【1話】
高校生活二年目の春先。桜が散り、ゴールデンウィークを終えたばかりの週初めの月曜日の放課後。
「汐崎くん…部活で忙しいのに呼び出して、ごめんね?」
同じクラスの女子に、誰もいない非常階段に連れ出され…いま現在、頬を赤く染めた彼女に見つめられている。
定型文のような前置きの言葉を耳にしたところで、小さく息を吐き彼女から視線を外す。
──決して自慢ではないが、
俺は幼少期からやたらと女子にモテる。
理由は単純明快。容姿が他より少し整っている。たったそれだけの事だ。
海上保安官の父親と美容師の母親のことを”美男美女で羨ましい”と近所の住人や同級生の親たちによく言われた記憶があるが、要するに俺の容姿が整っているのは親譲りなだけで何も特別なことでは無い。平均より高い身長も、切れ長の奥二重の瞳も父親によく似ていると自分でも思う。髪型に関しては母親がうるさいので、月に一度は美容院で切るようにしているので人並みに流行に乗れているとは思う。とはいえ…別にモテたいと思っているわけでも、彼女が欲しいと願っているわけでもない。
「ああ…どうしよう、緊張するっ」
震えるような小さな声が聞こえてきて、再び目の前の彼女に視線を戻した。
緊張しているところ申し訳ないが…この後なにを言われるのか、こちらとしては既に察しがついている。しかしそれを見越して先に答えを口にすれば、無神経だなんだと罵られ彼女を泣かせてしまうというところまでが想像できる。ので…大人しく彼女が口を開くのを待っているのだが…。
なかなか話しが先に進まなくて、こちらも反応に困る。
「……そろそろ部活…間に合わないから、」
と、少し急かしてみると…慌てたように姿勢を正した彼女。俯いていた視線を持ち上げ、真っ直ぐに俺の目を見て口を開いた。
「あの……ずっと、汐崎くんの事が好きでした。友達からでいいので!良かったら仲良くしてもらえませんか?」
ほら来た…と内心思いながら「ごめん…」と小さく呟けば、彼女は分かりやすく落ち込んだ様子で。その瞳には薄らと涙が滲み始めている。
「悪いけど俺、今は部活に集中したいから…誰かと付き合うとかそういうの、考えられない。」
お決まりのセリフを口にして、「じゃあ…」と彼女に背を向けた時だった。「待って」と言われたので素直に足を止めたのがまずかったらしい。
何を思ったのか…背後からギュッと強く、俺に抱き着いてきた彼女。逃げようと身を捩るが…腰の辺りに回された腕に力を込められ、逃れることが出来ない。
瞬間、ゾワッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
──嫌だ、触らないで
女子に対して免疫の薄い俺の身体は拒否反応を起こしたように小刻みに震え始める。次第に息が荒くなり、情けなくも視界が徐々にボヤけてくる始末だ。
──怖い、誰か…助けてっ
叫びそうになった口元に自らの手を持っていき、なんとか堪える。
そう、俺は……
昔から女の子に触れられるのが、苦手だった。
というのも…小さい頃からよく母親の仕事仲間の女性たちに『可愛い』と言われ、頬を撫でられたり、抱きしめられたり、髪をいじられたりしたせいで…幼少期の俺はそのことを”不快”だと記憶に残していた。
それ故に、小学六年生にあがる頃には完全に女子との関わりを避けるようになり、中学時代なんて話しかけられても無視をするような生活を送っていた。
それでも共学の高校に進学したのは…小学生の頃から続けているバスケットボールを高校でも続けたかったからだ。県大会に出場歴のあるバスケの強豪校に進学するために、男子校ではなく共学を選んだのは俺自身。問題事を起こして部活動に支障が出ることを避けたくて、女子に話しかけられても中学の頃のように無視をすることなく…必要最低限の会話をするように心掛けていたのだが…。
──さすがにこれは、厳しい。
「や…めてっ、離して、」
「ごめん…でも、本当に大好きなの。ちゃんと諦めるからっ!最後に抱きしめさせて…」
諦める代償として最後にハグをさせてくれ、なんて。自分都合な考え方に呆れ果てるが…今は非常事態だ。こんなことは初めてなので対処方法がまるで分からない。
突き飛ばすわけにもいかず、どうすることも出来ない惨めさと…言葉にしようのない恐怖感により、思わず瞳から涙が零れ落ちた。
その時だった。
「ざーんねん、悪いけど唯以くんは俺のだから。」
突然、非常階段の上から降りてきた男子生徒が…俺の腰に絡みついた女子の腕を解いてくれた。それだけでなく俺と彼女の間に割って入るようにして立ち、自身の背に俺の姿を隠してくれるというミラクルが起こった。
目の前の彼女が困惑したような声をあげる。
「久住くんっ…?」
「ごめんな?どうしても、見過ごせなくて。」
「…どうして、」
「だって俺たち…付き合ってるから。っな、唯以?」
──いま、なんて言った?
