのヤマ当てをして、範囲を絞って頭に叩き込んでやったのは、俺だから!」
叫ぶようにそう言った時だった。
ガラガラ…と、職員室の隣の会議室から出てきた久住。それからうちのクラスの担任と学年主任の男性教諭が続けて出てきた。
「……唯以くん、声でかすぎ。」
と気まずそうに苦笑いを浮かべた久住。そんなことより、担任に一言文句を言ってやろうと思った俺の元へ…学年主任の男性教諭が近付いてきた。
「……間違ったことをした時は大人も謝罪するべきだという君の意見は最もだ。久住くんには申し訳ないことをしたと、先程謝罪させてもらったよ。」
聞けば…久住の受けた再テストはその場で採点され、先日受けたものと試験内容が違うにも関わらず、見事にどれも平均点を超えるほどの点数だったらしい。
それで久住のカンニング疑惑は完全に晴れたのだとか。
「ただ…ひとつ言わせてもらうと、日頃の彼の行いは目に余るものがある。疑うべきは罰する…というわけではないが、我々は教員として生徒が間違った行動をした際はそれを指導するという義務がある。彼が憎くて罰を与えようとしているわけじゃないということは、頭に入れておいて欲しい。」
言われている言葉の意味は分かるが…正直そんなことを言われたところで納得なんて出来ない。久住も、久住の友人達も…見た目は派手だが、中身はとても良い奴ばかりだと俺は知っている。
それが教師達に理解されていないということが、あまりにも悲しくて…虚しくて。失望した。
言いたいことを言って気が済んだのか、職員室へと入っていく教員の背を見送りながら…なんとも後味の悪い気まずい空気が俺と久住と久住の友人達との間に流れる。
「……てか、唯以くん部活は?インターハイもうすぐだよな?こんなことでサボってたらまずいんじゃない?」
誰か一人がそう呟いたことにより、俺自身ハッと我に返った。
「あー…うん。じゃあ、俺…部活行くから。」
らしくないことをした…と、反省しつつ久住達に背を向けて体育館へと足を進める。俺が何かするまでもなく、久住は実力で疑惑を晴らしていたのだ。
本当に…余計なことをしてしまった。
自己嫌悪に浸りながら体育館までの道のりを歩いていると、背後から急に現れた誰かが同じように俺の隣を歩き始める。
誰か…なんて見なくても分かる。鼻をかすめる甘いバニラのような香りは、久住が愛用している香水の匂い。たったそれだけで人物特定出来てしまう自分が嫌になる。
「……これ、差し入れ。」
そう言って久住が手渡してきたのは、キンキンに凍ったスポーツドリンク。
「え……どうやって凍らせたの?凍ったやつ売ってる自販機なんて学校にあった?」
「いや?保健室の冷凍庫に忍ばせておいた。」
って、そういうところだろ。学年主任の言う目に余る行動ってやつは。
「まぁ……ありがとう。助かるよ。」
凍ったスポーツドリンクを有難く受け取ると、久住は黙り込んでその場で足を止めた。
「……さっきの、嬉しかった。」
「さっきのって…?」
分かっていながらも知らないふりをして尋ねる。
「俺自身、どっかで"仕方ない"って諦めてたところ…あったからさ。唯以くんがこんな事に慣れるなって言ったの…すげぇ響いた。」
「……だって、そうだろ。」
「そうかもしれないけど、世の中…唯以くんみたいに理解のある優しい人間ばっかりじゃないから。」
きっとこれまでも、同じようなことを繰り返して来たのだろう。感覚が麻痺しているのかもしれない。こんな悲しい出来事に慣れて欲しくないと強く思った。
「けど、これっきりにしろよ?唯以くんにあんな真似は似合わない…ってか、唯以くんが俺のことちゃんと分かってくれてたらそれでいいんだよ。いや、それでも…マジで嬉しかったよ。…ありがとう。」
そう言って笑った久住を見て、さっきの俺の行動は間違いじゃなかったのだと思えて…こちらも心が軽くなる。
足りないものはお互いに補っていけばいい。
分けられるものなら、なんだって分け合っていきたいと思った。
