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「はあ」

 僕は、なんとか精神を切り替えて勉強に励んで、試験期間を越えることができた。一歩間違えれば、何も手につかずに点数を落とす所だった。没頭できる何かがあったというのは、不幸中の幸いだったのだということに、試験が終わってから気づいた。
 試験が終わって、部活動に入っていない僕は学校が終わると一目散に校舎を出る。ゆっくり校舎を出ることもないし、待ち合わせの場所を通ることもない。立ち寄る場所もなく家に帰ってくる。
 
「どうしたの?」

 僕はリビングのソファーに寝転がってつまらなくなってしまったテレビの電源をリモコンで落とした。リモコンをテーブルの上に適当に放って、仰向けになって腹の上に香箱座りをしている猫を撫でる。呼吸をするたびに不安定に動く場所なのに僕が寝転がってからそこを動かない。大人しく目を閉じている。

「…」

 年の離れた姉は、母親の代わりに洗濯物を取り込んでいた。
 普段は介護施設で働いているが、今日は非番で家にいる。

「そういえば、いつも迎えにきてくれるヤンキーくん来なかったね」
「…」

 姉は、一番触れてほしくないことを尋ねてくる。
 だから、返事をしなかった。

「なに?喧嘩でもしたの?」
「…」
 
 無言を肯定と取ったのか。それとも感で何かを察したのか、姉はニヤニヤしながら尋ねてくる。まだ、全部の洗濯物を取り込んではいないらしく、縁側の窓を開けて、物干し竿を往復している。

「あんなに仲良かったのにねー…あ、でも喧嘩したらユウくんが勝てないか?それとも口喧嘩かな?」
「…」

 きっと何かを察する能力は、ばあちゃんの血を引いているから鋭い方だと思う。そうじゃなくったって性別の感もあるのに、今の僕にとっては迷惑な話だ。

「でも、ばあちゃんが連れてきたんでしょ?一緒にいなくて大丈夫なの?」
「…」
 
 姉は母親から話を聞いているらしい。
 っていうか、ばあちゃんが姉に言わせている可能性もあるが、僕はスイッチを切っているので何も聞こえないし、姿も見えない。
 姉は、家族の洗濯物を全て取り込んで、縁側から入ってくる。サンダルを脱いで、窓を閉める。

「…なんだ。やっぱ起きてるんじゃん」
「…」
 
 姉はソファーの背もたれからそっと僕を見下ろした。僕はブスッとした表情をして真っ暗なテレビを見つめていた。返事がないから、寝ていると思ったのだろう。年の離れた弟は、幾つになっても可愛いらしく機嫌の悪い弟を姉としては放っては置けない。

「なーにへそ曲げてんだっ」
「やめろ」

 僕の頬を人差し指でツンツンと突いた。それを鬱陶しそうに払うと、振動が伝わり猫が寝ぼけ眼を開ける。
 
「そんなに気になるなら、会いに行けばいいじゃん」
「…」
 
 猫はまた目を閉じていた。
 弟の機嫌が相当悪いことを確認した姉はおかしそうにくすくすと笑いながら洗濯物の方へ戻っていった。

ーーーーー俺はお前のこと好きだけど、お前はそうじゃねぇだろ?

 結構ショックだった。
 そんなことを他人から決めつけられたくない。
 じゃあ、ノゾミのことが好きなのか?と言われると答えが見つからないから、なんて答えたらいいのかわからない。だから会っても何もいえない。
 確かに、ノゾミの思う『好き』と僕の思う感情は齟齬があるかもしれない。けれどそれは、今決めなくてはならないことなのだろうか。どうして同じでなければ、ならないのか。それは、ばあちゃんも同じでなければならないと思っているから、ノゾミを(けしか)けるのだろうか。 

『っていうか…あぁあーまた好きって…そのー』

 ノゾミの言葉を頭の中で反芻する。猫の毛を撫でる行為で一瞬に頭まで上りそうな感情を少しでも和らげようとする。
 この時の不用意に自分で口走ってしまって好きカウント数をあげてしまった事を後悔しているノゾミの表情は、可愛いかったと思う。

『口説くってそういう意味じゃねえし…』
 
 それ、どういう事?僕には期待してないってこと?
 口説くって自分で言ったんじゃん。あれは嘘だったの?
 やっぱり口説くのをやめるってこと?もう好きじゃなくなったの?
 そうじゃないなら、なんであんなに可愛い顔して好きなんて言ったの?

『ユウキ』

 それとも、別に好きな人が…

 だったら、そんな優しく名前を呼ばないでほしい。
 イライラする。