「何ガン飛ばしてんだてめぇ」
別にガンを飛ばしているつもりはない。
彼の後ろをじーっと見つめていると、心配そうに見つめている母親がいる。何かを言っているような気がするのだ。口は開いていない。
それは俺にしか見えていない存在で、一般的な呼び名で言うなら生き霊というやつだ。死んでいる霊との違いといえば色がついているということだ。彼の素行をすごく心配している人の良い母親だ。
金髪の襟足の長い髪型をしていて、眉を全剃りしている。彼の母親だと理解できたのは、目元と口の形が似ているからだ。
「…」
「シカトしてんじゃねぇよ!聞こえてんだろうがっ!」
胸ぐらを掴まれて、ハッと我にかえる。
ああ、またやってしまった。
「うるせぇな」
意識して目線を逸らしていないと、つい誰か一人を見つめてしまう。
見つめた相手が悪かった。姉ちゃんにも、よくしばかれるこの癖を治さなければならない。
「別にてめぇを見てたわけじゃねぇよ。自意識過剰かよ」
火に油を注ぐと相手は、目尻を釣り上げる。
その隣に連れていた友人らしき人物も同時に声を上げる。金髪の襟足の長いヤンキーの隣にいる、赤いTシャツを着た剃り込みの入った坊主もまた、彼と同様ヤンキーだった。
「やんのか!?」
名前のわからない金髪のヤンキーと。
「あぁあん!?」
その隣にいる赤いTシャツを着た剃り込みの入った坊主のヤンキー。
特徴がなければ俺でさえ一括りにされて、素行の悪さを咎められる。
「うるせぇな。母ちゃんが心配すんぞ」
睨み合って誰が先に手を出して先制攻撃をするのかを伺っている所だった。売られたケンカは買って然るべき。
俺の言葉で相手は「はぁ?」とない眉を顰めた。
「ってか、坊主。とりあえず、お前は墓参りいけ」
「はあぁあ?なんでだよ!」
指を刺されて俺に突然身内の話をされたもので、若干勢いが削がれている。
「お前、旧正月墓参り行かなかっただろ」
「なっ、なんでそんなこと…」
図星を刺されたのか、心当たりがあるのか徐々に表情が怪訝になる。
「さもないと、大変なことになるからな。知らねーぞ」
釘を刺す。
それまで、勢いよく友人の隣で息巻いていた威勢が急に萎んで口をつぐむ。
「何わけのわかんねーこと言ってんだよ!てめぇ!」
振り上げた拳を下ろせない金髪ヤンキーは、母親がその拳をか細い手で掴んでいる。
「やめとけ、お前の母ちゃんが悲しんでるだろうが」
「はぁあ!??」
「お、おいっ。やめようぜ」
墓参りいけと行ったヤンキーのほうが、なぜか焦り出す。
「ああ??何言って…」
「俺、今すぐ帰るから」
「はぁああっ!?何言ってんだ…」
何か、大事な用事でも思い出したかのような表情で落ち着かない。
「早く行ったほうがいいぜ。今なら、許してやるってさ」
「…」
俺をチラリと見ると、剃り込みの入った坊主は足早に金髪の襟足の長いヤンキーを置いてその場を去ってしまう。
「おい!ゲンキ!」
坊主ヤンキーは、ゲンキというのか。
まあ、覚えるつもりはないが。
「お前、なんなんだよ!」
「なんでもいいだろうが。それより早く放せ。母ちゃん泣かせんじゃねぇよ」
「母ちゃんは関係ねぇだろ!」
俺も引かないし、やつも振り上げた拳を下ろさない。
ただ彼の後ろで、母親が何度も俺に謝っている。今から殴るからか、それとも胸ぐらを掴んでいることか…
「ノゾミ!」
声がして、振り返ると俺の後ろにユウキがいた。
少し息を切らしていて、肩が動いている。
「っち!」
金髪のヤンキーは、俺を突き飛ばすように手を離した。
そしてユウキに見られたということを部の悪さとして、許してやるとでも言わんばかりに足早に去っていった。どうせ手を離すどうでも良いきっかけが欲しかっただけだ。後ろにいた母親の生き霊は、最後まで俺に謝っていた。
「大丈夫?」
代わりに、ユウキが俺に近づいてくる。
俺は、掴まれて皺のよった首元を慣らす。
「ああ、まぁ…」
俺はユウキから、視線を逸らした。
「喧嘩したの?」
「いや、してない…」
ユウキは俺の足元から頭の先までを見て、怪我をしているところや汚れているところをチェックしてくれたが、俺はユウキから視線を逸らしたままだった。
「…そう、よかった。何かあったのかと思ってさ」
「なんもねぇよ」
少し苛立ちげに足元の小石を蹴る。
心配されて嬉しいのに、それをうまく表現できない。
「それより、なんか用かよ?」
チラリと、ユウキを見ると一瞬だけ視線が合ってしまった。
だからすぐに逸らした。今すごく動揺している。
「別にないよ」
「じゃあ、なんでこんなとこいんだよ」
彼はメガネをあげていた。長めの前髪が湿っぽいのは、汗をかいているからだ。少し息を切らして、彼らしくない。そんなに必死になって探してくれたんだと思うと、嬉しくなるがその気持ちを抑え込みたい。だってどうやって素直になればいいのかわからないから。
試験期間中を理由に、ユウキとは会っていない。ユウキは頭がいいし、学校もそれなりにレベルが高い。勉強の邪魔をしてユウキの成績を下げる理由になりたくない。一緒にいたらいたで、勉強を教えてくれはするものの俺のレベルに合わせるのも申し訳ないので、会わないようにしていた。
そんなことを直接言うとユウキは優しいから「別に気にしないよ」って気を使わせてしまうだろうから、俺の方から試験の終わる時間が違うから一緒に帰るのを止めようと言ったのだ。もし、会わない間に何かあったらすぐに駆けつけるからという約束はしていた。
だから、しばらくはユウキに会っていなかったから、久しぶりに顔を見たから、どんな顔をすればいいのかわからない。ましてや、好きな相手だし…
「だって、ノンちゃんが大変だっていうから…」
「大変?誰が??」
何が大変なんだ?
と思ってなんとなく気になる方向を向いた先にユウキのばあちゃんがいた。
「おい!ババア!!」
「えっ」
ユウキも視線の先を追う。
「てめぇ!言いたいことが山ほどあんだよ!」
キラキラと金色の光を纏ったユウキのばあちゃんは、ユウキの家を訪れた時に仏壇に飾ってあった遺影から変わっていない。
