【8話】
年が明け…新年を迎えた。新学期に入って数週間が経ち、一月も後半に差し掛かる。
昨年末に行われたバスケの大会で…うちの学校は全国2位という好成績をおさめ、三年生たちも心置きなくやり切ったようで笑顔で引退していった。
ただ…必ず優勝すると意気込んでいた俺は、準優勝という成績には納得出来ず。大会が終わってからも一人、朝練を強化し…夜の個人練も再開して、練習に明け暮れる日々を送っていた。
友達以下のクラスメイトへと格下げされた俺と久住の関係。とはいえ…仲が良かった時も教室内では特別一緒に居るというわけではなかったので、俺たちの関係が変わったことに気付く人間は誰一人居なかった。
そう…毎週水曜日の昼に学食で集まる彼女たちを除いては。
「久住先輩、やっぱり来ませんね。」
「私たちの知らないところでお二人の関係が終わりを迎えていたなんて…とても寂しいです。」
「っていうか…本当にこのままでいいんですか?久住先輩が誰かのものになっても、汐崎先輩は何もしないつもりですか?!」
親衛隊とのランチミーティングに俺は変わらず参加しているが、クラスメイトに戻ったあの日から久住が姿を見せることはなかった。
「それはそうと…汐崎先輩!この記事見てください!」
「昨年末の大会の記事が掲載されてました!」
「一躍ときの人ですね!大会MVP、改めておめでとうございます!!!」
「全国二位って、本当に凄いですよ!」
バスケのスポーツ雑誌を広げながら俺を称える親衛隊たちには申し訳ないが、二位という言葉を口に出して欲しくは無い。
最も素晴らしい選手に贈られる賞というものを授与されたが、正直そんな名ばかりの賞を与えられても何とも思わなかった。結果が全てだ…。
「優勝以外は…何位になっても同じだから。」
俯いてそう呟けば、「「名言キター」」と騒ぐ親衛隊。
その姿に呆れながら弁当を食べ始めた俺の隣の席に、一人の男が腰を下ろした。
「その発言は、聞き捨てならねぇな…。」
「……神崎。」
手に持っていたカレーライスをテーブルの上に置いて、「いただきます。」と手を合わせた後、黙々と食べ始めたのは…以前この場で友達になった神崎だった。
彼とはあの後、たまにメッセージを送り合う仲になっていた。その内容は『大会お疲れ。準優勝おめでとう。』というものや『駅前にプロテインの専門店が出来たらしい。』といった情報交換など。スポーツマンらしいやり取りを交わすのみ。
「優勝以外は価値がないみたいな言い方は、自分のチームメイトにも他のチームの人間にも失礼だろ。」
神崎のいうことは最もだ。そんなことは俺だって分かっている。ただ…俺にはこの大会でどうしても優勝したかった理由がある。それだけに…どうしても悔しさを捨てきれないんだ。
「……今日は用心棒が留守だから、静かだな。」
おそらく久住のことを言っているのだろう。俺と久住がクラスメイトに戻ったなんて報告をわざわざ噂で広めることもなかったので、神崎もきっと知らないはずだ。
「相変わらず、俺に対して敵意剥き出しで会う度に睨まれてるけどな…。」
「……え…?そうなのか?」
「ん?あぁ、何も言って来ねぇくせに、ただ睨みつけてくる。よく分からないが…喧嘩してるならさっさと仲直りしてくれ。こっちに被害が及ぶ。」
久住が未だに神崎に攻撃的なのは…なぜだろうか?
生理的に合わない相手だから?単に気に入らないという理由?そもそも…本命の子とは結局どうなったのだろうか?
カレーライスを食べ終えた神崎は、「アイツが居ないと張り合いがない。」なんて言いながら去っていった。
久住が俺の隣にいなくても…日常は問題なく過ぎ去っていく。このまま、久住が居ないことに慣れてしまうのだろうか…?久住の優しさに触れてしまった俺が今更、あいつ無しで生きていけるのか…?
