【6話】

中間考査を終え、しばらく行事ごともない二学期は…冬休みまでとても長く感じるものだ。とはいえ俺は部活動が忙しく、授業を出ることなく県外に試合へ行くことも度々あった。

そんな中、二日ぶりに登校した学校で久住と顔を合わせた俺は…教室であることを忘れ、思わず久住の元へと駆け寄ってしまった。

「おい…どうしたんだよ、その顔。」

前にバイクで事故をしたと言っていた時ほどのケガでは無いが、片方の目元が赤く腫れ…口元が切れて薄らと血が滲んでいるのが見える。

「油断したら、殴られた。」
「殴られたって…誰に?!」
「唯以くんに言っても分かんねぇーよ。」
「でも…だからって、こんな、」
「三日もあれば治るよ。大袈裟だなぁ…唯以くんは。」

そう言って笑う久住を見ても、全然安心できなかった。

というのも、バスケの試合で休んでいた俺に久住は何度もメッセージを送って来ていたから…こんなケガを負っているなんて夢にも思わなかった。

「殴られたなんて話し、俺…聞いてないんだけど。喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩の報告なんて、唯以くんにする必要ある?」
「必要かどうかは俺が決める。俺は知っておきたい。」
「…言いたくないことだってある。特に…こっちがやられた喧嘩の話しなんて、唯以くんには話したくない。」

俺といる時の久住は基本穏やかなので忘れつつあったが…久住は人様に"不良"と呼ばれるような人種に該当する。不良の世界のことは俺にはもちろん分からないが…彼らには彼らなりのプライドがあるのだろう。

「なら…もう聞かないけど。程々にしろよ。」
「ん…分かったよ。心配してくれてありがとう。」

久住が聞かないでくれというなら、もうなにも聞かないでおこうと思った。しかし…その判断は間違っていたのだと、最悪の形で気付かされることになった。


「汐崎唯以って、お前だよな?」

学校が休みの土曜日…練習試合が行われる高校へと向かっている道中で、変な男に絡まれるという珍事件が発生したのだ。

髪の色がピンク色で、眉毛が線のように細い。見るからにガラの悪い不良であるが…こんな人と知り合いになった覚えは無い。

「人違いだと思います。すみません。」

こういう輩には関わらない方がいい。と無視して横を通り過ぎようとしたのだが…肩にかけていたスポーツバッグを掴まれ、強制的に足を止められる。

「お前だろ?最近、久住と仲がいい"唯以くん"って。」

久住の名前を出されたことにより、この男が本当に用があるのは俺ではなく、久住だということを瞬時に察した。

「……だったら、なんですか?」

チラッと横目でピンク頭を見ながら答えると、気持ちの悪い笑みを浮かべたあと、突然俺に向かって拳を振り落としてきた。

咄嗟に身を引いて避けることが出来たが、あまりに突然の暴力行為に…恐怖を感じた。

「さすが、スポーツマン!反射神経半端ねぇなぁ。」

こんな訳の分からない男に絡まれて負傷なんてすれば、部員に迷惑を掛けてしまう。争い事はどうしても避けたい。そう思ってはいるが…目の前の男と話し合いで穏便に解決できるとはとても思えない。

「俺に、なんか用ですか?久住が今どこで何をしてるかなんて知りませんけどっ、」
「は?そんなことどーでもいいんだよ。アイツらに仲間を一人、病院送りにされたから…その仕返しに来ただけだ!」

なんて理不尽な…と口走りそうになったが、再び殴りかかってきたのでスポーツバッグを盾にして攻撃をかわす。

いよいよヤバいかもしれない…と焦り始めた時、背後から「唯以くん!」と俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

ピンク頭から距離をとって離れたあと、振り返って声の主を確認すれば…そこには久住の友人である南條の姿があった。

「巻き込んで悪かったな…。向こうの国道で桜二が待ってる。試合会場の高校の近くまで送ってもらえ。」
「いや…でも、このピンク頭の人は、」
「そっちは俺がなんとかするから。」

まるで漫画のようなセリフを当たり前のように口走った南條に心の中で拍手を送りつつ、

「……ケガするなよ。」

と一応、エールを送っておいた。

南條の言った通り、国道に出たところでバイクに跨って待機している久住を見つけた。

「唯以くんっ!とりあえず乗って!!」

俺専用のヘルメットを放り投げてきた久住。それを受け取って、久住の後ろに飛び乗る。

「なんか、ピンク頭の変な男に絡まれたんだけど?これはさすがに聞いていい話しだよな?」
「ああ…もうこれから唯以くんには包み隠さず、何もかも全部話すようにするから……許してください。巻き込んで、マジで申し訳ありませんでした。」
「ん…なら許す。」

話したくないことを無理に聞こうとは思わない。ただ、知っておいた方がいいことは、伝えておいて欲しい。

久住が高校の近くまで送ってくれたので、試合に遅れることはなかったが…集合の時刻は過ぎていたので、顧問には注意されてしまった。

まぁ…その話をすれば久住が責任を感じるだろうから、もちろん黙っておくけど。

試合の後、行きと同じく…近くまで迎えに来てくれた久住。帰りにファミレスに立ち寄り、軽食を食べて帰ることにした。

「唯以くん、マジでごめんな。」
「もういいって。別にどこもケガしてないし。っていうかあの後、南條は大丈夫だった?」
「ああ、決着ついたみたいだよ。あの男は南條と揉めてただけで、俺の相手じゃないから詳細は知らないけど。ってか…なんで唯以くんを狙うかなぁ。許せねぇわ。」
「なんか…久住の知り合いみたいな言い方してたけど?」
「良くも悪くも目立つからなぁ…俺。いいように使われたんだろうな。にしてもそれに唯以くんを巻き込むのはやっぱ許せねぇー。」

マジでごめん…と何度目か分からない謝罪を受ける。確かに怖かったが、俺の知らない久住を知ることが出来たような気がして…そこは嬉しかった。