「…え?そーなの?でも汐崎くんっ、他校に彼女がいるとか…ずっと好きな女の子がいるって噂もあるし、」
「まぁ…彼女とか好きな女が居るからって、別に良くない?俺が”彼氏”ってだけの話。何か問題ある?」
「あ…いや、全然っ!むしろなんかそーいうの素敵かもっ…二人ともカッコイイし…絵になるというか、」
「あー…変なこと想像するの禁止な?俺と唯以くんはそーいうんじゃないからね?ただただ仲良しなだけだから…なあ?ゆ〜いくんっ」
トン…と肩に置かれた久住 桜二の手。恐ろしく信じ難いことを言われているというのに…不思議と先程まで女子に感じていた嫌悪感のようなものは感じられず、何なら少しホッとしている自分がいることに驚いた。
「ってわけだからさ……諦めてくれる?」
告白してきた女子が去っていったのを確認して、隣に立っている久住のことを軽く睨みつける。身長が174センチある俺が少し見上げるほど、背の高い彼は…俺とは全く異なる人種。
というのも、ミルクティーのような淡いベージュ色に近い金色の髪を引き立てるように耳元で輝いている複数のピアス。胸元のボタンの外し着崩された制服を身にまとい、だらしなく上靴の踵を踏んで歩くような…そんな不真面目な生徒。
髪を染めたことの無い俺には彼の髪色がどのような工程を経てその色になっているのか分からない。制服を着崩して何の得があるのかも理解できないし、靴を踏んで歩く人間は嫌いだ。
初めて至近距離で視線を合わせたが…メイクをしているのでは?と疑いたくなるほど綺麗な色白の肌に、丸い瞳の下にあるぷっくりとした涙袋は彼の尖った雰囲気を甘く見せている。
──いや、今はそんな話しはどうでもいい。
「……さっきの、あれなに?何で俺とアンタが付き合ってるとかいう恐ろしい展開になったの?」
人付き合いが悪い俺でも知っている。この久住桜二という男は女の子を取っかえ引っ変えして誑かすような遊び人であるということを。
そんな男がなぜあのような発言をしたのか、全くもって理解できなかった。
「何か問題あった?俺と付き合ってるってことにすれば唯以くん、苦手な女から声を掛けられる回数、格段に減るでしょ?」
その言葉を聞いて、ハッと息を飲んだ。
──どうして、俺が女嫌いだってこと…知ってるんだ?
そんな疑問が顔に出ていたのか、久住はふっと口角をあげて笑った。
「唯以くん、俺たち同じクラスだって…知ってる?」
「……知ってるけど。」
「うん。一緒の教室で過ごしてたら…普通に気付くよ。唯以くんが女子に絡まれる度に辛そうにしてるの、何度も見てきたから。」
意外だった。
同じクラスにいると言っても、彼とは席は離れているし…これまで言葉を交わすほど親しい仲でも無かった。それに彼はいつも授業中は寝てばかりで机に顔を伏せているし…俺のことを見ているなんて、考えたこともなかった。
「あのさ、一つ提案なんだけど。マジで俺が恋人になってやろうか?唯以くん、いつまでもフリーだから女子に言い寄られるんだよ。」
なんてことのない、当たり前のことだというようにそんな発言をする久住に驚いたが…
「そんなことっ…出来ない。」
友人でもなんでもない彼に、恋人の役をしてもらう義理など、どこにも無い。
「俺なんかと付き合っても…久住にはなんのメリットもないだろ。」
そこまで言ってから…助けてもらったことに対しての礼を言っていないことを思い出し、居心地が悪くなってきた。
「何を気にしてんのか知らねぇけど。別に良くない?俺が良いって言ってるんだから。泣いてたくせに…今更そんな強がっても意味ないんですけど。」
ガシガシ…と頭を乱雑に撫でられ、驚いて肩を揺らすと…彼は意地悪く笑った。
「唯以くん知ってる?俺って、唯以くんに負けないほど女子にモテるんだよ。それがさ…困ったことに最近本命の相手が出来て。これ以上モテると、その子を悲しませることになるから……唯以くんと付き合うってことは、俺にもメリットがあるってこと。」
「……それ、本命の相手にも勘違いされない?」
「ん?そこは大丈夫。ってなわけで、今日から俺たちは恋人ってことで…おっけー?」
「いや、良くない。全然良くない。本命の相手がいるなら、俺が恋人だって名乗るのはまずいだろ。」
「……そう?なら友達以上、恋人未満ってことで。さっきみたいな危機的状況な時はお互い恋人だって名乗ることにしよう。それならどう?」
「…まぁ、それなら……別に、いいけど。」
「ん…ってことで、とりあえず連絡先交換しようか。」
「その前に……さっきは…助けてくれて、ありがとう。久住が来てくれて……ほんと…助かった。」
「……唯以くん、ツンデレ?可愛すぎるんですけど。」
「っは?!可愛いとか言うなっ、てか髪の毛触るのやめろって…そこまで許可した覚えは無い!」
なんて…少しばかり強引な形で、俺と久住の”友達以上恋人未満”の奇妙な関係がスタートしたのだった。
