【7話】
期末試験が終わり、冬休みが近づいてきたある日の放課後…部活の前に話があると顧問に呼び出され、以前久住がカンニングを疑われて再テストを受けさせられていた、例の会議室へと足を運んだ。
「単刀直入に言うが…月末に控えている大会が終わるまで、久住桜二とは距離を置いて欲しい。」
まさか、そんなことを言われるなんて想像もしていなかったので…すぐに反応出来ず言葉を失う。
「別に、汐崎と久住の関係を否定するつもりはない。ただ…先日の練習試合。遅れてきた理由は、本当は電車の遅延なんかじゃないんだろ?あの日…うちの制服を着た生徒がピンク色の髪をした男に絡まれてるのを見たと、報告してくれた他校の学生がいたんだ。」
どうやら、俺が不良に絡まれて遅刻した件を顧問は知っていたらしい。適当に嘘をついて誤魔化したが…それも悪かったのだろう。
「こんなことを言う俺を憎いと思うかもしれないが、俺にとっては汐崎も…他の部員たちも。みんな同じように大切なんだ。それに、今の三年はこの大会で引退だろ?悔いの残る大会にして欲しくない。試合前に…揉め事に巻き込まれて負傷なんてしたら…お前も嫌だろ?」
顧問の言いたいことは分かった。実際俺も、ピンク頭の不良に絡まれた時…怖かった。あんな思いを他の部員にさせたくは無いし、その原因を作ったのが久住だと言われるのも…嫌だ。
でも…だからといって、久住と距離を置けと言われても簡単には納得出来ない。
「ずっと…って言ってるわけじゃない。せめてこの大会が終わるまでは、久住と関わるのは控えてくれ…この通りだ。」
「……先生、」
「汐崎はこの学校の看板を背負ってる。お前の行動ひとつで…良くも悪くも"この学校は"という印象を与えることになる。その事をどうか、忘れないで欲しい。」
話しは以上だ、と言われ会議室を追い出された。行き場のないモヤモヤした感情を抱えたまま参加した部活ではミスを連発し、今日は早く帰れとキャプテンに言われ帰らされる始末。
他の部活の三年生はほとんどが夏で引退している。しかし夏のインターハイで勝ち進んだうちのバスケ部は…冬の大会を終えてからの引退になる。
三年生にとって最後の大会。俺が足を引っ張るわけにはいかない。だからと言って…久住と距離を置けと言われる意味もよく分からない。
この前俺がピンク頭に絡まれたような出来事は、そう何度も訪れるようなことではないと思うし…久住もあれを機に喧嘩を控えると言っていたので、そこまで心配する必要はなさそうだ。
とはいえ…100%の保証などない。顧問の言いたいことも理解できる。それでも…やっぱり俺は、久住を遠ざけようとは思わない。いや、遠ざけたくはない。
モヤモヤとした気持ちのまま、うっかり一人で自転車に乗って帰宅してしまってから…久住に連絡を入れ忘れたことに気が付いた。
部活を早退したことをメッセージで伝えると、すぐに着信が来て…思わず頬が緩んだ。
『唯以くん、どーした?風邪?大丈夫?』
「いや…ちょっと調子悪くて。でも風邪とかじゃないから、大丈夫。」
『もしかしてメンタル面?ちょっと寒いけど、バイクで走る?』
「大丈夫…ありがとう。」
『そう?まぁ…なんかあったら言ってよ。いつでも行くからさ。』
久住は相変わらず良い奴だ。距離を置きたい、なんて言えば…驚くだろうか?それとも…距離を置くくらいなら、関係を終わらせようとでも言ってくる?
