先輩はご両親を先に帰らせると、私に並んだ。
「ごめん、お待たせ。行こうか」
「はい」
こんなことになるならもう少しましな私服を着てくればよかった、と後悔がよぎる。
まあ誘ったのは私なんだけど。
とはいえ、先輩の固い笑みを見たのにあのまま放って帰ることもできなかった。
「ありがとう、上谷さん」
先輩が笑う。
いつもの屋上で見る、穏やかな微笑み。
なんの変哲もないそれに、私はほっと胸をなでおろした。
きっとこの「ありがとう」は「連れ出してくれてありがとう」なんだろうけど…。
深くは追及しない。
だって先輩も、いつも私にそうしてくれるから。
「いえいえ。アイスおごってくださるなら安いもんです」
「待って、おごるけど常識の範囲内にしてね?」
「わかってますよー、もう」
いつも通り、屋上でするのと同じような会話をしながらコンビニに入る。
店にはあまり客はおらず、のんびりとアイスコーナーを見て回る。
「どうしよ、新発売のチョコクッキー味……このキャラメルもちアイスも気になるし……、王道のクレープアイスも外せない……」
真剣な表情でアイスを吟味する私に、先輩が小さく吹き出す。
「先輩は食べないんですか?焼肉のあとってアイス欲しくなるじゃないですか」
「あー……」
先輩は少し考え込む。
言っておいてなんだけど、逆にアイスなら焼き肉屋でも食べれるか。
もう食べてきてた……?と思い始めたころ、先輩が口を開いた。
「アイス、買ってすぐ食べる?」
先輩はそう言って、店の奥の狭いイートインスペースを指さした。
なんとなく、先輩の言いたいことがわかった。
「……先輩も買うなら、そうしようかな」
「……じゃあ、俺も買う」
先輩はそう言ってアイスを選び始める。
家に帰りたくないのかな。
気になるけど、聞かない。
私が言いたくないこと、先輩も聞かないから。
「決めた、チョコミントにする」
「え、待ってください、決めるの早すぎです」
「上谷さんが遅いのー」
「先輩が早いんです…!」
結局、気になってしかたがなかったキャラメルもちアイスを選んだ。
先輩にお会計してもらって、私たちは窓際のイートインスペースの椅子に腰を下ろす。
空はもう真っ暗だったけど、車やら建物やらが発する明かりで通り全体が良く見えた。
「いただきます先輩!」
「はいはい」
一口食べてびっくり。
濃厚なキャラメル味のチョココーティングがパリパリしてて、おもちの触感が際立つ。
これはリピート確定。
「……先輩、進路相談いいですか」
「いいよ」
先生に声をかけられたあと、もう一度進路調査と向き合ってみたけど……何も書けなかった。
やりたいことなんて、そんな一週間や一か月で見つかるとは思えない。
「……先輩は、どうやって進路決めましたか?」
「んー、俺は……そうだな、決めたというよりかは、それ以外の選択肢も特になかったし……自然とその方向に進んでる感じ」
先輩の話はつかみどころがなかった。
「私、やりたいことがなくて……、正直進学する明確な理由なんてないんです。でも今の私のまま社会に放り出されてやっていけるわけもないし…だから進学するっていう、それだけなんです……」
澪にも言えなかった、親にも言ってなかったことを、私は気づけば先輩に話していた。
先輩は穏やかにうなずく。
「やりたいことを見つけるのは、むずかしいよね」
「……はい」
「それで言うなら、俺も進路は決まってないと思う」
先輩はアイスを口に入れる。
「やりたいことから進路を選ぶのは、すごく素敵なことだと思う。ただやるべきことだとか、やれそうことから進路を選ぶのも、一つの選択なんじゃないかと俺は思う」
「やるべきこと…やれそうなこと……」
「俺も以前はやりたいことが明確で、そのために大学を選んでる友人をうらやましいと思ったこともあるし、そこまでの情熱を持ってない自分に引け目を感じたこともあったよ。でもよく考えてみて。俺たちは小さなころから大人に『将来の夢』を聞かれるけど、世の中の大人の一体何割がやりたいことを仕事にしているのかな」
「……確かに」
「やりたいことが明確な子は褒められるけど、それだけが正解なわけではない。純粋な興味だけで進み続けた大人なんて一握りだから……だからそういう子が褒められるってだけであって」
先輩の言葉は、私の胸にすとんと落ちた。
社会に出る前に学んでおくべきこと、役に立ちそうなこと。
自分に向いていそうだと思う分野。
そういうことは思い浮かんでも……大学にいってまで学びたいことなのかと、自分に問うてしまう。
好きだからとか、学びたいからとか、そういう純粋な情熱が自分の中にないのに進路にすることが正しいと思えなくて。
「……もうちょっとだけ、進路考えてみます」
「うん」
「ありがとうございます、先輩」
先輩は優しく笑った。
私は溶けて少し垂れ始めたアイスを、慌てて無理やり口に入れた。
それを見て、先輩がまた笑う。
そんな先輩も、自分の溶けだしたカップアイスの中身を流し込む。
「アイスが溶けるまで夢中で話せるなんて、幸せなことだね」
「……そうですね」
せっかくなら、アイスじゃなくて溶けないものを買えばよかった。
そうすれば、もう少し長くここにいられたのに。