久住との名前の無い関係がスタートして一週間が経過した。この短期間で俺と久住の仲は以前より親しいものになったのは間違いないだろう。
【晩メシなう、今日は唐揚げ定食】
部活帰りスマホを見ると、写真付きで送られて来ているメッセージに既読をつけてそのまま返信することなくスマホを片付ける。
なんの内容もない呟きみたいなものを俺に送り付けてくる久住。凄く迷惑でしかないし、即刻辞めさせたいところではある。
─…が、皮肉にも以前久住が"彼氏"だと名乗ってくれたおかげで…噂が少しずつ広まりつつあるのか、女子に絡まれることが減ったのもまた事実で。完全に突き放すことが出来ない。
なんとも厄介な存在である。なので、
【部活終わりなう。自主練してから帰る。】
5回に一回くらいの頻度で、久住に返信を送るようにしている。メッセージのやり取りなんて可愛いものだ。
一度、真夜中に久住が電話を掛けてくるという迷惑極まりない行動をしてきた際はその瞬間に着信拒否設定にしてやったのだが…。
翌日、顔を合わせるなり不機嫌そうな顔をして…
『俺のことを着信拒否する人間なんて、この日本に存在したんだな。』
なんてナルシスト自己中発言をした後、
『悪かった。次は電話する前に確認するから…機嫌直してよ。』
と素直に謝る久住を見ていると、こちらが悪いことをしているような気分になってきて…僅か半日足らずで着信拒否を解除するという意味の無いやり取りをしたのは、まだほんの数日前の話し。
そんなくだらないやり取りを帰り道に一人思い返してしまうくらいには…俺の中での久住という男の存在は大きくなりつつあるらしい。
学校から帰る道の道中に、バスケットゴールが設置されている大きめの公園がある。自転車通学の俺は、部活帰りにこの公園で自主練をして帰るのが俺の毎日のルーティンである為、今日も持参しているマイボールをスポーツバッグから取り出しコート内へと足を踏み入れる。
夜の公園ということもあり、部活帰りのこの時間は誰もいないことが多い。そんな中シュート練習やドリブルの練習を繰り返していると…たまに同い年くらいの男子が遊びに来ることがある。
「おーい、汐崎!こんな時間まで自主練?相変わらず熱心だなぁ」
こんなふうに。俺がここにいることを知っていてやってくる人間も少なからず存在する。部活仲間や後輩が来たのなら俺だって警戒することは無い。問題は…たった今やって来た人物が、少しばかり厄介な先輩だということだ。
「……葛城先輩、お疲れ様です。今帰りですか?」
「ああ。大学は楽でいいよ〜。汐崎も進路決まってないなら俺と同じ大学受ければ?バスケのサークルもあるし、また一緒のチームになれるよ。」
近付いてきた先輩は、俺の肩に腕を回してきてグッと距離を縮めてくる。この人は、距離感の感覚がバグっているのか…やたらと至近距離で話しかけてきたり、無駄なスキンシップをしてくる困った先輩で。彼が在学中の頃から苦手だった。
彼が引退し、無事に高校を卒業してくれて正直とても安心していたのだが…まさかここで再会することになるとは。
「……汐崎さぁ、晩メシまだだよな?俺、車で来てるから帰り家まで送るし、一緒にラーメンでも食べに行かない?」
急な食事の誘いに驚いたが、俺を見る先輩の目つきが少し鋭いような気がして思わず息を飲んだ。
「今日は…やめておきます。夕飯、もう用意してくれてるみたいで…親に悪いし……。」
「ラーメン食った後で、家で夕飯食えば問題ないだろ。高校生男子ならそのくらい余裕で食えんだろ?ほら、帰るぞ。明日も学校だろ〜?」
俺の手の中にあったボールを奪った先輩。奪い返そうと伸ばした手をグッと力強く掴まれ、あまりの強さに顔が歪む。
先輩が俺から奪い取ったボールを遠くに放り投げたのが見えて…危機感を覚える。
「先輩、離してくださいっ。痛いっすよ。」
「……試合前にケガ、したくないだろ?悪いようにはしないから、ついてこいよ。」
もう既に脅しのようなことを言っておいて、何が悪いようにはしないだ。シャレにならないと焦り始めた俺の耳に、ダンッ…とボールが地面に打ち付けられた音が強く響いた。
「なに?晩メシ奢ってくれるって?サイコーじゃん、俺も連れてってもらっていーですかね?……先輩?」
振り返った先に見えたのは、月明かりに照らされいつも以上に彼の良さを引き立てている金色。その下にある彼の瞳からは…怒りの色が感じられた。
「……は?お前、誰だよ。汐崎の友達…?」
「彼氏、ですけど?なんか文句あります?」
久住は転がっていたボールを拾うと、何度かそれを地面に打ち付けたあと…ゴールからかなり離れた場所にいるにも関わらず、その場からシュートを放った。
まるで吸い込まれるように綺麗なアーチを描き、見事に決まったシュート。ゴール下でボールが音を立てて転がっていくのを俺が目で追っている間に、先輩の手がそっと離された。