「……汐崎先輩。」
ふと顔を上げると…親衛隊の後輩たちが、俺を真っ直ぐ見つめていることに気が付いた。
「お二人が一緒に過ごした時間は、無駄な時間なんかじゃないですよ。」
「だって…見てて伝わってきましたよ!お二人が一緒にいる時に流れてる優しい空気感。」
「久住先輩はきっと、汐崎先輩の方から来てくれるのを待ってるんだと思います。ああ見えて…少し臆病なところがあるみたいなので。」
……ああ、本当に。彼女たちの言葉は、何よりも信頼できる。さすが、久住の認めた親衛隊だ。
「吉田さん、鮎川さん、多々良さん。いつも…ありがとう。俺…絶対に久住を取り戻してみせるから、これからもよろしく。」
「「「な、名前…呼ばれたぁあ!!」」」
少しだが…女子に対して免疫がついたことを、最近の俺は自覚している。その上で…俺の初恋相手はやはり一人しかいないと実感した。
問題は…この思いをどう伝えるかである。恋人なんていままで出来たことはないし、告白された回数は数えきれないが自分からしたことなんて一度もない。
部活も勉強も、何でも完璧にこなせる自信はあるが…久住のことになるとまるで正解が分からない。
気持ちを伝えようと決意したところで、結局俺はまたすぐに行動できず。同じ教室で過ごす久住の姿を目で追っかけるだけで…何も出来ずにいた。
そんな日々が続き、2月に入った頃…昼休み、珍しく教室に入ってきた南條に声をかけられた。
「唯以くん、ちょっといい?」
「…いいけど、なんで俺?久住に用があるんじゃないの?」
「あいつ、今日まだ学校来てないだろ?探しに行きたいから…自転車、貸してくれる?」
昼休みに堂々と自転車で学校を抜け出すとは。不良の考えることは俺には理解し難い。
「いいけど…俺の自転車、どれか分かる?」
「知らねぇーよ。だから駐輪場まで着いてきて。」
面倒だな…と思いつつ、不良に逆らう度胸などないので大人しく南條と共に教室を出た。
駐輪場まで向かう道中で…南條は突然、昔話を語り始める。
「入学式の日…唯以くん、新入生代表の挨拶してたよな。」
「……消したい過去のひとつなんで、忘れてもらっていいですかね。」
推薦入学した先の校長に直々に指名され、断ることが出来ずに引き受けた案件だったが…思えばあれほどに目立った行動は他にないだろう。本当に、消し去りたい過去だ。
「途中でマイク壊れて…大変そうだったな。顔真っ赤にしながら、地声で頑張って挨拶してたの…覚えてるよ。」
……こいつ、性格悪いな?いちいち思い出さなくていいのに。
「あの時から、桜二は唯以くんのことしか見てないよ」
「……は…?」
なぜ、いま…このタイミングで久住の名前が出てきた?アイツが登場するシーンなんてなかったはずだが。
「天下をとれなかったのは残念だろうけど、そろそろ王子を迎えに行ってやってよ。」
「……どういう…意味?」
「唯以くんが隣に居ないと、あのヘタレ王子様は常に機嫌が悪いんだよ。俺たちのためにも早く仲直りしてくれ。」
駐輪場が見えてきたところでトンっと背中を強く押される。振り返って南條の姿を確認しようとするも…彼は既にこちらに背を向けて来た道を戻り始めている。
……自転車を借りるという話しは、どこへいった?