結局、久住には何も言えないまま…その後も晴れない気持ちを抱えつつ、部活に参加していた。
授業が短縮になり…いよいよ冬休み目前。部活終わりに迎えに来てくれた久住が「寄り道、付き合ってよ」と言ってきたので、流されるようにして久住に続いて歩いた。
一緒に訪れたのは、以前先輩に絡まれたところを久住が助けてくれた…あの公園だった。久住と帰るようになってから…夜にここへ来て一人で練習することをやめた。代わりに、早朝に来るようにしていたので…部活終わりにここへ来るのはとても久しぶりである。
「唯以くん、俺と勝負しよう。」
地面に転がっていた誰のものか分からないバスケットボールを拾いあげ、楽しそうに笑った久住。
「……俺が勝つと思うけど、いいの?」
「めちゃくちゃ余裕じゃん…先にゴール決めた方が勝ちってことで、スタート!!」
突然始まった久住との勝負。手加減することは相手に失礼だと思っているので…全力で久住と向き合う。それでも…日々の練習の成果もあって、その差は歴然。申し訳ないが、そろそろ決着をつけさせてもらう。
と、ボールを奪おうとした俺に…久住は衝撃の一言を放った。
「唯以くん……月が、綺麗ですね。」
その言葉に一瞬、気を取られた俺。久住はこうなることを予想していたのか、得意気に笑ってその場からシュートを放った。……まさか、入るとは。
「はい、俺の勝ち〜!」
「……卑怯だな、まったく。」
「残念でした。あぁ…もちろん冗談だから。前にも言ったけど、俺はストレートに真っ直ぐ気持ちを伝える派!」
ボールを拾うことなく、久住はその場に立ち尽くしたまま…黙ってゴールを見つめている。
「唯以くん…覚えてる?俺に本命の相手がいるって話し。」
覚えているも何も…逆に忘れたことなどない。いつも頭の片隅に、久住の本命の相手の存在があったのだから。
「実はさぁ…最近ようやくその子が俺のことを意識し始めたみたいで。」
遂にこの日が来たか、と身構えた。いつかこんな日が来るとは思っていたが…まさか今、このタイミングだとは。
「その子、俺と唯以くんの関係のことで…かなり悩んでるっぽいんだよ。」
この先何を言われるのか大体想像がつく。
「だからさぁ…唯以くん。そろそろ終わりにしてもいいかな…?友達以上、恋人未満の…名前の無い関係。」
ちょうどいい。これで部活の顧問も安心するだろうし、俺自身抱えていたモヤモヤした感情とさよなら出来る。
そうだ、これでいい。これで良かったはずなのに……この胸の痛みは一体なんだ?なぜ、こんなにも苦しい…?
ゴールを見つめていた久住がこちらを振り返った。その顔に、迷いのようなものは一切見受けられない。
「戻ろう…元の関係に。」
きっと、俺が何を言っても…久住の気持ちが覆ることはないのだろう。
「……分かったよ。」
そう呟いた俺の声が久住の元へ届いたか定かではない。口から出た声は…あまりにも弱々しいものだったから。
「…ありがとう、唯以くん。」
礼を言うべきなのは俺の方だ。久住にたくさんのものを与えてもらった。ありがとうと言うべきなのは…俺の方なのに。どうして…言えない?