「なんだ、本命の相手いたのかよ。だから女に告られても頑なに彼女作らなかったんだな汐崎って。」
「え……あ、いや…まぁ、そんなところです。」
「てっきりお前、俺のことが好きなのかと思ってた。」
「……はい?!!」
「いや、だって…馴れ馴れしく触ったり、距離詰めたりしてもお前何も言わなかったし。むしろもっと近付いて欲しいのかと思って、」
「…そんなわけ無いでしょ。いつもちょっと距離近いなって、嫌な思いしてましたよ……今日だって、」
「あー…うん。なんか悪かったな。彼氏、怒ってるみたいだし…俺はこの辺で失礼するよ。」
「え……?」
ふと、視線を久住の方へとズラせば…俺のことを睨みつけるようにして腕を組んで立っている。一目見ただけで機嫌が悪いと分かってしまうほどに、彼は感情を隠すのが苦手な人間みたいだ。とても分かりやすくて助かる反面…少しばかり面倒である。
「唯以くん?俺、怒ってるんだけど。」
「……みたいだね。見てて伝わってくる。」
「何に怒ってるのか分かる?いや、分かってねぇよな?分かってたら…あのクズみたいな先輩に話しかけられて平然と答えたり出来ないと思う。」
ゆっくりとこちらに近付いてくる久住。月明かりに照らされて歩く彼は、まるでランウェイを歩くカリスマモデルのように…兎にも角にもビジュアルが良い。
「……なに、余計なこと考えてる?」
「久住って無駄にスタイル良いなぁと思って。」
「褒めて俺の機嫌を取ろうって作戦?」
「いや?これは俺の本心だけど?俳優とかモデルを見るより、久住を見てる方が色々参考になるだろうな…って。」
機嫌を取るつもりで言ったわけではないのだが…単純な彼は俺の言葉に絆されたらしい。
「まぁ…俺、かっこいいからね。唯以くんが惚れるのも分かるわ〜」
「いや、惚れたなんて一言も言ってないけど。」
「まったく、目を離した隙に男にまで言い寄られるって…唯以くんさぁ?ちょっと危機感足りてないんじゃない?俺が来なかったらどうするつもりだったわけ?」
「……あんなイレギュラー、防ぎようがないだろ。」
「いいや、防ぐことなら出来るよ。」
「……どうやって?」
まるでその返しを待っていた、と言わんばかりに…久住は楽しそうに口角をあげて俺を見つめる。
「毎日、俺と一緒に帰ればいいじゃん。」
「……は?」
「部活が終わった後、迎えに来るよ。」
「いや、いいって!お前帰宅部じゃん。それに、学校が終わったら友達と遊びに行ったり……色々忙しいだろ?俺と違ってお前、友達多いだろうし。」
久住が中型バイクの免許を持っていることを俺は知っている。というのも…彼は学校にいる”不真面目な仲間達”と共にバイクでツーリングに出掛けたり、学校終わりにどこかで集まって遊んだり…そういう放課後を過ごしているところを、何度か目撃したことがある。
「友達って…唯以くんも、俺の友達じゃん。いや違うな?友達以上恋人未満だった。」
「……でも俺と久住は最近そういう仲になっただけだし。放課後まで俺に付き合わせるのは…久住の友達に申し訳ない。」
「ほっとけねぇーんだよ、俺が。」
「……なんて?」
「心配だって言ってんの…分かる?」
その真っ直ぐな言葉に、なんだか胸の奥の奥がジンと熱くなったのを感じた。
「別に俺の放課後の時間を全部、唯以くんに費やすなんて言ってねぇじゃん。他の奴らと遊ぶ時は遊ぶし…逆に暇な時は唯以くんの部活を見学するのもありかもね。」
「…迷惑だからやめて。」
「うん、つまり何が言いたいかっていうと……親しくなった期間なんて関係ねぇんだよ。俺がやりたくてやってることだから、唯以くんに止める権利なんてない。」
「……後で時間返せとか言われても無理だけど。」
「そんなセコいこと、この俺が言うとでも?」
「さぁ?まだ分からないから…とりあえず明日、迎えに来てもらっていい?」
「出た、ツンデレ!!いただきましたっ」
「うるさいっ…頭撫でるな、髪の毛抜けるって…マジでやめろ」
久住のおかげで…先程の先輩との嫌なやり取りを思い返すことなく、家路に着くことが出来た。
帰りの道中でハンバーガーショップに立ち寄り、助けてくれたお礼に…と、シェイクを奢ってやれば…嬉しそうにそれを飲みながら俺の隣を歩く男のことをすれ違う女子たちが目で追っている。
「罪な男だな…。」
「唯以くん?聞こえてるよ?堂々と悪口?」
「いや、お前のそれはもはや才能だなぁと。」
「それ……唯以くんが言う?」
「俺は女子に期待をさせるような行動はしない。」
「俺だってそんな行動してるつもりないけど?」
「……無意識だからタチが悪い。」
「んー?なんか言った?」
「いや?久住がかっこいいなって話し。」
一緒に過ごす時間が増えるにつれ、久住の扱い方が分かってきた。とりあえず容姿を褒めておけば彼の機嫌は上を向いてくれる。
