俺は、後ろを振り返った。

「ああ、よかった。ここにまだいた」
「ユ…」

 ユウキが近づいてくるたびに、心臓が痛かった。

 ああ、
 なんか…

 もうすごいホッとする。
 じんわり安堵と共に目頭が熱くなり始めたのも束の間。

「てめぇ!ババア!」
「え?」
 
 俺の目の色が変わったのをゲンキは驚いた。

「ユウキが怪我してんじゃねぇかよ!」

 ああ、とユウキは苦笑していた。
 ユウキは頬に大きな絆創膏を貼っていた。咄嗟的に、誰かに殴られたのかもしれないと俺は思った。だとしたら、殴られるような怪我をしないように助言するのがババアの役目だろうが!と立ち上がってユウキに近づいていく。

「あぁ!?私は関係ないよーって、お前守護霊じゃねぇかよ!顔に怪我させてんじゃねぇよ!てめぇの孫だろうが!おい待て!こらババア!」

 ユウキのばあちゃんはいつものように消えていった。
 ユウキはズレたメガネを直していた。少し額に汗をかいていた。
 大方、ババアに急かされて俺を探してくれたに違いない。

「ノゾミ、ごめん遅くなって…っていうか、お話中だった?ごめんね」

 チラリとゲンキを見て、ユウキは二重に謝った。
 
「えっ…あ…」

 俺は、ユウキと面と向かってなんて言っていいのかわからずに言葉に詰まる。

「僕は手短に済むから…」
「…」

 えっ
 それは、どいうこと?
 手短に済んでしまうようなことを考えるが、悪い方向にしか巡らずに俺の表情はこわばった。

「あのさ…」
 
 ユウキが俺に何かを伝えようと息を整えていた時だ。

「お前らって、幽霊見えんの?」

 空気を読めない奴が、ババアの他にいるとは思わなかった。
 俺とユウキの会話を塞ぐほどの価値を感じないゲンキに俺はウザそうにいう。

「お前、黙れよ」
 
 ゲンキは、ユウキの席から立ち上がって俺たちに近づいてくる。

「見えないよ」

 ユウキがあからさまな嘘をつく。
 今、ばあちゃんの幽霊は見えません、どっかに行ってしまったから。という意味だったら、嘘をついているわけじゃないし真実だ。言葉が足りないだけ。ただ、俺らみたいな感覚のない人には分かってもらえないだろう。

「今、あきらかどっかにばあちゃんいただろ」

 ゲンキは顎をあげてユウキを見下していた。
 それでユウキを怯えさせて何がしたいのか。優劣をつけて優越感に浸りたいだけの圧力なら容赦しない。

「ユウキにガン飛ばしてんじゃねぇよ」

 俺は、ゲンキとユウキの間に入って、なるべくユウキを身体で隠す。

「お前には聞いてねぇよ」

 ゲンキは途中から来たユウキが気に入らない様子で睨んでいた。見た目がおとなしく、制服も頭の良い学校だということはこの地域で暮らしていればわかることだから、少し脅せばビビって引くだろうくらいに思っているのだろう。

「離れろ」

 俺は、ゲンキの肩を押した。
 仮にも、ほんの少し恩を感じていた人物につっかかられて、いい気はしていない。

「あぁ?」

 ゲンキは怒気を含ませた声色で俺の肩を掴んだ。

「喧嘩はやめろよ」

 ユウキが止める。

「るせぇな」
「さわんじゃねぇよ」
  
 止めるユウキをゲンキが掴む。
 それを俺がやめさせようとする。

「ちっ、わけわかんねぇこと言いやがって気持ち悪りぃな。クソが」
 
 俺は、ゲンキのその言葉で一瞬にして感情が沸騰した。全身に血が巡って反射的に手が出そうになる。

「ノゾミ」

 そんな俺の怒髪衝天を察するのが早く、ユウキは声だけで俺の行動を止めた。

「気持ち悪くてわるかったな」

 ユウキはゲンキに嫌味を言った。
 しかし、ゲンキはそれを弱者の戯言とでも捉えたのか、舌打ちをして手を離すと、俺ら2人を害虫でも見るかのように舐めつけて公園を出て行った。

「はぁ」

 ユウキは、肩から息を吐いた。

「…怖かった」

 そりゃそうだ。
 
「ごめん」
「ノゾミが謝ることじゃないでしょ」

 ユウキは強張った表情でなんとか微笑みを浮かべていた。

「…大丈夫。ばあちゃんのとこにも、あーいうやつ来てたことあるから」

 俺は、姉ちゃんの仕事を偶にしか手伝わない。だから、罵倒されたり心無い言葉を浴びせられるような事を経験したことがない。でもよく考えると、姉ちゃんの容姿を見て言葉を吐き捨てられる強靭な精神力の依頼人がいたとしたら、きっと霊媒師など頼らずどうにかできる人のような気もする。
 ユウキは、ばあちゃんの仕事を頻繁に手伝っていたから、ばあちゃんに向かって暴言を吐き捨てていくような依頼人を目の当たりにした事もあるのだろう。だからきっと俺よりもなれているのだ。

「…ごめん」
「ノゾミが傷つくことない」

 俺には、謝ることしかできない。
 ユウキの気持ちを考えると、暴言を吐かれている自分のばあちゃんを側で見ていた状況の苦しさは、俺には計り知ることができない。それでも、憎まず恨まず、優しいユウキを守ってやりたくなった。