と不審に思いながら…何気なく駐輪場の方に目を向けると、俺の自転車に跨ってスマホを弄っている久住の姿を見つけた。久しく見ていなかったその光景に…不覚にも泣いてしまいそうになった。
ジッと見ていたせいで、視線を感じたのか…スマホを見ていた久住が顔を上げたことにより目が合う。
驚いたように俺の自転車から飛び降りた久住。気まずそうにしながら、駐輪場から立ち去ろうとするので…
「久住っ、待って!」
咄嗟に引き止めてしまった。
案の定、足を止めて立ち止まった久住は俺に背を向けたまま黙っている。その隙に、距離を縮めて俺も駐輪場へと足を踏み入れる。
しかし…ここからどうすればいい…?言いたいことも、話したいことも、聞きたいことだって沢山ある。でも…何から伝えていいのか分からない。
「……汐崎くん、なんで居んの?」
久住の方から声を掛けてきたので、「南條に自転車を貸してくれって頼まれて…。」と正直に話せば、
「南條のやつ…謀ったな。」
と言ってため息をついた。どうやら久住もここへ来るように、南條から言われていたらしい。
「俺の友達が迷惑掛けたみたいで…悪かったな。多分あいつ戻って来ねぇから。汐崎くんも教室戻れば?」
こちらを振り返ることなく話し続ける久住。それがたまらなく…悲しい。顔を見て話がしたい。そう思っているのは…本当に俺だけ?
「久住…前から聞きたかったんだけど、本命の子とは…上手くいったのか?」
まず、これだけは聞いておこうと思った。答えによっては俺の思いを伝えることは迷惑になるだろうと考えたからだ。
しかし…どうやらこの発言はマズかったらしい。
振り返った久住が泣きそうな顔をしているのを見て、瞬時にそう悟った。
「相変わらず、無神経だよな…唯以くんは。」
「…久住、ごめんっ」
「俺がっ…どんな思いで…あの日、唯以くんから離れたと思ってんの?」
唇を噛みながら叫ぶようにして語る久住の言葉を聞いているだけで、胸が抉られたように痛みを覚える。
「本命の相手…?そんなん、唯以くんの他にいるわけねぇだろ!ずっと一緒に居たのに…何も伝わってなかった?」
そんなこと…ない。俺に甘えを見せてくれた久住も、特別だと言ってくれた久住も…いつだって、俺に対して真っ直ぐな気持ちを向けてくれていた。
「大事だから…手放した。俺の存在が唯以くんを苦しめてることに気付いたから…離れた。それで唯以くんの日常が平和になるならそれが一番だと思った。」
「久住…」
「なのにっ、なんで…?なんで唯以くん、苦しそうなままなんだよ。大会で準優勝しても、すげぇ選手だって表彰されても…ちっとも嬉しそうじゃなかった。」
「……え、久住。もしかして、試合…観に来てたの?」
「応援するのは俺の勝手だろ?ちゃんと髪色もスプレーで黒くして行ったから、顧問のオッサンには気付かれてねぇよ。」
……なんだよ、それ。
「そんなことされても……全然、嬉しくない。」
大事だから手放した…?久住が居なくなれば、俺の日常が平和に戻るって?そんなことは、久住が決めることじゃない。
「俺の幸せを……久住が勝手に決めるな。」
グッと、久住の胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「久住が俺の隣に居てくれないと、楽しくない。ずっと心が晴れないまま…真っ暗な世界を生きているような、そんな気持ちになるんだ。」
「ゆ、唯以くん…?いま、自分が何言ってるか分かってる?」
「俺に笑っていて欲しいなら…久住がまたそばに居てよ。」
「…いいの?俺、唯以くんと一緒にいて…迷惑にならない?部活に支障が出るんじゃ…」