高校生活二年目の春先。桜が散り、ゴールデンウィークを終えたばかりの週初めの月曜日の放課後。
「汐崎くん…部活で忙しいのに呼び出して、ごめんね?」
同じクラスの女子に、誰もいない非常階段に連れ出され…いま現在、頬を赤く染めた彼女に見つめられている。
定型文のような前置きの言葉を耳にしたところで、小さく息を吐き彼女から視線を外す。
──決して自慢ではないが、
俺は幼少期からやたらと女子にモテる。
理由は単純明快。容姿が他より少し整っている。たったそれだけの事だ。
海上保安官の父親と美容師の母親のことを”美男美女で羨ましい”と近所の住人や同級生の親たちによく言われた記憶があるが、要するに俺の容姿が整っているのは親譲りなだけで何も特別なことでは無い。平均より高い身長も、切れ長の奥二重の瞳も父親によく似ていると自分でも思う。髪型に関しては母親がうるさいので、月に一度は美容院で切るようにしているので人並みに流行に乗れているとは思う。とはいえ…別にモテたいと思っているわけでも、彼女が欲しいと願っているわけでもない。
「ああ…どうしよう、緊張するっ」
震えるような小さな声が聞こえてきて、再び目の前の彼女に視線を戻した。
緊張しているところ申し訳ないが…この後なにを言われるのか、こちらとしては既に察しがついている。しかしそれを見越して先に答えを口にすれば、無神経だなんだと罵られ彼女を泣かせてしまうというところまでが想像できる。ので…大人しく彼女が口を開くのを待っているのだが…。
なかなか話しが先に進まなくて、こちらも反応に困る。
「……そろそろ部活…間に合わないから、」
と、少し急かしてみると…慌てたように姿勢を正した彼女。俯いていた視線を持ち上げ、真っ直ぐに俺の目を見て口を開いた。
「あの……ずっと、汐崎くんの事が好きでした。友達からでいいので!良かったら仲良くしてもらえませんか?」
ほら来た…と内心思いながら「ごめん…」と小さく呟けば、彼女は分かりやすく落ち込んだ様子で。その瞳には薄らと涙が滲み始めている。
「悪いけど俺、今は部活に集中したいから…誰かと付き合うとかそういうの、考えられない。」
お決まりのセリフを口にして、「じゃあ…」と彼女に背を向けた時だった。「待って」と言われたので素直に足を止めたのがまずかったらしい。
何を思ったのか…背後からギュッと強く、俺に抱き着いてきた彼女。逃げようと身を捩るが…腰の辺りに回された腕に力を込められ、逃れることが出来ない。
瞬間、ゾワッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
──嫌だ、触らないで
女子に対して免疫の薄い俺の身体は拒否反応を起こしたように小刻みに震え始める。次第に息が荒くなり、情けなくも視界が徐々にボヤけてくる始末だ。
──怖い、誰か…助けてっ
叫びそうになった口元に自らの手を持っていき、なんとか堪える。
そう、俺は……
昔から女の子に触れられるのが、苦手だった。
というのも…小さい頃からよく母親の仕事仲間の女性たちに『可愛い』と言われ、頬を撫でられたり、抱きしめられたり、髪をいじられたりしたせいで…幼少期の俺はそのことを”不快”だと記憶に残していた。
それ故に、小学六年生にあがる頃には完全に女子との関わりを避けるようになり、中学時代なんて話しかけられても無視をするような生活を送っていた。
それでも共学の高校に進学したのは…小学生の頃から続けているバスケットボールを高校でも続けたかったからだ。県大会に出場歴のあるバスケの強豪校に進学するために、男子校ではなく共学を選んだのは俺自身。問題事を起こして部活動に支障が出ることを避けたくて、女子に話しかけられても中学の頃のように無視をすることなく…必要最低限の会話をするように心掛けていたのだが…。
──さすがにこれは、厳しい。
「や…めてっ、離して、」
「ごめん…でも、本当に大好きなの。ちゃんと諦めるからっ!最後に抱きしめさせて…」
諦める代償として最後にハグをさせてくれ、なんて。自分都合な考え方に呆れ果てるが…今は非常事態だ。こんなことは初めてなので対処方法がまるで分からない。
突き飛ばすわけにもいかず、どうすることも出来ない惨めさと…言葉にしようのない恐怖感により、思わず瞳から涙が零れ落ちた。
その時だった。
「ざーんねん、悪いけど唯以くんは俺のだから。」
突然、非常階段の上から降りてきた男子生徒が…俺の腰に絡みついた女子の腕を解いてくれた。それだけでなく俺と彼女の間に割って入るようにして立ち、自身の背に俺の姿を隠してくれるというミラクルが起こった。
目の前の彼女が困惑したような声をあげる。
「久住くんっ…?」
「ごめんな?どうしても、見過ごせなくて。」
「…どうして、」
「だって俺たち…付き合ってるから。っな、唯以?」
──いま、なんて言った?
