「…どうかした?」
「んぁ?いや、別に…」

 誰もいない公園の隅っこにあるベンチと机は、屋根がついていて風も通るから、過ごしやすい。
 強烈な西日が当たらないし、家の中間だから、学校が終わると合流して過ごすことが多い。本当は駅に迎えに行ったり、カフェに一緒に行ったりもしたいが2人とも高校生だから毎日は余裕がない。歩いて落ち合いやすい場所にある公園で会うことが多くなった。

 ユウキは、俺と違って頭が良くて県内でも有名な進学校に通っている。同級生のほとんどが予備校に通っているらしいが、彼は予備校に通わなくても成績を維持できるくらい勉強ができる。その代わりに、毎日の予習と復習を怠らない努力家なのだ。頭の良い奴って、こういう努力が苦にならないヤツのことを言うんだろうなぁと思う。 
 俺はといえば、授業中はノートを取り忘れることも多く、テスト前に友達のノートをコピーさせてもらうことが日常茶飯事で、テスト勉強なんて赤点じゃなければ浮かれるくらいだ。
 ユウキは俺にとって初めてのタイプの友達で、短い人生を遡ってもこんな友人はいたことがない。もっと、精神年齢が幼かったら『ガリ勉野郎』とバカにして、いじめていたかもしれない。ある程度、分別のつく年頃で良かったと心底思う。

「ん?なんかいった?」

 俺が話しかけたので、ユウキはノートから顔を上げて、メガネ越しに上目遣いでこちらを見た。
 ノートを見ている時は、メガネに睫毛がバサバサ当たって邪魔なんじゃないかなぁといつも思う。それを聞いてみようかなぁと思うが、視線を合わせると他の想いが込み上げて忘れてしまう。

「え?」

 俺は、ピアスをいじるフリとしてユウキの勉強を眺めていた。

「…いま、なんかいったろ」

 俺は『どうかした?』とユウキに聞かれたから『いや別に…』と答えたに過ぎない。
 その後、ユウキに何か言われたが聞き取れなかったから、俺は聞き返した。
 けれど、ユウキとの温度差を一瞬で察知した。自分と周りの違和感を察知するのには長けている。二言目に何を言われるかも…
 
「ううん…僕、なんもいってないよ」
「…」

 やっぱり…
 確信に変わる。
 
 ユウキは首を振った。
 それを見て理解して「まじか」と舌打ちをする。

 ユウキはそんな俺の全てを把握して、視線を外してノートの端っこにペンで文字を書く。綺麗な癖のない字だ。
 それを破いて目線を伏せたまま、こちらに紙だけをよこした。それを受け取って掌の中で誰にも見えないように覆い隠しながら見てみる。
 
 ーーーー君に話しかけたのは、後ろにいる女子高生だよ

 と書いてあった。

「おぉおいっ!」
「!!!」

 ユウキのノートの切れ端を掌の中で握りつぶして、左側を勢いよく振り向く。いきなり、大声を出したもんだからユウキは目を見開いていた。

「だあぁーっ!!俺に憑いてんじゃねぇ!!どっかいけっ!!!」

 俺はブンブンと左手を振り回す。

「目があったぁ!?しらねぇよ!合わせてねぇし!いつからそこにいんだよ!ふざけんなっ!!痛ぇし重いわ!お前の制服なんて見覚えねぇ!知るか!!めんどくせぇ!!俺は違ぇえっ!!」

 素行の悪い高校生…世間でいう『ヤンキー』というやつは「何見てんだよ!」とか「ガン飛ばしやがって」といって喧嘩の売り買いがされるが、俺にしてみたら霊はそれよりもタチが悪い。極力目を合わせないように心がけているものの、自分が意識的にそうしていない時に限って、見えないものを目で追っている場合がある。今がまさにそうだ。
 目があった瞬間に、ニンマリ微笑まれて距離を詰められたり、追い回されたりする。そっちの方がよっぽど怖いと思うし、対処のしようがない。大声を出して威嚇して、拳で蹴りをつける方がよっぽど後腐れないくていい。

「お塩いる?」

 後ろの霊に大声を出したことによって、大人しいユウキは怯えたような表情になる。小声で気にかけてくれる。