「久住が居ても居なくても、俺のバスケの才能は変わらない。それはこの前の大会で証明された。」
「…すごい自信たっぷりだね。」
「まぁ、事実…MVPプレーヤーなんで。」
と、そこまで言ってからハッと我に返った。金髪ヤンキーの胸ぐらを掴むなんて、これこそ教師たちに見られたら良からぬ勘違いをされてしまいそうだ。
素早く離れた俺を見て、久住は楽しそうに笑った。
「変わらねぇーな…唯以くん。入学式の時も…めちゃくちゃ凛々しくて頼もしい感じの男が挨拶し始めたと思って見てたら、途中から顔真っ赤にしてさ。ギャップ萌えってやつ?あの時から、俺の本命は…唯以くん一択だったよ。」
「よく言うよ…お前、色んな女の子と噂になってたけど。」
「噂なんて、所詮噂だろ?見た目がこんなだから、勝手にあることないこと言われる。別に気にしてなかったけど…まさか唯以くんが信じてたとはね。心外だな〜」
さっきは俺の方が優位に立って話していたような気がするのに、気付けばすっかりいつもの調子だ。
でもまぁ…こっちの方が心地いい。
「それで…?唯以くんはこれからどうしたいの?」
「どうしたいって…なにが?」
「まだ俺と、友達以上恋人未満の関係を続けるのか…それとも、その先の関係に進みたいのか。どっち?」
決定権は俺にあるのか…?いや、そういえば俺はまだ久住に自分の思いを打ち明けていないではないか。
散々”そばにいろ”なんて言っておきながら、肝心なことを口にしていないなんて…相手が久住じゃなかったら、とっくに愛想を尽かされていただろうな。
「……唯以くん?」
不安げに俺の顔色を伺う久住。さて、どうやって切り出そうかと…視線を泳がせた先で、まだ蕾すらもつけていない桜の木を見つけた。
──あるじゃないか、俺にしか言えない最大級の愛の言葉が。
「時に桜二…桜が綺麗ですね、って言葉が…俺の本心だって言ったら、君ならなんて返事する?」
そう言った俺を見て、一瞬ポカンとした顔を見せた久住だったが…すぐに顔を赤く染めて、分かりやすく照れ始めた。
「……遅いんだよ。待ちくたびれて死ぬかと思った。」
「ちゃんと伝わった?お前、バカだからちょっと心配なんだけど。」
「漱石サマだろ?!さすがに覚えたわ!」
初恋は実らない…なんて言い出したやつに教えてやりたい。実るのを待つんじゃなくて、自ら実らせればいいのだと。
まだ見ぬ僕の初恋は今日、
王子に捧げることが出来ました。
【完】
年が明け…新年を迎えた。新学期に入って数週間が経ち、一月も後半に差し掛かる。
昨年末に行われたバスケの大会で…うちの学校は全国2位という好成績をおさめ、三年生たちも心置きなくやり切ったようで笑顔で引退していった。
ただ…必ず優勝すると意気込んでいた俺は、準優勝という成績には納得出来ず。大会が終わってからも一人、朝練を強化し…夜の個人練も再開して、練習に明け暮れる日々を送っていた。
友達以下のクラスメイトへと格下げされた俺と久住の関係。とはいえ…仲が良かった時も教室内では特別一緒に居るというわけではなかったので、俺たちの関係が変わったことに気付く人間は誰一人居なかった。
そう…毎週水曜日の昼に学食で集まる彼女たちを除いては。
「久住先輩、やっぱり来ませんね。」
「私たちの知らないところでお二人の関係が終わりを迎えていたなんて…とても寂しいです。」
「っていうか…本当にこのままでいいんですか?久住先輩が誰かのものになっても、汐崎先輩は何もしないつもりですか?!」
親衛隊とのランチミーティングに俺は変わらず参加しているが、クラスメイトに戻ったあの日から久住が姿を見せることはなかった。
