ユウキは頷いて、ペンをケースにしまってからノートをカバンにしまう。
「僕もノンちゃんって呼んでいい?」
「ダメ」
断らない代わりに、断らないなんて確証がない。
ユウキは落ちたメガネ越しで、こちらをみる。
「なんで?」
居た堪れなくなって視線を逸らした。
「い、嫌だから…」
お互いにユウキのばあちゃんがそう呼んでいたから名前を知っただけ…
今更、自己紹介から始めることもない。
「じゃあ、なんて呼んだらいいの?」
律儀に、なんて呼んだら良いのか?確認されたことはない。
名前がわかったら好き勝手呼ぶから、実は許可をとったことなんてない。
ユウキに聞いたのは、今更『ユウキくん』と呼ぶことに違和感を感じたからだし、見た目の派手な自分が『ユウキ』なんて突然名前を呼んだこともない言い出したらカツアゲしているみたいになって、また彼を怯えさせてしまうかもしれないから、一度断りを入れたに過ぎないわけで…などと、言い訳をしてみる。ユウキは、俺の言葉を待っている。
「…」
ユウキのばあちゃんは俺のことをノンちゃんと呼んでいた。
そんなあだ名を何でつけたのか、どうして知っているのかわからない。もしかしたら、生前姉とは面識があったのかもしれないが、姉ちゃんとはユウキのばあちゃんについて話はしたことがない。
「…やっぱなんでもいいや」
じゃあ、なんて呼んで欲しいのか?とあえて聞かれても思い浮かばない。
髪を縛り終えた俺に、じっと見つめていたユウキがいう。
「ノゾミ」
「!」
低い声で呼ばれてドキッとして、俺は動きを止めた。
「…なんか、機嫌悪いでしょ?」
「…」
ユウキはメガネのズレを治しながら、こちらをまっすぐ見つめてくる。
自分の名前を呼ばれただけで、なんだか体の自由が奪われたみたいになって、ユウキから目が離せなくなる。
「何か僕に不満があるなら言ってよ」
「…」
些細な言葉、些細な感情。
ユウキはいつもと違う俺の様子を察したらしくこちらを見ていた。怒っているというよりは、どちらかといえば困っているといった方がいいかもしれない。
今の俺は、気づかれてはいけない何かに気づかれてしまった後の気味の悪さを感じていた。本当は言いたいことがあるが、いえないもどかしさや、募っていく思いなどがごちゃごちゃになって普段の自分ではいられなくなる。
「僕にはいえないこと?」
「…」
何から話せばいいかわからなくて、言葉を選んでいるとユウキはため息をつきながらいう。
「…じゃあ、守護霊さんに聞くけどいい?」
「だ、だめっ!それは反則だろっ」
お互いにお互いのそれが視えてしまうし、聞こえてしまう特性を持つため、できないわけじゃない。最終手段としてはありかもしれないし、それが脅しになって通用する相手でもある。
本人が言いたくないことも、正直に伝わってしまう可能性の恐ろしさも身に染みている。
「ノゾミが教えてくれる?」
「…」
よっぽど、ノンちゃんと言われていた方が良かったかもしれない。
心臓を掴まれているみたいに名前を呼ばれるたびにドキドキする。
「…あの、さ…」
言いづらそうに視線を逸らして、小声で話しだすとユウキは黙って聞いていた。ユウキからの視線が痛い。
「俺…その…いつからって自覚したってわけじゃねぇんだけどさ…ああ、中学の頃の音楽の先生が男だったんだけど、その時かな…初恋っていうやつがさ」
居た堪れずに視線を逸らして、聞かれたくないから独り言みたいな小声で萎んでいく。けれど、それじゃあ あまりにも言い訳がましくて、モジモジしている自分が嫌になる。思い切って、ハッキリと言った方が良い。そう思って、顔を上げる。
「俺、男が好きなんだよ」
自分が思うほど、力強くない弱々しい言葉だった。
男といっても、自分と比べて華奢な男が好みで、男くさい奴は恋愛対象にならない。体毛も薄くて、まつ毛が長くて、線が細い。おまけに頭が良くて眼鏡が似合うなら完璧で…と、ユウキを見ていると、何かが遠くなっていく気がした。触れて欲しくなかった部分、でもいつか打ち明けたかった事。少なくとも、心の準備も上手く相手に伝える言葉も用意ができない状態だった。
「うん」
ユウキはただ頷いた。
そして続ける。
「そんで?」
「そ、そんで?!…そんで…そんで…ぇ?」
そんで?
