「おい!開けろ!開けろって!中にいるんだろ!」
連動して激しくドアノブも動く。
ばあちゃんは、生前「あたしが死んでも あんたの側にはいるからね」と言っていた。それを聞いた時に『縁起でもない』とか『そんな事言うなよ』と悲観的にとらえていたわけではなく、むしろ「ばあちゃんならあり得るな」と思うだけで、特別アイテムをゲットしたような無敵な安心感のようなものはなかった。
その時もっとばあちゃんにそれはどういう意味だったのかとか、対処とかもっとよく聞いておくべきだったと今では思う。
ばあちゃんがみるみる弱っていって病院に運ばれて臨終を迎えて、怒涛のように葬式が終わって。ばあちゃんのいない日常が始まると思った瞬間、急に雪山に素っ裸で放り出されたかのような絶望感に気づいてしまった。
ーーーーーもしも、霊に取り憑かれたらどうしよう…
そう思ったら急に身体中を寒気とともに恐怖が襲ってきて、学校へいこうとしていた僕は部屋から出られなくなってしまった。不審に思った母親が部屋に様子を見にきて体調不良と嘘をついた。母親は「じゃあ、今日は寝てなさい」ってことにしてくれて、学校を休ませてくれた。
僕の両親は、声が聞こえたり姿を見たりすることができない人で、不思議な体験は普通の人より多いが、僕や ばあちゃんほど霊の存在について敏感なわけじゃないから、尚更家族にさえ心を閉ざしてしまった。
「おい…なんも反応ねぇぞ?寝てんじゃねぇのか??」
その声は、独り言のようで、誰かと話しているようでもあった。
親しみのある人物との会話のように聞こえるが、声に聞き覚えは全くない。
窓から誰か覗いて急に目線があったらどうしようという思いからカーテンが開けられず、携帯電話の電波に乗って届く思念にすら慄いて電源を落とした。もちろん、テレビさえ見れなくなった。
真っ暗な部屋で、布団の中から出られなくなった僕は誰にも相談できずに部屋の中に引き篭もった。母親が心配して、病院へ連れて行こうとするのを頑なに断った。
ああ、もう僕は一生この部屋から出られずに死んでいくんだ。どん底から抜けられず、目を閉じて耳を塞いで、ひたすら恐怖に体が冷えて布団から出られなかった。時間感覚もなくなり、暗い部屋で闇に溶けそうになった。
「あ、あの…」
か細い女性の声、それは母親だった。
「ああ、スンマセン。気にしないでくだサイ」
どこかぎこちなく聞こえる敬語で、静かに母親に話しかけた後、盛大に舌打ちをした。
「あぁあ!?そんなことしたら悪ぃだろ!人ん家だぞ!あぁ?ババアん家??」
返事はない。けれど何かと話しているようではある。
また舌打ちをする。それと同時にドアを激しく叩く。
「おい!聞こえてんだろ!開けろ!おい!」
語気を強めて、何度も激しくドアを叩く。
しかし、ピタリと動きを止めて男はいう。
「…いねぇんじゃねぇのか?」
誰に話しかけているのかわからない投げられた問いに母親が間を入れずに否定する。
「いえ、中にいます。鍵がかかっていますから」
何か覚悟を決めたかのような母親の声を聞いた後、男はまた話だす。
「わかってっけど…ああ、おばさんにじゃなくてスンマセン。…いや、だからダメだろ…それだけは。ダメに決まってんだろ。だからぁ…」
どうやら男は会話から察するに板挟みになっているようだった。
けれど、声は母親と2人だけだ。
「あぁあーっ!!わあーったよ!ウッセーな!どうなっても知んねーぞ!」
ドア越しだというのに一際大きく聞こえた焦れた声の後、早鐘のように聞こえていた音は無くなった。
僕は、改めて布団を被り直した。乱暴なドアを叩く音も、荒々しい声も不思議と怖い感じはしなかった。
呆れて帰ったのかと思った次の瞬間。ドーン!という凄まじい音とともにドアがまっすぐ部屋の真ん中にバーン!と倒れた。
