「んあ?…ああ、悪ぃな」
    
 ユウキ以外の友達は俺が霊が見えるとわかると7割仲が(こじ)れる。
 面白がって心霊スポットに連れて行こうとする奴もいるし、自分の後ろに何がいるのか聞いてくるやつもいるし、一番厄介なのが、俺が見えるという噂を聞いて自分も見えると変に同調し距離感を詰めてくるやつだ。
 総じて、そういう奴らがこちらをみてくる場合、俺に憑いていた霊と視線があってしまい(うつ)ってしまう可能性も考慮して「見てんじゃねぇよ!」と威嚇する。

「はい」

 ユウキは鞄の中から古めかしい巾着を出した。
 どことなく、ババアが渡したものだろうなと思った。
 そこから、女の人が旅行に行くときに化粧品を小分けするみたいな小さな容器を1つ取り出す。透明なケースで、蓋を回して開けるタイプのやつだった。
 俺も塩を昔持たされていたことはあったが、小さなジップロックに入れて長いこと入れるもんだから結局ボロボロになって、しまいには袋が破れてカバンの中が塩だらけになっていることがあったので、面倒くさくなって携帯してない。

「サンキュ」
 
 ユウキみたいにして持ち歩けば、ぞんざいに扱っても塩まみれになることもないのだろうなと思う。

「オラァ!どっか行け!」

 ユウキからもらった塩を相撲取りの土俵入りよろしく豪快に巻くと、スッと背中が軽くなった。
 この状態のまま姉ちゃんに会わなくて良かった。マジでとんでもなくドヤされるところだ。ユウキも経験があるだろうが、家に霊媒師がいると意図せずに連れてきてしまった霊について説教されることは大いにある。 

「…いつも思うけど、豪快だよね」

 ユウキはクスッと笑う、そしてメガネのずれを直した。
 ユウキのばあちゃんは、この土地に根付いている独特の霊媒師だった。県外からユウキの祖母を頼って尋ねてくるくらいに有名だったそうだ。俺も、噂を聞いたことはあったが生前ユウキのばあちゃんの世話になったことはない。なぜなら、俺の姉も霊媒師だからだ。けれど、ユウキのばあちゃんとは違う。
 俺の姉ちゃんは普通の霊媒師より更に特殊で神様が姉ちゃんを尋ねてきたりする。しかも、依頼を幽体離脱してこなすこともあるくらい異次元の姉ちゃんで、その内容を俺でさえ理解できない。

 この土地の霊媒師という民間信仰は、具体的に何ができたらそう名乗れるのかとかいう定義はなく、例えば、霊が見えて話ができたら霊媒師と名乗って良いとか、占いやお祓いができるようになったらお金をとって良いとか決まっているわけじゃない。だから詐欺師もいるし、偽物もいたりする。ちなみに、ネットの評価も当然存在しないため、人伝いで情報を得るしかない。
 それぞれの霊媒師が、各々違う力を持っているから、一括りでまとめるのは難しい。現に、ユウキも俺も霊は視えが払えるわけじゃない。でも会話はできてしまう。

「悪ぃかよ」

 俺はユウキが笑った顔にドキリとして、照れ隠しで口を尖らせる。
 前髪がはらりと落ちたので、塩を巻いた手を払ってから容器をユウキに返して、後ろ手に縛っている髪ゴムを解いて縛り直す。

「…怒らないでよ」
「怒ってねぇよ」

 ユウキの祖母とユウキは全くと言って良いほど似ていない。本人に言ったことはないが、ユウキのばあちゃんはもっと猿とかゴリラみたいな顔をしている。年齢故、人中が間延びしているのと小鼻が横に広くて低いことからそう感じるんだろう。
 あのババアからどういう育て方をしたら、こんな品行方正な孫ができるのかと俺は隔世遺伝の可能性を無限に感じていた。ユウキは中性的な線の細い骨格をしている。この土地の人間に比べると色白だから、外国の血が入っているかというとそうでもない。ユウキのばあちゃんは、父方の祖母だというから父親の方が、ゴリラみたいな顔立ちの系譜なのだろう。ユウキの母親は、大らかで優しそうだが、あえて動物に例えるなら日向ぼっこをしている太った猫といったところだろうか。昔は、スマートだったとか美人だっただろうとか、そいう名残はあまり感じない。だから、ユウキを見ていると、不思議でならない。
 ユウキが勉強をしている最中に、ユウキのばあちゃんとの共通点を探してみるものの、もっとわからなくなる。というか、ばあちゃんが溺愛したがるのもわかる気がする。

「…なあ」
「ん?」
 
 ユウキは、ノートを閉じた。
 もう日が落ちて、辺りが暗くなったから勉強はお終いで、帰路に着くための準備をしようとしている。少しの焦りが、感情に影を落として、語彙が強くなる。

「お前のことユウキって呼んでもいい?」

 ヤンキーが大人しいガリ勉くんを力でねじ伏せるみたいな圧力をかけてしまう。本当は、そんな圧力をかける必要はないのはわかっているが、慣れてない焦る心がそうさせる。

「いいよ」

 断られるわけはないと思いながら、ゼロじゃない可能性に怯えて、それを隠したくて口調が強くなる。