「あ…そうだ。俺と唯以くんが元の関係に戻るってことは、友達以下のクラスメイトに戻るってことだから。」
そんな残酷な言葉が聞こえてきて、思わず息を飲んだ。
「だってそうだろ?元々、俺と唯以くんは言葉を交わすような仲じゃなかった。」
「いや…確かにそうだったけど。今は違うだろ…?せめて友達のままで、」
「友達…?悪いけど俺、唯以くんのことを友達だと思ったこと、一回もないから。」
冷たくそう言い放った久住に、俺はもう何も声を掛けられなかった。
「じゃあ…そういうことで。明日からよろしく…汐崎くん。」
俺のことを久住が苗字で呼ぶということは…もう久住の中で俺との関係は終了したということなのだろう。
「……バスケ、頑張れよ。」
すれ違いざまそう言って…俺の肩を叩いた後、そのまま背を向けて去っていく久住。
待ってよ久住…まだ俺は、お前に何も伝えられていない。
そう思っているのに…足は地面に張り付いたように動かないし、声は出し方を忘れたみたいに…出てこない。
「頑張れ…って、応援してやるべきなのは、俺の方なのにっ…。」
嫌だと…思ってしまった。久住が本命の相手と上手くいくことを応援出来なかった。隣に立つのが俺以外の誰かなんて…考えたくはなかった。
そしてそこでようやく…
この胸の痛みの正体に気がつく。
──ああ、これが初恋というやつか。
この気持ちが恋なのだと、認めてしまえば…少し気持ちが楽になった。大切に…大事に育てていくべき感情だったはずなのに……気付くのが遅すぎた。
久住の姿が見えなくなって、取り返しのつかないことになったのだと実感が湧く。友達以下のクラスメイトだと俺に告げた久住は…必要最低限話し掛けるなと言っているようにも聞こえた。
一緒に過ごした時間が尊い時間のように思えたのは、俺だけだったのだろうか。
足元に転がっているバスケボールを手に取り、先程の久住のようにシュートを放ってみるが…上手く入ることなく、跳ね返って地面へと落下した。
転がっていくボールを見つめていると……
「そんなんで…次の大会、勝てるのかよ。」
突然背後から声がして、驚いて振り返れば…久住の友人の南條が呆れたような顔をして立っていた。
「南條…なんで、居るの…?」
「桜二の様子が変だったから、気になって…」
「……もしかして、聞いてた?」
「ああ。聞くつもりはなかったけどな。」
バスケットコートの中に入ってきた南條は、先程俺が投げて地面に転がっているボールを拾い上げる。
「唯以くんには、この前の件で借りがあるから…特別に教えてやるよ。」
「……借りって…まさかあのピンク頭と遭遇した時のこと言ってる?」
「まぁ今その話はいいじゃん。唯以くん…桜二が何のために唯以くんを遠ざけたと思う?本命がどうとか言ってたけど、本当にあれが理由だと思うか?」
「久住は…嘘をつくようなやつじゃない。」
「それは状況によるかもな。」
「なにが言いたいんだ…?」
「アイツ、バスケ部の顧問に言われたらしい。大会が終わるまで唯以くんと親しくするのはやめて欲しいって。」
まさか、久住の方にも声を掛けていたなんて…いや、違う。俺がいつまでも久住の傍を離れなかったから…だから顧問は久住の方に頼みに行ったのかもしれない。
「唯以くん。」
南條は俺に向かってボールを力強く投げてくる。反射的にそれを受け取って…さっきの久住とのやり取りを思い出す。
『月が、綺麗ですね。』
久住が言ったあの言葉がもしも本心だったとしたら…関係を終わらせようと言ったのはきっと、俺のため。友達以下のクラスメイトだと線を引いて関わりを無くそうとしたのも…顧問の目を気にしてのことだろう。
「なんなんだよっ…一人で勝手に、決めるなよっ!」
ドンッと一度ボールを地面についたあと、手の中に戻ってきたボールを…今度はしっかりと狙いを定めてゴールへと放つ。
吸い込まれるようにゴールの中へと入ったボールを見て、迷いが晴れた。
「桜二の思いに応えるなら、唯以くんが今やるべきことはひとつしかない。」
