臍を噛み、愛を食む

 あれから三年が経った。

 あのあと先輩は無事生徒会長を務めあげて、志望大学に進学した……らしい。
 らしい、っていうのは風の噂で聞いただけだから。

 私がまた澪と教室でご飯を食べるようになって、先輩とお昼を食べることはなくなった。
 学年が違うし、先輩と私が顔を合わせる機会なんてない。

 本当は先輩の卒業式の日に声をかけようとしたんだけど……結局人気者の先輩の周りは人だかりができていて、怖気づいて話しかけられなかった。


「……っていう、それだけね」


 私の目の前に座る友達が、きらきらと目を輝かせた。


「え、なにそれエモすぎ……」


 ことあるごとに恋バナを搾取してくる大学の友人に折れて、私は嶋田先輩の話をしてしまったのだ。
 今思えばあれは……私の初恋だったから。

 ほんの三週間だけの、あのお昼休みは私の淡い思い出だ。


「まさか恋愛に無頓着な咲良ちゃんがそんな少女漫画の主人公みたいな恋してたとは……!」

「全然そんなのじゃないから」


 少女漫画の主人公なら、きっとあのあとなんだかんだ先輩と続いていて、なんだかんだ結ばれるものでしょ。
 私にそんな奇跡は起こらなった。

 というか起こす勇気がなかった。

 私はやっぱり主人公というのにはふさわしくない。


「でもじゃあさ、先輩と同じ大学に行こうとか思わなかったの?こんなド田舎の大学じゃなくて」


 私は地元を離れて、別の地方の国立大学に通っている。


「何言ってんの、先輩は天下の名門大学だよ。行けるわけないじゃん」

「あ、そっか。最初に頭いいって言ってたね」

「それに……先輩のおかげでやりたいこと見つかったし」


 私は今、カウンセラーを目指して心理学を学んでいる。
 大学自体はそれほど高難易度じゃないのに心理学コースが充実しているということで、あれからほどなくして進路を決めた。


「私の家のこと……話したじゃん」

「うん」


 先輩に家の話をしたあと、自分でもびっくりしたこと。

 それは……あれほど他の人には言えないと思っていた両親のことを、なんだかんだ周囲に話せるようになってきたこと。
 もちろん、一部の人に限ってだけど。

 受け入れてくれる人は確かにいるのだと、気づけたからかもしれない。


「助けを求めてる人を助ける人も大切だけど……私みたいな、助けを求めてない人にも寄り添える人になりたいなって」

「いい夢だねぇ……」


 友達がしみじみとうなずく。


「それもこれも、先輩のおかげ。私は両親のこともあるし恋愛する気はないから、初恋はこうして思い出として残ってるくらいがちょうどいいの」

「えー?それも残念な気がするけどなぁ……」

「ただ恋バナしたいだけでしょ」

「バレたか」


 私は友達と笑い合う。


「あ、てかそろそろ4コマ始まる」

「ほんとだ、やばいやばい」


 私たちはあわてて立ち上がって、次の授業の教室に向かった。

 いつも通り、普段と変わらない毎日。
 別に特筆すべきこともない毎日。

 悲劇にも、喜劇にもならない。

 家庭の事情で夢を断念したわけでも、運命的な恋をしたわけでもない。
 誰も想像できないような進路に進んだわけでも、大学ですごい人になったわけでもない。

 それが私。


 そんな普通でありきたりな私の人生にだって……苦しいことも、楽しいこともある。
 初恋だって。


 私にとっての苦しみも、喜びも、初恋も、誰かと比べられるものじゃない。唯一無二。


 だから先輩、ありがとうございます。
 私の人生に、唯一無二の……初恋をくれて。


 先輩、大好きでした。