「…え?そーなの?でも汐崎くんっ、他校に彼女がいるとか…ずっと好きな女の子がいるって噂もあるし、」
「まぁ…彼女とか好きな女が居るからって、別に良くない?俺が”彼氏”ってだけの話。何か問題ある?」
「あ…いや、全然っ!むしろなんかそーいうの素敵かもっ…二人ともカッコイイし…絵になるというか、」
「あー…変なこと想像するの禁止な?俺と唯以くんはそーいうんじゃないからね?ただただ仲良しなだけだから…なあ?ゆ〜いくんっ」
トン…と肩に置かれた久住 桜二の手。恐ろしく信じ難いことを言われているというのに…不思議と先程まで女子に感じていた嫌悪感のようなものは感じられず、何なら少しホッとしている自分がいることに驚いた。
「ってわけだからさ……諦めてくれる?」
告白してきた女子が去っていったのを確認して、隣に立っている久住のことを軽く睨みつける。身長が174センチある俺が少し見上げるほど、背の高い彼は…俺とは全く異なる人種。
というのも、ミルクティーのような淡いベージュ色に近い金色の髪を引き立てるように耳元で輝いている複数のピアス。胸元のボタンの外し着崩された制服を身にまとい、だらしなく上靴の踵を踏んで歩くような…そんな不真面目な生徒。
髪を染めたことの無い俺には彼の髪色がどのような工程を経てその色になっているのか分からない。制服を着崩して何の得があるのかも理解できないし、靴を踏んで歩く人間は嫌いだ。
初めて至近距離で視線を合わせたが…メイクをしているのでは?と疑いたくなるほど綺麗な色白の肌に、丸い瞳の下にあるぷっくりとした涙袋は彼の尖った雰囲気を甘く見せている。
──いや、今はそんな話しはどうでもいい。
「……さっきの、あれなに?何で俺とアンタが付き合ってるとかいう恐ろしい展開になったの?」
人付き合いが悪い俺でも知っている。この久住桜二という男は女の子を取っかえ引っ変えして誑かすような遊び人であるということを。
そんな男がなぜあのような発言をしたのか、全くもって理解できなかった。
「何か問題あった?俺と付き合ってるってことにすれば唯以くん、苦手な女から声を掛けられる回数、格段に減るでしょ?」
その言葉を聞いて、ハッと息を飲んだ。
──どうして、俺が女嫌いだってこと…知ってるんだ?
そんな疑問が顔に出ていたのか、久住はふっと口角をあげて笑った。
「唯以くん、俺たち同じクラスだって…知ってる?」
「……知ってるけど。」
「うん。一緒の教室で過ごしてたら…普通に気付くよ。唯以くんが女子に絡まれる度に辛そうにしてるの、何度も見てきたから。」
意外だった。
同じクラスにいると言っても、彼とは席は離れているし…これまで言葉を交わすほど親しい仲でも無かった。それに彼はいつも授業中は寝てばかりで机に顔を伏せているし…俺のことを見ているなんて、考えたこともなかった。
「あのさ、一つ提案なんだけど。マジで俺が恋人になってやろうか?唯以くん、いつまでもフリーだから女子に言い寄られるんだよ。」
なんてことのない、当たり前のことだというようにそんな発言をする久住に驚いたが…
「そんなことっ…出来ない。」
友人でもなんでもない彼に、恋人の役をしてもらう義理など、どこにも無い。
「俺なんかと付き合っても…久住にはなんのメリットもないだろ。」
そこまで言ってから…助けてもらったことに対しての礼を言っていないことを思い出し、居心地が悪くなってきた。
「何を気にしてんのか知らねぇけど。別に良くない?俺が良いって言ってるんだから。泣いてたくせに…今更そんな強がっても意味ないんですけど。」
ガシガシ…と頭を乱雑に撫でられ、驚いて肩を揺らすと…彼は意地悪く笑った。
「唯以くん知ってる?俺って、唯以くんに負けないほど女子にモテるんだよ。それがさ…困ったことに最近本命の相手が出来て。これ以上モテると、その子を悲しませることになるから……唯以くんと付き合うってことは、俺にもメリットがあるってこと。」
「……それ、本命の相手にも勘違いされない?」
「ん?そこは大丈夫。ってなわけで、今日から俺たちは恋人ってことで…おっけー?」
「いや、良くない。全然良くない。本命の相手がいるなら、俺が恋人だって名乗るのはまずいだろ。」
「……そう?なら友達以上、恋人未満ってことで。さっきみたいな危機的状況な時はお互い恋人だって名乗ることにしよう。それならどう?」
「…まぁ、それなら……別に、いいけど。」
「ん…ってことで、とりあえず連絡先交換しようか。」
「その前に……さっきは…助けてくれて、ありがとう。久住が来てくれて……ほんと…助かった。」
「……唯以くん、ツンデレ?可愛すぎるんですけど。」
「っは?!可愛いとか言うなっ、てか髪の毛触るのやめろって…そこまで許可した覚えは無い!」
なんて…少しばかり強引な形で、俺と久住の”友達以上恋人未満”の奇妙な関係がスタートしたのだった。