「それはそうと…汐崎先輩!この記事見てください!」
「昨年末の大会の記事が掲載されてました!」
「一躍ときの人ですね!大会MVP、改めておめでとうございます!!!」
「全国二位って、本当に凄いですよ!」
バスケのスポーツ雑誌を広げながら俺を称える親衛隊たちには申し訳ないが、二位という言葉を口に出して欲しくは無い。
最も素晴らしい選手に贈られる賞というものを授与されたが、正直そんな名ばかりの賞を与えられても何とも思わなかった。結果が全てだ…。
「優勝以外は…何位になっても同じだから。」
俯いてそう呟けば、「「名言キター」」と騒ぐ親衛隊。
その姿に呆れながら弁当を食べ始めた俺の隣の席に、一人の男が腰を下ろした。
「その発言は、聞き捨てならねぇな…。」
「……神崎。」
手に持っていたカレーライスをテーブルの上に置いて、「いただきます。」と手を合わせた後、黙々と食べ始めたのは…以前この場で友達になった神崎だった。
彼とはあの後、たまにメッセージを送り合う仲になっていた。その内容は『大会お疲れ。準優勝おめでとう。』というものや『駅前にプロテインの専門店が出来たらしい。』といった情報交換など。スポーツマンらしいやり取りを交わすのみ。
「優勝以外は価値がないみたいな言い方は、自分のチームメイトにも他のチームの人間にも失礼だろ。」
神崎のいうことは最もだ。そんなことは俺だって分かっている。ただ…俺にはこの大会でどうしても優勝したかった理由がある。それだけに…どうしても悔しさを捨てきれないんだ。
「……今日は用心棒が留守だから、静かだな。」
おそらく久住のことを言っているのだろう。俺と久住がクラスメイトに戻ったなんて報告をわざわざ噂で広めることもなかったので、神崎もきっと知らないはずだ。
「相変わらず、俺に対して敵意剥き出しで会う度に睨まれてるけどな…。」
「……え…?そうなのか?」
「ん?あぁ、何も言って来ねぇくせに、ただ睨みつけてくる。よく分からないが…喧嘩してるならさっさと仲直りしてくれ。こっちに被害が及ぶ。」
久住が未だに神崎に攻撃的なのは…なぜだろうか?
生理的に合わない相手だから?単に気に入らないという理由?そもそも…本命の子とは結局どうなったのだろうか?
カレーライスを食べ終えた神崎は、「アイツが居ないと張り合いがない。」なんて言いながら去っていった。
久住が俺の隣にいなくても…日常は問題なく過ぎ去っていく。このまま、久住が居ないことに慣れてしまうのだろうか…?久住の優しさに触れてしまった俺が今更、あいつ無しで生きていけるのか…?
「……汐崎先輩。」
ふと顔を上げると…親衛隊の後輩たちが、俺を真っ直ぐ見つめていることに気が付いた。
「お二人が一緒に過ごした時間は、無駄な時間なんかじゃないですよ。」
「だって…見てて伝わってきましたよ!お二人が一緒にいる時に流れてる優しい空気感。」
「久住先輩はきっと、汐崎先輩の方から来てくれるのを待ってるんだと思います。ああ見えて…少し臆病なところがあるみたいなので。」
……ああ、本当に。彼女たちの言葉は、何よりも信頼できる。さすが、久住の認めた親衛隊だ。
「吉田さん、鮎川さん、多々良さん。いつも…ありがとう。俺…絶対に久住を取り戻してみせるから、これからもよろしく。」
「「「な、名前…呼ばれたぁあ!!」」」
少しだが…女子に対して免疫がついたことを、最近の俺は自覚している。その上で…俺の初恋相手はやはり一人しかいないと実感した。