「…天下、とるしかないってわけね。」
「そこまでとは言わないけど…」
「やってやるよ。絶対に優勝してやる。それで…部員にも顧問にも。今後、誰にも文句なんて言わせないほどに活躍してっ…絶対に……久住を取り戻してみせる。」
「ああ…その意気だ。」
もう迷ったりしない。だって大事なものはちゃんと、俺の胸の中にあるから…。この思いを久住に伝える為に、負けるわけにはいかない。
──絶対に優勝してやる。
チームのためでも顧問のためでもない。俺のために身を引くという選択を選んでくれた…久住のために。
期末試験が終わり、冬休みが近づいてきたある日の放課後…部活の前に話があると顧問に呼び出され、以前久住がカンニングを疑われて再テストを受けさせられていた、例の会議室へと足を運んだ。
「単刀直入に言うが…月末に控えている大会が終わるまで、久住桜二とは距離を置いて欲しい。」
まさか、そんなことを言われるなんて想像もしていなかったので…すぐに反応出来ず言葉を失う。
「別に、汐崎と久住の関係を否定するつもりはない。ただ…先日の練習試合。遅れてきた理由は、本当は電車の遅延なんかじゃないんだろ?あの日…うちの制服を着た生徒がピンク色の髪をした男に絡まれてるのを見たと、報告してくれた他校の学生がいたんだ。」
どうやら、俺が不良に絡まれて遅刻した件を顧問は知っていたらしい。適当に嘘をついて誤魔化したが…それも悪かったのだろう。
「こんなことを言う俺を憎いと思うかもしれないが、俺にとっては汐崎も…他の部員たちも。みんな同じように大切なんだ。それに、今の三年はこの大会で引退だろ?悔いの残る大会にして欲しくない。試合前に…揉め事に巻き込まれて負傷なんてしたら…お前も嫌だろ?」
顧問の言いたいことは分かった。実際俺も、ピンク頭の不良に絡まれた時…怖かった。あんな思いを他の部員にさせたくは無いし、その原因を作ったのが久住だと言われるのも…嫌だ。
でも…だからといって、久住と距離を置けと言われても簡単には納得出来ない。
「ずっと…って言ってるわけじゃない。せめてこの大会が終わるまでは、久住と関わるのは控えてくれ…この通りだ。」
「……先生、」
「汐崎はこの学校の看板を背負ってる。お前の行動ひとつで…良くも悪くも"この学校は"という印象を与えることになる。その事をどうか、忘れないで欲しい。」
話しは以上だ、と言われ会議室を追い出された。行き場のないモヤモヤした感情を抱えたまま参加した部活ではミスを連発し、今日は早く帰れとキャプテンに言われ帰らされる始末。
他の部活の三年生はほとんどが夏で引退している。しかし夏のインターハイで勝ち進んだうちのバスケ部は…冬の大会を終えてからの引退になる。
三年生にとって最後の大会。俺が足を引っ張るわけにはいかない。だからと言って…久住と距離を置けと言われる意味もよく分からない。
この前俺がピンク頭に絡まれたような出来事は、そう何度も訪れるようなことではないと思うし…久住もあれを機に喧嘩を控えると言っていたので、そこまで心配する必要はなさそうだ。
とはいえ…100%の保証などない。顧問の言いたいことも理解できる。それでも…やっぱり俺は、久住を遠ざけようとは思わない。いや、遠ざけたくはない。
モヤモヤとした気持ちのまま、うっかり一人で自転車に乗って帰宅してしまってから…久住に連絡を入れ忘れたことに気が付いた。
部活を早退したことをメッセージで伝えると、すぐに着信が来て…思わず頬が緩んだ。
『唯以くん、どーした?風邪?大丈夫?』
「いや…ちょっと調子悪くて。でも風邪とかじゃないから、大丈夫。」
『もしかしてメンタル面?ちょっと寒いけど、バイクで走る?』
「大丈夫…ありがとう。」
『そう?まぁ…なんかあったら言ってよ。いつでも行くからさ。』
久住は相変わらず良い奴だ。距離を置きたい、なんて言えば…驚くだろうか?それとも…距離を置くくらいなら、関係を終わらせようとでも言ってくる?
