ふむ、とダークナイトさんがわたしをちらりと見やる。
わたしは小さく頷いた。
お父様とお母様が戻ってきてから判断するのが、本来は正しいのかもしれない。
例えそれが、わたしを守るための隠し事だとしても、今の陛下に対して真実を曖昧にしておくのは、いいことだとは思えなかった。
「クレイマスターの魔法の鍵を握るのは、このクリスティーナ・クレイマスター殿です」
「なんと。その幼子がか?」
「まだ五歳とはいえ、クリスティーナ様の実力は本物ですわ。魔法式を読み解き、ご自身で改良されたことで、この世に残せる魔法を編み出されたんですもの」
「クレイマスターめ、やはり陛下に嘘をついていたのか!」
先ほど青くなったはずの大臣のひとりが、息を吹き返したようにつばを飛ばす。
「口を閉じてくれ。アレクシス・クレイマスターは嘘をついていたわけではない。魔法の出自を明かさないと宣言しただけだ。そしてその決断が、お前たちのように欲にまみれたものでないことは明白だ」
「クリスティーナ殿の功績は、それだけではありません。神樹の復活に貢献し、精霊たちが力を取り戻す一助にもなった。だからこそ、精霊たちは彼女とその家族を助けるために、こうしてこの場に姿を見せているのです」
「レイジングフレアとハリケーンの蛮行を止めたのも、実質的にはクリスティーナ様ですわ。神樹が焼かれ、精霊が倒され、あやうく人の住めない世界になるところだったんですのよ?」
エアさんもソルトも、うんうんと神妙に頷いている。
ダークナイトさんとヘヴィーレインさんの解説を受けて、実感が沸いてきたというか、今更になって変な汗が噴き出てきたんですけど!?
考えてみたら、とんでもない瞬間だったんだよね。
夢中だったし、本当にうまくいってよかった。
「そうか……まさしくこの国の、そして世界の救世主というわけだな」
「もったいないおことば、です」
「ふっ、そのように緊張している様子を見る限りでは、そうは見えないのだがな」
ダークナイトさんがにやりと笑って皮肉を言い、みんなが笑う。
いきなりこの国を救ったとか、世界の危機だったなんて言われたら、そうなるでしょうよ。後で覚えておいてよね、ダークナイトおじさん!
「さて、来たようだぞ」
数人の足音がして、扉が開く。
そこには、少し疲れた様子のお父様とお母様が、兵士たちに護衛される形で立っていた。
お父様が陛下に深々と頭を下げ、わたしたちに気付いたお母様が、ホッとしたように小さく笑顔を見せてくれる。
「アレクシス、すまなかった。サディアスとドリスの横暴を許したこと、そしてこの国の中枢……私のすぐ近くに腐敗があったこと、申し訳なく思う」
「よいのです、陛下。私たちも、陛下に少しだけ嘘をついておりました……おそらくその後ろめたさが、疑惑の種を育てたのでしょう。原因は私たちにもあったのです」
だからこそ、とお父様が言葉に力を込める。
「今こそ真実をお話させていただきたい! 実はクレイマスターの躍進には、ここにいるクリスティーナが大きく貢献してくれていたのです!」
ついに打ち明けた!
そんな達成感に包まれたお父様の表情に、その場にいたみんなできょとんとしてから、いっせいに噴き出した。
「おや? そんなにおかしなことを言いましたか? もちろん、すぐには信じられないお気持ちはわかりますが……」
「いやいや、そうではないのだ。打ち明けてくれて嬉しいぞ、アレクシス。しかしだな、その話はちょうど先ほど、終わったところだったのでな」
「な、なんと!?」
「いや、実に頼もしい子を持ったものだな。クレイマスターも、この国も安泰ではないか」
「もったいないお言葉、です」
お父様が、わたしとほとんど同じ言い回しで、陛下にしどろもどろで返すものだから、場はさらなる笑いに包まれた。
ひとしきりみんなで笑ってから、陛下が改めて口を開く。
「今回の件、改めてクレイマスターの功績を認め、讃えようと思う。受けてくれるな?」
お父様とお母様が、うやうやしく礼をする。
エル兄様もシェリル姉様もしれっとそれに続いていて、わたしもあわてて頭を下げた。
「すでに部分的に依頼している国内の道路や建物の整備について、クレイマスターに一任するものとして、アレクシスを大臣に任命しようと思う。領地の垣根を超えて、わが国全体の発展に力を貸してほしい」
おお、と歓声が上がる。
「それから、クリスティーナ・クレイマスター」
「……はい!」
「神樹を守り、精霊との絆を築いてくれたそなたを特別に表彰し、神樹と精霊の守り手に任命したい。受けてくれるか?」
「まあ、すばらしいですわ。とっても名誉あるお役目ですのよ?」
「これまでは儀礼的な意味合いで任命されていた役だが、クリスティーナ殿の場合は、正しく神樹と精霊の守り手というわけだな」
ヘヴィーレインさんとダークナイトさんが、きょとんとしているわたしに補足してくれる。
「頑張ります!」
「引き受けてくれてうれしいぞ。もちろん、まだ若いそなたにひとりで重責を負わせようとは思わん。後見人として、ハンナ・クレイマスターを指名し、エルドレッド・クレイマスター、シェリル・クレイマスター両名にも同様の任を与えるものとする。家族一丸となってあたってほしい」
この日、クレイマスターの面々はそれぞれに名誉ある役目を与えられ、後日改めて設けられた式典の場でも、大いに讃えられた。
家族みんなが笑顔で、ソニアやエアさんたちもやわらかな目を向けてくれ、ソルトがそっと寄り添ってくれる。
名誉だとか讃えられたこと以上にわたしは、前世では手の届かなかった素敵な場所にいられることが嬉しかった。



