「だから、ノゾミが不機嫌な理由ってつまりなんなの?」

 身の上話はどうだって良いと言わんばかりのユウキに俺は苛立つ。
 ユウキの言っていることは正しい。けれど、そんな割り切って話せない。

「だから…わかんねぇかな…」
「ハッキリいってくんないとわかんないよ」
 
 まるで今まで俺の悩んできたことが踏み(にじ)られる気分になる。同時にユウキを思うあまり、自分の感情を相手に押し付けて、被害者ぶっていた自分に気づいてさらに虚しくなってくる。
 
「男が好きってことが、ノゾミが不機嫌の理由ってこと?」

 閉じ込めたいけれど、閉じ込めておけない。
 吐き出してしまいたけれど、吐き出せずにいる。

「それはつまり、僕とは一緒にいたくなってこと?もっと別に一緒にいたい人がいるってこと?」

 気づいているだろうか?
 そんな一抹の感情の2人の差分に。
 ユウキの事で悩んでいるうちに無意識に人でないものを目で追って、勘違いさせた霊が肩にくっついていたことに気づかなかった。自殺した女子高生の霊にユウキは不信感を抱き、俺は自分の好意についてユウキはどう思うのかについて逡巡(しゅんじゅん)していた。

「なんでそうなるんだよ」

 声が少し震えていたのが自分でもわかる。

「違ぇよ」

 そんな誤解を与えたいわけじゃない。
 お互いに言葉が強くなる。

「じゃあ、何?っていうか、男が好きなこととノゾミが不機嫌なことってイコールでつながらないでしょ?」

 このままじゃ、きっと(らち)があかなくなる。それだけはわかる。
 けれどどうしようもない…ああ、もう。

「じゃあ、もうハッキリいうけどな!俺は、お前みたいな男が好きなんだよっ!でも、お前は違ぇだろぉが!!だからなんて言やぁいいのか分かんねぇんだよ!悪ぃかっ!!」

 大声を出してモヤモヤした感情を机に拳をぶつけながら吐き出す。
 中途半端な感情の扱い方を持て余して不完全燃焼な言葉を尖らせる。

「だからなんだよ!そんなこともうとっくに知ってるよ!!」
「!!!」

 俺の勢いと同じくらいの威勢のユウキは珍しく同じ声量で言い切った。

「えっ…ちょ、えっ…なんて???」 
 
 声量は十分だったのに、ユウキが大声を出したのは初めてで、逆に聞き取れなかった。言葉で殴られたんじゃないかと思うくらい目の前に星が飛んだ。珍しく感情的になるユウキの表情は迫力があった。強く拳を机にぶつけて大きく息を吸い込んでいた。

「お前っ!!うちのばあちゃんの前でゲイもののAV見ながら抜いてるとこ見られたろっ?!それをばあちゃんが説明してきて『孫はお前だけじゃないからユウキは好きな恋愛しなさい』って言われたんだよ!!しかも『ノンちゃんはユウキのことが好きなはずよー』ってネタバレされるし!それから結構、色々考えたりしたんだからなっ!!!」

 え。


 ま…

 じ、

 かよ…っ!



 恥ずかしいなんてもんじゃない。
 一瞬で背中に汗をかいて、顔が赤くなる。
 
 そう言われれば、なんだか最近のユウキが変だったような??
 ババアが現れていないのはその後ろめたさから……?

「っおいっ!ババア!てめぇっ!!」

 机を両手で叩いてユウキの頭の少し上を見上げる。

「今はいないよ」

 怒声をあげて凄んでみるが俺もユウキも見えてない。ということは、今ババアはそこにいない。

「ふざけんなっ!勝手に人の性癖ばらしてんじゃねぇっ!!何してくれてんだ!ババア!おいっ!聞こえてんだろうが!表にでろ!クソババア!!」

 男子高校生の思春期真っ只中のデリケートな部分を勝手に触れられただけでも顔面から火が吹き出そうなほど恥ずかしいのに、ユウキへの想いまでバラされていた俺はこの先ユウキの前でどんな顔をすればいいのかわからない。

「なんで俺のとこにこねぇんだよババア!!ユウキお前、言っとけよ!」

 もうこうなったら、やり場のない怒りをユウキにぶつけるしか矛先はないわけで…

「知るか 僕に言うな」
 
 もはや八つ当たりなので、ユウキは不機嫌そうに口をへの字に曲げている。

「文句ならばあちゃんに直接言えよ。お前も見えるんだから」

 あの時…

「俺んとこにこねぇんだから、文句言えねぇだろうが」

 ババアがどうして俺のところに現れたのかについては、見ていないから聞いていない。ユウキは孫だから、ちょいちょい現れているのだろうが、赤の他人の俺のところになんて、よほどのことがない限りは現れないだろう。現れたら現れたで、言いたいことは山ほどあるのだが…
  
「あぁあ!そうだよ!俺はお前みたいな奴が好きなんじゃなくて、ユウキが好きなんだっ!文句あるか!」

 盛大な舌打ちをする。
 もうこうなったら、自棄(やけ)だ。
 
「そんなヤケクソで言うなよ」
「じゃあ、なんていやあいいんだよっ!」
 
 マジで霊が見えるなんて碌なことがないといつも思う。