結局、久住には何も言えないまま…その後も晴れない気持ちを抱えつつ、部活に参加していた。
授業が短縮になり…いよいよ冬休み目前。部活終わりに迎えに来てくれた久住が「寄り道、付き合ってよ」と言ってきたので、流されるようにして久住に続いて歩いた。
一緒に訪れたのは、以前先輩に絡まれたところを久住が助けてくれた…あの公園だった。久住と帰るようになってから…夜にここへ来て一人で練習することをやめた。代わりに、早朝に来るようにしていたので…部活終わりにここへ来るのはとても久しぶりである。
「唯以くん、俺と勝負しよう。」
地面に転がっていた誰のものか分からないバスケットボールを拾いあげ、楽しそうに笑った久住。
「……俺が勝つと思うけど、いいの?」
「めちゃくちゃ余裕じゃん…先にゴール決めた方が勝ちってことで、スタート!!」
突然始まった久住との勝負。手加減することは相手に失礼だと思っているので…全力で久住と向き合う。それでも…日々の練習の成果もあって、その差は歴然。申し訳ないが、そろそろ決着をつけさせてもらう。
と、ボールを奪おうとした俺に…久住は衝撃の一言を放った。
「唯以くん……月が、綺麗ですね。」
その言葉に一瞬、気を取られた俺。久住はこうなることを予想していたのか、得意気に笑ってその場からシュートを放った。……まさか、入るとは。
「はい、俺の勝ち〜!」
「……卑怯だな、まったく。」
「残念でした。あぁ…もちろん冗談だから。前にも言ったけど、俺はストレートに真っ直ぐ気持ちを伝える派!」
ボールを拾うことなく、久住はその場に立ち尽くしたまま…黙ってゴールを見つめている。
「唯以くん…覚えてる?俺に本命の相手がいるって話し。」
覚えているも何も…逆に忘れたことなどない。いつも頭の片隅に、久住の本命の相手の存在があったのだから。
「実はさぁ…最近ようやくその子が俺のことを意識し始めたみたいで。」
遂にこの日が来たか、と身構えた。いつかこんな日が来るとは思っていたが…まさか今、このタイミングだとは。
「その子、俺と唯以くんの関係のことで…かなり悩んでるっぽいんだよ。」
この先何を言われるのか大体想像がつく。
「だからさぁ…唯以くん。そろそろ終わりにしてもいいかな…?友達以上、恋人未満の…名前の無い関係。」
ちょうどいい。これで部活の顧問も安心するだろうし、俺自身抱えていたモヤモヤした感情とさよなら出来る。
そうだ、これでいい。これで良かったはずなのに……この胸の痛みは一体なんだ?なぜ、こんなにも苦しい…?
ゴールを見つめていた久住がこちらを振り返った。その顔に、迷いのようなものは一切見受けられない。
「戻ろう…元の関係に。」
きっと、俺が何を言っても…久住の気持ちが覆ることはないのだろう。
「……分かったよ。」
そう呟いた俺の声が久住の元へ届いたか定かではない。口から出た声は…あまりにも弱々しいものだったから。
「…ありがとう、唯以くん。」
礼を言うべきなのは俺の方だ。久住にたくさんのものを与えてもらった。ありがとうと言うべきなのは…俺の方なのに。どうして…言えない?
