また、好きって言ってしまった…
こんな手軽に何度も言う言葉じゃないことはわかっているのに、売り言葉に買い言葉にされてしまって、もはや大安売りも甚だしい。こう何度も言わされてしまうと嘘と疑われて信じてもらえなくなってしまうでないか。
「口説くってそういう意味じゃねえし…」
だんだん語尾が弱くなっていく。
俺的は、もっとかっこいい言葉が理想なような気がするから、誰かとの言い合いに紛れるようなことではないし、ましてやバレてしまうようなカッコ悪さは違うと思う。
「じゃあ、どういう意味だよ」
ユウキの声色の変化に、視線を向ける。
ユウキなりに、俺との関係を考えてくれていたみたいだったけれど、そんなことは頭で考えて理由を探すようなことじゃない。ましてやばあちゃんがいうから…なんて理由で選んで欲しくない。ユウキは自由に、自分の心が動くほうに進めば良い。
「好きって言ったり、そうじゃないって言ったり…」
ユウキの声色は、だんだんと熱を帯びていく。
表情もそれに合わせて険しくなる。
「ノゾミの言ってることよくわかんないよ」
ああ、だから…ババア!くそ!!
俺は自分が自覚している理想の容姿がユウキだったりする。でも、ユウキはきっと違う。
どうか、それを重荷に思わないでほしい。俺は、別に友達でも十分だから。
同じ感性を持った、同じ年の友達がいるってだけで満足だ。だって、男が男を好きになるなんて身勝手で異常な癖を押し付けてユウキの将来を狭めたくない。
この思いは、ババアに嗾けられなければ、一生抱えて友達として接していくつもりだった。友達だったらずっと側にいられる。高校は別々で、きっと交わることのなかった俺たちを死んだババアが繋げた変な縁だけど、それでも俺はこの縁を大事にはしていきたいと思う。
だから、適度な距離を保って、少しずつ仲を深めていければいいと思っていたのに、幾度となく「好きだ」と言わされる。間違っていないが、あってない。同性同士の思春期の恋愛なんて、ガラスの風鈴よりも繊細なはずなのに、ババアは釣鐘だとでも思っていやがるのだろうか。
「ユウキ」
責任とれ!クソババア!
と先ほどの方向を睨んでも、もうユウキのばあちゃんはそこにはいない。
ユウキと俺の距離感は、ユウキと俺の速度があって進む権利があるわけで、他人が横槍を入れていいわけない。その皺寄せで、ユウキが混乱しているじゃないか。ユウキの表情は苛立ちを孕んでいた。
「お前だって嫌だろ」
こんな形で好きだって言われて、本当に信じられるのか?
「はぁ?」
今にも爆ぜそうなユウキの気持ちを目の前にして、どういう言葉をかければ良いのかわからない。経験もないし、ユウキが納得する言葉も見つからない。
「嫌って、なんでノゾミが決めつけるの?」
「えっ…」
嫌じゃない…のか??
いや待て。そう思って安心するのは尚早というものだ。
誰だって、嫌いと言われるよりも好きって言われた方がいいに決まっている。
それに嫌いだったら一緒に登下校していない。ましてや、他校の生徒となんて。
「だって、お前に言ってねぇし」
ババアに対してヤケクソで言い放った言葉をユウキが偶々聞いていた。
そんな状況を告白としてカウントしたくはない。いうなら本人へ直接伝えたい。どうせだったら、シチュエーションとか言葉とかもっとましなものを考えたい。だって、2人にとって特別なものになるはずだから…
「…何それ。信じらんねぇ」
そんな乙女思考な俺とは違い、どんどんユウキの表情は怪訝になる。
「じゃあ、お前なんてもう友達でもなんでもねぇよ」
「えっ、ユウキ…??」
なんで?どうして??
俺の心にはユウキの機嫌の悪くなる理由がわからなかった。
ユウキは俺を睨んですらいる。
「サイッテーだな」
「は?なんでだよ?おいっ…」
ユウキは、俺から顔を背けて絶望して背中を向ける。
ここでユウキを帰してしまっては、絶対にダメな気がした。何か誤解をしているような気さえして、俺はユウキの腕を掴む。
「触んじゃねえよ」
しかし、ユウキは俺の手を振り解いて早足で去っていく。
俺は当然追いかける。
「何怒ってんだよ」
「…」
無視
「おい、ユウキ」
何か大きく誤解させてしまった俺は焦る。
「教えろよ」
「うるせぇ、ついてくんな」
ユウキは俺を見てくれない。
「えっ…」
「…」
前髪があってメガネをかけているから気づかなかったが、ユウキの頬を涙が伝っていた。俺はそれを見て、足を止めてしまった。ショックすぎて体が急に動かなくなってしまった。頬を拭ったユウキが速度を早めていく。その背中をただ見つめることしかできなかった。