「ごめん、お待たせ。行こうか」
「はい」
こんなことになるならもう少しましな私服を着てくればよかった、と後悔がよぎる。
まあ誘ったのは私なんだけど。
とはいえ、先輩の固い笑みを見たのにあのまま放って帰ることもできなかった。
「ありがとう、上谷さん」
先輩が笑う。
いつもの屋上で見る、穏やかな微笑み。
なんの変哲もないそれに、私はほっと胸をなでおろした。
きっとこの「ありがとう」は「連れ出してくれてありがとう」なんだろうけど…。
深くは追及しない。
だって先輩も、いつも私にそうしてくれるから。
「いえいえ。アイスおごってくださるなら安いもんです」
「待って、おごるけど常識の範囲内にしてね?」
「わかってますよー、もう」
いつも通り、屋上でするのと同じような会話をしながらコンビニに入る。
店にはあまり客はおらず、のんびりとアイスコーナーを見て回る。
「どうしよ、新発売のチョコクッキー味……このキャラメルもちアイスも気になるし……、王道のクレープアイスも外せない……」
真剣な表情でアイスを吟味する私に、先輩が小さく吹き出す。
「先輩は食べないんですか?焼肉のあとってアイス欲しくなるじゃないですか」
「あー……」
先輩は少し考え込む。
言っておいてなんだけど、逆にアイスなら焼き肉屋でも食べれるか。
もう食べてきてた……?と思い始めたころ、先輩が口を開いた。
「アイス、買ってすぐ食べる?」
先輩はそう言って、店の奥の狭いイートインスペースを指さした。
なんとなく、先輩の言いたいことがわかった。
「……先輩も買うなら、そうしようかな」
「……じゃあ、俺も買う」
先輩はそう言ってアイスを選び始める。
家に帰りたくないのかな。
気になるけど、聞かない。
私が言いたくないこと、先輩も聞かないから。
「決めた、チョコミントにする」
「え、待ってください、決めるの早すぎです」
「上谷さんが遅いのー」
「先輩が早いんです…!」
結局、気になってしかたがなかったキャラメルもちアイスを選んだ。
先輩にお会計してもらって、私たちは窓際のイートインスペースの椅子に腰を下ろす。
空はもう真っ暗だったけど、車やら建物やらが発する明かりで通り全体が良く見えた。
「いただきます先輩!」
「はいはい」
一口食べてびっくり。
濃厚なキャラメル味のチョココーティングがパリパリしてて、おもちの触感が際立つ。
これはリピート確定。
「……先輩、進路相談いいですか」
「いいよ」
先生に声をかけられたあと、もう一度進路調査と向き合ってみたけど……何も書けなかった。
やりたいことなんて、そんな一週間や一か月で見つかるとは思えない。
「……先輩は、どうやって進路決めましたか?」
「んー、俺は……そうだな、決めたというよりかは、それ以外の選択肢も特になかったし……自然とその方向に進んでる感じ」
先輩の話はつかみどころがなかった。
「私、やりたいことがなくて……、正直進学する明確な理由なんてないんです。でも今の私のまま社会に放り出されてやっていけるわけもないし…だから進学するっていう、それだけなんです……」
澪にも言えなかった、親にも言ってなかったことを、私は気づけば先輩に話していた。
先輩は穏やかにうなずく。
「やりたいことを見つけるのは、むずかしいよね」
「……はい」
「それで言うなら、俺も進路は決まってないと思う」
先輩はアイスを口に入れる。
「やりたいことから進路を選ぶのは、すごく素敵なことだと思う。ただやるべきことだとか、やれそうことから進路を選ぶのも、一つの選択なんじゃないかと俺は思う」
「やるべきこと…やれそうなこと……」
「俺も以前はやりたいことが明確で、そのために大学を選んでる友人をうらやましいと思ったこともあるし、そこまでの情熱を持ってない自分に引け目を感じたこともあったよ。でもよく考えてみて。俺たちは小さなころから大人に『将来の夢』を聞かれるけど、世の中の大人の一体何割がやりたいことを仕事にしているのかな」
「……確かに」
「やりたいことが明確な子は褒められるけど、それだけが正解なわけではない。純粋な興味だけで進み続けた大人なんて一握りだから……だからそういう子が褒められるってだけであって」
先輩の言葉は、私の胸にすとんと落ちた。
社会に出る前に学んでおくべきこと、役に立ちそうなこと。
自分に向いていそうだと思う分野。
そういうことは思い浮かんでも……大学にいってまで学びたいことなのかと、自分に問うてしまう。
好きだからとか、学びたいからとか、そういう純粋な情熱が自分の中にないのに進路にすることが正しいと思えなくて。
「……もうちょっとだけ、進路考えてみます」
「うん」
「ありがとうございます、先輩」
先輩は優しく笑った。
私は溶けて少し垂れ始めたアイスを、慌てて無理やり口に入れた。
それを見て、先輩がまた笑う。
そんな先輩も、自分の溶けだしたカップアイスの中身を流し込む。
「アイスが溶けるまで夢中で話せるなんて、幸せなことだね」
「……そうですね」
せっかくなら、アイスじゃなくて溶けないものを買えばよかった。
そうすれば、もう少し長くここにいられたのに。