問題は…この思いをどう伝えるかである。恋人なんていままで出来たことはないし、告白された回数は数えきれないが自分からしたことなんて一度もない。
部活も勉強も、何でも完璧にこなせる自信はあるが…久住のことになるとまるで正解が分からない。
気持ちを伝えようと決意したところで、結局俺はまたすぐに行動できず。同じ教室で過ごす久住の姿を目で追っかけるだけで…何も出来ずにいた。
そんな日々が続き、2月に入った頃…昼休み、珍しく教室に入ってきた南條に声をかけられた。
「唯以くん、ちょっといい?」
「…いいけど、なんで俺?久住に用があるんじゃないの?」
「あいつ、今日まだ学校来てないだろ?探しに行きたいから…自転車、貸してくれる?」
昼休みに堂々と自転車で学校を抜け出すとは。不良の考えることは俺には理解し難い。
「いいけど…俺の自転車、どれか分かる?」
「知らねぇーよ。だから駐輪場まで着いてきて。」
面倒だな…と思いつつ、不良に逆らう度胸などないので大人しく南條と共に教室を出た。
駐輪場まで向かう道中で…南條は突然、昔話を語り始める。
「入学式の日…唯以くん、新入生代表の挨拶してたよな。」
「……消したい過去のひとつなんで、忘れてもらっていいですかね。」
推薦入学した先の校長に直々に指名され、断ることが出来ずに引き受けた案件だったが…思えばあれほどに目立った行動は他にないだろう。本当に、消し去りたい過去だ。
「途中でマイク壊れて…大変そうだったな。顔真っ赤にしながら、地声で頑張って挨拶してたの…覚えてるよ。」
……こいつ、性格悪いな?いちいち思い出さなくていいのに。
「あの時から、桜二は唯以くんのことしか見てないよ」
「……は…?」
なぜ、いま…このタイミングで久住の名前が出てきた?アイツが登場するシーンなんてなかったはずだが。
「天下をとれなかったのは残念だろうけど、そろそろ王子を迎えに行ってやってよ。」
「……どういう…意味?」
「唯以くんが隣に居ないと、あのヘタレ王子様は常に機嫌が悪いんだよ。俺たちのためにも早く仲直りしてくれ。」
駐輪場が見えてきたところでトンっと背中を強く押される。振り返って南條の姿を確認しようとするも…彼は既にこちらに背を向けて来た道を戻り始めている。
……自転車を借りるという話しは、どこへいった?
と不審に思いながら…何気なく駐輪場の方に目を向けると、俺の自転車に跨ってスマホを弄っている久住の姿を見つけた。久しく見ていなかったその光景に…不覚にも泣いてしまいそうになった。
ジッと見ていたせいで、視線を感じたのか…スマホを見ていた久住が顔を上げたことにより目が合う。
驚いたように俺の自転車から飛び降りた久住。気まずそうにしながら、駐輪場から立ち去ろうとするので…
「久住っ、待って!」
咄嗟に引き止めてしまった。
案の定、足を止めて立ち止まった久住は俺に背を向けたまま黙っている。その隙に、距離を縮めて俺も駐輪場へと足を踏み入れる。
しかし…ここからどうすればいい…?言いたいことも、話したいことも、聞きたいことだって沢山ある。でも…何から伝えていいのか分からない。
「……汐崎くん、なんで居んの?」
久住の方から声を掛けてきたので、「南條に自転車を貸してくれって頼まれて…。」と正直に話せば、
「南條のやつ…謀ったな。」
と言ってため息をついた。どうやら久住もここへ来るように、南條から言われていたらしい。
「俺の友達が迷惑掛けたみたいで…悪かったな。多分あいつ戻って来ねぇから。汐崎くんも教室戻れば?」
こちらを振り返ることなく話し続ける久住。それがたまらなく…悲しい。顔を見て話がしたい。そう思っているのは…本当に俺だけ?
