俺と姉は、血が繋がっていない。歳の差は9歳ある。
 姉の両親は幼い頃に、彼女を親戚に預けてそのまま姿を消した。親戚は、幼い頃から能力を制御できながった姉を君悪がって持て余していた。やがて、部屋に閉じ込めていたそうだが、このままでは命が危ないと、脱走して防空壕とか樹海の中とかを点々としていて、時折、施設に引き取られたりしていたらしい。
 姉とは、施設で出会った。会うや否や、姉は俺に過去世で兄弟だったことを告げられる。俺はそれを言われた時に、全く否定的な意見は抱かずにすんなり受け入れた。それから、俺は血のつながらない彼女を姉と慕うようになった。血は繋がっていないが、どこか深い部分で繋がっているような気がするから、姉が施設を出て一人暮らしをするというから、ついてくるか?と言われても、迷わずについていった。そして今に至る。俺は姉みたいに色々分かるわけじゃないけど、騙そうとしているわけじゃないことくらいは分かる。

「ちなみに、ユウキのどんなところがいいの?」

 名前までわかるのかよ。

「どこって…優しいし、頭いいとこ。よく勉強教えてくれるし」
「そんなん、その辺にいっぱいいるだろ」

 まあ、確かに…
 おんなじような人が現れて、その度に惚れてたら頭がおかしいやつだと思う。
 俺なりに姉のことを探ろうとしてみるが、そんなことできたことはない。

「あと、俺にはない品があるっつーか…大人しいけど、怒ると結構男らしいし。可愛い顔してるんだけど、芯があってさ…」

 ポツポツと俺がユウキのことについて話すので、姉は素直に聞いていた。
 俺はユウキのばあちゃんが現れた時に、姉ちゃんのところに行けと何度も言った。でも「お姉ちゃんは忙しいからあんたのとこにきたの」って言われて、最初のうちは優しく断っていたと思う。そのうちあまりにしつこいからキレて、導かれるままにユウキの家に突撃した。もしかしたら、その時に姉ちゃんはユウキのばあちゃんが俺の側に憑いていることをわかっていたのかもしれない。その時に、ばあちゃんの顔を見ていたのか…?俺は薄々そんなことに気づき始めていた。
 だとしたら、取り憑かれているのを放って置かれていた可能性もある。それを姉はよしとしていたのか?いや、全ての霊が悪さをするというわけではないが、普段から霊と俺が関わることをよしとしない姉にしては無責にすぎる。ユウキのばあちゃんだって、俺にしてみたら悪霊みたいなもんだし。

「ユウキのばあちゃんは最近死んでさ。ユウキも俺と同じで修行とかしたわけじゃないから、心細い思いしてんだよ。それに、この辺ヤンキー多いし。だから、守ってやりたくなったっていうか…」

 姉は、短くなったタバコを吸い殻入れの中に入れて消していた。最後に吸い込んだ紫煙を盛大に吐き出す。

「ふーん」

 でた。
 姉ちゃんの得意技だ。「なんとなく」という言葉の次に、よく姉ちゃんは聞いているのかいないのかわからないような返事をする。その生返事の後に、必ずクリティカルヒットをするような言葉をいう。
 
「そんだけ、惚れてんのに、なんでそばにいてやらねぇの?」

 ほらみろ。
 っていうか、そもそも姉ちゃんは俺がどんだけユウキを好きなのかをわかって質問したのだ。意図としては、相手にそれを自覚させるためだ。自分が自覚していない感情を頭で考えて言葉にして吐き出す。相手とのことを思い出して、抱いている想いを巡らせる。
 姉ちゃんはその言葉の向こう側の答えを知っている。否、その人にとっての最善へと導ける。だから、姉ちゃんには何を言っても軌道修正をさせられる。

「…カッコつけて嫌われた」

 俺は自覚していた。
 その人にとっての最善は、望まないものかもしれない。それでも姉ちゃんは揺るがない。
 
「ばーか」
 
 姉ちゃんの言葉は、ボディに正拳突きされたくらいダメージがでかい。
 姉なりに弟の諦めならない気持ちを汲んでくれているのだとは思う。

「それがわかったら、やることあんだろ」
「はい」

 具体的には、どういう行動をすればいいのかは言わない。
 それは俺が考えることだと姉ちゃんは思うからだ。全て丁寧に導いてしまっては、依存になってしまう。だから、そこから先どうするかは、俺が自分で考えなければならない。それは、考え方を変えると、姉ちゃんの優しさなのだと俺は思う。

「ところでユウキは、ばあちゃんに似てんの?」

 人によっては、姉ちゃんの言葉は冷たく感じるかもしれないし、突き放されたように孤独感を感じるかもしれない。そう感じる人の大体は、姉ちゃんに依存したい人たちなので姉ちゃんは相手にしない。寄りかかるだけの人生を背負うつもりはない。

「ぜんっっっっぜんっ似てない!」

 力強く首を振る俺を見て、姉は微笑む。

「それは良かったな」

 ババアに似た野郎に惚れたんじゃないかと思ったのか。心外だ。
 姉ちゃんなりに弟を励ますために言ったんだと思う。姉ちゃんは口角が優しく上がっていた。
 いつまでも、姉の発言を神経を尖らせていると疲れるし無意味なので詮索はしないようにする。こうやって、弱い部分を探られることに意識を張り巡らせている時点で、もう精神的に落ちている証拠なのだ。いつもの自分ではなく、別の何かに引っ張られている。それに気づけるだけ、まだ少し回復している証拠だとは思う。姉ちゃんは、それすらもわかっているからこそ、俺を神様の部屋に連れて行って今からお祓いをしようとしてくれているのだ。
 
「じゃあ、今から残業すっか」
「…すいません。お願いします」
 
 姉ちゃんが借りている神様の部屋についたので、姉ちゃんは持っていた鍵でドアを開けた。