久住との名前の無い関係がスタートして一週間が経過した。この短期間で俺と久住の仲は以前より親しいものになったのは間違いないだろう。
【晩メシなう、今日は唐揚げ定食】
部活帰りスマホを見ると、写真付きで送られて来ているメッセージに既読をつけてそのまま返信することなくスマホを片付ける。
なんの内容もない呟きみたいなものを俺に送り付けてくる久住。凄く迷惑でしかないし、即刻辞めさせたいところではある。
─…が、皮肉にも以前久住が"彼氏"だと名乗ってくれたおかげで…噂が少しずつ広まりつつあるのか、女子に絡まれることが減ったのもまた事実で。完全に突き放すことが出来ない。
なんとも厄介な存在である。なので、
【部活終わりなう。自主練してから帰る。】
5回に一回くらいの頻度で、久住に返信を送るようにしている。メッセージのやり取りなんて可愛いものだ。
一度、真夜中に久住が電話を掛けてくるという迷惑極まりない行動をしてきた際はその瞬間に着信拒否設定にしてやったのだが…。
翌日、顔を合わせるなり不機嫌そうな顔をして…
『俺のことを着信拒否する人間なんて、この日本に存在したんだな。』
なんてナルシスト自己中発言をした後、
『悪かった。次は電話する前に確認するから…機嫌直してよ。』
と素直に謝る久住を見ていると、こちらが悪いことをしているような気分になってきて…僅か半日足らずで着信拒否を解除するという意味の無いやり取りをしたのは、まだほんの数日前の話し。
そんなくだらないやり取りを帰り道に一人思い返してしまうくらいには…俺の中での久住という男の存在は大きくなりつつあるらしい。
学校から帰る道の道中に、バスケットゴールが設置されている大きめの公園がある。自転車通学の俺は、部活帰りにこの公園で自主練をして帰るのが俺の毎日のルーティンである為、今日も持参しているマイボールをスポーツバッグから取り出しコート内へと足を踏み入れる。
夜の公園ということもあり、部活帰りのこの時間は誰もいないことが多い。そんな中シュート練習やドリブルの練習を繰り返していると…たまに同い年くらいの男子が遊びに来ることがある。
「おーい、汐崎!こんな時間まで自主練?相変わらず熱心だなぁ」
こんなふうに。俺がここにいることを知っていてやってくる人間も少なからず存在する。部活仲間や後輩が来たのなら俺だって警戒することは無い。問題は…たった今やって来た人物が、少しばかり厄介な先輩だということだ。
「……葛城先輩、お疲れ様です。今帰りですか?」
「ああ。大学は楽でいいよ〜。汐崎も進路決まってないなら俺と同じ大学受ければ?バスケのサークルもあるし、また一緒のチームになれるよ。」
近付いてきた先輩は、俺の肩に腕を回してきてグッと距離を縮めてくる。この人は、距離感の感覚がバグっているのか…やたらと至近距離で話しかけてきたり、無駄なスキンシップをしてくる困った先輩で。彼が在学中の頃から苦手だった。
彼が引退し、無事に高校を卒業してくれて正直とても安心していたのだが…まさかここで再会することになるとは。
「……汐崎さぁ、晩メシまだだよな?俺、車で来てるから帰り家まで送るし、一緒にラーメンでも食べに行かない?」
急な食事の誘いに驚いたが、俺を見る先輩の目つきが少し鋭いような気がして思わず息を飲んだ。
「今日は…やめておきます。夕飯、もう用意してくれてるみたいで…親に悪いし……。」
「ラーメン食った後で、家で夕飯食えば問題ないだろ。高校生男子ならそのくらい余裕で食えんだろ?ほら、帰るぞ。明日も学校だろ〜?」
俺の手の中にあったボールを奪った先輩。奪い返そうと伸ばした手をグッと力強く掴まれ、あまりの強さに顔が歪む。
先輩が俺から奪い取ったボールを遠くに放り投げたのが見えて…危機感を覚える。
「先輩、離してくださいっ。痛いっすよ。」
「……試合前にケガ、したくないだろ?悪いようにはしないから、ついてこいよ。」
もう既に脅しのようなことを言っておいて、何が悪いようにはしないだ。シャレにならないと焦り始めた俺の耳に、ダンッ…とボールが地面に打ち付けられた音が強く響いた。
「なに?晩メシ奢ってくれるって?サイコーじゃん、俺も連れてってもらっていーですかね?……先輩?」
振り返った先に見えたのは、月明かりに照らされいつも以上に彼の良さを引き立てている金色。その下にある彼の瞳からは…怒りの色が感じられた。
「……は?お前、誰だよ。汐崎の友達…?」
「彼氏、ですけど?なんか文句あります?」
久住は転がっていたボールを拾うと、何度かそれを地面に打ち付けたあと…ゴールからかなり離れた場所にいるにも関わらず、その場からシュートを放った。
まるで吸い込まれるように綺麗なアーチを描き、見事に決まったシュート。ゴール下でボールが音を立てて転がっていくのを俺が目で追っている間に、先輩の手がそっと離された。
