今日のお弁当の中身は何だろう。
 四時間目の授業を聞きながら、頭の片隅でぼんやりと考える。

 空腹を覚える時間。
 どこからか密やかにお腹の鳴る音も響き始めるころ。私のいる後ろの席からだと、クラスメイトたちが気もそぞろに時計をちらちら気にしているのがよく見えた。


「…じゃあ、今日はここまで」


 先生の言葉と同時にお昼を告げるチャイムが鳴った。
 その瞬間、解放されたとばかりに一斉にみんなが立ち上がる。


「咲良!ご飯食べよ!」


 クラスメイトでもあり親友でもある澪が、弁当片手に近づいてきた。
 澪とは、小学校から高校までずっといっしょ。小学校からいっしょの子は校内に何人かいるけれど、特別親しいのは澪だけだった。


「もうお腹すきすぎて死ぬかと思った…、私お腹ならないようにずっと拳握りしめてたから」

「三時間目体育だったからねー、しかも澪、一試合多く出てたくない?」

「そうそう、おかげでギリギリだった」


 笑いながら、澪は待ちきれないとばかりにお弁当を開けた。


「魚か…!肉がよかった…!しかも昨日の残りじゃん…」


 大きな鮭を中心に、ご飯と梅干し、ゆで卵、トマト、サラダ。それから小さいゼリーも添えてある。
 若干の文句を垂れつつも、さっそく一口ほおばる澪。

 私も固く縛られた包みをほどいて、お弁当を開く。とたん、色鮮やかなお弁当が現れる。


「うわすごっ!」


 いつの間にか身を乗り出してこちらをのぞき込んでいた澪。
 その瞳は、憧れのものを見た少女のように、きらきらと輝いていた。


「咲良のパパすごすぎない!?それ朝から作ってるの!?」


 私の手元には、宝石箱のように鮮やかなお弁当があった。
 大葉とチーズをはさんだササミ揚げ、玉子焼き、根菜たっぷりの煮物、きゅうりのあえ物、わかめとしらすの混ぜご飯。デザートにカットされたオレンジ。


「作り置きのものとかもあるし、全部一からってわけじゃないけど…」

「いやいや、関係ないでしょ!もうほんとその弁当うらやましい…」


 私は何も言わず微笑みながら、玉子焼きを口に放り込んだ。

 甘い。
 私の好きな、砂糖とだしを混ぜたやさしい甘さの玉子焼き。


「ほんと咲良のパパって憧れる!そんな弁当なかなか作ってもらえないって!」

「でしょ」


 私の父は小学校からずっと、私の弁当を作ってくれる。
 もともと料理が得意だったこともあって、小学校、中学校と行事のたび弁当を作っていたら、私が高校生になる頃には友達みんなが知るほどクオリティーの高い弁当を作るようになった。
 高校生になってからは、毎日欠かさず。


「…そんなに言うなら…一口いる?」

「えっ、いいの!?」


 目を輝かせる澪は、ササミ揚げをご希望のようだ。私は、しょうがないなぁと笑って見せて、箸の後ろでササミ揚げをひとつ、澪の弁当箱に移した。


「んー!おいしすぎ!!」


 澪は頬張った瞬間、幸せそうに目を細めた。
 私も試しにササミ揚げをひとつ頬張る。

 ササミのしつこくない肉感、濃厚なチーズのうまみとほどよい渋さの大葉。
 ササミの筋も丁寧にとってあったし、チーズも大葉も偏りがないよう気を付けてあった。

 一口食べただけで、親の愛情を感じるような弁当。


 そのおいしさが、私には嫌でたまらないと言うのに。

 私は水筒のお茶で流し込むように、口の中のものをごくりと飲み込んだ。