臍を噛み、愛を食む

【嶋田先輩side】
「さ、好きなだけ食べなさい」


 張り切った父さんは次から次に俺の皿に焼けた肉をのせていく。


「もうパパったら、いくら食べ盛りっていってもそんな一気にのせたら困っちゃうわよ」

「いいよ。お腹空いてたから」


 何より、食べてさえいれば手持ち無沙汰になることはない。

 俺はなるべく一気に肉を口に詰め込む。
 少し品がないけど、父と母はそんな俺を見てほほえましそうに笑った。


「孝くん、おいしい?」

「うん。うまい」


 母さんは嬉しそうに目を細めて、追加の肉を注文し始める。
 父さんも母さんといっしょになってメニューをのぞき込み、あれがいるだのなんだのと口をはさむ。

 会話を弾ませる二人をしり目に、俺はひたすら肉を咀嚼する。

 おいしい。
 おいしい…んだけど……。


 玉子焼きが食べたいなぁ。


 あの、ちょっと不格好なやつ。
 上谷さんが作ってくれる……焦げてたり、形がふぞろいだったり、味が濃かったり。

 そんな玉子焼きが、無性に食べたい。


「孝之、聞いてるか?」

「えっ、あ……何?」


 父の声ではっとした。
 ぼーっとしている場合じゃない。


「進路、結局どうするんだ?」

「ああ……予定通り医学部行くよ。大学はまだ絞り切ってないけど……」

「そうか」


 父は端的に答えたけど、ほんの少し微笑んだ。
 自分の背中を追う息子に、期待しているのだ。

 好きにしなさいと言われていても、その期待を見て見ぬ振りができるほど冷徹でもない。

 それに医師以外にとりたてて目指したいものがあるわけでもない。


「教材とか、予備校とか、必要なことがあれば遠慮なく相談しなさい」

「うん、ありがとう」


 期待にも応えられて、進路にも悩まなくて済む。
 誰にとっても最適なんじゃないか。

 俺は噛み過ぎた肉を、ごくんと無理やり飲み込んだ。