「なんだ、本命の相手いたのかよ。だから女に告られても頑なに彼女作らなかったんだな汐崎って。」
「え……あ、いや…まぁ、そんなところです。」
「てっきりお前、俺のことが好きなのかと思ってた。」
「……はい?!!」
「いや、だって…馴れ馴れしく触ったり、距離詰めたりしてもお前何も言わなかったし。むしろもっと近付いて欲しいのかと思って、」
「…そんなわけ無いでしょ。いつもちょっと距離近いなって、嫌な思いしてましたよ……今日だって、」
「あー…うん。なんか悪かったな。彼氏、怒ってるみたいだし…俺はこの辺で失礼するよ。」
「え……?」
ふと、視線を久住の方へとズラせば…俺のことを睨みつけるようにして腕を組んで立っている。一目見ただけで機嫌が悪いと分かってしまうほどに、彼は感情を隠すのが苦手な人間みたいだ。とても分かりやすくて助かる反面…少しばかり面倒である。
「唯以くん?俺、怒ってるんだけど。」
「……みたいだね。見てて伝わってくる。」
「何に怒ってるのか分かる?いや、分かってねぇよな?分かってたら…あのクズみたいな先輩に話しかけられて平然と答えたり出来ないと思う。」
ゆっくりとこちらに近付いてくる久住。月明かりに照らされて歩く彼は、まるでランウェイを歩くカリスマモデルのように…兎にも角にもビジュアルが良い。
「……なに、余計なこと考えてる?」
「久住って無駄にスタイル良いなぁと思って。」
「褒めて俺の機嫌を取ろうって作戦?」
「いや?これは俺の本心だけど?俳優とかモデルを見るより、久住を見てる方が色々参考になるだろうな…って。」
機嫌を取るつもりで言ったわけではないのだが…単純な彼は俺の言葉に絆されたらしい。
「まぁ…俺、かっこいいからね。唯以くんが惚れるのも分かるわ〜」
「いや、惚れたなんて一言も言ってないけど。」
「まったく、目を離した隙に男にまで言い寄られるって…唯以くんさぁ?ちょっと危機感足りてないんじゃない?俺が来なかったらどうするつもりだったわけ?」
「……あんなイレギュラー、防ぎようがないだろ。」
「いいや、防ぐことなら出来るよ。」
「……どうやって?」
まるでその返しを待っていた、と言わんばかりに…久住は楽しそうに口角をあげて俺を見つめる。
「毎日、俺と一緒に帰ればいいじゃん。」
「……は?」
「部活が終わった後、迎えに来るよ。」
「いや、いいって!お前帰宅部じゃん。それに、学校が終わったら友達と遊びに行ったり……色々忙しいだろ?俺と違ってお前、友達多いだろうし。」
久住が中型バイクの免許を持っていることを俺は知っている。というのも…彼は学校にいる”不真面目な仲間達”と共にバイクでツーリングに出掛けたり、学校終わりにどこかで集まって遊んだり…そういう放課後を過ごしているところを、何度か目撃したことがある。
「友達って…唯以くんも、俺の友達じゃん。いや違うな?友達以上恋人未満だった。」
「……でも俺と久住は最近そういう仲になっただけだし。放課後まで俺に付き合わせるのは…久住の友達に申し訳ない。」
「ほっとけねぇーんだよ、俺が。」
「……なんて?」
「心配だって言ってんの…分かる?」
その真っ直ぐな言葉に、なんだか胸の奥の奥がジンと熱くなったのを感じた。
「別に俺の放課後の時間を全部、唯以くんに費やすなんて言ってねぇじゃん。他の奴らと遊ぶ時は遊ぶし…逆に暇な時は唯以くんの部活を見学するのもありかもね。」
「…迷惑だからやめて。」
「うん、つまり何が言いたいかっていうと……親しくなった期間なんて関係ねぇんだよ。俺がやりたくてやってることだから、唯以くんに止める権利なんてない。」
「……後で時間返せとか言われても無理だけど。」
「そんなセコいこと、この俺が言うとでも?」
「さぁ?まだ分からないから…とりあえず明日、迎えに来てもらっていい?」
「出た、ツンデレ!!いただきましたっ」
「うるさいっ…頭撫でるな、髪の毛抜けるって…マジでやめろ」
久住のおかげで…先程の先輩との嫌なやり取りを思い返すことなく、家路に着くことが出来た。
帰りの道中でハンバーガーショップに立ち寄り、助けてくれたお礼に…と、シェイクを奢ってやれば…嬉しそうにそれを飲みながら俺の隣を歩く男のことをすれ違う女子たちが目で追っている。
「罪な男だな…。」
「唯以くん?聞こえてるよ?堂々と悪口?」
「いや、お前のそれはもはや才能だなぁと。」
「それ……唯以くんが言う?」
「俺は女子に期待をさせるような行動はしない。」
「俺だってそんな行動してるつもりないけど?」
「……無意識だからタチが悪い。」
「んー?なんか言った?」
「いや?久住がかっこいいなって話し。」
一緒に過ごす時間が増えるにつれ、久住の扱い方が分かってきた。とりあえず容姿を褒めておけば彼の機嫌は上を向いてくれる。