「あ…そうだ。俺と唯以くんが元の関係に戻るってことは、友達以下のクラスメイトに戻るってことだから。」
そんな残酷な言葉が聞こえてきて、思わず息を飲んだ。
「だってそうだろ?元々、俺と唯以くんは言葉を交わすような仲じゃなかった。」
「いや…確かにそうだったけど。今は違うだろ…?せめて友達のままで、」
「友達…?悪いけど俺、唯以くんのことを友達だと思ったこと、一回もないから。」
冷たくそう言い放った久住に、俺はもう何も声を掛けられなかった。
「じゃあ…そういうことで。明日からよろしく…汐崎くん。」
俺のことを久住が苗字で呼ぶということは…もう久住の中で俺との関係は終了したということなのだろう。
「……バスケ、頑張れよ。」
すれ違いざまそう言って…俺の肩を叩いた後、そのまま背を向けて去っていく久住。
待ってよ久住…まだ俺は、お前に何も伝えられていない。
そう思っているのに…足は地面に張り付いたように動かないし、声は出し方を忘れたみたいに…出てこない。
「頑張れ…って、応援してやるべきなのは、俺の方なのにっ…。」
嫌だと…思ってしまった。久住が本命の相手と上手くいくことを応援出来なかった。隣に立つのが俺以外の誰かなんて…考えたくはなかった。
そしてそこでようやく…
この胸の痛みの正体に気がつく。
──ああ、これが初恋というやつか。
この気持ちが恋なのだと、認めてしまえば…少し気持ちが楽になった。大切に…大事に育てていくべき感情だったはずなのに……気付くのが遅すぎた。
久住の姿が見えなくなって、取り返しのつかないことになったのだと実感が湧く。友達以下のクラスメイトだと俺に告げた久住は…必要最低限話し掛けるなと言っているようにも聞こえた。
一緒に過ごした時間が尊い時間のように思えたのは、俺だけだったのだろうか。
足元に転がっているバスケボールを手に取り、先程の久住のようにシュートを放ってみるが…上手く入ることなく、跳ね返って地面へと落下した。
転がっていくボールを見つめていると……
「そんなんで…次の大会、勝てるのかよ。」
突然背後から声がして、驚いて振り返れば…久住の友人の南條が呆れたような顔をして立っていた。
「南條…なんで、居るの…?」
「桜二の様子が変だったから、気になって…」
「……もしかして、聞いてた?」
「ああ。聞くつもりはなかったけどな。」
バスケットコートの中に入ってきた南條は、先程俺が投げて地面に転がっているボールを拾い上げる。
「唯以くんには、この前の件で借りがあるから…特別に教えてやるよ。」
「……借りって…まさかあのピンク頭と遭遇した時のこと言ってる?」
「まぁ今その話はいいじゃん。唯以くん…桜二が何のために唯以くんを遠ざけたと思う?本命がどうとか言ってたけど、本当にあれが理由だと思うか?」
「久住は…嘘をつくようなやつじゃない。」
「それは状況によるかもな。」
「なにが言いたいんだ…?」
「アイツ、バスケ部の顧問に言われたらしい。大会が終わるまで唯以くんと親しくするのはやめて欲しいって。」
まさか、久住の方にも声を掛けていたなんて…いや、違う。俺がいつまでも久住の傍を離れなかったから…だから顧問は久住の方に頼みに行ったのかもしれない。
「唯以くん。」
南條は俺に向かってボールを力強く投げてくる。反射的にそれを受け取って…さっきの久住とのやり取りを思い出す。
『月が、綺麗ですね。』
久住が言ったあの言葉がもしも本心だったとしたら…関係を終わらせようと言ったのはきっと、俺のため。友達以下のクラスメイトだと線を引いて関わりを無くそうとしたのも…顧問の目を気にしてのことだろう。
「なんなんだよっ…一人で勝手に、決めるなよっ!」
ドンッと一度ボールを地面についたあと、手の中に戻ってきたボールを…今度はしっかりと狙いを定めてゴールへと放つ。
吸い込まれるようにゴールの中へと入ったボールを見て、迷いが晴れた。
「桜二の思いに応えるなら、唯以くんが今やるべきことはひとつしかない。」
「…天下、とるしかないってわけね。」
「そこまでとは言わないけど…」
「やってやるよ。絶対に優勝してやる。それで…部員にも顧問にも。今後、誰にも文句なんて言わせないほどに活躍してっ…絶対に……久住を取り戻してみせる。」
「ああ…その意気だ。」
もう迷ったりしない。だって大事なものはちゃんと、俺の胸の中にあるから…。この思いを久住に伝える為に、負けるわけにはいかない。
──絶対に優勝してやる。
チームのためでも顧問のためでもない。俺のために身を引くという選択を選んでくれた…久住のために。