「久住…前から聞きたかったんだけど、本命の子とは…上手くいったのか?」
まず、これだけは聞いておこうと思った。答えによっては俺の思いを伝えることは迷惑になるだろうと考えたからだ。
しかし…どうやらこの発言はマズかったらしい。
振り返った久住が泣きそうな顔をしているのを見て、瞬時にそう悟った。
「相変わらず、無神経だよな…唯以くんは。」
「…久住、ごめんっ」
「俺がっ…どんな思いで…あの日、唯以くんから離れたと思ってんの?」
唇を噛みながら叫ぶようにして語る久住の言葉を聞いているだけで、胸が抉られたように痛みを覚える。
「本命の相手…?そんなん、唯以くんの他にいるわけねぇだろ!ずっと一緒に居たのに…何も伝わってなかった?」
そんなこと…ない。俺に甘えを見せてくれた久住も、特別だと言ってくれた久住も…いつだって、俺に対して真っ直ぐな気持ちを向けてくれていた。
「大事だから…手放した。俺の存在が唯以くんを苦しめてることに気付いたから…離れた。それで唯以くんの日常が平和になるならそれが一番だと思った。」
「久住…」
「なのにっ、なんで…?なんで唯以くん、苦しそうなままなんだよ。大会で準優勝しても、すげぇ選手だって表彰されても…ちっとも嬉しそうじゃなかった。」
「……え、久住。もしかして、試合…観に来てたの?」
「応援するのは俺の勝手だろ?ちゃんと髪色もスプレーで黒くして行ったから、顧問のオッサンには気付かれてねぇよ。」
……なんだよ、それ。
「そんなことされても……全然、嬉しくない。」
大事だから手放した…?久住が居なくなれば、俺の日常が平和に戻るって?そんなことは、久住が決めることじゃない。
「俺の幸せを……久住が勝手に決めるな。」
グッと、久住の胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「久住が俺の隣に居てくれないと、楽しくない。ずっと心が晴れないまま…真っ暗な世界を生きているような、そんな気持ちになるんだ。」
「ゆ、唯以くん…?いま、自分が何言ってるか分かってる?」
「俺に笑っていて欲しいなら…久住がまたそばに居てよ。」
「…いいの?俺、唯以くんと一緒にいて…迷惑にならない?部活に支障が出るんじゃ…」
「久住が居ても居なくても、俺のバスケの才能は変わらない。それはこの前の大会で証明された。」
「…すごい自信たっぷりだね。」
「まぁ、事実…MVPプレーヤーなんで。」
と、そこまで言ってからハッと我に返った。金髪ヤンキーの胸ぐらを掴むなんて、これこそ教師たちに見られたら良からぬ勘違いをされてしまいそうだ。
素早く離れた俺を見て、久住は楽しそうに笑った。
「変わらねぇーな…唯以くん。入学式の時も…めちゃくちゃ凛々しくて頼もしい感じの男が挨拶し始めたと思って見てたら、途中から顔真っ赤にしてさ。ギャップ萌えってやつ?あの時から、俺の本命は…唯以くん一択だったよ。」
「よく言うよ…お前、色んな女の子と噂になってたけど。」
「噂なんて、所詮噂だろ?見た目がこんなだから、勝手にあることないこと言われる。別に気にしてなかったけど…まさか唯以くんが信じてたとはね。心外だな〜」
さっきは俺の方が優位に立って話していたような気がするのに、気付けばすっかりいつもの調子だ。
でもまぁ…こっちの方が心地いい。
「それで…?唯以くんはこれからどうしたいの?」
「どうしたいって…なにが?」
「まだ俺と、友達以上恋人未満の関係を続けるのか…それとも、その先の関係に進みたいのか。どっち?」
決定権は俺にあるのか…?いや、そういえば俺はまだ久住に自分の思いを打ち明けていないではないか。
散々”そばにいろ”なんて言っておきながら、肝心なことを口にしていないなんて…相手が久住じゃなかったら、とっくに愛想を尽かされていただろうな。
「……唯以くん?」
不安げに俺の顔色を伺う久住。さて、どうやって切り出そうかと…視線を泳がせた先で、まだ蕾すらもつけていない桜の木を見つけた。
──あるじゃないか、俺にしか言えない最大級の愛の言葉が。
「時に桜二…桜が綺麗ですね、って言葉が…俺の本心だって言ったら、君ならなんて返事する?」
そう言った俺を見て、一瞬ポカンとした顔を見せた久住だったが…すぐに顔を赤く染めて、分かりやすく照れ始めた。
「……遅いんだよ。待ちくたびれて死ぬかと思った。」
「ちゃんと伝わった?お前、バカだからちょっと心配なんだけど。」
「漱石サマだろ?!さすがに覚えたわ!」
初恋は実らない…なんて言い出したやつに教えてやりたい。実るのを待つんじゃなくて、自ら実らせればいいのだと。
まだ見ぬ僕の初恋は今日、
王子に捧げることが出来ました。
【完】
