次の日の昼。
 先輩は無事に回復したようで、いつも通りの様子で屋上に座っていた。


「昨日はごめんね、心配かけて……」


 先輩はそう言って少し恥ずかしそうに笑った。
 私は首を振って彼の隣に座る。

 いつも通りのお昼。
 いつも通りの屋上。

 けれど、私の心臓は今までにないくらい、痛いほど早く鳴っていた。


「……上谷さん?」


 そんな私に気づいたのか、先輩は私を不思議そうに見つめた。


「……いえ、なんでも」


 明らかにバレバレの強がりだったけど、先輩はそれ以上追及しない。
 嶋田先輩はそういう人だ。

 先輩はいつものビニール袋を私の前に置く。

 私もいつもの弁当包みを先輩の前に……。


「……どうしたの?」


 手を止めた私に、先輩が心配そうな視線を投げかける。


「……もし今日は交換したくないなら、俺は全然……」

「いえっ…!」


 不安を振り払うように、私は大きく首を振る。
 覚悟を決めるために、すばやく息を吸う。

 そして、包みを先輩の前に置いた。


「……じゃあ、いただきます」


 私をうかがいながら、先輩は弁当の包みをほどいて、ふたを開けた。


「……え?」


 中身を見て、先輩が止まる。

 明らかに冷凍食品のから揚げに、ドレッシングをかけただけのきゅうりとトマトのサラダ。ぐちゃぐちゃの玉子焼き。ふりかけご飯。デザートなんてない。

 どう見たって、いつものお弁当とは様相が違った。


「……これ、私が作ったんです」

「そっか、ありがとね」


 先輩は異変に気付いても、それだけしか言わなかった。
 そして、ぐちゃぐちゃの玉子焼きをつまんで、口に運ぶ。


「うん、おいしいよ」

「……っ」


 私は耐え切れなくなって、口を開いた。


「ごめんなさい、先輩。私ずっと嘘ついてたんです……いつものお弁当は、自分で作ってるんじゃなくて……父が作ってくれていたもので」

「そっか、お父さんが」


 先輩が優しい眼差しでうなずく。
 怒っても呆れてもいない、いつもの穏やかな先輩だった。


「先輩、どうして私が嘘ついてたか、聞かないんですか」

「んー……」


 嶋田先輩は考えつつ、から揚げを咀嚼する。
 冷凍食品だから、味は問題ないはず。


「気になる気持ちもあるけど……でもそれ以上に、上谷さんに無理に話させたくないって気持ちもある」

「……!」

「話したくないからここまで隠してきたんでしょ。理由とかそんなのは、話す気になったときでいいよ」


 ちょっと涙がこぼれるかと思った。
 先輩の優しさが、声から、言葉から、痛いほど感じられて。

 どんなことも……先輩なら笑って聞いてくれるんじゃないかって、そう感じさせるような人。


「……あの、わたし、」


 言いたい。
 話したい。

 この人なら……きっと受け止めてくれる。


 そう、思ったんだけど……。


「……っあの、」

「うん」


 喉に固い固い石がつまったみたいに、私は苦しさを覚えた。

 話したいことも、気持ちもある。
 でも言葉が出てこない。


「……先輩、ありがとうございます。私のお弁当、食べてくれて」

「……ううん。こちらこそ、ありがとう」


 本当に伝えたいことは、こんなことじゃないのに。
 肝心の言葉だけが、するりと喉を通らない。

 先輩も、きっと私の様子に気づいていた。驚くほど聡い人だから。
 でも、何も言わなかった。

 私にはそれが、心からありがたかった。