「ただいま」


 家に帰ると、奥の部屋からお母さんが顔を出した。


「おかえり咲良。さっき肉まん買ってきたけど食べる?」

「うん!食べる食べる」


 お母さんが肉まんを蒸す間に、私は手を洗ってリビングに向かう。

 いつも通り制服を着替え、いつも通り顔を洗う。
 そしていつも通り、弁当箱を取り出す。


「……そういえば今日、咲良が弁当作ってたわね」


 お母さんが何気なくそう言った。


「うん」


 平静を装って、私は答える。
 弁当箱は綺麗に空っぽだった。


「……あの人、何か言ってた?」

「……ううん、何も言われなかったよ」

「そう」


 ここで言うあの人は、父のことだ。

 私も母も、二人きりの時は父の名を呼ばない。
 これは暗黙の了解だった。


「……さ、もういいかな」


 そう言ってお母さんが肉まんを一つ、お皿にのせて私に渡してくれた。


「おいしそう!」


 あつあつの湯気が立つ様子を見て、待ちきれず私は立ったまま肉まんを二つに割った。

 割ったそばからふわりと湯気が濃くなって、お肉のいい香りが鼻をくすぐる。
 そのまま嚙り付こうとしたら、お母さんにぽんと背中をたたかれる。


「こら、座って食べなさい」

「はぁい」


 案の定怒られた。
 私はいそいそとキッチンからリビングに移動し、椅子に腰かける。

 リビングのテレビからは仲良し夫婦を紹介する声が響いていて、私は番組を変えた。

 大して面白みのないニュース番組。
 これぐらいがちょうどいい。

 私は聞くともなしにニュースを聞きながら、肉まんを頬張った。