その一言で話の先を促されて困惑する。
「僕が聞きたいのは、ノゾミが不機嫌な理由なんだけど」
不機嫌だったわけじゃないのだが…
なんて言ったらいいか。
「…気持ち悪くないの?」
恐る恐るユウキに尋ねる。
ユウキは表情を変えることはない。
「なんで?」
「なんでって…普通、男が男を好きって言ったら気持ち悪ぃとか思うだろ?」
ユウキはいう。
「質問を質問で返すなよ。聞いてるのはこっちなんだから」
「お、怒るなよ…」
「怒ってないよ」
確かに、それではユウキが『どうしてお前は不機嫌なのか?』という質問に対しての正式なアンサーではないかもしれない。でも、モヤモヤの原因は『男が好きなことを伝えたらユウキに気持ち悪いとか言われるんじゃないだろうか』という部分からくる摩擦なわけで…
閉じ込めた心から、漏れてくる感情が抑えられない。
「僕もノンちゃんって呼んでいい?」
「ダメ」
断らない代わりに、断らないなんて確証がない。
ユウキは落ちたメガネ越しで、こちらをみる。
「なんで?」
居た堪れなくなって視線を逸らした。
「い、嫌だから…」
お互いにユウキのばあちゃんがそう呼んでいたから名前を知っただけ…
今更、自己紹介から始めることもない。
「じゃあ、なんて呼んだらいいの?」
律儀に、なんて呼んだら良いのか?確認されたことはない。
名前がわかったら好き勝手呼ぶから、実は許可をとったことなんてない。
ユウキに聞いたのは、今更『ユウキくん』と呼ぶことに違和感を感じたからだし、見た目の派手な自分が『ユウキ』なんて突然名前を呼んだこともない言い出したらカツアゲしているみたいになって、また彼を怯えさせてしまうかもしれないから、一度断りを入れたに過ぎないわけで…などと、言い訳をしてみる。ユウキは、俺の言葉を待っている。
「…」
ユウキのばあちゃんは俺のことをノンちゃんと呼んでいた。
そんなあだ名を何でつけたのか、どうして知っているのかわからない。もしかしたら、生前姉とは面識があったのかもしれないが、姉ちゃんとはユウキのばあちゃんについて話はしたことがない。
「…やっぱなんでもいいや」
じゃあ、なんて呼んで欲しいのか?とあえて聞かれても思い浮かばない。
髪を縛り終えた俺に、じっと見つめていたユウキがいう。
「ノゾミ」
「!」
低い声で呼ばれてドキッとして、俺は動きを止めた。
「…なんか、機嫌悪いでしょ?」
「…」
ユウキはメガネのズレを治しながら、こちらをまっすぐ見つめてくる。
自分の名前を呼ばれただけで、なんだか体の自由が奪われたみたいになって、ユウキから目が離せなくなる。
「何か僕に不満があるなら言ってよ」
「…」
些細な言葉、些細な感情。
ユウキはいつもと違う俺の様子を察したらしくこちらを見ていた。怒っているというよりは、どちらかといえば困っているといった方がいいかもしれない。
今の俺は、気づかれてはいけない何かに気づかれてしまった後の気味の悪さを感じていた。本当は言いたいことがあるが、いえないもどかしさや、募っていく思いなどがごちゃごちゃになって普段の自分ではいられなくなる。
「僕にはいえないこと?」
「…」
何から話せばいいかわからなくて、言葉を選んでいるとユウキはため息をつきながらいう。
「…じゃあ、守護霊さんに聞くけどいい?」
「だ、だめっ!それは反則だろっ」
お互いにお互いのそれが視えてしまうし、聞こえてしまう特性を持つため、できないわけじゃない。最終手段としてはありかもしれないし、それが脅しになって通用する相手でもある。
本人が言いたくないことも、正直に伝わってしまう可能性の恐ろしさも身に染みている。
「ノゾミが教えてくれる?」
「…」
よっぽど、ノンちゃんと言われていた方が良かったかもしれない。
心臓を掴まれているみたいに名前を呼ばれるたびにドキドキする。
「…あの、さ…」
言いづらそうに視線を逸らして、小声で話しだすとユウキは黙って聞いていた。ユウキからの視線が痛い。
「俺…その…いつからって自覚したってわけじゃねぇんだけどさ…ああ、中学の頃の音楽の先生が男だったんだけど、その時かな…初恋っていうやつがさ」
居た堪れずに視線を逸らして、聞かれたくないから独り言みたいな小声で萎んでいく。けれど、それじゃあ あまりにも言い訳がましくて、モジモジしている自分が嫌になる。思い切って、ハッキリと言った方が良い。そう思って、顔を上げる。
「俺、男が好きなんだよ」
自分が思うほど、力強くない弱々しい言葉だった。
男といっても、自分と比べて華奢な男が好みで、男くさい奴は恋愛対象にならない。体毛も薄くて、まつ毛が長くて、線が細い。おまけに頭が良くて眼鏡が似合うなら完璧で…と、ユウキを見ていると、何かが遠くなっていく気がした。触れて欲しくなかった部分、でもいつか打ち明けたかった事。少なくとも、心の準備も上手く相手に伝える言葉も用意ができない状態だった。
「うん」
ユウキはただ頷いた。
そして続ける。
「そんで?」
「そ、そんで?!…そんで…そんで…ぇ?」
そんで?
その一言で話の先を促されて困惑する。
「僕が聞きたいのは、ノゾミが不機嫌な理由なんだけど」
不機嫌だったわけじゃないのだが…
なんて言ったらいいか。
「…気持ち悪くないの?」
恐る恐るユウキに尋ねる。
ユウキは表情を変えることはない。
「なんで?」
「なんでって…普通、男が男を好きって言ったら気持ち悪ぃとか思うだろ?」
ユウキはいう。
「質問を質問で返すなよ。聞いてるのはこっちなんだから」
「お、怒るなよ…」
「怒ってないよ」
確かに、それではユウキが『どうしてお前は不機嫌なのか?』という質問に対しての正式なアンサーではないかもしれない。でも、モヤモヤの原因は『男が好きなことを伝えたらユウキに気持ち悪いとか言われるんじゃないだろうか』という部分からくる摩擦なわけで…
閉じ込めた心から、漏れてくる感情が抑えられない。
